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平成22年2月9日 健康福祉病院常任委員会 会議録

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健康福祉病院常任委員会

会 議 録

(閉 会 中)

 

開催年月日   平成22年2月9日(火) 自 午前10時0分~至 午後0時10分

会 議 室     501委員会室         

出席委員       8名

                          委  員  長  北川 裕之

                          副委員長   奥野 英介

                          委   員   長田 隆尚

                          委   員   真弓 俊郎

                          委   員   藤田 泰樹

                          委   員   舟橋 裕幸

                          委   員   山本 教和

欠席委員       委   員   前野 和美

 

参 考 人

                      駒田 美弘 氏(三重大学大学院医学系研究科長)

                          竹田   寛 氏(三重大学医学部附属病院長)

委員会書記

                      議 事 課      主査      平井 靖士

                          企画法務課     副課長     川添 洋司

傍聴議員      11名

県政記者クラブ 15名

傍 聴 者     3名

 

調査事項

「県立病院改革に関する基本方針」の調査(参考人からの意見聴取)

 1 参考人からの意見聴取

   駒田 美弘 氏(三重大学大学院医学系研究科長)

       竹田   寛 氏(三重大学医学部附属病院長)

【会議の経過とその結果】

 

〔開会の宣言〕

 

「県立病院改革に関する基本方針」の調査(参考人からの意見聴取)

○北川委員長 それでは、ただいまから健康福祉病院常任委員会を開会いたします。
 なお、本日、前野委員が欠席されますので、ご了承願います。
 本日は、県立病院改革に関する基本方針についての調査を行います。県立病院改革に関する基本方針については、去る1月27日、全員協議会で知事から説明があり、この基本方針では、医療従事者の確保等について三重大学の協力を前提としております。このことから、本日は三重大学から参考人をお招きし、医師派遣の状況と今後の展望、県立病院改革に対する関係者としての見方等について意見陳述をしていただくことになっております。時間は、全体でおおむね2時間を予定しておりますので、よろしくお願いをいたします。
 本日は、この調査に当たって、三重大学大学院医学系研究科長、駒田美弘様並びに三重大学医学部附属病院病院長、竹田寛様の2人を参考人としてお招きしております。
 参考人におかれましては、本日は大変ご多忙のところ当委員会にご出席をいただき、ありがとうございます。委員会を代表してお礼を申し上げるとともに、本日の調査につきましてよろしくお願いをいたします。
 本日の進め方ですが、まずお2人の参考人からそれぞれ20分程度意見陳述をしていただき、その後、委員から質疑、委員間討議を行いますので、よろしくお願いをいたします。
 

 1 参考人からの意見聴取

  (1)参考人の意見陳述

○北川委員長 それでは、最初に参考人からの意見聴取に入ります。
 それでは、まず最初に、駒田医学系研究科長、よろしくお願いをいたします。

○駒田参考人 おはようございます。
 今日はこのような機会を与えていただきまして、どうもありがとうございます。
 三重大学医学部長の駒田でございます。専門は小児科でございます。三重県で育ち、ずっと三重県の中にいまして、三重県の医療に関しましては、医者として一番思い入れが強くて、ご講演のときにこの場でお話しさせていただいたこと、非常に光栄に思っております。
 私からは、医学部長という立場で、恐らく委員の皆様方は既にご存じのことかもしれませんが、地域医療が一体どうなっているのか、あるいは今後医学部の医師養成というのはどういうふうな方向性を模索しているのか。方向性に進むべきかと考えているのかを少しお話申し上げて、ご参考にしていただければというふうに思っております。
 まず話を始める前に、今地域医療の崩壊とかというようなことが話題になっておりますが、医療というのは決して、いわゆる病院の勤務医だけで成り立っているわけではなくて、医者のキャリアパスを考えますと、医学生の段階から勤務医、それから開業医というふうに一連のことがありますので、どの段階が問題になっても医療崩壊というのは起こり得るということをまず、これは当然だと思いますけれども、勤務医がいなくなってももちろんそうですけれども、医学部の学生が残らなければ、あるいは医学部がなくなってしまえば、学生の数が足らなければ、当然次の段階には医療は崩壊するということで、要はワンセットということをぜひもう一度ご確認いただければなと思っております。
 私の立場としましては、特に学生の教育、あるいは学生をどういうふうな方向で教育をすれば地域に残っていただけるかということを少しお話を申し上げたい。内容は、県立病院の今回はあり方を考えるということでございますので、その前提として、現在のいろいろな現状と問題点を少し、これは大まかに、もう皆様方はご存じだと思いますけれども、お話を申し上げたいと思っております。
 2つ目に、三重大学で医学部がどういう医師の育成を図っているのか。医学部の入学定員の増加、それから教育体制の整備につきましてご説明を申し上げておきたいというふうに思います。
 これは、OECDの人口に対する医師数でございますが、日本の医師数は少ないと。2.0から2.1でございますので、民主党の方々は2.0を3、つまり1.5倍にすればOECDの平均になるというふうに考えられて、今後そういうことを考えられているというようにお聞きしておりますが、決してそう簡単に1年で1.5倍になるわけではないということを、それは当たり前のことなんですけれども、今現在のキャパからしましても1.5倍すぐに養成されるわけじゃないと。ただし日本の医師数は少ないということは、皆様ご存じのことだろうと思います。
 それから厚労省はだんだん医師は増えていますよということなんですけれども、当然増えていることは増えているんです。じゃ実情の実働をしている医師数は、勤務医の数はよくわかっていないということで、これでは不十分だ。これは各県の医師の配置図でございますが、北の方は少なくて南の方が多い。三重県はちょうど180以上200未満と決して多いわけではございません。そういう状況にあるということを、地域格差はあります。
 診療間の格差もございまして、特に丸で囲みましたところは非常に少ない。これ絶対数ではないので、増えているのが一緒に増えていると思いますけれども、これはリハビリテーションとかそういう単独のところは増えていますけれども、内科、小児科、外科、産婦人科、耳鼻咽喉科、もう整形外科なんていうのは非常に少ない、あるいは逆に減少しているような状況にあります。絶対数ですが、内科、あるいは産婦人科、外科なんかは現在マイナスになっておりますので、医師は少なくなっております。勤務医が減少していると、非常に現状はあるというふうに思っております。
 では年齢はどうかということで、これも高齢化しています。これは医療従事者の方々の86年、96年、2006年とだんだん右の方にシフトしていますので、働いている方も増えていますけれども、高齢化もしている現状にあるということでございます。私、大学院に勤めておりますので、大学の方でもやっぱり診療時間が非常に増えてきていまして、逆にそのために研究時間ですとか教育時間が減っているということで、下の論文数が減っていると。これは大学だけの問題かもしれませんが、勤務医がどういう状況で働いているかということの変化を示した一つの例だというふうに思います。これは地域、三重県での、私、専門が小児科でございますので、小児科のほとんどの開業医の先生は、病院は伊勢湾岸沿いというか、人口分布に比例しているんですけれども、それはもちろんそうなんですけれども、僻地医療の必要性が伊賀、あるいは志摩、あるいは紀南地域にはあるというふうに思っております。
 あと勤務医のやりたい業務というか、望んでいる業務というのは入院医療でございます。それが専門分野の医療でございます。専門の教育をしたい。あるいは臨床研究活動をしたいというのが、私も含めてですけれども勤務医が望んでいることでございます。もちろん開業医の先生方も、医師というのは、役割は違いますけれども、医療、あるいは教育、研究活動に関しては生涯教育、一生そういうことを続けていかなければならないと。そうでないとアップ・ツー・デートな医療はできないというように思います。ただ、現状はどうなっているかというと、病院当たりの少数の医師数ですし、1人、2人では高度に専門化した各分野の医療の提供は難しいですし、教育もなかなか難しい。専門医療の対象の患者は分散してしまいます。入院患者じゃなくて一時医療を負担せざるを得ない。あと、軽症を重視して重症を軽視する傾向があるというように私は思いますので、軽症を重視するのは別に、非常にいいことだと思いますけれども、重症も重視していただきたいなと。やはり重症な患者様をちゃんときっちりケアをして、世界最高の医療ができる医療体制の提供というのはどうしても大切じゃないかというふうに思っております。非常に便利な医療は当然必要ですけれども、私自身は、便利な医療とともに質のいい高度な医療を提供することの方がより重要ではないかというふうに思っております。
 研究活動の低迷が来ますと、下に書いてございますように、医師の労働意欲が低下し、疲労が蓄積し、注意力の低下、接遇の悪化、医療過誤の増加、臨床増加が伸びないという、医師がいても優秀な医師に育たないような状況になるんじゃないかというふうに私は思います。
 まとめますと、医師、看護師さんの絶対的な不足がございますし、県内でも、今は日本でもそうですけれども、県内でも地域間格差がございますし、診療科間の格差もあり、今日は申し上げませんでしたけれども、時間帯による格差もあるんではないかというふうに思っております。しかし、それでも日本は世界一の医療をしていると。寿命、死亡率、これは少し見にくくて申し訳ないですけれども、私、小児科ですので、多分周産期死亡率ですとかそういうのはもう世界一ですし、そういった面では非常に少ない医師数、あるいはいろんな問題があるんですけれども、医師はかなり、頑張っているという言葉は僕は余り好きじゃないんですけれども、客観的な評価から見るとかなりいい成績をおさめています。ただ、それは十分ではないということはもう思います。
 2つ目に、それでは三重大学の医師養成の現状を少しお話を申し上げます。
 これは皆様ご存じの医学部の定員の推移でございます。56年にはかなりたくさん、8280名、日本全体で養成されていましたが、閣議決定の結果減らされまして、最近いろんな新医師確保総合対策ですとか緊急医師確保対策等々によりまして増えてまいりました。とともに、これは全体の数ですけれども、その中で地元の学生を入学させようという地域枠を導入いたしました。714名ですから、ほんの8400名のうちの714名ですからそんなに大したことはないんです。1割弱でございます。これは私が医学部長になる4年前のときに所信表明演説をしろと言われまして、少しつくったデータで、4年前のスライドですけれども、11年から三重大学の入学した県内の学生の%でございます。24.3%、4人に1人しかいらっしゃいませんでした。そのために、もう少し県内の優秀な学生に三重大学に入っていただきたいということで、県下の進学校へのアプローチ、私、津高等学校出身ですので、そこへ行きまして、学生たちの前で三重大学の医学部の魅力ということをお話しして、それ以来たくさん津高の学生も、あるいは三重県下の学生も入学していただくようになっています。18年から推薦入学に地域枠を確保いたしました。
 これは、その後の地域枠の、5名から始まりましたけれども現在、今年度、ちょうど今日推薦入試をやっていますが、地域枠推薦が40名で、そのうちのC枠が25名、Bが5名でトータル30名の地域枠が合格をしております。現在125名でございますので、この医師養成数は日本で一番多い、三重大学は、5大学あるんですけれどもこのうちの1大学で一番多い入学者数となっています。
 加えまして、三重県に残っていただきたいということで、今日も県の方がたくさん来られていますが、三重県の方から医師奨学資金の貸与を受けるシステムをつくってもらいまして、これも恐らく数的には、あるいはシステムの、奨学資金制度の使いやすさからすると、三重県の奨学資金というのはたくさんの方が借りておられますし、非常に借りやすいというか、そういう制度になっておられますので、非常に感謝申し上げております。60名、70名、80名の方が毎年借りられますので、将来はその方たちが三重県に残っていただくという土台ができてきつつあるんではないかというふうに思います。
 これは少し見にくいスライドで申し訳ございませんが、三重県内の出身の学生が増えてきているということを示しております。上の赤枠を見てもらいますと、20名程度であったのが18年から地域枠をつくりまして36、55名と増えてまいりました。
 グラフですけれども、県外の学生はほとんど変わっていません。かえって、逆に減少していまして、三重県内の優秀な学生が医学科の方に入学をしているということでございます。
 では、入学した後どれだけ地域に残っていただけるか。これも4年前に私が医学部長になるときのスライドでございますが、決してそうではなくて、だんだん減ってまいりました。非常に危惧しまして、地域定着というのがなくなってしまって将来ゼロになってしまうんじゃないかなということを危惧したことを覚えております。これではだめだということで、少しずつ地域枠をつくり、奨学金を活用しながらだんだん改善をしようということでございます。県内、県外出身者ともに、やはり両方とも地域に定着する率が下がってまいりました。もちろん県内の学生の方が多いのでそれなりの県内の学生をとるということには意味があると思いますけれども、決して県外だけの問題ではなかったということでございます。
 これは、一つの原因が、臨床研修制度が開始されたためにそうなったんではないかということを皆さん言われました。臨床研修制度というのは、将来の専門とする分野にかかわらず基本的な診療能力を身につけるという、私には非常にすばらしい制度だというふうに思いますけれども、ただ、やり方を少し考えるべきであったかなということは、私自身の個人的な意見としては持っております。
 これも非常に見にくいスライドで申し訳ないんですが、例えば平成15年度、一番真ん中、15年に入学した学生は100名で、その方が20年に卒業するのは107名卒業しました。これは少し落第された方とかいらっしゃいますので、数はきちっと合わないんですけれども、その方が49名、県外から入れますと82名が県内に残られて初期臨床研修が始まりました。その方たちは23年度に後期研修に入られます。そういうことというふうに見ていただければいいと思います。
 また、平成18年から地域枠を徹底して三重県内の学生が増えたので、その学生はまだ卒業しておりません。24年に卒業することになります。24年の3月ですね。23年度の卒業生になりますので、その方たちが奨学金をたくさん借りられていますので、恐らく三重県内に残っていただけるんではないかなということを希望しております。ただ、少し注意深く見ていただきますと、多少研修医の数も増えてきておりますし、この研修医の方たちがどこでどういうふうに働いているのかというのは、後程多分竹田病院長の方からご説明あると思いますけれども、三重県の研修医、医師の数は、医科部長としましては増えていくんではないかと。ただ、それには時間がかかりますということは申し上げておきたいかなというふうに思います。
 臨床研修医制度でございますが、やはり少し問題であって、よく言われることですけれども、大学病院に残る研修医が少ないと。それが大学の医師派遣の機能が低下しているんではないかということのために改正をしなければいけないということで、改正の方向でございます。特に一番下の医学教育のカリキュラムの見直しを行わなければいけないと。研修プログラムとか募集定員とかではよく指摘されるところでございますが、医学教育のカリキュラムを見直しなさいということもちゃんと入っています。
 具体的な内容に関しましては、ちゃんと2つ目に、地域の医療を担う意欲、使命感の向上の医学教育をしなさい。地域全体で医師を養成するシステムの構築を推進しなさいというふうになっておりますので、これはやはり優秀な医師が三重県に残っていただいて、地域医療に貢献していただくために地域医療教育、医学教育の時点からそういうことをしっかりたたき込まなければいけないなというふうに私自身は思っております。そのために、医学部では医学・看護学教育センターというのを充実してありました。幸いにして三重県の市町村振興協会から地域医療教育支援交付金をいただきましたので、現在センターには教授を昨年の11月に就任していただきましたし、講師が3名、准教といいますかスタッフがあと十数名です。このセンターの規模は、恐らく日本では一番大きいセンターの規模ではないかということでございますし、特に地域医療教育部門というのをつくりまして、地域医療教育を充実していきたいなと。地域医療の教育の場は大学だけではなくて三重県下全体にお願いしたいなというふうに思っております。
 あと、当然教育だと、その教育が連携していないと、これはまた教育のシームレスな実施が必要でありますので、センターと卒業臨床研修部、大学の附属病院の、あるいはMMCですとか三重県にあります三重県へき地医療支援機構などと協力をしてやっていきたいなと思っております。
 少し駆け足でございましたが、三重県立病院のあり方を考える前提としましてやはり医療の現状と問題点をお話し申し上げました。勤務医の全体的な不足、従事者の高齢化、地域格差、診療格差がございます。
 2に、三重大学の医師養成の状況としましては、入学定員が増えましたし、三重県出身者の入学定員も増えていますので、恐らく将来三重県に残っていただく医者は増えていくんではないかというふうに希望して、期待しております。あと、いい医者を養成するためには教育の制度が充実しなければいけませんので、教育センターを整備し、充実をしていきたいなというふうに思っております。
 繰り返しになりますけれども、勤務医が少ないということがもちろん一番の問題ではございますが、それを充実するためには、学生の時代からそういう勤務医、地域医療に興味を持っていただく、地域医療の魅力を感じていただくような学生を要請していくことが必要である。それが医学部の責務だというふうに思っておりますんで、ご理解をいただきますようにお願い申し上げます。
 以上でございます。

○竹田参考人 三重大学の附属病院長の竹田でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 今研究科長から、主として医学部の学生ですね、医学部教育を中心に今後の三重県の医療を充実させるためにはどういうことが大切かというお話がございました。それで私は、特に卒業してから、医師になってその後医師の偏在が起こっているわけでございますけれども、その偏在の原因、あるいは現状。それから、今後将来的にはどういう方針を持って、この医師の偏在とか、あるいは地域における医師不足、そういったものを解決するように努力していくべきかといったようなことに関しましてお話をさせていただきます。
 それで、特に遠隔地の医療機関で、やはり一番問題となる、必要とされるのは、やっぱり内科医であり外科医であり、小児科医であり産婦人科医でありと。この4つの診療科がやはりいつも一番病院の基幹となりますので、こういう領域の先生方がどういうふうに今勤務されているかといったことに関しましてお話をさせていただきます。
 これはちょっと数字だけなんですけれども、一応平成17年から20年までですが、三重県内、それから外も含めて、県外に派遣している病院もございますので、約130の医療機関がございます。その中で特に三重大学の関連、つまり卒業生であったり三重大学の医局に属して、そこから各病院へ行っている医師の数を、全体をまとめたものであります。個々に出していきますと余りにも数が多いもんですからまとめてみましたけれども、例えば内科ですと、平成17年には294人、それがだんだん減ってまいりまして18年が281人、19年254人、20年265人と、少し増えていますけれども、こういう経過をたどっております。
 それで、外科ですね、いわゆるこれはお腹の腹部外科と、それから胃・大腸の外科と肝臓とかそういったところを扱う外科の先生の数ですけれども、これが一般病院へ行って普通の外科の先生という形になります。ですから特殊な胸部外科とか脳外科は除いてありますけれども、外科の先生方も120、112、90、100とだんだん減ってきているんです。駒田先生ご専門の小児科は、59から60、大体60人ぐらいで余り変わっておりません。それから、やはり1つ問題になっております産婦人科ですけれども、産婦人科も大体40人台ぐらいでそんなに変わっていないんですね。小児科は確かに僻地の病院では減っていますけれども、それは小児科の方針として、2次医療圏の中心病院に集めてセンター化したということで、派遣している医師の数は変わっていないんですけれども、分布がより大きな病院に集中させたということによってこういうことが起こっているということになります。
 ですから、やはり今一番大きな問題、この内科の勤務医が300人ぐらいいたのが今260人、50人になってきたと。この50人ぐらいがぐっと減ったということが、やっぱり非常に大きいことだと思います。それで、三重大学の関連として毎年大体1000人弱の医師が、三重大学の関連の医師がですね、いろんな病院へ行って勤務しているという実態でございます。
 じゃ問題の県立医療センターと県立志摩病院ではどうかということで、これも内科、外科、小児科、産婦人科で比較したものですけれども、県立総合医療センターでは全体でも大体60人前後で余り変わっておりません。内科の先生方もある程度みえると。これ以外に三重大学と関係なしに雇用した医師もいらっしゃいますので、これが全体の数ではないと思いますけれども、三重大学関連ではほとんど変わっていないと。志摩病院に関しましては、外科、産婦人科も18年から完全になくなっておりますけれども、小児科も2人みえたところが1人になったと。外科は変わっておりません。内科は9人みえたところが7人になっているんですけれども、これはまだ減る可能性があります。ただし、志摩病院の場合には自治医大から応援に来てもらっていますので、自治医大の先生方が何とかカバーしてやっていけると。そこがまだ少し望みがあるといいますか、何とかやっていけるというそういう状況にあろうかと思います。ただし、内科医が減りつつある。しかもその傾向がなかなか歯どめがかからないといったところは、これはもうやはり現状では仕方がないところであろうと。ですから、トータルの診療勤務医の数も27人から22人に減っているということになります。
 それで、先程駒田先生の話にもございましたように、医学部の学生6年間の学生生活を終えて、その後2年間の初期研修ですね、卒業臨床研修を受けます。このときはローテーションをしまして、旧制度では内科、外科、小児科、産婦人科、精神科とかいろんなところを回るわけですけれども、2年間研修を受けて3年目から、卒業して3年目から専門診療科に入るか、あるいはもう3年間どこの科にも入らずに後期研修と称して、例えば内科をいろいろ回ってみるとか、そういうことをやる研修医もおるわけですけれども、ほとんどは専門診療科に入ります。ですから、私ども病院の職員としまして、戦力になるのはこの3年目以降なんです。初期研修の学生というのは、こちらが教える側ですしローテーションしていますから、あくまでも研修医であると。3年目の医師ですね。卒業3年目の医師がどれだけ入ってくるかということが、そこの病院の医師の充実につながるということになります。
 まずこれは卒業臨床研修ですね、卒業して2年までの卒業臨床研修医の推移です。平成15年から始まりまして、こういう流れになっているんですけれども、三重県全体では、15年は67人でしたけれども、だんだん増えてまいりまして、平成20年ですね、去年は90人になったと。
 それから各病院です。各病院での研修医の推移ですけれども初めは非常に大学が少なかったんですけれども、最近増えてまいりまして去年は14人、県内では一番多くなりましたが。あと日赤とか医療センターです。21年度のも一応出ているんですけれども、まだ最終的なものじゃなかったのでここに上げていないんですけれども、21年度は大学病院が20人です。ですからまだ増えまして、本当は30人ぐらいいく予定だったんですけれども、そういう期待はしておったんですけれども、今は20人で、あとは四日市市民病院、医療センター、日赤とそれ程変わっておりません。全体では八十四、五人だったと思いますけれども、大体今の現状では、卒業臨床研修を受ける三重県全体での研修医の数は90人前後で、ただし学生数が125名に増えましたので、しかも地域枠で40人ぐらいの県内の学生が入ってくるという形になりますから、そうするとこの卒業臨床研修を受ける研修医の数は100人程度までは、うまくいったら110人ぐらいいくかわかりませんけれども、大体100人前後ぐらいに増えてくるだろうと、そういうふうに推測しております。
 ちょっとこれ細かいスライドですけれども、大事なのはここなんです。3年目以降ですね、卒業して3年目以降の医者がどれだけ大学に戻ってきたかと。つまりここで、3年目以降で自分たちが専門の診療科を選んでこれを一生の仕事としていくということなわけですから、ここから本当の医師教育といいますか、専門教育が始まるわけです。その数が増えないと、やはり三重県全体の医療人不足ということになります。
 平成15年、これは卒業臨床研修が始まる前です。始まってから、16年から始まったわけですけれども、一番下に合計が書いてありますが、ここはちょっと細かいもんですから合計だけ見ていただいて、これはもうすべての診療科が入っています。私は放射線科ですので放射線科も入れてありますが、合計でここを見ていただいたら、平成15年は50人ですが、それが翌年、16年は21人です。17年も21人、36人と、つまり卒業臨床研修が始まった途端に3年目以降の医師数ががたっと減ってしまったと。これが非常に、これは全国的にこういう現象が起こりまして、ここで地域からの医師の引き揚げが起こってしまったわけです。それで、ただ、その後徐々に回復してまいりまして、平成20年には47人になっています。今年度も45人ですから、かなりもとの状態に戻ってきているということが言えると思います。
 あと、先程大事な4つの診療科についてちょっと大きくしてこれを見てもらったらいいと思うんですけれども、じゃその、ここは卒業臨床開始前ですね。卒業臨床開始前、これは内科です。それから小児科、外科、産婦人科とかありますが、その内科ですね。これ循環器、血液内科、消化器内科、呼吸器内科とかいろいろ分かれています。卒業臨床が始まる前というのは、やっぱり循環器内科へ行くのは9人なんです。消化器内科も10人入ったわけです。ところが翌年から、16年からは循環器内科ゼロ、ゼロです。消化器内科もゼロ、2とかですね、がたっと減ってしまったんです。これはもう大学の診療もやっていけないということで、非常に極端に大学病院の危機的な状態になりまして、それでちょっと引き上げたということがあります。
 ただし、これもだんだん戻ってきています。循環器内科も少しずつ増えてきていますし、消化器内科も増えてきているということになります。それから小児科は、小児科も人が足りない足りないと言いながら、でも毎年3人とか4人とか、21年は6人も入ったんですね。だから非常に小児科も増えていますし、それから外科も最近また増えてきていますし、産婦人科もですね、産婦人科はもう医師不足と言われますが、それでも結構毎年4人、3人と入っておりますので、卒業臨床研修が始まる前は6人ぐらい入っていましたので、それから比べるとまだまだ少ないんですけれども、でもかなり戻ってきているということなんです。ところが内科に関しては、確かに戻りつつありますけれども、これは臨床研修が始まる前に比べますともう絶対数が圧倒的に少ないということになります。
 それで、真ん中に黄色のあれがしてあると思いますけれども、もう一つここで注目していただきたいのが、総合診療科と呼ばれるところです、家庭医療学と言いますが。これはですね、この内科、外科、いろんなところが卒後臨床研修が始まってぐっと減ったのに、特に内科が減ったんですけれども、ここの総合診療科だけは余り変わらずに、5人、4人、5人と、最近も2、3、2で今年は4人という予定ですけれども、結構入っています。つまり内科医が減ってこの総合診療科、家庭医療学講座というのが結構人が入っているという、こういった現状がございます。
 では内科医と総合診療医、あるいは家庭医療医というのはどう違うのかと。これはなかなか難しくて、私どもも何かちょっとはっきりしないところがあるんですけれども、言えることは、内科医の先生はどういうふうな志向があるかと申しますと、例えば循環器の医者、自分は心臓の医者であるというふうに、それを専門にやりますともう心臓だけをやりたがるんですね。消化器はやりたがらない。神経も嫌、呼吸器も嫌と。自分は心臓だけを診るという、そういう専門性を非常に追求するのが内科医です。特に最近はその傾向が強い。それに対して総合診療医、あるいは家庭医療医と呼ばれるのは、これはもともと彼らのアイデンティティーと申しますか、彼らの目指すところは、内科もやります、外科もやります、小児科もやります、産科もやります、皮膚科もやります、あるいは吸器もやりますという、何でも診てくれる医者という、そういうイメージですけれども、あらゆる1次医療を担当するのが総合診療医と。今までそういうのが内科医だと自分たちは誤解していたところがあったと思いますけれども、それが随分役割が変わってまいりまして、内科医は専門診療だけをやる。総合診療医、家庭医療医が総合的な診療をやると、そういうふうにだんだん変わってきています。ここが大きな一つの違いなんです。
 しかも、また総合診療医と家庭医療医も若干の違いがあります。どちらも皆総合的に診療をやるんですけれども、総合診療医は大規模病院とか中規模病院ですね、例えば大学病院とか日赤とか、大きな病院で総合診療をやる医者です。それに対して家庭医療医というのは、遠隔地の比較的小さな病院です。あるいはいろんなところに家庭医療センターというのをつくりまして、そこでみんなが一緒になって総合診療を担当するというのが家庭医療医なんです。だから県立一志病院というのは、ある意味ではこの家庭医療センターになっているんです。あそこは家庭医療医の、総合診療の先生が今5人ぐらいいると思いますが、総合診療医の先生が5人ぐらいでチームをつくって地域医療をやっているわけです。そういうのを彼らは家庭医療センターというふうに今称しているわけですけれども、そういうセンターを展開して医療をやっていこうというのが家庭医療医です。だから県立一志病院は非常にそのいいモデルで、それで全国的に有名になっております。
 この総合診療医、あるいは家庭医療医に関連する学会としましては、日本家庭医療学会と日本プライマリ・ケア学会と日本総合診療医学会とこの3つがあります。これが非常にそれぞれ別個の歴史を持って始まったものですから、これをこの4月1日に統合して一つの学会にして、日本プライマリ・ケア連合学会という形になります。これは会員数が約6000人ぐらいいるという、つまり総合診療をやる医者、あるいは家庭医療をやる医者が6000人全国にいるわけです。
 じゃその3つの医者、あるいは学会ですけれども、それがどういう関係にあるかといいますと、まず診療所ですね、比較的小さな病院で働く医者がプライマリ・ケア学会に所属する。それから大病院で働く、あるいは中規模病院で働くような医者は総合診療医学会に入る。家庭医療学会というのはその両方に係ってくるということで、この3つを統合して一つの学会にするということで、今もう準備が進められておりますが、こういう関係になります。
 例えば家庭医療学会の会員数ですけれども、これを見ていただいたらわかりますように、1990年代には非常に少なかったんですが、2000年になりまして非常に増えてまいりまして、2009年にはもう2000人を超えております。あと2つの学会がありますので、トータルで6000人ぐらいの会員がいるという形になりますので、やはりこれは一大勢力であって、こういう人たちがうまく働けるような環境をつくって、それをぜひ地域医療に生かすべきだというふうに私どもは考えております。
 じゃその総合診療科というのは県内の医療機関ですね、どうなっているかといいますと、これは先程の表です。内科、外科、小児科、産婦人科の県内外の医療機関で働く医者の数の年次推移を見ているんですけれども、総合診療科の医者は、数は多くないですけれども、平成17年は2人しかいなかったのが現在8人が県内外の病院で働いているということで、確実に増えております。これは三重県に分布している、あるいはアメリカにも行ってやっている医者もおりますし、日本でもいろんなところでやっている。これは三重大学関連の家庭医療医ですけれども、こういう形で今全国に広がってやっておりますし、県内でもああいうところに分布して働いていると。この家庭医として僻地の病院とか総合的な病院でも働いて、ほかの診療科の医師と一緒になって活躍していると。
 ですから、まず私が考えますのは、地域医療を支えるにはとにかく現在もすべて内科医なんです。内科医が欲しいとどこの首長も言われるんですけれども、先程見ていただいてわかりますように、大学病院でさえ内科医が入ってこない。増えない。ですから、これはいつまでも内科医、内科医と言っていても、僕は絶対にこれはもうらちが明かないと思います。だから、内科医が増えてくるまではやっぱり総合診療医です。この人たちにうまく頑張ってもらって、少ない内科医と一緒になって連携して、総合診療医と内科医が連携を組んで地域医療を支えてもらうというのが、私は1つ、まず今すぐ、これからすぐできる解決法の一つではないかと、そういうふうに考えております。
 それから、今私は津市の救急医療をやろうとして、思っておりますけれども、救急医療には1次救急と2次救急、3次救急とこの3つがあります。1次救急というのは、一番最初のほとんど軽症で入院する必要がない患者さんの場合ですけれども。1次救急を担当するのも、これは診療のお医者さんです。開業医の先生と、それから家庭医療医なんです。家庭医療医の仕事の一つに1次救急というのがはっきり入っております。それから2次救急は、2週間ぐらいまでの入院の必要な方で、これは市中病院で、ある程度の総合病院で行うことが多いわけですけれども、そこには内科、外科の先生が中心ですけれども、ここにもやはり総合診療医がいて2次救急をやるということになります。3次救急は、これはもう大学病院の、いろんな大きな病院で、これは専門診療科の医師が当たると。ですから、この救急医療にも、この家庭医療医、総合診療医というのは非常に大事であるということになります。
 ですから、まずこの地域医療再生のための医師養成の方針といたしまして、やっぱり総合診療医の数を増やす。しかもこれ今学生に非常に人気があります、何でもやれるということがあって。だから学生に人気のあるこの総合診療医、家庭医療医というのを増やすことが非常にまず近々の課題ではないかと。実はあした、今家庭医療学講座の新しい教授の選考が行われておりまして、選挙がありまして、明日、新しい教授が決まります。そうすると新体制で三重大学の医学部の家庭医療学講座が再発足しますので、さらに家庭医療医の増加が期待できるということになります。
 それからやっぱり内科医というのはどうしても必要です。内科医がいないとやっぱり病院の診療というのはやっていけませんので。ところが、初めにも申しましたように、内科医というのはもう絶対専門性ばっかり言うわけです。自分は心臓しか診ない。自分はもう胃とか大腸しか診ないとか。ですから、結局それは今までの教育が、例えば循環器内科に入るとずっと循環器内科ばかり一生やるわけです。消化器内科に入ると消化器内科の胃カメラやったり大腸のカメラばかりやっているわけです。だから、結局ほかの臓器を診ないと。診る機会がないということがあって必然的にそうなってしまうところがあるんですけれども、これはですね、今内科の教授連中と相談しまして、卒業して3年目以降、3年目から5年ぐらいまでの間に循環器、消化器、呼吸器内科とか、呼吸器、血液、腫瘍とか、そういうところを全部ローテンションさせて、一応何でも診ることのできる下地をつけておいて、それから専門医になると。そういうふうに大学病院における卒業臨床教育のシステムを変えていこうではないかと、そういうことを話しておりまして、この4月からでもそういう形で取り組んで、一応何でも診ることのできる内科医を要請することもこれからやっぱり非常に大事になってくると、そういうふうに考えます。
 これは一応医師養成のことに関しての方針でございますが、あともう一つ、県立病院改革ということでいろいろ独立行政法人の話もございますので、私どもがこの5年、もう6年ですか。大学法人になりまして、どういうところがよかったかと。それから悪かったところといったことについて簡単にお話をさせていただきます。
 まず、よかったことです。法人化されてよかったことは、組織の自由度が非常に大きく増したということです。人を増やすことも、頑張った人に手当を与えることも、これはもう病院長の裁量でいくらでもできるんです。要するに赤字にならなくて黒字であれば黒字の分で人を増やす、あるいは頑張った人にボーナスを、ちょっと手当を上げてやるとか、そういうことはいくらでもできますので。今までとにかく人を増やすというのは、国立大学時代はもう非常に至難のわざだったんですけれども、今はもう非常に簡単に病院長の裁量でできます。
 それから、医療サイドが自由化されたと同時に事務組織ですね、事務組織もかなり柔軟になっております。昔は非常にかたかったんですけれども、今は非常に事務組織も、やっぱり自分たちが一緒にやらなくてはならないという、そういう気持ちもありますし、組織が変わりましたので、やはりかなり柔軟化してまいりまして、以前は医療職と事務職の対立というのが非常に強かったんです。僕らはこういうことをしたいというけれども、事務は、これは絶対できないと、こんな国の組織でそんなの絶対できないという物すごい対立があったんですが、それが随分減りました。かなりこちらの言うとおりに、やれる範囲でやってもらえると。これは非常に私たちにとってはありがたかったです。
 それから2番目には、やっぱり職員にみずからやらなくてはならないという自覚です、これが非常に芽生えたと思います。今まではとにかく親方日の丸でしたから、何をやってもだめだろうし、何をやりたいと思ってもやらせてくれないだろうと、そういう意識があったんですけれども、とにかくよいことなら何でもやろうということで、各部署が競争するようにやるようになってきたと。できるだけ無駄を省いて節約ということにも努めています。随分、以前は医療比率というその薬品代とかいろんな医療材料の購入費が非常に高かったんですけれども、それが随分最近は減ってきています。それはみんなやっぱり一生懸命節約していると。それで黒字を作って何とかいい方向に持っていきたいという、そういう意欲のあらわれだと思いますが。
 それから3番目は、先程もちょっとお話ししたことにも関連するんですけれども、病院の独自の方針で運営ができるようになったということです。これは三重大学というか、特にうちの場合は特にそういう傾向が強いんですけれども、大学本部は一切干渉いたしません、病院の経営に。こうしろああしろとは絶対言わない。ですから、私たちがこうすると、例えば新しいこういう部署を作ると。例えば今救急の問題をやっていますんで、救急災害医学講座を作りますと。新しい教授を募集しますと。これももうみんな病院、あるいは医学部長と相談しての判断でできるようになりました。以前はこんなのとんでもなかったんですけれども。それから、待遇改善をやろうと思っても、保育所の拡充なんていうのは以前はとてもできなかったんですけれども、これも今年5000万ぐらいの予算をかけて保育所を拡充していますけれども。あるいは、コンビニを設置したりとか、そういうことが自由になったというのは、これはやっぱり非常に大きかったと思います。
 それから、いろんな予算化するときに、その自由度が非常に増しております。例えば新しい装置の購入です。私は放射線科ですので、CTとかMRIとか、ああいう装置をどんどん使ってやっているんですけれども、もうご存じのように、CTなんかは5年たったらもう本当に古くなって全然時代にそぐわない。何が一番悪いかというと、たくさん患者さんが撮れないんです、もう。今の最新のCTですと1日に50人も60人も撮るんですけれども、例えば5年前の装置だったらもうそれが20人ぐらいであると、それだけでも非常に病院経営としてはよくないんですけれども。ですから、ただ昔は、とにかく一たん新品を買ったら10年間使えと言われたわけです。10年たたないと新規の予算、概算要求は認めないという、そういう方針だったんですけれども、それが国立大学の時代ですけれども、現在はもう自分たちにお金があればいくらでも買ってもいいと。だから、新しい装置がどんどん買えます。
 それから中古を買ってもいいと。中古というのは新古車なんです、要するに。1年落ちのCTが売っているんです。どこどこの病院で最新の、非常に先端医療をやっている病院で買ったけれども、どうもこれは余りよくないというのでまた戻ってきたと。ほとんど新品なんです。そういうやつが非常に安く買えるんです。ですからリースとかそんなのもうどんどんできますので、だから、新しい研究をやるためには最新鋭の装置が要りますけれども、きちっとした診療をたくさんやろうと思うと、そんなに最新鋭の装置は要らないわけです。だからそういうのはもう本当に新古車みたいなものでいいわけで。そうしますと、そういうのでどんどん買ってどんどん検査ができて診療の質も上がりますし、それから数も増えるということで、そういう非常に予算の自由度が増したということも、これは非常に大きいことであったというふうに思います。
 ただし、問題点としましては、医療職の組織です。医師、看護師、それから技師さんたちとか、あるいは薬剤師、そういう人たちの組織は皆院長が担当しておりますけれども、組織というか人事はですね。事務職の人事は、やっぱり大学本部がやるんです。だから、事務はここが非常に多過ぎてもっと減らしてもいいんじゃないかなと思うこともあるんですけれども、こればっかりは手をつけられないと。ここが1つ問題になるかと思います。
 それから、こういう形で自分たちに全部任せてくれていますので、それはやりがいのあることですけれども、一たん赤字になったらどこも補てんしてくれませんので、これは自分たちで責任をとれということになります。幸い私どもの病院は今黒字なもんですから、何とかやっておりますが。例えば今新聞なんかにも載っていると思いますけれども、国立大学病院はほとんど赤字で、累積赤字が何千億と出たと思いますけれども、そのほとんどが、新しい病院をつくって、再開発して新病院を建設して、その借金を払うようになりますとみんな赤字になります。ほとんど全部そうです、東大も京大もみんな赤字になっています。うちはまだ今現在建設中で、まだ償還が始まっていませんので、それで黒字なんです、今は。ですから、それはもうやっぱり今後の大きな問題だと思います。
 以上です。どうもありがとうございました。

 
  (2)質疑

○北川委員長 駒田医学系研究科長、そして竹田病院長、ありがとうございました。
 それでは、これから質疑に入ります。
 なお、参考人の2人の先生にお願いをいたしますが、ご発言される場合は挙手していただいた上でご発言いただくようお願いを申し上げます。また、参考人の方からは逆に質疑ができないこととなっておりますので、ご了承を願いたいと思います。
 それでは、ただいまご説明いただいた内容等についてご質疑のある方はお願いをいたします。

○真弓委員 それぞれにお聞きしたいんですけれども、駒田先生のお話を聞いていると、勤務医の人たちもそんなに大きな変動はなくてという、余りこう悲観的な話ではなかったかなと思っているんですけれども、実際に我々が考えているというか、見ているのは、例えば今日の某新聞にも、麻酔医がいないから三重大の手術が大変だというのが出ていますし、あるいは山田洋二監督の「おとうと」という映画では、勤務医が激務過ぎて人間性までに及んできているというふうな、そういうのが映画の中でも扱われているということがあって、実際に僕らの知っている人間も勤務医をやったのが、もう家庭が崩壊するからといって開業医にどんどんなっていくというふうな現状があるんですけれども、三重大の中ではそこらへんは徐々に解消しつつあるのか、いやいやもうやっぱり大変なんだよというのか、そこらへんの赤裸々なことをまずお聞きしたいというのが駒田先生への質問で、もう一つの竹田先生への質問は、端的にその家庭医療というのは非常に三重大は重視されていると思うんです、先程も出てきましたし。それで、三重県が主催したシンポジウムでも、内田さんが一志病院のことを随分取り上げて、知事にも説明していたと思うんですけれども、実際に県立一志病院という名前が出てくる程なので、じゃ三重県は県立一志病院を民営化というふうなものを持っているわけなので、三重大がそういうのをやる方向性というのはないのかどうか。某同級生が、内田さんも竹田さんも2人とも県立三重大学病院出身やないかと。県民の税金で医者になったから、今こそ恩返しすべきだなんていうことを言うてるやからもおりましたけれども、駒田先生はもう国立医院になったときなんですね。それで、そういうお考えはないのかどうか。特にこれからプライマリ・ケアなんかで、三重大もその総合医という形にシフトしていく中で、それこそセンターというものを三重大学が持っていく、独立行政法人なので民間なんですから、そこらへんなんか大いに食指が動かれていると思うんですが、そこらへんはいかがなのかというのが質問です。

○駒田参考人 真弓委員にお答えいたしたいと思います。
 私の言い方が少し悪かったかもしれません。例えば勤務医が週に何時間働いていますかとか、大学もそういう勤務時間の申請をして何時間働くかやるんですけれども、それを見ていただくと、普通の会社の方が働いている時間とはかなり隔たりがあって、非常にたくさんの時間を働いております。それはもちろん時間だけではなく流れにもよるんでしょうけれども、時間帯にもよりますけれども。そういった意味では勤務医が、もともと私たちが若かった時代からはそういう勤務体制を強いられてきたというか、自分なりにやりがいを持って、義務感を持ってやってきたということがありまして、それがずっと今も続いていると。そういうときに、自分のやりたいことを、しなければいけないことをやる場合には、ストレスは感じるとしても少ないのではないかなと。逆に、本来ならば勤務医がやるべき仕事以外のことが多くなってまいりますと、これはやはり大きなストレスに、同じ1時間働いても同じになってしまうといった意味で、私は、スライドに示させていただきましたけれども、勤務医がやりたいこと、しなければいけないことはこうあるべきだ。しかし現実はそうではない状況にあるということが非常に大きな問題であるなというふうに思っております。
 これ手前勝手ですけれども、医学部の小児科の研究室には、学ならざれば家に帰るべからずというようなことも書いてありまして、それぐらい患者様の診療をする場合にそういった気合を持ってやりなさいと。ただ、それはやはり私たちがやるべき医療の分野、あるいはやりたいという分野以外の分野を強いられると、やはりストレスが大きくなるんではないかということが大きいんではないかということで、各先生方もそういうことを感じられる方がいらっしゃるんではないかなと思っております。
 それも1つですし、もう一つは、余りにそれが度を過ぎてしまいますと、これはまた真弓委員がおっしゃるように、週に例えば百何十時間も働きなさいよと言われたら、これはもう家庭崩壊ですんで、そういった場合があるんではないかと思いますけれども、今の勤務医の大きな問題は、それももちろんあると思いますけれども、やはり自分のやりたい、自分の専門しなければいけないという自分のテリトリーの、自分が医者になってこういうことをやりたいんだというところの仕事ができないというか、それ以外のことが大きくなってしまってのがあるかなと思います。
 あと例えば小児科ですと、勤務医はある病院で1カ月に時間外が1200人もありました。これはもうすごい数なんです。それは、本来ならば1次救急ですので勤務医のやるべき仕事じゃない。入院はほとんどありませんでした。そういう状況にある勤務医は疲弊します。ただ、それは幸いなことに各関連の方々のご協力によりましてほとんどなくなってまいりました。それは1次救急をやっていただけるという方がそういうパートを受け持っていただいたからということで、勤務医としては本来やるべき仕事に専念できております。それは集約化ですとか役割分担とかそういうようなキーワードになると思いますけれども、そういう体制の工夫でもそういうことが可能ではないかというふうには思っておりますが、それは全部の科、全部の診療科に当てはまることじゃなくて、一部の診療科ではそれ以外の余りに過度な問題があって、少しやめてしまわれたり精神的に落ち込んでしまう、うつになるというようなこともあるかとは思いますけれども、大きな問題は、それも問題ですが、やはりやるべき仕事、やりたい仕事ができないというようなことも大きいんではないかというふうに私自身は思っております。小児科分野ではそれが大きいんではないかなというふうに思っております。
 別に開業医の先生も1次救急でありますけれども、研究も教育もやってもいいわけですし、やりたいと思っているわけですので、そういうことで、医者が将来学習をしていくようなキャリアパスがしっかりしておれば、それなりの医療体制は講じることができるんではないかと私は思います。

○竹田参考人 真弓委員からの質問ですけれども、一志病院というのは、いわば家庭医療センターで、非常に家庭医療医の施設としては非常に成功している例だと思います。ですから、それを大学の分院という、そういうことだと思いますけれども、分院にするかどうかという問題は、これはちょっと大きな問題なんですけれども、私どものもともとのコンセプトは、MMCという考え方があります。三重メディカルコンプレックスと呼んでおりますけれども、三重県の医療機関が、全体が一つになって、一つというか連携を結んで、全体で三重県の医療をよくしていこう、あるいは分担していこうと、そういう大きな組織がありまして、これが今卒後臨床研修とかああいうのをみんな分担してやっていまして、これは厚労省から非常に高く評価されております。要するに三重県全体の医療機関、まとまっているわけです、研修医の教育とか研修医の分配とかそういうことに。
 ですから、私は一志病院は一志病院で、どういう形になるかもわかりませんけれども、組織形態がどうなるかわかりませんが、やっぱり三重大学メディカルコンプレックスの中の一病院として一緒にやっていきたいと。三重大学の家庭医療学講座というのは、やっぱりちょっと一志病院とは少し性格が違うと思うんです、あるいは役割がです。一志病院は、僕は実践施設だと思いますけれども、大学の方の家庭医療講座というのは、まず医師の育成です、医師の育成をやっていかなくてはいけないと。それはやっぱり大学病院ではなかなかできないところがあると思いますし、それから学生教育もございますし、それから新しいいろんな研究テーマもありますので、そういうのをやっていかなければならんとか、あるいは県外との連携とかですね、あるいは日本全体との連携、あるいは学会との関連を深めていくとか、そういうこともありますので、やはり一緒になってというよりは、僕は別個に、一志病院は実践施設として、大学は大学で、一緒に連携してやっていくというのが私は一番理想的ではないかと、そういうふうに思っています。

○真弓委員 ありがとうございました。
 僕は津文化協会というところに所属しておるんですけれども、そこで三重大のいろんな分野の先生方を呼んで、あちこちで講演をしてもらっているんですけれども、先般一志地域で成田先生に来てもらって認知症の講演をしてもらったんですけれども、その講演というのは、ほかのところでやるときは大体多くて80人ぐらいの参加者なのに、130人ぐらい集まられて、質問も随分多く出たんです。1つは、三重大のお医者さんということ、それと認知症ということと、あとでアンケートを見たら、やっぱりそれが興味づけになって来ていただいたと。地域の人からは、三重大学医学部というものに対する信頼は非常に厚いんだと思います。その信頼を県立一志病院にもこれからも生かしていただいてもらいたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 終わります。

○駒田参考人 先程病院長がおっしゃいましたように、教育の場は三重県全体だというふうに思っております。パートの役割分担はありますけれども。三重大学という名前ですと、例えばほとんどの関連病院の病院長先生、あるいは診療科長の先生は三重大学の臨床教授、三重大学の臨床准教授、開業医の先生も三重大学の臨床講師という名称を一応付与させていただいております。ちゃんとこう免状みたいなものをお渡しするような式もありますし、そういった意味ではその先生方も三重大学の教育を担っている一員であるという自覚を持っていただいて、ぜひそういう名前を住民の方にアピールしていただくと、三重大学との関係がより明確になるんではないかと思いますので、決して開業医の先生は三重大学と全く関係ないわけではなく、教育では非常に深く、システム的にもつながってご協力をいただいているということを少しお話し申し上げておきたいなというふうに思います。

○山本委員 私は、志摩に住んでおる者であります。内田先生と志摩のあるところで会わせていただいて、あの先生はあり方検討委員会のときにも議会に来ていただいて、志摩病院はどうあるべきかというようなことも非常に悩んだと。だけれども、指定管理者ということで今進んでいるわけです。非常によくわかってみえる、志摩の医療というのを非常によくわかってみえる先生でした。その先生は学長なんですが、県が今、指定管理者、志摩は指定管理者と。四日市は独立行政法人だというようなことを打ち出してきて、今に至っているわけです。では指定管理者で手を挙げておるところが2つあると、法人で2つあると。しかしその名前は言えないというようなことで、我々委員も憤慨しているわけです。というのは、どこのその機関かわからないままに条例案を出してきたり、予算を出してきて、これで審議をしろといっても無理なんだと。イメージがわかないじゃないかというようなことで、今我々議論をしているわけですが、それなら三重大の先生を1回こちらの方にお越しいただいていろんな話を聞こうじゃないかということで今日こうやって議論をさせていただいているわけですが、巷間言われているように、その指定管理者として来たとしても、それぞれの今基本方針が出ているんですね、どのページを上げても三重大との協力は欠かせないとか、三重大と協議をさせてもらうとかというようなことがあるわけです。かといって先程のスライドのように、限られた医療資源の中で、じゃ志摩だけが三重大を頼っていいのかというようなこともあるんですが、できるだけということだと思うんですけれども、それはそれで協力していただけるとして、指定管理者が今想像するに、言っていいかどうかわかりませんが、例えば地域医療振興協会なら三重大は協力できるだろうと。しかし別のところ、いろいろありますけれども、できないとか、そのことが巷間言われているわけじゃないですか。我々の知らない世界、医学の知らない世界でそういうことがありますよね。いわゆる学閥とか、そういうことというのが依然としてある中で、あそこだったらもう協力できないねというようなことがひょっとしてあったとした場合、不幸なのは何かといったら、その地域に住む住民であるわけです。そんなことを心配しながら、これから約2年間かけて三重県は前へ進んでいくわけですけれども、そのへんのところのその先生方たちの三重大としての取組というか、そういうものをちょっと教えていただければありがたいなというふうに思うんですが。

○駒田参考人 これは医学部長というよりは、私医師として、小児科医の教授としての意見ということでお聞きいただきたいと思います。
 小児科に関しましては、学閥というのは、私自身考えたことはありません。実際教室の働いている方がどこの大学出身かも知りませんし、決してそういうことはないというふうに私自身は思っております。指定管理者がどなたになるのかというのは私もよくわかっていないですし、先程申された機関がどういうところからも十分熟知しているわけじゃないですけれども、少なくても私の考える範囲では、学閥、例えば東大から来ているとか、名古屋から来ているとかということは余り関係ないんではないかなと私自身は思いますし、皆さんも大体そう考えておられるんじゃないかなと私は思いますけれども。
 あと、志摩病院自体は問題がありますし、例えば小児科、少なくなっていますけれども、何ていいますか、医師はやはり医療提供をどういうふうにしていくかということを考えるエキスパートじゃないかというふうに私は思います。お金のことは病院長言われるかもしれませんけれども、そろばんは不得意ですけれども、住民がどういう病気がはやっていて、それに対してどういう医療体制で臨めば一番いい良質の医療を提供できるかというのの一番考えられる専門家は医師ではないかというふうに思いますので、例えば一例ですけれども、ある地域がありまして、医療提供体制はどうあるべきかというふうにもし私たちに、特に私、小児科ですから、小児の医療体制はどうあるべきかと考えた場合には、こうあるべきだというふうに申し上げることはできます。ただそれが現実、実現されるかどうかに関しましては、それはいろんなファクターがあると思いますけれども、少なくても専門家が言う意見を十分重くとってほしいなというのが私自信のお願いでもありますし、それに関しては学閥は全くなくて、例えばどこどこの大学と一緒にやりましょうかと、それはもう全然ウエルカムですし、ただその場合にも、こういう医療体制を作るからこうやりましょうというのがないと協力体制もできませんので、それのいいご意見を言わせていただけるのは、やはり医師ではないかなと。そういうところ、実際やる医師がこうあるべきだといえば、もうここにおられる先生方皆さんが団結していただいてサポートしていただければ、医療体制はよくなるんではないかというふうに思いますので、それは各それぞれの地域性はあると思いますけれども、そういった意味で専門家の意見をぜひ重くお聞きいただきたいなというように思います。
 以上でございます。

○竹田参考人 まず学閥は、昔は医者が多くて病院を取り合いしたわけです。よその県まで行って自分のところの卒業生をどんどん出して、就職先を確保するためにみんな病院の取り合いをしたわけです。そういうときは物すごく学閥は強かったんですけれども、最近はみんなどこの大学でもそういう余裕がないわけです。京大でも静岡からどんどん引き揚げて、もう人がいないということで。そうすると、もう本当に学閥というのは、昔私どもが考えていたああいうものは随分なくなりまして、もう譲り合いとまではいきませんけれども、かなりそのへんは柔軟になっていると思います。ですから、どこどこの大学の連中が来たからうちはもう引くとか、そんなことはまずもうなくなっていると思いますし、来るときも多分一緒になってやってほしいということで来られると思いますので、そこは余り危惧されることはないように思います。
 それともう一つ、やはりどういう形で指定、決まるかどうかわかりませんけれども、少しでも医師が働く環境と申しますか、待遇がよくなれば、やっぱり行く人が出てくると思います。やっぱり今一番問題は待遇が悪いということなんです。それは給与の面だけでなしにいろんな面で、うちの内科の連中に聞いてみますと、やっぱり非常に行ってつらいと。だからもうちょっとこうアットホームな感じで迎えてくれるとか、あるいは勤務時間がもう少しいろいろ楽である、もう少し軽減されておればとか、やっぱり待遇が一番大きな問題だと思いますので、その辺が改善されれば、やっぱり行くべきとこには行かんならんという、そういう意識は持っておりますし、県内の医療機関ですからほうっておくというわけには絶対いきませんし、しかも大きな公的な機関でございますし、ですから、ただ、将来的に見て、その伊勢志摩地区の医療の再編がまた起こってくると思いますけれども、それがどういうふうになっていくかによっても変わるとは思いますけれども、ですから、どこかが入ってきたからもう僕らは知らんという、そういうことは絶対ないと思います。三重メディカルコンプレックスというのはそういう意味で私どもやっておりますので。

○山本委員 ありがとうございます。
 学閥というか、違った医療機関がという意味でのそういうことですね。それで、それはないと言っているんですが、今の紀州のセンターありますよね。奥野先生がやってみえる、自治医大の関係の人です、非常に頑張ってくれているわけですが、あそこと、例えば志摩との連携というようなものが余りこうないんじゃないかなというふうに思うんです。どちらが努力しないのかわかりません。また地域の我々が努力しないのかもわかりませんが、あそこと連携することによって、また伊勢、今竹田先生がおっしゃっていた日赤が今建てかえていて、非常に大きくなってきれいになることによって医師がどういうような動きになっていくかということも非常に注視されておるわけですけれども、伊勢、志摩地区をとってみると、鳥羽の離島の診療所とか南勢町の病院とか、あと志摩病院と、あと志摩市立病院、このへんのこの地域の連携の中で、どう県立志摩病院を存続させていくかということですが、今の形態ではもうギブアップだと。知事もそう言っておるし、県の健康福祉部も病院事業庁も、非常に厳しい状況に置かれておるという中で、果たしてどういうような枠組みで持っていくかというのは、主導はどこがやっていけばいいんですか。三重大がやっていくんですか、それとも例えば県の病院事業庁なり健康福祉部なりが、というてもお願いするのは三重大にお願いするわけですから、このへんのところのその主導権とか、誰が引っ張っていってくれるわけですか。

○竹田参考人 志摩地域に4病院ございますね。それで、ちょっといろいろ私もお話をお聞きしたんですけれども、なかなか一つにまとめるというのは難しいです、確かに。2つずつがこう何とか連携してやっていけるかなというようなことを今ちょっと言われていましたけれども、ただ、県立病院であったり町立病院であったり、それから厚生連の病院であったりとか、みんなそれぞれ違うわけです、母体が。ですからそれを一つにするというのは非常にまた難しいところもあると思います。どこがリードをとってやっていくかというのは、これは大学病院でもなかなかそれは、私どもではなかなか決められないところがあって、医師派遣のためにいろいろこちらも努力することはできるんですけれども、どこが主体になってやれと、おたくはこうしろとか、そこはなかなか言えないところが、難しいところがあって。ですから、母体が違いますので、そこが私は一番難しいと思うんですけれども。やっぱり県の方でそういう医療施策を全体的に統括してやっていただいて、あるいは県からたたき台を作ってもらって、それをみんなで検討するというのがいいんじゃないかとか思ったりもして、なかなか難しいと思いますが。

○山本委員 それで、今現在進行形です。現在ingで指定管理者でもっていこうと。そこへ三重大の大きな協力をいただきながら、あのへんの医療を担っていこうと、こういうことで今審議しておるわけです。それで、先程一番初めにおっしゃったように、指定管理者に関して問題ないんだと。どこの医療機関であっても我々は協力するんだということを駒田先生がおっしゃったわけですが、実際に地域の人たちもいわゆるその県立病院ということで安心感があるということも1つだし、かといって現在のこの県立病院というこの体制では医師も集まらないし、これではいけないというんで新たな方策を模索しながら指定管理者ということを選んだわけです。だけれども、実際に志摩病院の医師の中には、これ2年先どういうような方向になるかわからないからやめてしまうよといって、内科の先生はもうやめてしまったというような、こういうことも現実としてはあるわけです。指定管理者と決まったとしても2年間、今の現状のままで持ちこたえられるかといったら非常に厳しい。小児科の先生もやめてしまうねというような、こういう状況の中で、この2年間を支えてくれるのはどこかといったら、もう三重大の先生しかいないんですよ。指定管理者が決まったとしても。そこの協力というのはやっていただけるんでしょうか。

○竹田参考人 どういう形といいますか、内科医を派遣できるというのはちょっと確約はできませんけれども、例えば先程申し上げましたような家庭医療医とか、総合診療医とか、あるいはほかの診療科で何とか応援するということはもうできるだけやっていきたいと思っています。本来なら内科医がもうちょっと増えて、しかも最後に言いましたようにローテンションですね。内科医がこう専門だけやなしにいろんなことも見えるような下地をつくって、最初に教育しておいて、それから専門診療をやると。そういうふうになると、昔はみんなそうやったんです。私たちの若い頃はみんなですね、内科の先生というのはもう心臓も診るし頭も診るし、それからお腹も診るしということをみんなやってくれたわけです。だから地方に行けたんですけれども、今の若い先生はもうみんな専門しか診ないという、そういうことになっていますので。だからそこのローテンションをできるようにしますと、4月からそれは始めますので、3年ぐらいしたらある程度そういう医師も増えてまいりますし、内科の方ですね。だから、できたらそういう医者を増やして、内科医も応援したいと。とにかくやっぱり今すぐできる、1人でも2人でも医者を欲しいということになると家庭医療医だと思います、今は。

○山本委員 最後に、正規といいますか、医師の先生を招聘するに非常に厳しい中で、それを補っていただくのが研修医の先生だと思うんです。今の先程のスライドで、研修医の先生、やっぱり高度な知識を身につけられるというのでいろんなところへ行きますよね、都会へ行ったり何かしている。じゃ自前で後期の研修医を、例えば志摩病院なら志摩病院に招聘するに当たって、どういうことを努力すれば研修医の先生が来ていただけるのかということを、もうずばっと言っていただければありがたいなというふうに思いますが。

○竹田参考人 特に後期の専門診療科を目指すような医師が行きたがるような病院にするということですよね、やっぱり。そのためには、やはり例えば循環器の専門家で非常にアクティブにやっていて、もう若い人が皆あこがれるというような、そういう医師を1人、それで新しい最新鋭の装置を1つ入れたら随分変わると思います。例えば新しい治療装置、血管造影の装置とか、そういうのを1つ入れて、目玉になるようなものをですね。例えば今松阪市民病院が循環器で一生懸命、あそこはもう循環器なんかほとんどやっていなかったんですけれども、去年ぐらいから、循環器の医者が行って、彼はまた物すごくやるもんですから、それで急患も皆やりますし、それで結構人気があって研修医も多かったです、今年は。だから、誰か1人そういう人をゲットすれば、そういう医者が1人おれば随分変わると思います。医者と機械ですね。

○山本委員 ありがとうございます。
 たまたま松阪市民病院の病院長は僕の同級生なんですが、そうやって努力されているというのは本当に褒めていただいてありがたいなというふうに思います。
 それで、スターを育てるということ、それから装置を入れるということが研修医の大きな要素だというふうにも私も思います。その意味で、前の病院長の吉村先生なんかは大腸の権威だということで、私は委員会のたびに行政の皆さんにスターがいると。諏訪の蒲田先生のように志摩にも吉村先生がいるよと。だからこれをPRして、研修医を志摩に来るように努力したらどうかというようなことも今提案しているところなんです。その意味で、また委員会がこれから始まりますので、先生から今日いただいたアドバイスを県当局にぶつけてみたいな、そんなふうに思います。ありがとうございました。

○駒田参考人 病院長ずばっと言われましたが、僕はぼやっと言わせてもらいます。
 医学生にアンケートをとりまして、僻地医療に一定期間だったら行ってよろしいかという質問をすると、たくさんの方がイエスとおっしゃっています。じゃその熱い心を研修医になった時点までいかにして持っていただくかというのが医学教育の一つの工夫かなと。今現在医学教育センターで考えておりますのは、ぜひ医学部の1年生、2年生のうちからぜひ地域の、医学の地域の位置づけはないんですけれども、例えば健康教育ですとか、おじいちゃん、おばあちゃんの前へ行って血圧をはかったり、こういう生活習慣はこうですよというようなことのお話を実際の場へ行ってしていただくというようなことをぜひやってみたいなと。それに関しては、予算なりカリキュラムの改変が必要ですので、これは今後考えていかなければいけないでしょうけれども、ちょうどセンターの教授も決まりましたし、彼はそういうことを考えていましたので、ぜひ、彼自身が阿田和の出身ですから、そういうところのことを考えながら、特にそういう高齢者の方々のいるところへ医学生を送って、地域医療、僻地医療のおもしろさ、魅力を1年生のうちから感じていただいて、臨床実習もそういう僻地へ行くのが義務になっていますから、そういうときに彼らがいかにいい印象を持つか。ただ単に一言、こんなとこへ来てなんて言われますと、それでもう終わってしまうんです。そういう教育というのが、反面が、一面がありますので、そういう面ではいい医療を、魅力の感じられる教育をすることが、将来研修医になった時点で1、2年で行ってみようかというふうなことにつながるんではないかなと思いますので、ずばっとじゃないですけれども、そういう地道な教育の活動も大事じゃないかなと思いますので、よろしくお願いしたいと思います。

○舟橋委員 三重大学と三重県との関係をお聞かせいただきたいんですけれども、駒田先生の方から、例えば私は小児科の専門医ですから小児科に関する専門的医者としての意見も申し上げられますというお話がありました。先日の、1月29日に三重大学と三重県が協定書を結びまして、内容を見せていただくと、何で今頃この内容で協定書を結ばんなんのと。その程度しか今まで三重大学に対して三重県は対応してこなかったのかな。つまり医者だけくれと言いには、しょっちゅう言ってきたけれども、いざ政策議論になってくると、審議会だとか協議会とかいろんな立場で入ってはいただいていただろうけれども、どっちかというと厚生労働省サイドを見た医療施策を三重県が進めてきて、三重大学に本音の話を聞かせてください、現場の医師の声を聞かせてくださいというような対応をしてこなかったんじゃないかという思いがあるんですけれども、それが現実なのか。また、この協定書を作ったことによって今後少し変わっていくのかなというところを聞かせていただきたいのが1点目と。
 それからもう一つは、医師研修制度が変わりましたですね。以前でしたら、あんたはどこどこの病院へ行きなさいと言えたわけですけれども、変わってしまいました。駒田先生の話で、24年の4月以降は少し枯渇しておった三重大学に残るドクターの数も、暖かさというか見通しが見えてきそうだというお話もありましたので、そうした状況になってきた際には、三重大学がそれぞれの病院へ派遣する権能が高まってくるのか。その結果、例えば今志摩病院だとか総合医療センターだとか三重県が持っている病院に、本人の意思を最優先に尊重しなければならないのは前提でしょうけれども、三重大学として、あんたあそこへ行ったら、行ってくれへんというようなことがどこまで権能として高くなってくるのかが、多くなってきた状況のときには知りたいんです。
 それから、総合診療と医者のスペシャリストとゼネラリストの話が出ていましたけれども、千葉県に視察に行ったときに、スペシャリストは大学が育てるものです。ゼネラリストは地域が育てるものですというお話を聞かせていただいてきました。そうした面では、いかにその地域で総合診療医がこれからやる気を持ってやっていくためにはどうしたらいいかというのは、また三重県と三重大学がもう少し親密になったらしっかり提言をしてはってほしいなと思いますのと、最後になりますけれども、独立行政法人化しますと、どうしても一番最後に赤字になったときに誰も面倒見てくれへんというお話がありました。その一つの傾向として、先生もおっしゃってみえましたけれども、論文の数が減ってきたとか。それから、研究よりも診療の方が多うなってきたというデメリットも1つはあろうかと思うんです。やはりもうけを中心に考えて、大学が持つべき研究という分野のところがないがしろになっていないかというのを心配するんですけれども、そこら辺はいかがでしょうか。
 以上です。

○駒田参考人 三重大学と県の仲がいいか悪いか。それは絶対いいわけで、三重大学は三重県1校の大学で医学部ですし、私自身の経験からしても、私も県の職員で働いていました経験がありますので、いろんな場合にご意見を言ったり、伺ったりする立場はフランクですし、三重県の人の性格かもしれませんけれども、余りけんかしてもしようがないな、一緒にやりましょうというのが多いので、意見は聞いていただくことが非常に多くてやりやすいです。ただ、そういうちゃんとした包括協定を結ぶということ自体の意味は、やはりそれなりにあるわけで、どういう身分でどういうことを根拠に三重大学は三重県の、あるいは三重県の医療に物を言えますかというところのよりどころにはなるという意味では、あるんじゃないかというふうに私自身は思います。だから、それがないから、あるから、しないするというわけではありませんけれども、一つの形にはなるというふうに思います。
 それから、派遣する医師の数は、私自身は医師の数は増えるというふうに信じておりますし、そういう方向でなければ医学部長、教授もやっておられませんので、いずれは増えると思います。ただし、派遣する先は、やはりそれなりのいい先でないと行きたくないというのは若い先生方のご意見ではないかと。やりがいがあるというのも1つですし、必然性があるということも1つですし、先程病院長がおっしゃいましたような、そういう働く環境もそうでしょうし、もっと言いますと病院の雰囲気というのは非常に大きい。私も志摩病院は何回も、年に1回、2回は行かせていただいて、内診もさせていただいてございますけれども、雰囲気がいいかどうかの判断が非常に大事かなというふうに思います。先生方が、院長先生方が訪れられて、病院はいい雰囲気かなというのはわかるんではないかと。事務所に行けばすぐにわかりますし、整理整頓ができているかどうか、ごあいさつはどうですかと、もう簡単なことなんです、わかると思います。医師を働かせる環境があるところには医師は行きたがりますし、競争して行くようなこともあるかもしれません。医師が、数ではなくて、数も増えますが、いい病院へ行きたいというような、そういう力も働くんではないかと思います。
 それから、教育、研究がちょっとないがしろになっているんではないか、貴重なご意見ありがとうございました。医学部長として感謝申し上げたいと思います。確かにそういう傾向はあります。病院長ここにおられますが、病院長も医学部の教授ですから、教育、研究もやられていますし、ただ、やはり大きな赤字を出してはいけないということもありまして、新しい病院ができて、やっぱり返さなければいけないので、それなりのことは考えなければいけないと思うんですけれども、ただ、何ていうんですか、嫌々やっているわけではないんです、診療を。私たちは診療が自分の得意分野ですし、やるべき仕事として自覚していますから、全然診療をいやいややっていて教育、研究をないがしろにしているんではないということだけはご理解いただきたいなと思います。教育、研究に関しましてもそれなりの努力をして、大学院の数を増やす、あるいは病院の職員であっても大学院生になれるとか、そういう部分の少し融通もきくようにしていただきましたので、研究しながら臨床もできる、臨床しながら研究もできるという体制で、そのへんの工夫をしながら研究体制、教育体制も担保していきたいなというふうに思っておりますし、私自身そんなに、僕自身が楽観的な方で、余り大変でしんどいなと言ってしまうような、そういう医学部長であるべきではないという考えですので、将来は明るいし、絶対に教育も頑張っていけばなりますし、お金もちゃんとなりますし、院長、借金言うてますけれども、大丈夫ですというようなことを言いながらみんなやらないと病院の雰囲気は悪くなりますので、余り何か体制が変わるとかこうなるとかといって、この病院大変だわ、落ち込むよなんてことを言うこと自体は決してよくないので、こういう委員会の方々にはぜひ病院はよくなると。こういうふうによくなるんだということを、職員にも伝わるようなことを言っていただくと、県からも言っていただくといいかなというふうに思います。もう不安になって、何やら管理が変わってこれどうなるかわからんでなんて言われると、もうそのこと自体が病院の職員には非常に極めて不安な気持ちを駆り立てる、何ら根拠のないことかもしれませんし、それはぜひお考えいただきたいなということだけお願いしておきたいと。
 以上です。

○竹田参考人 先程のご質問で、大学はスペシャリストを育てるところで、総合診療を育てるのは地域という、それで、うちの家庭医療学の今准教授ですけれども、彼といろいろ話していますと、確かに大学で本当に家庭医療医の育成をする必要があるのかと、そういう議論もあったんです、今回の教授の公募を始めるときに。そのときにいろんな話を聞いて、またうちの准教授の話なんか聞いていますと、要するに大学は総合診療医というスペシャリストを育成するところであると。つまり総合診療医というのはもうスペシャリストなんです。つまりもう何もかもこう寄せ集めでもう適当にやっているんじゃなしに、やっぱりそれなりにきちんとしたトレーニングを受けて、きちんとした教育プログラムで何年か指導してもらって、それで家庭医療医という専門医の資格を持つわけです。だから立派な専門資格なんです。だから大学にやっぱり要ると。特に地方の大学には絶対要るということで、私どもは今回こういう新しい講座を作ったということになります。
 それが1つ考え方で、やはり総合診療は、地域で自然にやっておれば自然に身につくような、そういう私たちも錯覚があったんですけれども、実はそうではなしに、やっぱりきちっと何もかもトレーニングを受けてやってくるんだと、そういう考え方でやっているようです。
 それからあと、確かに研究面とかで論文数が減ったとか、それは非常に言われていまして、日本全体がそうですね、今。これは必ずしも医学だけには限らないというふうには聞いていますけれども、確かに忙し過ぎるということはあると思うんですけれども、ただそれは、その利益を優先して、利益優先に病院の診療をやれということでなっている要素よりは、やっぱり人が少ないということがもう圧倒的だと思います。例えば大学にいる内科の医者、昔の助手、教授、准教授、講師、助手とこうおるわけですね。これはもう一つの講座で、これはどこの講座も一緒なんです、内科も小児科も。大体七、八人ですかね。それがスタッフと呼ばれるやつですけれども。その下に医員というのがおりまして、これは一応非常勤になりますけれども。非常勤の医者がいて、彼らが実際は一番アクティブにやってくれる若い医者なんですけれども、その内科の医者が、昔は内科、例えば循環器内科といったらもう20人も30人もおったわけです。ところが今1人か2人しかおらんです。物すごく激減しておるんです。だから内科を皆合わせても、もう本当に七、八人ぐらいしかいない。もちろん大学院の学生は別におりますけれども。だからもうその若い医者、いわゆる一番働き盛り、それは研究もですね、研究に一番興味を持って一生懸命やるような若い医者が今非常に少ないというのを私は、研究論文が減っているという一つの大きな原因だと思います。それはもう本当にびっくりするぐらい少なくなっておりますので、そこが一番大きなところだと思うんですけれども。

○駒田参考人 論文数は、日本では減っているんです。三重大学の医学部は減っていません。それはみんな頑張っているからだというふうに思って、それだけ一言だけ。
 もう一つは、医者は臨床医だけじゃなくて基礎医学の医者もいるんです。医学教育をするには、解剖をする方。法医解剖なんていうのは最たるものですね。もしなくなってしまったら、多分三重県、医療は崩壊しなくても警察は困るんじゃないかと思いますし、そういった意味では基礎医学を志す医師、M.D.の医学部卒業生が減っています。これはもう三重大学だけじゃなくて東大、京大すべて。これは大きな問題で、本当に少なくなって、医学教育を受けていない人が医学教育を担当することになってしまう。これは非常にゆゆしき問題だと。ある大学は、30年間以上解剖医は1人も医者が入っていないというようなこともありますので、これも非常に大きな問題ですので、県立病院のあれには関係ないんですけれども、医学部の現状を知っていただく大きな問題であるということだけは、少し一言だけ申し添えたいと思います。

○舟橋委員 総合診療科を全然否定する意味ではなくて、やっぱりきちっとした教育を受けていただいた、また研修もちゃんとしていただいた方が地域で活躍いただける。そのための役割は絶対三重大学に果たしていただかなならんと思うんです。
 ただ1つ思ったのは、一志病院が今民間譲渡やといって、相手が、パートナーがいなかったもんで、当分の間、引き続き検討するというような中途半端な表現で今知事から提案が出されています。そうした際には、駒田先生がおっしゃるように、三重大学と三重県の関係が良好ならばこれだけ全国的にも評価をされている、家庭医療の実践フィールドをもっと大切にしてくださいと三重大から県に対して言ってもしかるべきだろうと思いますし、医者の数が減ってきたのが現実で、引き上げたというのはわかるんですけれども、三重県の、例えば志摩病院がここまで落ち込む前に、いわゆるさっきのその病院の雰囲気だとかいろんなことも踏まえて、こうしてもらったらもっと三重大学から医者は行くんですけれどもねという提案をすることによって今の最悪の状態を避けられたんではないかという気もするもんで、今後三重大学から積極的に発信をしていただきますよう、三重県に対してお願いをして終わります。

○藤田委員 2点だけちょっと質問したいと思うんですけれども、まず1つは、県立病院もさることながら、今県内の自治体病院というのは大変厳しい状況が続いているわけです。名張地域、上野地域にしましても、紀州の方にしましてもそうです。先程のお話の中で、内科医がもう激減をしてきているけれども、どうしても各地域からの要望が来るのは内科であると。そこへ家庭医療なり総合医療なりの分野から派遣をすることによって内科のお手伝いをし、行くことは可能ではないかと、そういう方法もあるんじゃないかというお話があったんですけれども、現実的に大学の方から各地域へ、そういうふうな形態変更があれば派遣要請にしていただくような、逆にいうと大学側の余裕というのはあるんでしょうかということが1点です。
 それからもう1点は、研修医の確保という問題についてリンクしてくるんですけれども、それぞれの専門性を持った研究時間の保障というのも、もちろん金銭的な待遇も大切でしょうけれども、それ以上に私はやっぱりドクターの方々が望んでみえるのは、その時間的な問題、それからご自身の研究をいかに進められる環境にあるかということになってくると、結局両方とも、少なくともある程度の人員が確保されていないと、例えば夜勤も増えるでしょうし当然連続勤務というようなことも、いわゆる悪循環にまさに陥ってしまっていると今感じるんです。それを考えますと、先程前段で申しましたそのことが、いわゆる内科の方々をお手伝いすることのできる環境を整えていけるポートがあるんであれば、そこを検討していくというのが一番、全体的な流れで結局よい方への転がりをし出すんではないかなという思いがあってちょっとご質問をさせていただきたいと思うんですが、いかがでしょうか。

○竹田参考人 後の方のご質問は、要するに地域病院の待遇をよくすれば内科医が行く可能性があるかということですか。

○藤田委員 いや、逆です。家庭医さんたちが応援をしていただくことで、いわゆる内科体制が充実がしますよね。そうすると結局研修時間なんかが増えてくることによってまた逆に研修医さんが来ていただける、そういうローテーションになっていく。

○竹田参考人 僕はそのとおりだと思います。つまり今までもう本当に負のスパイラルに入っていて、どんどんどんどん悪い方向にばかり行っておったんですけれども、どこかで突破口を作らないと、これずっと同じようにどんどんマイナスばかり、負のあれに行ってしまいますよね、デフレになってしまうんですけれども。1つは、もうとにかく今お見せしましたように、内科医には今すぐには期待できないところがある。これはやっぱり気の毒です、彼らに行け、おまえ行けと言われて、先生僕は心臓ばかりやっとってお腹のあれは、胃カメラまでもできませんよと言うても、そんなん行けと言うても、それはやっぱり気の毒なんです。そして万が一、間違えたら訴訟になるわけですから。だからやっぱりどうしても行きたがりません。そのために、やっぱりこの内科の医者のまず教育を変えて、だから3年間ぐらいかけてじっくり、一応は一通りできるようにして、それからだったらまだ行くと思うんですけれども。それまでは僕はもう家庭医療医に頼るしかしようがないと思うんです。
 1つは、今度志摩病院に1人常勤で行きます、家庭医療医がです。一応応援ということになります。それから上野も今ああいう状態ですので、今ちょっと家庭医療学の先生方と話して、何とかできないかということを話しております。ちょっとでもそういうのは行って、少しでも状況が変わってきたら、次はやっぱりまた内科医が行くときは行きやすいし、家庭医療医というのは結構いろいろできる人がおるんです。内視鏡もやれるし、そない専門家ほどではないですけれども一応はやれるとか、みんな一応トレーニングを受けてきていますので。ですから、彼らが行ってまず突破口といいますか、今までの流れをちょっと変えると。それでちょっと頑張ってやってもらって、内科医がこう充足してくるまでちょっと待ってもらうと。1つは、僕はそういう方向しか、これいつまでたってもこれいい方向には向かっていかないんやないかなと、どこかで方向を変えないといけないと、そういうことで家庭医療医というのを私は一番期待しているんですけれども。

○藤田委員 現実的に派遣を考えていただいているお話を出していただいて、本当に大変うれしかったんですけれども、確かに今そういう状況があるのと、もう一つ私どもが非常に危惧しているのは、例えば一志病院にしてもそうですし、不安材料がまさにこうどんどん出ているわけですよね。逆にこの時期だからこそ県がきちっとした姿勢を示すことが、逆に大学にも信頼を得ることだと思うし、それぞれの病院のドクターたちが頑張ってそこでやっていこうという気概を持っていただくという意味でも大変重要なのではないかということで、今議論をさせていただいているわけです。そういう意味で、今のお話よくわかりますし、確かに私もいろいろ先生方とお話をしていると、自分たちは30時間、40時間連続して働く、それが嫌なんじゃないんだと。そのことについては、ただ自分が体を壊したらどうなるのかということ、それから自分自身の研修というものがどうなっていくのかということ、そのへんがやっぱり重要なんだよという話をよく言っていただきます。だから、そのへんを保障していくためにいかに方策があるかということを我々としてもしっかり研究をしていかなければならんと思うし、そういう意味で大学の方とのいろんなこれからの連携なりコンセンサスというものを得てやっていきたいと思います。ひとつよろしくお願いします。

○長田委員 今舟橋委員の意見にもございましたけれども、医師が望む病院には、人と新しい機械と雰囲気が主な点であるということの中で、現段階で県立病院がこのような状態になったということに対しては、やはり何が一番欠けておったように思われるかという点と、あと、志摩病院の場合を例にとりますと、そこで今度指定管理の中でどんな病院が出てくるかわかりませんが、そこの改革する中の新しい指定管理者に対して望むのは、どの点を一番重視していただければ三重大学として一番協力ができるというところの2点だけお伺いしたいと思います。

○竹田参考人 まずその、今までの県立病院がなぜこんなふうになってしまったのかということでございますけれども、これは公立病院も一緒だと思うんです、市立病院ですね。結局ですね、やっぱり例えばいろんな装置にしても、非常に目新しい目玉となるようなものは余りないと。どこも同じようなものが入っておって、それで結局余り個性がないということです。結局要するに若い医師を引きつけるようなそういうものがなかったということも1つやと思います。何かやっぱりみんな横並びに、みんな同じような病院ばかり作ってきたと。それは自治体病院だけではなしに公的病院もみんな一緒なんですけれども、もちろん昔の大学も一緒だったと思いますけれども。だから、そこがやっぱり僕は1つ一番大きなことで、結局行く魅力がないと。そうしますと、やっぱりもっとアクティブにやっている、都会の病院というのはそれはその最たるものですけれども、県内でも、例えば済生会とか日赤なんかは非常にやっていますし、四日市市民とかああいうところはどんどんやっているわけです。だからやっぱりどうしてもそっちへ行ってしまうという、そういうことが1つあると思います。
 ですから、やっぱり組織が変わったら、こう何かやっぱり魅力あるような、何か引きつけるような医療体制なり待遇なり、何かそんなものをぜひ作っていただきたいと。しかも、私がちょっと大学が法人化されて感じたことで言いましたように、やっぱり事務組織が変わっていただきたいと思います。事務組織がかたいところは絶対だめですよ、もう。僕らが思って、やっぱりもうこんなこと今すぐやらんと、1年以内にやらんとこんなもん絶対時代おくれになってしまうよというても、やっぱり昔は五、六年かかりましたら、国立大学の頃は。新しい装置を入れるにしろ、あるいは新しい部署を作るにしろ、ずっと待って待って、文科省の許可がおりるまでずっと待ったわけです。結局もう全然時代におくれてしまうと。それがすぐできるということは、やっぱり物すごく僕らのインセンティブ上がってきますし、先程医学部長が言われたように、やっぱり医者としては理想のあれがあって、こういう医療組織を作りたいと。でもどうしても事務とはぶつかってしまうわけです。そこのあつれきができるだけ小さくて、こちらの理想の医療体制、組織が迅速にできるという、私はそういう組織を作っていただいたら結構やっぱりそれは人気が出てくると思いますけれども。

○駒田参考人 病院の雰囲気が大切と申し上げましたけれども、県立病院の雰囲気が悪いとか言った覚えはありませんでしたので、それだけ修正していただければと思います。
 あと、医療政策を考える場合に、住民のご意見というのは確かに必要だと思います。非常に大事だと思います。ただ、医者の意見というのも非常に大事で、例えば極論を言いますと、医者が1人いて、外来が1日待っても2人だけだった、入院はゼロですよと。1人医者は要りますか。でも2人来られているんです。それは仕事量になります。それから2人が非常に重症だったと。軽症で風邪だけだったと、これは仕事の種類が違います。どこから来られますかと、距離もあります。医療政策を考える場合に、やはりもう少しきめ細かいといいますか、非常に分析をしていただいて、そういうデータが非常に少ないんではないかと僕自身は思います。僕は紀南の方へ年に2回ぐらいは行って、熊野市長さんとかそういうふうにお話しするんですけれども、一体この1年間病院に何人が来られて何人が入院し、一体どこからの方が入院されたか。どういうふうにケアされたかというデータはありますかと申し上げても余りないんです。わからないわけです。それで医療政策をやりましょうと言われても、医者が何人、どういう医者が要りますかと言われても、これなかなか議論にならないんじゃないかなと僕自身は思います。医療政策室というのが県にありますから、ちょうど県と三重大学がこうなりましたので、もう少し研究というとちょっと言い過ぎですけれども、政策を考えるにはやはり非常に緻密なデータの蓄積がないと、本当に正し医療政策はできないんじゃないかというふうに思います。ただ、もちろんそれはそれなりに、例えば脳卒中ですとか腫瘍、いろいろな分野があって、それなりに研究をされていますから、それをしっかり分析すれば、三重県に、あるいは志摩地域に、紀南地域に、名張地域にどういう医療体制でどういう医者が何人いて、こういうレベルだったらここ、3次医療はこうしましょうというしっかりした情報発信があれば住民の方々の不安もかなり軽減できるんではないかなと思います。便利さもありますけれども、住民の方に便利さだけではなくて医療を受けていただく体制はこうですよということが住民の安心にもつながるんじゃないかと思いますから、ちょうど県と三重県がタイアップしましたので、そういうもう少し、今までも十分努力はされていて県も頑張ってこられていますけれども、やはりそういう医療体制のきめ細かい理論に、エビデンスに基づいた医療体制を作っていくという努力が今後さらに少ない人数であり、医者もスペシャリストが多くなる中で、やはりゼネラリストが少数の中で、やはりそれをどういうふうに配置していくかということの理論がないとなかなか難しいという気がいたします。

○奥野副委員 三重大学が志摩病院の指定管理者となることはあり得ないのでしょうかというのが1つ。
 もう1点は、先程ちょっと雑談の中で先生方とお話させていただいたんですけれども、公立病院、県立病院も市立病院も含めて、もともとが行政が病院をやるというのは黒字を目的としてやっているわけじゃないんですよね。その地域の人たちの安全・安心を確立するためにずっと長い歴史の中でやってきたと。今ここで県がいろんな議会も含めて、何でこんなに赤字なんや、おかしいやないかというのがこう出てきてこのことになったと思うんですよ。それはもう根本的に私は間違っているんじゃないかなと思います。そういう意味で、やはりもう一度医療というのを考える必要がある。それは、やっぱりこの三重県全体の中で広域的に公立病院、県立病院、市立病院含めて、本当に医療がどこでどういうふうな形で持っていくか。仮に志摩病院なら、旧の町立病院があったと。今志摩市立病院になっている、県立病院がある。そういうのも含めて伊勢市にもある、南伊勢町にもある、いろんなところにありますから、そういうもんを含めて、専門的な、ここの病院であるならば脳がいいだろう、ここは心臓とか、そうしたら先生方もいろんな好みというのか、自分の専門分野の方へ行って、そこで自分のバージョンアップをしていくということもできるんじゃないか。そこらへんを考えていかないと、これからの医療は恐らく崩壊していくんじゃないか。だけれどもこれ崩壊していったら困るわけなんです。民間病院だけではこの地域の安全を守れませんから、やはり自治体が赤字を、どこのへんの赤字までを覚悟するか。だけれども赤字を覚悟して、やっぱり自治体が本当に、知事が、知事は僕は真剣になっていないと思うんですよ、実際言うて。本当に知事が旗振りをしてこの三重県の医療を考えていく必要があるんではないかなと思うんですけれども、もう時間もないですので、それもあるでしょうという答えがいただければありがたいと思います。

○竹田参考人 まず三重大学が志摩病院の指定管理になるかどうかというのは、これは私らの決められることじゃなしに、これは学長が決めますので、学長がやると言ったら私どももそれは喜んでやりますけれども、ちょっとこれは私どもはお答えできません。
 それからあと、先程奥野委員の言われたことですけれども、やっぱりそういうふうにうまく役割分担すれば、それは本当に理想なんです。もともと先程言いました三重メディカルコンプレックスですね、三重県全体の医療機関が一緒になってやっていこうという、これはもう20年ぐらい前の発想なんですけれども。それはですね、例えば、小児科はそれをやっているんです、大学は血液、腫瘍の疾患の子どもたちが集まって、三重病院が慢性疾患で、三重医療センターが新生児とかですね、こううまくやっているんです。それを三重県全体の内科も外科も含めてやろうということでやったわけです。みんな集まって、僕なんかもその頃、将来構想委員会でそういうふうにやって、矢谷医学部長から言われて、やれとか言われて。それは確かにいいんです。三重県全体でそれでやって。例えばアメリカのテキサスなんかそうなんです。テキサス州の、あそこはもう大きな病院がいくつかあって、それでそれぞれ専門病院があって、全体で非常に立派な医療圏になっているわけです。それを三重県版でやろうということでやったんですけれども、そのアイデアはよかったんです。ところが、例えば糖尿病はどこがやるかとか、それから膠原病はどこがやるかとかなったら、みんな糖尿病をやりたがるわけです、病院が。つまり収支がとれるから。でもそんなん膠原病みたいの絶対うちは嫌やと。今患者おらんし高いし、全然みんな赤字ばっかりやから絶対嫌やとか、今度そういうことになってしまって、そうしたら結局みんなもうじゃ好きにやろうということで結局今みたいになってしもうとるんですけれども。だから役割分担はなかなか難しいです。診療報酬の違いですね、それから患者さんの違いです、数の違いです。それがあってなかなかこう分担するのは難しいところがあります。そこをうまくやるためには、どこかの自治体がある程度赤字を、そこを補てんしながらうちはこれをやるとか。例えば志摩地区やったらそういうことは、うまくやればできるかもわかりません、そんな珍しい病気は別にしまして。

○奥野副委員 今後期高齢者も全部三重県全体の連合ですよね。だからそういうことを考えていったら、ここの病院は膠原病でも、赤字はどんだけしてもよろしいんですよ、ここでプラスになりますからという。だから、やっぱり三重県全体で連合体を作ってそれぞれの自治体が、県が2分の1を持つ、そのほかの自治体がその大きさに応じて持っていくということにすれば、その中で人件費とかいろんな難しい問題があるかと思うんです。そうしていかないと、やっぱり医療を守っていかれないんと違うかな。おっしゃるように、もう赤字のところは困る。だけれども赤字も黒字もみんな平等にそうなるんやというふうになれば守れるんじゃないかなと思うんですけれども。これはちょっと理想論ですので、そうあってほしいなと思うだけです。

○北川委員長 ほかにご質疑はございませんですか。
 なければ1点だけ私の方から。もうわかり切った話になりますが、今日のお話でお2人の先生から家庭医、総合診療の重要性というのを改めて聞かせていただきました。県としてこの家庭医、総合診療の分野を政策医療の一つとして位置づけをして、そしてそれを、例えば一志がいいのかどうかわかりませんけれども、三重大と連携をしながら実践の場も作り、そしてそこでのノウハウを全県的に広げていくという政策医療としての取組というのは十分意味があるといいますか、そういう位置づけは必要だというふうにお考えでしょうか。確認です。

○駒田参考人 僕が十分理解していないもんで正解な答えになるかわかりませんけれども、政策医療とは何かということから言わないといけない。医療というのはみんな重要ですし、どこが重要でどこが重要でないということはないので、委員長がおっしゃりますように、今後家庭医療医を育成し、それが医療崩壊を、結果的になる。あと内科のスペシャリティーが分かれているのを、やはりそれを総合的に診る医者が欠落していてそれを政策的に養成しようという意味であれば、それはそういう意味はあるというふうに思います。ただ、僕は小児科医ですから、小児科医、みんな総合医ですよと言いたいんですけれども、別に私自身が一応血液がん専門ですけれども、アレルギーでも何でも診ますよという専門医でありますので、今さらという気はするんですけれども。ただ、内科の特殊性を考え、臓器別が進み、現状がそういうぎくしゃくしたギャップができていることを補正する意味での家庭医、総合医の育成であれば、それを政策として打ち出していただいて、全面的に要請していきましょうということを1つ働きかけするのはそれなりに意味があるかなというふうには思います。

○竹田参考人 くしくも県立病院で家庭医療センターみたいなものができたわけですね、偶然といえば偶然なんですけれども。結構全国的に有名になって、実はこんなことをここで言うていいかどうかわからんのですけれども、うちの息子も一志病院、家庭医療医でこの4月から勤めるんです、岐阜から帰ってくるんですけれども。つまり、やっぱりせっかく県立病院でこんないいこの組織ができ上がっておるのに、それを何かもっと有効に使ってもっと三重県の売りにしたら、今一生懸命奨学金を県から出して医師を集められておりますけれども、これももちろん大事な施策やと思いますけれども、あそこをもっと売り込んで、もっと全国から医者を集めたら、僕は来ると思うんです。それで地域医療をやってくれるということで、そうしたらそれは三重県としては一番ありがたいことやと思いますし、ぜひ僕はそういう方向で、例えば救急医療なんかもそうなんです。どこかの病院に関してはやっているともうだっと全国で集まってくるんです。ですから、僕はそれは逆に売りにすべきだと思いますから、もっと積極的に三重県としては一志病院のあの今の医療体制をよくして、そこを県の売りとして医者を集めるという方向に持っていった方がいいんじゃないかと、そういうふうに思いますけれども。

○北川委員長 ありがとうございます。
 ほかによろしいでしょうか。
 なければ、これで参考人からの意見聴取を終わらせていただきます。
 この際、参考人の方々に対し、委員会を代表して一言御礼を申し上げます。
 本日は、お忙しい中、本委員会のためにご出席をいただきまことにありがとうございました。
 大変厳しい地域医療の状況の中で、医療に従事をしていただいている皆さん方だけのこれは問題ではなくて、行政も、そしてまた我々議会も含めた地域住民も、それぞれの立場でやるべきことを精いっぱい努力をさせていただくと、そういう全体の中で地域医療を何とか守らせていただかなくてはならないな、こういう思いを新たにさせていただきました。今日委員会でちょうだいをいたしましたご意見を今後の調査にもまた十分生かさせていただいて、地域医療を守るために我々も頑張らせていただきたいと思います。
 本日は本当にありがとうございました。
 それでは、参考人の方はご退席をいただきたいと思います。
 委員の方は着席のままお待ちをいただきたいと思います。

 
  (3)委員間討議

○北川委員長 よろしいですか。
 それでは次に、委員間討議に入ります。
 本日の参考人からの意見聴取を踏まえて、委員の皆様のご意見をお伺いいたします。
 ご意見のある方はお願いをいたします。

          〔「勉強になりました」の声あり〕

○北川委員長 特にこの場ではございませんですか。

          〔「はい」の声あり〕

○北川委員長 では、ないようですので、委員間討議を終わらせていただきます。

 

〔閉会の宣言〕

三重県議会委員会条例第28条第1項の規定により押印する。 

健康福祉病院常任委員長

北川 裕之  

 

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