ススキヶ原はヒノキを守り、育てるか
~ 無下刈りで、シカ被害を防ぐ ~
林業研究所 奥田 清貴
◆はじめに
林業経営の継続には、伐採後に植林するということが不可欠です。しかし、再造林の実行には地拵え、植栽を含めた初期育林経費が大きなウエイトを占めることから、造林意欲が高まらない要因となっています。さらに、近年のニホンジカによる植栽木の食害防止対策も不可欠なことから、これも再造林を検討する際には高いハードルとなっています。
林業研究所では、2010年から低密度植栽や下刈りの省略や削減により、初期育林コストの低減を図りヒノキを成林することができないかを目標に研究を始めました。このなかで、県内4箇所にヒノキの植栽試験地を設けて、雑草木との競合下でのヒノキ苗木の成育状況を追跡調査しています。当誌373号(2013年3月)において、三重森林管理署と共同で取り組んでいる鍛冶屋又国有林での概要を報告しましたが、今回は熊野市の民有林に設置した試験地での概要を紹介します。当初から、獣害防止柵をせず、無下刈りでの低コスト造林をめざして事業化された現地で、森林所有者の協力を得て調査しています。
◆試験地の概要
試験地は、熊野市神川町にある民有林で、熊野川を挟んで和歌山県北山村の対岸の標高470mの尾根部に位置します。2005年1月に人工林が皆伐された後、植栽が控えられていましたが、2008年10~11月に地拵えが実施され、翌年2~3月にヒノキ挿し木2年生(上高2号)が植栽されました。また植栽時にはシカの食害を防ぐ目的でヒノキに忌避剤(ツリーセーブ)が散布されました。
植栽後1年8ヶ月経過した2010年11月に植林地内で約80㎡の区域を4箇所選定し、獣害防護柵を張り巡らした2箇所と、柵を張らない2箇所の4試験区を設定しました(表-1)。試験地は尾根から南に下る試験区1と北へ下る試験区2に分かれており、両側とも30~35度の急傾斜地です。
試験設定時において、ヒノキ植栽地は背丈1.5m以上のススキ(最大高3m)とコシダ、ウラジロが地表全面を覆っていました。植栽されたヒノキは平均樹高が61~81cm(最大高90~140cm)になっており、ススキから主軸先端をのぞかせていたヒノキは柵内で49%、柵外では48%でした。ススキに被覆されているヒノキも被圧害を受けることもなく成育していました。被圧害を受けないのはススキが密生するものの、葉は風にそよいで日射を遮らないためと考えられました(写真-1)。
表ー1 試験地の概要(設定時)
植栽時に獣害被害防止用の忌避剤が散布されましたが、試験地設定時のシカによる被害状況は枝葉被害が柵内62%、柵外86%であり、剥皮害を受けていたヒノキはありませんでした。
◆設定3年後の状況
試験地設定以降、毎年成長休止期に試験区内のヒノキ植栽木の樹高、根元径、枝幅長、シカによる被害程度などを調査してきました。設定2年目の2012年には紀伊半島豪雨災害が発生し、定期調査できなかったため、2013年8月に現地確認を行いました。柵の内外ともススキが一面にうっそうと茂り、調査者もヒノキ植栽木も間際まで行かないとまったく見えない状況になっていました。
写真-1 夏季のススキ繁茂状況(2013年8月)
2013年12月に3成長期経過後の調査を行ったところ、ススキの葉は枯れ、ススキの隙間からヒノキ植栽木を見通しやすくなっていましたが、柵外でも94%のヒノキ植栽木が生存しており、ほぼ順調に成育していました。
写真-2 成長休止期もススキに覆われるヒノキ
樹高成長は、図-1のようになっており、柵内の植栽木の方が大きいものの、柵外のヒノキもほぼ順調に成育していました。
図-1 樹高成長の推移
一方、根元径に関しては柵内外の植栽木に差はみられていません(図-2)。最大枝長と直交する枝長から算出した樹冠面積は柵内の植栽木が柵外より優っていました(図-3)。柵外の植栽木の39%が枝葉をシカに食害されており、これが樹冠面積の差に現れたものと判断されます。
図-2 根元径の推移
図-3 樹冠面積の推移
試験地設定時点では、柵内外の試験区とも、シカによる食害を受けており、柵外のヒノキ植栽木は頂枝、側枝ともほぼ75%を越える被害率でした。しかし、その後は被害が年々減少し、2013年12月の調査では新たに受けた被害は頂枝18%、側枝32%と多かったものの、剥皮害は5%とわずかでした(図ー4)。
図-4 ヒノキ植栽木のシカ被害推移(柵外)
以上のことから、冬期になるとススキの葉は枯れるものの、ススキやシダ類の繁茂と急傾斜地がシカの歩行を妨げ、シカによるヒノキ食害を回避しているものと推察されます。
◆まとめ
急傾斜地やウラジロが繁茂する場所ではシカの侵入が少なく、食害が軽減されるという報告があり(1)、また、過去には三重県の大又国有林内でススキを利用した下刈り省力造林が事業化されていたようです。地形や雑草木を利用することも、獣害被害を回避し、無下刈りによる育林を可能にする方法の一つとして期待できるかもしれません。
参考文献:
(1) 島田博匡:日本緑化工学会誌33(1)122~127