新植地における移動組立式囲い罠を用いたニホンジカの捕獲試験
林業研究所 福本浩士
1.はじめに
戦後に拡大造林されたスギ・ヒノキ人工林が伐期を迎えていますが、再造林を行ってもニホンジカ(以下、シカ)による植栽苗木の食害のため(写真-1)、成林が困難な状況にあります。これまでも侵入防止柵を新植地の周囲に設置してシカの侵入を防ぐ努力をしてきましたが、シカ密度が高い地域ではシカに何度も侵入され、被害が減る傾向にはありません。
写真-1 シカに食害されたヒノキの苗木
これからは、侵入防止柵を設置して植栽苗木を「守る」だけでなく、新植地を餌場としているシカ加害個体を積極的に捕獲して「攻める」ことが重要になってきます。林業研究所では、新植地においてシカを効率的に捕獲する試験を開始しました。今回は、移動組立式囲い罠を用いた捕獲試験を紹介します。
2.囲い罠の設置場所を選定する
囲い罠を設置する際、その設置場所の選定が捕獲効率をあげるために重要です。シカの通り道(獣道)、シカの糞、足跡を現地で確認して、どこからシカがやってきて、夜間どこに滞在しているかを見極める必要があります。市販の赤外線センサーカメラを設置して出没状況を確認する、夜間にライトセンサスを実施してシカの出没場所を特定すると、捕獲効率の良い設置場所(写真-2)を選定することが可能となります。
写真-2 シカの出没頻度が高い場所
囲い罠や箱罠を設置する場所は、平坦な場所を選びましょう。また、罠の搬入や維持管理のしやすさを考慮すると、設置場所周辺まで軽トラック等の通行が可能な場所が望ましいでしょう。例えば、新植地に開設された作業道終点付近に存在する広場などが良いでしょう(写真-3)。
写真-3 新植地内に開設された作業道横の土場に設置した移動組立式囲い罠(4m×4m×2m)
3.シカを餌で誘引する
設置場所が決まったら、次はシカを誘引することに取り組みます。シカを誘引可能な餌として、ヘイキューブ(乾燥牧草をサイコロ状に固めたもの)(写真-4)、米ぬか、岩塩等が知られていますが、シカだけを誘引する場合、ヘイキューブが効果的であることが知られています。林業研究所では、ヘイキューブの誘引力を基準として、安価に入手でき、県内でも誘引力のある餌の検討を始めました。今回、シイタケを栽培する際に使用した廃菌床ブロック(写真-5)を野外に放置した場所にシカが集まり、菌床ブロックに生えたきのこを食べているという情報があったため、ヘイキューブと同様に誘引餌として利用が可能かどうかを検討しました。
写真-4 シカに対する誘引力が強いヘイキューブ
写真-5 シイタケ栽培用の廃菌床ブロック
2015年3月、大紀町地内の新植地に移動組立式囲い罠を設置し、同年5月21日にシカの出没状況を把握するための赤外線センサーカメラを3基設置しました。5月29日にヘイキューブを囲い罠外側の入口付近に4kg、囲い罠内側奥に2kgずつを2カ所に設置しました。また、6月10日からはヘイキューブに替えて、シイタケ廃菌床ブロックを囲い罠外側入り口付近に4個、囲い罠内側中央部に4個、内側奥に4個設置しました。図-1にヘイキューブと廃菌床ブロックを給餌した場合のシカの出没状況および囲い罠への侵入状況を示します。ヘイキューブ給餌前、シカはおもに夜間に出没しましたが、その頻度は低いことが分かりました。ヘイキューブ給餌後は夜間の出没も多くなり、囲い罠への侵入も確認できました。一方、餌の種類をヘイキューブから廃菌床ブロックに変更したところ、シカの出没頻度も減少し、囲い罠への侵入も確認されませんでした。大紀町では廃菌床ブロックによる誘引は困難であると思われます。
一般的にヘイキューブによるシカの誘引力はシカの餌資源が豊富になる夏期には餌資源が少ない冬期に比べて低下すると言われています。今回の試験において、試験地周囲の草本類が繁茂する6月でもヘイキューブの高い誘引効果を確認できました。したがって大紀町の新植地では、1年を通じてヘイキューブによりシカを誘引することが可能であると考えられます。
図-1 ヘイキューブおよび廃菌床ブロック給餌時におけるシカの出没及び囲い罠侵入状況
4.遠隔監視・遠隔操作でシカを捕獲する
シカを誘引し、警戒心を解くことができれば、次は捕獲に移ります。近年、ICTを利用した様々なシカの捕獲システムが開発されています。一般的には携帯電話回線を利用して、インターネットで監視・捕獲するシステムが主流となっています。しかしながら、農地と異なり森林では携帯電話が入らない地域が多く、これらのシステムの利用が困難です。
そこで、林業研究所では赤外線無線カメラを用いて監視を行い、無線でゲートを閉鎖できるシステムを構築しました。これまでに、従来のワイヤートリガー方式により1回の捕獲行為でメス成獣2頭、当年仔1頭、無線を利用した遠隔監視・遠隔操作により3回の捕獲行為でメス成獣1頭、当年仔2頭を捕獲しました(うち、1回の捕獲行為ではシカは出没しませんでした)。捕獲後のシカ出没状況を赤外線センサーカメラで確認したところ、1頭だけしか撮影されていませんので、試験地のシカ集団を全頭捕獲することも可能となるでしょう。