おさかな雑録
No.99 イワシノコバン 2015年3月11日
おっ、と声が出ました
マイワシ 南伊勢町奈屋浦 平成27年3月6日撮影
定置網の漁獲物を測定していた時のこと。マイワシの尾部に寄生性の甲殻類がとりついているのを発見しました。以前紹介したアオアジノエのように、魚の体に寄生する生物は特に珍しいものではないのですが、じつはこの種には特に思い入れがあり、見つけたときは思わず喜びの声を上げてしまいました。
マイワシ 標準体長130mm 南伊勢町奈屋浦産 平成27年3月6日撮影
この生物はイワシノコバンという等脚類で、アオアジノエと同じウオノエ科に属し、宿主の体液を吸って栄養をとっていますが、口の中ではなく体表に取りつく点が異なり、そのためか体型や色彩が特徴的です。個人的にはイワシノコバンの方が恰好が良いと思います。
イワシノコバン 体長22mm 平成27年3月6日撮影
イワシノコバンは鋭くかぎのようになった脚を筋肉に食い込ませて強固に取りついています。ひきはがすには相当強い力が必要で、これなら勢いよく動く尾部に取りつくことも容易でしょう。イワシノコバンに寄生を受けた部位は筋肉がむき出しになり、見た目はとても重傷に見えます。また、イワシノコバンは卵を持っているように見えます。
そしてこの特徴的な傷は、忘れもしない、市場調査に通い始めた2009年の5月、定置網で漁獲されたマイワシに高率で見られて売り物にならなくなり、漁業者から「なんじゃこれは」と聞かれ、当初さっぱりわからなくて大いにあせった経験から、筆者の記憶に深く刻まれました。当時も程なくして寄生生物の仕業だとわかったのですが、その後、イワシノコバンに寄生を受けていた1歳魚は夏から秋にかけて好漁をもたらしました。
マイワシ 平成21年7月3日撮影
この画像では、寄生を受けた魚と、傷が治りかかっている魚が写っています。このように傷が治っていく魚が多かったことも大変印象に残っています。漁業者にとっては迷惑な話ですが、マイワシにとってはそれほど深刻なものでもないようだと一安心したところで、研究対象としての興味がわきあがってきました。寄生生物やその傷跡が目立つだけに、魚の移動や由来のヒントが得られないかと、その後は注意深くマイワシの尾部を見つめ続け、他県の研究者にも情報提供を呼びかけてきました。しかし、イワシノコバンはおろか、特徴のある傷痕を持った魚もさっぱりと現れなくなってしまいました。
そして今年、数は多くないですが、ついにイワシノコバンを発見。傷跡もいくつか見かけました。さらに前回の2009年とも共通点が見つかりました。それは、前年に潮岬以東の沿岸部でマイワシの加入が良いことです。2回の来遊時期やマイワシの体長から、これらは三重県よりも東の海域に加入した魚である可能性が高く、沿岸域に大量にマイワシがいる状況下でイワシノコバンの寄生が生じ、西へ向かって熊野灘へ達したと考えられます。
しかし、謎はまだまだ残ります。例えば、マイワシの加入は年変動が大きく、それに合わせてイワシノコバンが増えるのは不思議です。また、マイワシに取りつくのは一定サイズ以上の、おそらく雌で、次世代を生み出すためにマイワシのエネルギーを利用していると推測されるのですが、それまでの、あるいは雄のイワシノコバンはどこでどうやって暮らしているのでしょうか。きっと、あっと驚くような生態が秘められているに違いありません。
なお、イワシノコバンはヒトに対して危害を加えることはなく、また、イワシノコバンに寄生を受けたマイワシについても、傷があればお店に並ぶことはないと思われますが、食用としても何ら問題はありません。
(2015年3月11日掲載 3月13日追記 企画・資源利用研究課)