こけしのようなきのこ、ササクレヒトヨタケの野外簡易施設における栽培技術の開発
林業研究所 井上 伸
1.はじめに
エノキタケやブナシメジといった大手量販店等でよく目にするきのこは、多額の設備投資を行った大規模施設で大量生産されており、安価で市場に流通しています。一方、県内きのこ生産者の多くは中小規模の生産施設しか持たず、コスト削減にも限界があることから、大量生産品との競合により、経営が厳しい状況にあります。
そこで、林業研究所では、大量生産品と形状や風味などで差別化が可能で、商品性の高い、ササクレヒトヨタケの栽培技術を開発しています。今回は、少額の投資で生産可能な野外簡易施設におけるササクレヒトヨタケ栽培について報告します。
2.こけしみたいなきのこ、ササクレヒトヨタケとは
ササクレヒトヨタケは、ハラタケ科ササクレヒトヨタケ属のきのこで、春から秋にかけて草地や畑地などに生え、子実体(きのこ)の形状がこけしに似ていることから“こけし茸”と呼ばれることもあります(図-1)。世界中に広く分布しており、古くから食用とされている風味が良いきのこですが、国内生産量は非常に少なく、高値で取引されています。
ササクレヒトヨタケとよく間違えられるきのことしてヒトヨタケがあります。両種とも以前は、ヒトヨタケ科に属していましたが、分子系統による研究の結果、ササクレヒトヨタケはツクリタケ(マッシュルーム)に近いハラタケ科に、ヒトヨタケはナヨタケ科に再編成されました。ササクレヒトヨタケ、ヒトヨタケいずれも、子実体の成長が進むにつれ、傘が次第に液化し、柄を残し、短期間で溶けてしまうことから、一夜(ひとよ)で溶けるきのこ=“ヒトヨタケ”と命名されています(図-2)。ササクレヒトヨタケは溶けてしまうと日持ちせず、商品性が下がることから幼菌(未成熟)の段階で採取し、食用に用います。ヒトヨタケも食べることは可能ですが、アルコール分解に関与するアルデヒド脱水酵素の作用を阻害するコプリンが含まれており、アルコールを摂取する前後に食すと中毒を起こしてしまいます。一方、ササクレヒトヨタケは、コプリンを含まないため、お酒を飲まれる方でも安心して食べることができます。
図-1.ササクレヒトヨタケの発生状況
図-2.ササクレヒトヨタケの溶ける様子
(左から11月29日、12月2日、12月3日撮影)
3.ササクレヒトヨタケの野外簡易施設における栽培技術の開発
調査に用いたササクレヒトヨタケ菌床は林業研究所において、下記の通り作製しました。バーク堆肥、米ぬか、ビール粕等を混合し、含水率を62%に調整した後、培地をポリプロピレン製の栽培袋に2.5kg詰めし、118℃で90分間殺菌しました。1晩放冷した後、あらかじめ培養した種菌(県内で平成27年度、平成28年度に採取されたササクレヒトヨタケ野生株2系統(以下、H27株、H28株とする))を接種し、温度22℃、湿度70%の条件下で培養しました。培養後、袋から菌床を取り出し、市販のプラスチック製容器(プランタ)に菌床2個を並べ、バーク堆肥を用いて埋めました(図-3)。この容器を林業研究所内にある寒冷紗掛けしたシイタケほだ場に平成29年5月から毎月15日を目途に設置し、収穫量を調査しました(図-4)。なお、シイタケほだ場上部にはスプリンクラーを設置し、毎日朝夕の2回10分間の散水を行いました。
図-3.ササクレヒトヨタケ菌床埋め込み状況
図-4.ササクレヒトヨタケの栽培に用いた野外簡易施設
累積収穫量の結果を図-5、図-6に示します。ササクレヒトヨタケは5月から6月、9月から11月の期間で子実体発生が可能であることが分かりました。また、気温が高温になる夏季の7月から8月、低温になる冬季の12月から4月に子実体を形成しませんでした。しかしながら、子実体を形成しない夏季、冬季を乗り越えて、適期になると子実体収穫が可能であることが分かりました。
以上のことから、ササクレヒトヨタケを野外簡易施設において栽培する際には、子実体発生適期が限られていることから、計画的に発生処理を行う必要があります。
図-5.ササクレヒトヨタケ累積収穫量(H27株)
図-6.ササクレヒトヨタケ累積収穫量(H28株)
4.おわりに
ササクレヒトヨタケは野外簡易施設で栽培が可能であることが分かりました。しかしながら、子実体発生が可能な時期は、5月から6月、9月から11月と限られていました。そこで、夏季に収穫可能なアラゲキクラゲ、冬季に収穫可能なヒラタケやエノキタケ等の栽培と組み合わせることにより、野外簡易施設においてきのこを効率的に生産することが可能と考えられます。
野外簡易施設におけるササクレヒトヨタケ栽培の問題点としては、ほだ場上部より散水を行っていることから、覆土材料であるバークたい肥が子実体に付着し、商品性を低下させることが挙げられます。今後、林業研究所では、優良系統の選抜や発生処理方法の検討を行い、高品質で生産可能なササクレヒトヨタケ栽培技術の開発を目指していきます。
図-7.野外簡易施設でのササクレヒトヨタケ発生状況