ササクレヒトヨタケ安定栽培技術の開発
~培養温度について~
林業研究所 井上 伸
◆はじめに
ササクレヒトヨタケは、ハラタケ科ササクレヒトヨタケ属のきのこで、春から秋にかけて草地や畑地などに生えます(図-1)。おいしいきのこでフランス料理などに用いられますが、国内生産量は非常に少なく、高値で取引されています。また、抗酸化作用や抗炎症作用などの機能性成分を含んでいることが報告されており、生食だけでなく、機能性食品素材としても注目されているきのこです。今回は、ササクレヒトヨタケの安定栽培に向け、培養温度に着目して試験を行った結果について紹介します。
図-1.菌床栽培のササクレヒトヨタケ
◆ササクレヒトヨタケの最適菌糸伸長温度
きのこは種類によって好む温度が異なることが知られており、人工栽培するためには、その種類に応じた最適な温度を見出す必要があります。そこで、ササクレヒトヨタケの温度特性を把握するため、培養する温度と菌糸伸長量の関係について試験を行いました。
試験に使用したササクレヒトヨタケ菌株は、三重県内で採取され、林業研究所で分離・培養したものを用いました。試験方法は、まず、シャーレ上のPDA培地(培地成分(ジャガイモエキス、ブドウ糖)を寒天で固めたもの)中央部に別のPDA培地で培養したササクレヒトヨタケ菌糸を移植し、これを供試体としました。作製した供試体は、前処理として、3日間25℃に設定したインキュベーター(温度を一定に保つ機器)で培養した後、各試験温度に設定したインキュベーターで培養しました。
試験は2回行い、1回目は、試験温度15~35℃までの5℃刻みで9日間、2回目は、さらに、最適な温度を絞り込むため、試験温度20~28℃までの2℃刻みで8日間培養を行いました。前処理終了後から試験終了時点までの間に菌糸が伸びた量(図-2ではaの部分)を測定し、培養温度別の菌糸伸長量の特性を評価しました。
図-2.菌糸伸長量測定のイメージ
試験の結果、温度別菌糸伸長量は、以下のとおりとなりました。
1回目:25℃>20℃>15℃>30℃>35℃
2回目:24℃=26℃>20℃=22℃>28℃
以上のことから、当研究所で保有するササクレヒトヨタケ菌株の最適菌糸培養温度は、24~26℃程度であること、また、培養温度が35℃程度に達すると菌糸の伸長が停止することが分かりました(図-3)。
図-3.培養温度と平均日菌糸伸長量の関係
◆菌床栽培における培養温度の検討
前述までの結果は、シャーレ上の菌糸伸長量をもとに得られた最適温度ですが、ササクレヒトヨタケを商業的に栽培するためには、実際の菌床栽培(図-4)における培養温度などの条件を解明する必要があります。そのため、ササクレヒトヨタケの菌床を作製し、異なる温度で培養を行い、培養温度が菌床表面全体に菌糸が蔓延するまでの日数(以下、菌糸蔓延日数)と子実体発生量に与える影響について試験を行いました。
図-4.ササクレヒトヨタケの菌床栽培工程
培地には、基材に木質系たい肥とカラマツおが粉、栄養体に米ぬか及びフスマを用いました。これらを混合し、含水率を調整した後、菌床袋に2.5kg詰めし、殺菌を行いました。放冷後、あらかじめ培養したササクレヒトヨタケ種菌を接種し、供試体としました。試験は3回行い、1回目は20℃、24℃の2処理区、2回目、3回目は20℃、22℃、24℃の3処理区で培養を行い、培養開始40日目からおおよそ5日ごとに供試体の菌糸蔓延状況を確認しました。また、培養開始から約60日経過後、供試体を発生処理し、温度21℃・湿度90%の発生室内で50日間栽培を行いました。発生した子実体は、傘が膨らむ前の段階で採取し、生重量を測定しました。
菌糸蔓延日数及び発生処理から50日間の平均累積子実体発生量の結果を表-1に示します。菌糸蔓延日数、累積子実体発生量とも2回目24℃区でやや劣る傾向はみられるものの、統計的な有意差は認められませんでした。今回の結果から、ササクレヒトヨタケ菌床の菌糸蔓延日数は43日前後で、累積子実体発生量は、1供試体あたり300~400g程度の収穫量が期待できそうです。また、菌糸蔓延日数、発生処理から50日間の累積子実体発生量に統計的な差が認められなかったことから、ササクレヒトヨタケ菌床は20~24℃の温度帯での培養が可能であると考えられます。
表-1.菌糸蔓延日数と発生処理から50日間の累積子実体発生量の結果
県内で生産されている主なきのこの培養温度は、20~22℃程度で行われていることから、今回の試験結果より、きのこ生産者が普段培養を行っている既存の施設を用いて、ササクレヒトヨタケ菌床の培養が可能であると考えられました。
◆おわりに
今回は、ササクレヒトヨタケの培養温度に着目して行った試験結果について紹介しましたが、この他にも培地組成に関する試験なども行っております。今後、これらの結果を踏まえ、適切な栽培条件を明らかにし、実際の生産現場で活用できるよう、新たな栽培マニュアルを公表していきたいと考えております。興味がある方は、林業研究所までお問合せください。