おさかな雑録
No.77 ナミマツカサ 2012年12月28日
赤と黒の魚
調査船「あさま」の乗組員が浜島港の岸壁で見慣れぬ赤い魚を捕まえてきました。体は金魚のように赤く、鰭は黒や白で縁どられ、鰓蓋付近には印象的な黒い帯があって非常に美しい魚でした。外見から、すぐにアカマツカサ属だとわかりましたが、アカマツカサ属には多くのよく似た種が含まれます。しっかり調べようと標本にすることにしました。
ナミマツカサ 標準体長 8.1cm 志摩市浜島港産 平成24年11月27日撮影
標本に基づく検索の結果、この魚はナミマツカサと同定されました。ところで、アカマツカサ属に限らず、魚の同定には原則として標本が必要で、時には複雑な作業を必要とすることがあります。ちょっと長くなりますが、今回は同定作業の一例をお示ししたいと思います。
ナミマツカサ 黒線は側線鱗の範囲を示す 標準体長 8.1cm 志摩市浜島港産 平成25年1月4日撮影
アカマツカサ属のようによく似た色彩をもつ多数の種を見分けるには、できるだけ色以外の特徴を確かめていく必要があります。まず、鱗の枚数が重要で、有孔側線鱗（側線上の、孔の開いた鱗）を数えます。この標本では28枚が数えられ、この時点で、色彩が非常に似ているクロオビマツカサ（有孔側線鱗数38以上）とは明瞭に区別することができます。
ナミマツカサ 青矢印は胸鰭腋部の鱗を示す 標準体長 8.1cm 志摩市浜島港産 平成25年1月4日撮影
次に、この標本には、胸鰭の裏側、つまり「脇の下」に細かい鱗があります。
ナミマツカサ下顎の先端 （左）背面、（右）腹面 青矢印は下顎の歯塊を示す 標準体長 8.1cm 志摩市浜島港産 平成25年1月4日撮影
次に、下顎にある歯の集まり（歯塊）に着目します。この標本には、下顎に1対の歯塊があり、それぞれの歯塊は背面から腹面までつながっていますが、2対ではありません。
ナミマツカサ （左）側線より背方の鱗の拡大、（右）眼の拡大 標準体長 8.1cm 志摩市浜島港産 平成25年1月4日撮影
次に、この標本では、側線より背方の鱗は後縁が赤褐色で、黒っぽくはありません。また、瞳の上方は黒色です。ここまでで、この標本は、アカマツカサ、ヨゴレマツカサ、ナミマツカサのいずれかに絞られます。これら3種はお互いによく似ていて、鰓蓋の黒色域の形状、頭の幅や吻の長さなどを組み合わせて区別します。
ナミマツカサ鰓蓋部拡大 青矢印は主鰓蓋骨棘を示す 標準体長 8.1cm 志摩市浜島港産 平成25年1月4日撮影
この標本は、鰓蓋の黒色域が主鰓蓋骨棘より下にも拡がります（アカマツカサでは主鰓蓋骨棘のわずか下まで）。
ナミマツカサ頭部 標準体長 8.1cm 志摩市浜島港産 平成25年1月4日撮影
（上）側面 青線は頭長、（左下）背面 青線は両眼間隔、（右下）側面 青線は吻長
また、この標本の下顎は上顎よりわずかに前に出ています（アカマツカサではかなり前に出る）。そして頭長、両眼間隔、吻長をそれぞれノギスで計測し、頭長と両眼間隔、頭長と吻長の比を求めると、それぞれ4.1対1、5.0対1で、両眼間隔は広く（他2種は4.3以上で狭い）、吻長が短い（ヨゴレマツカサは4.9以下で長い）ことが明らかになり、この標本がナミマツカサであることがわかりました。
アカマツカサ属自体、それほど多く見かけるものではありませんが、ナミマツカサはその中では比較的よく目にする方です。とはいえ、水揚げされて死んでいるものがほとんどで、今回のように生きて泳いでいる状態で標本にすることができたのはとても幸運だったといえます。
なお、当初この魚はクロオビマツカサとして紹介していましたが、上記のとおりナミマツカサが正しい種名となります。記事の一部修正では対応できない誤りのため、全文を書き換えました。
（2012年12月28日掲載 2013年1月4日全面改訂 資源開発管理研究課）
