ニホンジカの過度の採食により自然植生への影響が危惧されています
近年、ニホンジカ(以下、シカ)の分布拡大及び個体数増加に伴い、植栽苗の食害や樹皮剥ぎ被害の増加だけでなく、過度の採食による自然植生への影響が危惧されています(写真ー1、2)。とくに、森林の下層植生の衰退は、表層土壌の流出、生物多様性の低下等、森林のもつ公益的機能の低下を招く恐れがあります。そこで、県内の落葉広葉樹林を対象として下層植生の衰退状況を調査するとともに、シカ密度との関係性を検証しました。
なお、本研究は平成28年度岡三加藤文化振興財団による研究助成を受けて実施しました。
写真-1 森林の下層植物を採食するニホンジカ(撮影場所:津市美杉町)
写真ー2 三重県の落葉広葉樹林における林床の状況(撮影場所:津市美杉町)
下層植生衰退度とは?
シカによる森林生態系被害を広域的に定量評価できる手法を、兵庫県立大学/兵庫県森林動物研究センターの藤木大介氏らの研究グループが開発しました。これは、低木層の植被率(低木層の木本類の植被率とササ類の植被率の合計値)から算出される下層植生衰退度(Shrub-layer decline rank: SDR)を森林生態系の衰退の簡易指標とするものです。
この手法の特徴は、1)チェックシートを利用した簡易目視調査により、少ない労力で広域多点調査ができること、2)森林の構成要素の衰退状況を評価できること、3)県域スケールで被害を空間推定できること、4)被害の経年的な変化を定量評価できることです。
近年、近畿地方を中心として、この手法を用いた広域的な調査が行われています。そこで、平成28年度に三重県においても下層植生の衰退状況の現地調査を実施しました。
調査の概要
宮川流域以北に存在する落葉広葉樹林及びアカマツ林を対象として、調査林分を5km×5kmメッシュに少なくとも1カ所以上となるよう選定しました。アカマツ林14林分、クリーミズナラ林7林分、コナラーアベマキ林105林分、その他19林分の合計145林分で現地調査を実施しました(図ー1)。
図ー1 三重県における植生調査の位置と調査林分数
①調査の項目(シカの痕跡の有無と下層植生の植被率)
・シカの痕跡の有無(採食痕、糞、シカ道)
・低木層(樹高1~3mの木本植物)の植被率
・ササ類の植被率
②調査項目(森林の構成要素の衰退の程度)
・林冠木の樹皮剥ぎの有無
・リョウブの樹皮剥ぎ個体割合
・特定低木種の分布と食害の有無(アオキ、クロモジ、イヌツゲ)
・リター層の被覆度
・面状侵食の面積割合
・高木性稚幼樹の有無
③調査項目(シカ密度指標)
・出猟報告から算出されるSPUE値(目撃効率値)
衰退度ランクの林相の違いを写真ー3に例示します。シカの生息の痕跡が無い林分では、下層植生が繁茂していますが、衰退度ランクが大きくなるほど下層植生が消失して、林内の見通しが良くなっています。
写真ー3 衰退度ランクごとの林相の状況
三重県の落葉広葉樹林における下層植生衰退度
三重県の落葉広葉樹林における下層植生衰退度の推定結果を図ー2に示します。三重県では、鈴鹿山脈、布引山地(青山高原)、台高山脈等の高標高地域で下層植生衰退度が大きい傾向にあります。一方、伊勢平野の低標高地域、伊賀市北西部地域では下層植生衰退度が小さい傾向にあります。
図ー2 三重県の落葉広葉樹林における下層植生衰退度
森林構成要素の被害程度と下層植生衰退度の関係
森林構成要素の被害程度と下層植生衰退度の関係を図3~5に示します。
①高木性稚幼樹の有無:衰退度が大きくなるほど、「稚樹無し」の林分割合が増大しています
②林冠木の剥皮の有無:衰退度が大きくなるほど、「剥皮あり」の林分割合が増大しています
③アオキの分布:衰退度が大きくなるほど、「分布なし」の林分割合が増大しています
④イヌツゲの食害:衰退度0以上で、「食害あり」の林分が約8割以上となっています
⑤リョウブの剥皮個体割合:衰退度0以上で、「剥皮本数率50%以上」の林分が約8割以上となっています
図ー3 高木性稚幼樹の有無、林冠木の剥皮の有無、アオキの分布、イヌツゲの食害と衰退度の関係
図ー4 リョウブの剥皮被害割合と衰退度の関係
⑥落葉層の被覆率:
・傾斜20度以下の林分:衰退度3または4で「被覆率75%以下」の林分が出現しています
・傾斜20度を超える林分:衰退度が大きくなるほど「被覆率50%以下」の林分割合が増大しています
⑦面状侵食の割合:
・傾斜20度以下の林分:いずれの衰退度においても、「10%未満」の林分のみでした
・傾斜20度を超える林分:衰退度が大きくなるほど「侵食率50%以上」の林分割合が増大しています
図ー5 落葉層の被覆率、表層土壌の面状侵食の割合と衰退度の関係
シカ密度指標と下層植生衰退度の関係
三重県におけるシカのSPUE値(平成24~26年の平均値)と下層植生衰退度を図ー6に示します。シカ密度が高い地域(SPUE値が大きい地域)ほど、下層植生衰退度が大きくなる傾向があります。
図ー6 シカのSPUE値(平成24~26年の平均値)と下層植生衰退度の関係
シカのSPUE値(平成24~27年の平均値)のランク別に見た調査林分の衰退度状況を図ー7に示します。SPUE値が2を超える場合、衰退度2以上の林分割合が6割を超える状況となっています。一方、SPUE値が2未満の場合は衰退度1以下の林分割合が約6割、SPUE値が1未満の場合は衰退度1以下の林分割合が約8割となっています。
図ー7 シカのSPUE値(平成24~27年の平均値)のランク別に見た調査林分の衰退度状況
三重県の落葉広葉樹林の自然植生を保全していくためには、将来的にシカ密度をSPUE値で1以下とすることが望ましいと考えられます。