シカの侵入を防ぐ効果的な柵とは?
三重県林業研究所 佐 野 明
ニホンジカ(以下、シカ)による農林業被害が深刻化しています。このため、三重県では狩猟期間における捕獲頭数制限の緩和措置や、さまざまな被害対策に対する補助を行って被害の軽減に努めていますが、なかなか十分な成果となって現れていないのが現状です。
侵入防止柵(図1,図2)の設置は捕獲とともに被害対策の中核をなすものであり、県内各地でさまざまな資材を使って、多様な規格の柵が設けられています。しかし、いまだ簡易で安価、かつ効果的な柵は開発されていません。
ここでは、現在も広く利用されている資材を使って、少しでも効果を上げるための工夫を紹介します。
図1.林床のササを食べるシカと侵入防止柵(大台ヶ原)
柵の内外でササの生育状況が大きく異なっている
図2.効果的な侵入防止柵
高さ約140 cmの金網の上に幅約50 cmのネットが追加されている.
まず、どれくらいの高さが必要でしょうか?シカは跳躍力に優れ、2mの高さを優に飛び越える能力があります。しかし、野犬などに追われない限り、積極的に飛び込むことはないようです。このため、1.8mの高さがあれば良いでしょう。
ただし、最も低いところでその高さを確保するためには、支柱への固定位置はもっと高くする必要があります。また、支柱間隔が長いとどうしても弛みやすくなり、中間部では低くなってしまいます(図3)。そのため、支柱間隔は3 m以下にする必要があります。
図3.一見十分な高さがあり、効果的に見える侵入防止柵
しかし,支柱間隔が4 m以上あり,弛んで中央部分が低くなっている.前足をかけると容易に乗り越えられる.
最も留意しなければならないのは下からの潜り込み対策です(図4)。ペグやアンカー(打ち込み式の固定金具)などネットの「裾(すそ)」を押さえるための器具は、面倒でも1 m以内の間隔で打ち込む必要があります。また、アンカーの打ち込み方向を1本ごとに変えることによって、シカがネットを持ち上げようとしても容易に抜けないようにすることができます。さらに、ネットの幅が広い(十分な高さが確保できる)場合には裾の部分を外側に折り曲げて固定するのも潜り込み防止に効果的です。沢や凹地を渡す時には固定金具の間隔を狭くしたり、倒木や石などを置いて侵入しにくくすることも重要でしょう。
図4.シカが潜り込んで侵入した跡と「裾(すそ)」が押さえられていない柵
これではどんな野生動物の侵入も防げない.
次にどのようなネットを使用するべきでしょう?ナイロン等化学繊維製のネットでは噛み切り防止のためのステンレスは必要でしょうか?この疑問に答えるために、まずはシカの頭の構造をご覧下さい(図5)。
シカの顔は鼻先が「尖って」います。また、上顎(あご)には前歯(門歯)がありません。奥歯のある位置まで口を差し込むことができて、初めて網の噛み切りが可能になります。それが可能になる編み目の大きさがおよそ6 cm程度と言われています。すなわち7 cm角ならば奥歯のある場所まで口先を差し込むことができるのでステンレスが必要(望ましい)、5 cm角ならば不要ということになります。
また、15 cm角もあるような大きな編み目のものは単価が安いと言うメリットがありますが、シカが頭を突っ込み、絡まるリスクが高まります。網にとらわれたシカは激しく暴れるため、柵の破損を招きます。10 cm角以下のものを使用した方がいいでしょう。
図5.シカの頭骨
シカの上顎には前歯(門歯)がなく,実線部分まで口先を差し込める場合に網の切断が行われる.
「設置後はほったらかし」「アフターケアなし」では被害防除はかないません(図6)。できる限り頻繁に見回りをし、補修と点検に努めましょう。残念ながら侵入を許した場合には、侵入経路を特定し、倒木や枝条を積み上げるなどして、通り抜けしにくくすることも必要です。
図6.破損したまま放置された柵
繰り返しになりますが、「安くて、簡単に設置でき、その後の維持管理も必要ない柵」はありません。シカはいつでも侵入の機会を狙っています。時にシカの気持ちになって、設置した柵の弱点はどこか、じっくりと観察してみることも必要だと思います。
シカの侵入防止柵の規格、設置方法については京都大学大学院農学研究科の高柳 敦博士から多くのご教示をいただきました。ここに記して厚くお礼申しあげます。