平成18年度三重県食の安全・安心フォーラム基調講演
基調講演
「食の安全・安心を考えよう」
~消費者、生産者、流通業者等の役割~
講師 科学ライター 松永和紀 さん
基調講演資料(PDF:437KB)
科学ライターの松永でございます。どうぞよろしくお願いします。
私、フォーラムの前に会場の展示をいろいろ見せていただきました。三重県は山の幸、海の幸が本当に豊富なんですね。豊かな食に恵まれたところで、皆さん暮らしておられるんだということが分かりました。きのこの栽培が非常に進んでおられるようで、私の大好きな、でも最近あまり見ないヒラタケは三重県が発祥だったのか、とかいろいろ勉強させていただきました。また、貝毒のモニタリングなど詳しくご説明いただきました。ぜひ、皆さまもご覧になったら良いんじゃないかと思います。とても豊かな食をお持ちの県のこういう場にお招きいただきましてお話させていただく機会をいただきましたこと、本当にありがとうございます。光栄に思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
簡単に自己紹介をしますと、大学の農学部で修士課程まで農業というか、植物生理学の研究をしておりました。それから毎日新聞で10年勤めまして、フリーランスの科学ライターとして活動してもうかれこれ6年くらいになります。ある意味、いろんなことを経験して、深くではなく、浅く広く知っているんですね。そういう状況から、今の食の安全・安心に関するいろいろな騒ぎや、問題を見ますとどうもおかしいなと思うことがたくさんあるんです。どうも私たちは心配しなくていいことを過剰に心配して、本当はとても心配しなくてはいけないことは知らないままになっている。それにはメディアの問題が大きく、誤解を与えるような報道が深刻な問題になっている。私自身も、そのメディアの一員として仕事をしていますので、何とかしなくちゃいけないと思っています。ですので、皆さんにそういうことを知っていただきたい。国の政策についてもゆがんだ報道が氾濫してしまっていますし、何より一生懸命やっている人たちを批判する、傷つけてしまうということにもなってしまって、どんどん相互理解から離れていくような状況になっていますので、本当のところはこうなんだというお話を今日いくつか具体例を挙げてご説明したいと思います。
(スライド2)
さて、今日のお話のあらましを簡単に述べますと、巷にあふれる食の情報というのはいろいろな意味で問題で、誤解が大きく広まっています。ですので、報道を見分けていただきたい、科学的に正しい情報を手に入れていただきたいと思っています。私たちが本当に心配すべきことは何なのかということに気づいていただき、その結果私たちに何ができるのかということを、皆さんお一人、お一人が考え始めていただきたいと思います。
(スライド3)
では、最初に今の食の問題を大まかに捉えてお話をしようと思います。とにかく考えなければいけないことがたくさんありますね。昔は食中毒とか、残留農薬、食品添加物の話辺りまでを心配していればまあいいかという感じでしたが、新しい不安というのがたくさん出てきまして、BSE、いわゆる狂牛病ですね。それから遺伝子組換えとかアレルギー、カドミウムいろいろありますね。健康食品や貝毒の問題もありますし、とにかく、次々に新しい言葉が出てきて、よく分からないまま情報の流れに押し流されてしまう。何だかよく分からないなあというような漠然とした気持ちをずっと私たちは抱えていると思います。深い理解をする暇がない。断片的な情報を鵜呑みにせざるを得ない。そこにメディアの問題報道というのが重なりますので、とにかく不安で不安で仕方がないというような状況だと思います。
(スライド4)
それを反映しているようなアンケート結果があります。これは、2003年に食品安全委員会が行った調査で、ちょっと古いんですが、今も傾向はあまり変わらないと思います。「食品の安全性を確保するために改善が必要と考える段階」について、食品安全モニターの方に聞いたもので、回答では「農薬散布とか肥料の管理とか収穫時の管理とか、生産段階こそが問題である、改善が必要である」と考えておられる方がなんと8割ぐらいいらっしゃるんですね。製造加工、流通、販売とだんだん下がってきて、「家庭の段階、外食の段階で、食品の保存や調理方法の改善が必要だ」と考えておられる方は数%しかいない。これは多分消費者の方々の実感だろうと思います。
(スライド5)
ところが、実はちょっと違う。実態はどうかと言うことで、食中毒の発生状況についてグラフを作ってみました。食中毒は実は非常に深刻な問題で、件数からいくと年間に2,000件~3,000件位起きていますし、患者さんも非常に多くて、一番多いときは4万人くらいいました。今でもだいたい3万人弱というところをずっと推移しています。注意して見ていただきたいのは、死亡者数です。年の中で( )書きで死亡者数を書いていますが、年間数人から十数人が食中毒で亡くなっています。じゃあ、私たちが先ほど心配していたような農薬や、肥料とか生産段階の問題で亡くなっている方がいるかということを考えていただきたいんです。いないんですね。残留農薬で亡くなっている方はこの数十年、日本では一人も出ていません。ところが、そのことを私たちは気が付いていない。食中毒というのはいろいろな要因がありますが、実は家庭の段階、外食の段階で、微生物、病原性の微生物が繁殖することによる食中毒というのが一番多いんです。ところが、家庭や外食の方はちっとも心配しないで、生産者に問題があると思っているというのが今の消費者の状況です。
実は、今日の展示、安全を守るためにいろんなものが展示されていますが、多分リスクとして一番大きいのはこの食中毒です。ところが、皆さん、展示をご覧になっても、食中毒の話はおそらくすっと済まされたと思います。どうして、そういう間違った現状認識になってしまっているのか、やっぱり私はメディアの問題が非常に大きいと思います。2002年につけた矢印、この死亡者数を見ていただくと、18人出ています。これは他の年に比べても格段に多いのですが、実はこの年に栃木県ですごく大きな食中毒事件が起きています。病院とその隣の高齢者施設に共通に出す給食で食中毒事件が起き、原因菌はO-157、いわゆる腸管出血性大腸菌で、お年寄りそれから職員の方も含めて患者さんが100人以上出て、お年寄りが9人亡くなっています。食中毒事件としては非常に大きなものなんですね。でも、皆さん、多分ほとんどの方がご記憶にないはずです。あまり新聞記事とかテレビとかで大きく報じられておらず、非常に小さい扱いで、あっという間に、てん末もきちんと紹介されることなく報道はなくなってしまいました。
この時、実はマスメディアが一生懸命報道している別の事案があったんです。2002年といいますと年の初めくらいに牛肉の偽装表示事件があり大騒ぎでした。それから、春先には中国産の冷凍ほうれん草に何十倍とか何百倍という農薬が残っていたという事件があり、8月には無登録農薬を生産者の方々が使っているというような事件がありました。そちらのほうで、マスメディアが大騒ぎだったんです。そこら辺になると、連日大きく報道されていたというのは多分皆さんのご記憶にあると思います。でも、よく考えてみていただきたいんですが、中国産の冷凍ほうれん草を食べたり、無登録農薬の問題で死亡者がいただろうか。誰も亡くなっていないし、病気にすらなっておらず、健康被害というのは一切出ていないんです。でも大きく報じられて、なんとなくあちらのほうが深刻な問題だと受け止めてしまって、実は比べものにならないくらい深刻な問題であったO-157の食中毒事件は、誰も記憶に残していない、知らないという形で終わってしまっているんです。
マスメディアがどうしてそういう報道をしてしまったのかというと、その冷凍ほうれん草とか、無登録農薬事件は新しい話だったからです。今まで、生じていなかった非常に新しい問題で、しかも、悪役が中国や生産者と、はっきりしていたためにマスメディアが非常に書きやすい状況にありました。一方でこの9人も亡くなったO-157は、以前カイワレダイコンの問題で大騒ぎしましたけれど、その後ずっと継続して、患者さんは年間かなりの数出ていますし、新聞にO-157で患者さんが出たというような非常に小さい記事がしょっちゅう出ているんですね。ですので、メディアにとっては、大きな食中毒事件であっても、新鮮味がない、そんなに報道しなくても良いよね、というような判断をしてしまう。その結果誰も記憶に残っていないということになってしまっているんですね。私が言いたいのは結局報道の大きさ、報道の回数とリスク、食の安全におけるリスクということがまったく見合っていないということなんです。報道を見ていても、本当に気をつけるべきことに気を付けるとか本当のリスクを小さくするという行動に、私たちはなかなかなれない状況にあります。
(スライド6)
では、その当時、完全な悪役になってしまった農薬の実態についてご説明しようと思います。おそらく皆さんは、農薬は危険である、すべての生き物を殺してしまう、他いろいろあるだろうけれどまあ農薬の良いところなんて一切ないだろうというのが、大方の印象だろうと思います。でも、現実はちょっと違うんです。実は農薬の安全性の評価の仕組みというのは非常に厳しいです。ちょっと先にこちら(スライド7)を見ていただきたいんですが、農薬の登録制度です。登録制度といっても書類を出せば認められるというものではなく、実質的には許認可制度になっています。非常に厳しい研究、実験結果が求められますので、実質的には国が認可するというような形になっています。そのときに必要な毒性試験、安全性を確認するための試験というのは現在28種類あります。たくさん食べるとどうなるのか、たくさん皮膚に付くとどうなるのかというように細かく見ていき、いろいろなタイプの試験、発がん性の試験とか繁殖試験(子孫に影響が出ないか確認試験)など、これを全部クリアしないと農薬は使用を認められませんし、販売も認められないという仕組みになっています。暮らしの中で使われる化学物質で使用規制が農薬よりもはるかに緩いものは実はたくさんあります。
農家は農薬を使いたがっているわけではありません。農薬は高いもので、使うと生産コストが上がってしまって農家の方の儲けが減りますから、できたら使いたくないんですね。また、散布の作業は非常にきついものですし、消費者に嫌われているのは分かっていますので、農家は、農薬は3Kだし、なるべくなら使いたくない。ところが、消費者が望むようなきれいな野菜を作るためには農薬を使わざるを得ず、農家の方は大きなジレンマに陥っています。それからもうひとつ、私たちが見落としがちなところですが、農薬は省力化に非常に大きな貢献をしています。それに安定生産に役立っています。省力化を少し具体的に申し上げると、除草剤がなかった戦後すぐの田んぼでの除草時間を現在の農家の方の除草時間と比較するとなんと1/28になっているんですね。そして、そこでできた時間をちゃんと他の野菜や果物とかバラエティに富んだ食材の生産に振り向けているんですね。一生懸命他の方と違う商品を作って儲けようと農家の方たちも努力しているんです。そのおかげで、私たちの食卓はこんなに豊かになり、いろんなものが食べられるようになっている。農薬もその豊かな食卓づくりに役立っている面があるんですが、私たちはそういうところは見えてこなくて、問題だ、絶対無農薬じゃなきゃいけないというような極論に走ってしまう状況にあります。農薬に問題点はまったくないというつもりはありませんが、現実の、今の農薬というのはかなり違うということを知っていただきたいんです。
(スライド8)
残留農薬の基準の決め方というのは非常に厳しいもので、何段階も科学的な審査を経て基準がきちんと決まっています。理解していただきたいのは、例えばキャベツの残留農薬を超えたからといって即健康影響が出るものではないということです。農薬ごとに決まっている1日の許容摂取量を超えると健康に影響が出るかもしれないということになるんですが、科学的に求められたこの1日の許容摂取量をいろんな食品に振り分けていますので、キャベツで超えたからといって、例えばお米とか小麦とか他のものが基準を下回っていれば、相殺されて1日許容摂取量を超えるということはありません。ですので、キャベツの残留基準を超えたものをたまたま1回食べたとしても、健康影響というものはまったくでないです。ところが、科学的ステップを踏んで決めていることがあまり知られていないのでどうしても誤解が広がっていくことになってしまいます。
(スライド9)
もうひとつ厚生労働省とか、地方自治体は残留農薬の検査もしています。三重県も多分年間に200検体、300検体と検査しておられるはずだと思います。普通に農薬が使われたものをスーパーマーケットに行って買ったとしても実際に農薬はあんまり残っていず、検出されないことが非常に多くて、検出数は測ったもののうち0.44%とか、0.34%しかありません。基準を超える件数は、こんなに低く、0.02%くらいしか出ていないんです。先ほど申し上げたとおり、この基準をはるかに下回るものであれば1日の許容摂取量をオーバーすることはありません。ですので実態としては残留農薬というのはほとんど心配ないものになってきていると思います。ポジティブリスト制という新しい制度も今年導入され、非常に厳しい制度で、これをクリアするため、生産者や食品事業者の方、皆さん頑張っておられますので実はあんまり心配しなくて良いという状況です。
(スライド10)
ところが、私たち消費者というのはやっぱり恐怖感を持っています。その恐怖をいろいろ考えていくとたくさんの誤解が積み重なっているんです。2つほど例を挙げてみました。まず一つ目の誤解ですが、「農家は自分たち用の野菜を無農薬で別に作っている」という噂。多分これは皆さんしょっちゅうお聞きになっておられるだろうと思います。もしかしたらいらっしゃるのかもしれませんが、私はこんな農家には出会ったことがありません。どうしてかというと、農家にとっては残留農薬よりも、散布時の農薬暴露のほうがはるかにリスクが高いんです。農薬というのは散布したときに吸い込んだり、皮膚に付いたりしてしまうので、農家の方々はマスクをきちんとつけて、長袖の服を着てという形で防御しておられるわけですが、どうしても若干は摂取してしまうことになります。その量に比べると残留農薬というのはうんと低いんですね。
先ほどご説明したように、検査結果から見ても非常に低いし、農薬は使われていても使われたすぐそばからどんどん分離していきますので、実際には残留の程度は非常に低いものになっています。また、農薬の中には水で洗い流されるものもありますし、加熱することによって分解されていきますので、実態として私たちが口にする農薬は非常に少ないんです。それに比べると散布時に農薬がかかってしまう量の方がはるかにリスクが高く、それを理解されている方は、自分たち用の野菜だけ別に作ろうということにはなりません。それから、こういう余裕がある農家はもうあまりいらっしゃらないです。キャベツ農家でしたら、食べるキャベツは虫食いのものであったり、傷が入っていたり商品にならなかったものを自分たちが食べているのが現実です。ですので、これはかなり大きな誤解だと思うんですね。ところが、私たちの頭の中に入って、消えていかない。この噂はいったいどこから来たのかずっと気になっていたんですが、この間見つけました。
朝日新聞で、70年代に連載された「複合汚染」という有名な小説がありましたが、この中にこのエピソードがでてくるんです。気を付けている農家は、こういうことをやっているというエピソードです。その時は農薬に対する科学的理解もなかなか進んでいませんし、あるいは農家も自分たちの子供のことを考えて使い分けていたのかもしれませんが、少なくとも今の農家は自分たちの子供に食べさせたいものを消費者にも届けるというような意識がしっかりしていますので、こういう方はいらっしゃらないですね。ところが、このエピソードはやはり小説家ですから上手に書いてあって私たちの心にぐっと入り込んでしまい、そこからもう抜けられない。農家の考え方とか、取り組みは30年間でどんどん変わり新しくなって、状況は大きく変わっているんですけど、私たちは30年前の感覚のままで物事を判断してしまうというところがあるように思います。
それから、もう一つ「残留農薬は体に蓄積して、静かに私たちの体を蝕んでいく」というこの話も多分お聞きになっていると思います。これは一部の方たちがかなり盛んに、10年ぐらい前まで言っておられました。「農薬がこれだけ使われるということは、私たちは数十年間に何百キロという農薬を食べている、横綱の体重分くらいの農薬を食べている」というような言い方はどこかで聞かれたことがあると思います。でも、その話はやっぱり、私たちの体のことを今ひとつ理解できていなかった時代の話なんですね。去年アメリカのCDCという非常に権威のある研究機関がきちんとした調査結果をまとめているんですが、人の血液とか尿を検査して、私たちの体の中にどのくらいの化学物質が入っているかを調べています。その結果からいくと、農薬は人体に蓄積していません。溜まっているのは鉛とニコチンの代謝物でコチニンというもので、やっぱりタバコは良くないという結果が、ここでも出たというわけなんですが、これは多分皆さんの感覚とは若干ずれていると思います。それは、人は非常に繊細なものであるという感覚です。人には頭があり、心がありますから体も非常に繊細だろうと思ってしまいがちなんですけれど、実はそうではないんです。その証拠に人というのは地球上でこれだけのさばって60億人というような数字になって、他の生き物をどんどん駆逐しながら生きています。つまり、人は非常に強い生き物なんです。ですから、多少のものが入っても分解しますし、そのまま排出してしまうという機能が優れているんですね。それだけ強いのに、何となく非常に繊細で、すぐやられてしまうというような感覚がありますので、大変なことになるという誤解があるんだと思います。農薬を使うことによる影響というのは人ではなくて環境中の非常に微細な生き物であるとか、虫とかそういうところに影響がはるかに大きく出ているというのが現状です。
(スライド11)
こういうことをマスメディアの方がご存じない。新しい科学的な研究結果はたくさんでていて、先ほどのCDCのようなものもありますが、30年前の農薬のイメージのままいろんな記事をお書きになる。ですから、農薬に関する記事というのはかなり偏りがあるものがたくさんでてきています。
メディアの問題も、消費者の誤解もありますけれども、一方で、農家やJA、研究者などもきちんとした情報を適正に提供していなかったというようなことは反省すべき点だろうと考えています。
(スライド12)
その結果、残念なことに農家と消費者の間には本当に暗くて深い川があるんですね。消費者の方は、「虫食いがないきれいな野菜じゃなきゃ嫌だ、でも農薬は嫌だ」と言うし、生産者の方は「ある程度の農薬は使わなくちゃきれいな野菜なんてできないんだよ、私たちは体はきつい思いしながら消費者のために農薬を使っているのに、すぐに文句を言う」と。青虫などの虫がちょっとキャベツについていたらすぐに返品ということになってしまう。直売所に出していても抗議されてしまう。農家の方にお話をお伺いすると、このことを常に言われます。消費者がちょっとした虫食い、小さな傷そういうことをほんの少し我慢してくれたら使用する農薬の量というのはうんと減らせる。そうすると私たちは儲かるんです、それから環境にも良いんですということを分かって欲しいのに、何で分かってくれない。何で外見にこだわるんだという話をいつも生産者の方に言われてしまうんですね。ですので、私は、きちんとした情報を伝えていこうというふうに思っています。
(スライド13)
もうひとつBSE、いわゆる狂牛病についてもかなり大きな誤解がたくさんあります。安全面での誤解もありますが、その話は非常に難しいので、もう少し先の視点を持って先を見通す目を持っていただくため、ちょっと違う話をしようと思います。米国産の牛肉が問題になったときにテレビを見ていると、夜のニュース番組で、非常に有名な見識があるといわれているニュースキャスターの方が「米国産牛肉を食べずに国産の牛肉を食べましょう。そうしたら生産者の支援にもなるし私たちも安全を得られることになる。」と言って、そのコーナーが終わりになってしまいました。これはよく考えると実に罪深い。なぜかというと、国内畜産の現実は国内産の牛肉を食べようということで終わってしまえるようなものではないからです。飼料の自給率を考えていただきたいんですが、粗飼料自給率、粗飼料というのはいわゆる牧草とか草系のもので、これの自給率は76%あります。ところが濃厚飼料という、穀物系、大豆かすとかとうもろこしとか牛にとって大きな栄養になる濃厚飼料自給率というのはわずか10%しかないんです。9割はよその国から輸入していて、最大の飼料生産国はアメリカです。ということは国内産の牛肉を食べたとしても、アメリカ産の飼料を食べているのと同じことなんですね。結局は国産の牛肉を食べても、アメリカ産の牛肉を食べてもアメリカ依存であるということはまったく変わらない。そうするとやはり一歩進んで考えないといけないんですね。
(スライド14)
じゃあ何ができるか具体的にもう少し考えてみます。まず、飼料を国産化しなくてはいけない。でも濃厚飼料を作れるか。日本は土地が狭いですし、気候風土からいってもとうもろこしや大豆とかを、アメリカやカナダとか諸外国のように安く大量に作ることができません。濃厚飼料栽培には不向きです。ということは、濃厚飼料を減らして、牧草とか、そういう食物繊維たっぷりの草系のものをたくさん食べさせるようにしないといけない。そうすると、牛肉の質が変わるんですね。霜降り肉を作るには絶対に濃厚飼料が必要なんです。牧草系のものをたくさんやるようにするとどうしても肉は赤身になり、脂が入ったお肉にはなかなかならない。さらに次の問題として、誰が牛を飼うかという話になるんですね。今生産者がどんどん農業を辞めていくという状況の中で、誰が牛を飼うか、それだけじゃない、牧草とか、飼料イネという、牛や家畜に食べさせるものを栽培しないといけない、誰が栽培してくれるのかという話になるんです。で、最終的にコスト削減に努力して飼料イネや牧草を栽培して、牛を飼って、その結果、正真正銘の飼料から国産という国産牛肉ができたとします。こんな狭い国土の中で、こんなに高い人件費の中で作っているわけですから、どんなに努力してもやっぱり国産牛肉は高い。そうするとすごく安くて脂がのって、今の人の味覚に合っているアメリカ産の牛肉と赤身肉であっさりした、悪く言うとちょっとパサついた肉でしかも高い国産牛肉が並んだときに、どちらを買うかという選択を消費者がしないといけない。国産牛肉はそれほど意義があるんだから、そして赤身肉もよくよく味わったらおいしいんだから、本当の正真正銘の国産のものを、少々高くても私たちは買います、という決断を消費者がしなくてはいけないんですね。そこまでしないと、牛肉の問題は構造的には何も変わらないです。ですから、先ほど言った「国産牛肉を食べましょう」というこの言い方では何の解決ももたらさないんです。結局アメリカがいろんな基準を満たしたものを作ってきたときには、また輸入再開して消費者も一気にアメリカ産のものを食べる方向にいってしまって、アメリカ依存という構造は全く同じということになってしまいます。こういう話が、テレビでは放送されないんですよね。ニュースキャスターは国産牛肉を食べましょうときれいごとの話で終わらせれば、ニュースショーとしては終わりなんです。今みたいな複雑な、さらにいろんなことを知っていって見えてくるものは説明にも時間がかかりますし、人の関心をぱっと呼び起こすようなものではありませんのでメディアには乗らないんです。ですから私たちはその本質の問題が何も見えないまま食の安全とか安心とかいうことをずっと考えていくような状況に今追い込まれてしまっています。
(スライド15)
二つ例を挙げて説明しましたけれど、食品報道の問題点というのはいろんな角度から考えないといけないんです。でも、記者の専門知識が足りない。多分その有名なニュースキャスターは国産飼料の現実を全然ご存じないんです。調べる暇もない。だから問題を表面的に見てさらっとした解決を提示してしまう。メディアの農業とか食料、水産にしても食品に対する専門知識というのは圧倒的に足りないと思います。
それから、センセーショナルな内容が最優先であるのはこれも大きな問題ですね。やはり悪役がいて、それが悪いと言う方が視聴率が稼げるんですね。先ほどのようなBSEの本質的な問題とか残留農薬の話とかを説明していくと多分週刊誌は売れないですし、テレビのチャンネルを変えられて視聴率も急降下してしまう。ですから、本当の話というのはなかなかメディアには乗ってこないです。「悪い」「効果がある」そういう歯切れの良い話ばかりが出てきてしまいます。それと、どういうわけか行政、企業は悪者であって市民団体は善であるという思い込みがあります。決してそういうことはなく、行政や企業の方も一生懸命真摯に頑張っておられると私は思いますが、絶対に悪いことをするに決まっていると、頭から決めてかかっているところがあります。メディアは行政、企業を批判して市民側に立っているというポーズをとれば自分たちは安全圏にいられるので、どうしても記事の扱い、ニュースの報道の仕方というものが偏りがちになるものと思われます。
また、メディアはコスト意識がないです。食の安全といってもやはりコストの問題です。食の安全を本当に追及していったらお金はいくらあっても足りません。ですからどれくらいのお金をかけて、どのくらいの食の安全を私たちは求めるのかということをしっかりと考えなければいけないのに、コストの話はほとんど出てきません。ちょっと残念なことです。
まとめますと、マスメディア、報道というのはすごく複雑なたくさんのことからなっている事象のある一部だけを抜き出して書いてしまったり、報道してしまったりするものなので、マスメディアには任せておけないと思っていただきたいんです。皆さんに受け身を脱していただきたい。自分たちで学んでいただきたい。そして自分たちで適正な情報を発信していっていただきたいと思います。これを私は「食の読み書きそろばん力」をつけようというふうに言っています。読むというのは学ぶということです。それから、書くというのは情報を発信するということ、何も活字にしなさい、書きなさいということではないです。書いても良いし、言葉で言っても良いし、いろんな情報の発信の仕方があると思うんですね。例えば主婦の方が近所の立ち話の中で「残留農薬の話、ちょっと違うんじゃない」というようなことを教えてあげることも情報発信だと思います。で、それぞれができることもたくさんあると思いますので、それをやっていただきたいんです。大事なことはそろばんということもきちんと考えることです。コストのことですね。そろばんが合わないと継続してその取り組みを続けていくことはできませんので、そろばんもきちんと頭の中に入れて食の安全・安心というものを判断していきましょうというふうにお願いしています。
(スライド16)
で、確かな情報を集めるためにはどうしたらいいかということですが、今までさんざん新聞、テレビの悪口を言ってきましたが、とっかかりは新聞、テレビで良いんです。ちょっと矛盾するようですけれどやはりすぐれた媒体です。いろんな話を網羅して伝えてくれる。新聞、テレビでは情報を早く得られます。ただ、それだけを鵜呑みにしないでいただきたい。やはりそこから本当のところは何なんだろうということを疑問を持って自分で調べるということをスタートさせていただきたいんですね。そのときはどこで情報を仕入れたらいいかということですけど、私は信頼性が高いのは行政だと思います。これは行政主催のこういう場だからいっているのではなく、今行政というのはかなりちゃんとしておられます。というのは、いろいろ失敗が明らかになりました。農水省もBSEのときに自分たちに都合の悪いデータを伏せていることがありましたし、厚労省もいろんな問題が出ました。いろいろな失敗を重ねてきて、今、審議会等もほとんどの場合公開していますし、なんでも情報をきちんと出していこうという動きは確実になっているんです。一人ひとりの職員の方は非常に努力して情報を出して信頼を得ようと努力されていますので、ひとまず行政をきちんと信用して行政の情報を理解していこうとしていただいて良いです。ただ、それだけでは足りませんので、研究者が出す情報とか、企業・市民団体とか多方面からの情報を集めていただいてその上で自分で判断するという習慣をつけていただきたいんです。そのときにインターネットは非常に役に立つ道具です。ただ、使えない方もいますのでそういう方は、こういうふうな場に来るとか、保健所とか県庁、市町村についても食の安全・安心に関するパンフレットとかかなりありますので、そういうものを読んだりご覧になれば、例えば食中毒は非常に重要なことで、きちんとした手立てを考えなければいけないんだということはある程度分かります。まず地元の行政に行ってみる。それで分からないことは職員の方をつかまえてお尋ねするということをされたらいいと思います。それで柔らかな頭と心で知識の更新をしていただきたいです。
(スライド17)
いろいろお話ししました。本当に心配しなければいけないことはたくさんあります。少なくとも今の日本で皆さん方が心配しておられるような農薬とか、食品添加物とかその辺りは心配いらないんです。トータルでみると日本という国は非常に贅沢で安全な食生活を送っていると私は考えています。一番のリスクは食料自給率の低さで、今40%しかないんです。よその国で作ったものを持ってくれば良いじゃないか、その代わりに日本は車を売っていれば良いじゃないかという論調がずっとあったわけですが、よその国でも食料は足りなくなりつつあるんです。中国も昨年でしたか、食料の輸入国になりました。もう輸出よりも輸入の方が上回っているんです。ということはこれから中国はどんどん消費拡大していきますので必要な食料の量はどんどん増えていく、つまり日本に安く提供するという構図はもう少ししたら崩れてしまうんですね。その中で食料自給率が40%しかないということをどう考えるか、どう考えてもこれはピンチなんです。何とかしなくてはいけない。その中で、環境問題とかいろいろなことがあって、私たちが今関心をもっていることや危ないと思っていることから違うことにシフトしていかないといけないと私は考えています。
(スライド18)
一番怖いのは、とにかく生産者がどんどんいなくなるということです。生産者の中で高齢者の占める割合はものすごく高いです。総人口における65歳以上の割合は20%で、農家全般を見ると30%ほどです。しかしこれで安心してはいけないんです。実は、基幹的農業従事者というのがあって、本当のプロの農家として農業収入を主な収入源として暮らしている人たちなんですが、ここにおける高齢者の割合は何ともうすぐ6割なんです。つまり65歳を下回っている方はわずか4割しかいらっしゃらない。これは本当に危機的な状況なんです。こういう状況なのに消費者は農家を批判しているわけなんです。農薬に対するありもしないイメージを植えつけているというのが今の日本の社会だろうと考えざるを得ないです。同じ状況が第一次産業、農業、林業、水産業全部同じなんですね。高年齢者の割合はどんどん上がってきています。私たちはこの方たちを支えていかなければいけないんですね。頑張って欲しいというメッセージを伝えなければいけない。どうでしょう、伝わっているかというと、ちょっと良くない状況にありますね。
(スライド19)
ですので最後にお願いしたいことですけど、やはりお互いが思いあって理解する努力をしていただきたいです。物事を、食の問題を俯瞰(ふかん)してみてたくさんの問題の中で何が重要なのかということをきちんと考えていただきたいです。それで、自分も努力していただきたい、自分も勉強する、理解するそして私たちはどうやって支えていけるのかを考えていただきたい。そうするとちょっとしたものを買うとき、じゃあ三重県産のものを買おうかとか、地物一番とか今一生懸命やっておられるようですが、じゃあ隣の農家の方を応援しようとかいうような、深い問題を理解した上で私たちが一つずつできることをやっていくことがとても重要であるように思います。皆さん一人ひとりが良い社会をつくっていく役割があるし、勉強していただきたいというふうに思っています。
今の話というのは、今まで聞いた話とはちょっと違うと、農薬の話なんかの時はよく言われるんですよね。もしかしたら皆さんご意見があるかもしれません。違う意見も大事にし、ディスカッションしながら理解をする、良い方向を目指すということが大事なことだと思っておりますので、ご意見がありましたら質問用紙に書いていただいても結構ですし、私に直接メールを送っていただいても結構です。それで私も皆さんに指導していただき、勉強してさらに適正な情報を発信していけると思っておりますので、私自身も皆さんに育てていただきたいと思っております。どうも長時間ご静聴ありがとうございました。