スギ・ヒノキ人工林におけるニホンジカの移動経路および行動圏
三重県林業研究所 福 本 浩 士
1.はじめに
野生動物の生息地利用、季節移動などを明らかにするテレメトリ追跡は、国内では主にツキノワグマ、ニホンジカ、ニホンザル等の中・大型動物を対象として行われています。テレメトリ追跡とは、動物に発信機を装着してその行動を観測するもので、従来はVHF電波発信機による追跡(VHFテレメトリ追跡)が行われてきましたが、この方法は電波の届く範囲に限界があること、広域に移動する動物を追跡する場合、自動車などの移動手段が不可欠であること、多大な時間と労力が必要であり、特に夜間の調査が困難であることなど、多くの問題点があります。
近年、全地球測位システム(GPS)の技術が発達し、GPSテレメトリを用いた調査方法が開発されました。GPSは人工衛星の発信する電波をGPS受信機が受信し、上空での衛星の位置関係から受信機自体がその位置を測定するシステムです。GPS受信機を備えたGPS首輪は、動物に装着された状態で自動的に位置測定を行い、内蔵メモリーにデータを集積します。当初はGPS首輪の重量が重く、日本に生息する野生動物への装着は困難でしたが、GPS首輪の軽量化が進み、ツキノワグマやニホンジカへの導入が可能となりました。
また、集積したデータの回収についても、ドロップオフ装置によりGPS首輪を脱落させ、首輪とともに内臓メモリーを回収する方法、電波等を通してデータを回収する方法があります。後者の方法はGPS首輪を装着中であっても定期的にデータを回収できることから調査結果を速やかに解析できる利点があります。
林業研究所では、平成24年度から「森林被害防除のための調査研究事業」を実施し、三重県内のニホンジカ生息密度および森林被害(樹皮剥ぎ被害)のモニタリングを行うとともに、ニホンジカにGPS首輪を装着してテレメトリ追跡を行い、季節的な移動経路および行動圏を調査しています。
2.なぜ、三重県でもニホンジカの行動調査が必要なのか
ニホンジカのGPSテレメトリ追跡を実施したこれまでの調査は、北海道、奈良県大台ケ原など積雪の多い地域における季節移動や長野県や山梨県など亜高山帯における季節移動のほか、大阪府など落葉広葉樹やアカマツ・落葉広葉樹混交林が優占する森林での土地利用を明らかにするために実施されています。
三重県はスギ・ヒノキ人工林の占める割合が高く、ニホンジカの個体数増加により植栽苗木の食害や壮齢木の樹皮剥ぎ被害が増加しています(図-1、写真-1)。
図-1 三重県におけるニホンジカ生息密度と林業被害の推移
写真-1 ニホンジカによる壮齢木の樹皮剥ぎ被害
ニホンジカのGPSテレメトリ追跡を実施したこれまでの調査は、北海道、奈良県大台ケ原など積雪の多い地域における季節移動や長野県や山梨県など亜高山帯における季節移動のほか、大阪府など落葉広葉樹やアカマツ・落葉広葉樹混交林が優占する森林での土地利用を明らかにするために実施されています。
三重県はスギ・ヒノキ人工林の占める割合が高く、ニホンジカの個体数増加により植栽苗木の食害や壮齢木の樹皮剥ぎ被害が増加しています(図-1、写真-1)。
ニホンジカによる林業被害を軽減するためには、個体数管理、生息地管理、被害管理が重要であり、この3つをバランスよく効果的に実施していくことが必要です。そのためには、①ニホンジカはスギ・ヒノキ人工林の中でどのような場所(地形・植生)をよく利用するのか、またそのような場所で樹皮剥ぎ被害が著しいのか、②新植地ではニホンジカが頻繁に出没し植栽苗木の食害を引き起こすと言われているが、出没する季節や時間に一定の傾向があるのか、また周囲に設置されたシカ防護柵は効果的にシカの侵入を防いでいるのか、③県内で増加しているスギ・ヒノキ人工林伐採跡地はニホンジカの採食場所と予想されるが、実際にどの程度依存しているのか、等の疑問点を解決することが必要不可欠です。GPSテレメトリ追跡を行い、測位した位置の地形条件(標高、方位、傾斜等)を解析すること、森林の状況(下層植生、被害状況等)について現地調査を実施すること、新植地や伐採跡地の位置を空中写真や現地調査により把握することで、前述の疑問点に対する答えを導き出すことができるでしょう。
近年、森林と農地の境界部分に集落全体を囲む獣害防護柵の設置が取り組まれていますが、ニホンジカの侵入を効果的に防いでいるのか、という課題も解決することができます。
3.松阪市西部における調査結果について
林業研究所では、松阪市西部のスギ・ヒノキ人工林地帯において、2頭のニホンジカのメスにGPS首輪を装着しました。この地域はニホンジカの個体数密度が高く、農林業被害が著しい地域です。また、森林と農地の境界部分に獣害防護柵が設置され、集落全体で獣害対策にも取り組んでいます。今回、2013年3月28日にGPS首輪を装着した個体の測位データを同年5月8日に遠隔操作により回収することができましたので、その結果を報告します。
今回、3時間毎に位置を測位するようスケジュールを設定した結果、42日間で324回の測位機会があり、測位に成功したのは211回(65.1%)でした。またFix status(位置情報の計算に利用した衛星の数が3つなら2D、4つ以上なら3D。3Dの方が精度は良い。)についてみてみると、2Dが42件、3Dが169件でした。また、測位の精度低下率を示すDOP値(この値が小さいほど測位の精度が良い。一般的にDOP4~6以下の情報を採用する。)は、2Dで5.36±5.68、3Dで1.55±0.80でした。したがって、3Dのデータを解析に使用することが望ましいと考えられます。測位したポイントのうち、標高が実際の標高と大きく異なるポイントがあり、今後データの精度を詳細に検証する必要があります。
図-2に測位したポイント(3Dのみ。測位したデータの標高値が現地の標高の範囲外にあるものは除外した。)と空中写真をGISで重ね合わせた図を示します。測位ポイントはスギ・ヒノキ人工林内、新植地、伐採跡地で確認されました。また、集落の水田付近に測位ポイントは確認されませんでした。今後は、新植地、伐採跡地、獣害防護柵の位置を現地調査し、ニホンジカの行動との関係を調査する予定です。また、森林被害調査も実施し、ニホンジカの土地利用と被害の関係についても調査を行う予定であり、調査結果については今後この紙面等で公表していきます。
図-2 松阪市西部のスギ・ヒノキ人工林地帯におけるニホンジカの測位ポイント
参考文献
・石塚ら(2007)季節、時刻及び植生が大阪のニホンジカ(Cervus nippon)の行動圏に及ぼす影響.哺乳類科学 47:1-9.
・伊吾田ら(2002)GPS首輪の評価とエゾシカへの適用.哺乳類科学 42:113-121.
・泉山ら(2009)南アルプス北部の亜高山帯に生息するニホンジカ(Cervus nippon)のGPSテレメトリーによる行動追跡.AFC報告 63-71.
・大谷ら(2005)大阪の温帯林における首輪型GPS受信装置の有効性.哺乳類科学 45:35-42.
・佐伯・早稲田(2006)ラジオテレメトリを用いた個体追跡技術とデータ解析法.哺乳類科学 46:193-210.
・宇野ら(2002)GPSテレメトリーの測位成功率及び測位精度の評価.哺乳類科学 42:129-137.