新しく開発された林業種苗品種
~ 三重県における特定母樹、エリ-トツリ-等増殖の取組み ~
林業研究所 奥田清貴
はじめに
森林総合研究所林木育種センタ-は育種種苗の性能向上を図るため、これまでの精英樹同士を交配して、より成長、材質等が優れたエリ-トツリ-(第2世代精英樹)を平成26年度末までにスギ290系統、ヒノキ176系統が開発されています。
平成25年5月には「森林の間伐等の実施の促進に関する特別措置法」が改正され、森林のCO2吸収能力を高めるため、農林水産大臣が特に成長の優れたものを特定母樹に指定し、普及を図ることとしました。特定母樹は一定の基準の基づき、主としてエリ-トツリ-の中から指定され、今後の人工造林は基本的に特定母樹により行うこととされました。
現在、人工林の伐採が減少し、造林面積が低迷し、植栽未済地も増加しています。これらの新しい品種系統は初期成長量がこれまでの精英樹の2倍以上あるものも認められており、下刈りの省力化による造林初期コストの軽減が期待されます。これらの苗木配布は平成25年度から開始されたため、三重県では林業研究所構内にミニチュア採種園及び採穂園を造成して植栽し、新しい林業種苗の増殖を進めています。ここでは、これらの新しい品種に加えて、花粉症対策として開発された少花粉スギ等について説明するとともに、三重県での新品種の母樹増殖や種子生産の取組みについて紹介します。
図-1 平成21年度に造成した少花粉スギのミニチュア採種園
特定母樹とエリ-トツリ-
エリ-トツリ-は第1世代精英樹同士を交配したものから選抜された第2世代精英樹です。平成28年度までに全国でスギ約500系統、ヒノキ約200系統が選抜される予定です。これまでの調査では同じ場所に植栽して1年4か月後に、現在普及している精英樹が樹高90cmだったのに対し、エリ-トツリ-は樹高190cmになったという事例も紹介されています。エリ-トツリ-は、成長量(材積)、材の剛性(ヤング率)、通直性、雄花着花性で一定の基準以上のものが選抜されています。
一方、特定母樹は前述のように特措法改正により、温暖化対策という行政上の必要性から指定されることになったもので、エリ-ト-ツリ-の中からさらに二酸化炭素固定能力が大きい(材積成長が大きい)ものが指定されます。平成25年度にグイマツ1系統、スギ52系統(うち47系統がエリ-トツリ-)が指定され、昨年度から苗木の配布がされました。
本県では、平成25年度からスギ、ヒノキのエリ-トツリ-苗木の配布を林木育種センタ-から受け、林業研究所構内に25クローン型ミニチュア採種園を造成しました。初年度に植栽したスギ採種木は順調に成育しており、本年度に一部の採種木にジベレリン(GA)処理による着花促進を検討しています。ヒノキはまだ採種木としては小さく、幹へのGAによる着花促進処理に耐えられるまで成長するには、早くても3年程度先になるものと考えています。
エリ-トツリ-の採種園を設置及び造成計画があるのは、スギエリ-トツリ-が本県のほか5県、ヒノキエリ-トツリ-は本県のほか1県という状況です(平成26年度)。
図-2 スギエリ-トツリ-のミニチュア採種園
改正された特措法に基づき、本県では平成26年11月に「特定間伐等及び特定母樹の増殖の実施の促進に関する基本方針」を変更し、特定母樹の増殖に取り組むことになりました。これにより、特定増殖事業計画が認定された特定増殖事業者も特定母樹の配布を受けて、増殖事業が実施できることになりました。その後、県内の2事業者が認定され、特定母樹の配布を受け、当面は特定母樹の挿し木増殖を行うことになっています。
林業研究所では、平成26年度にスギ特定母樹9クロ-ン各4本の配布を受け、ミニチュア採種園として植栽しました。今後、指定されるヒノキ特定母樹の配布を受けて植栽し、苗木の成長後に挿し木増殖を行い、平成32年度までにスギ700本、ヒノキ2,500本の特定母樹を増殖する計画を立てています。
特定母樹やエリ-トツリ-などの新たに開発された品種の種子生産にあたっては、GA処理による着花促進や目的外品種の花粉を受粉しないように花粉管理が必要になります。採種園周辺に目的外品種の花粉飛散樹がない場所に採種園が造成できれば問題は生じないものの、そのような条件を満足させる立地場所の確保は極めて困難です。そのため、通常は人工交配を行うことになりますが、専門技術や専用器具等が必要になり、また大量生産には不向きです。
このため、本県では人工交配の労力を削減するため、ヒノキのエリ-トツリ-や今後指定されるヒノキ特定母樹の種子生産に際しては、採種木を鉢植えし、GA処理により着花させて、受粉期にフィルム被覆した大型ハウス内に移動させて人為的交配を行う計画をしています。
花粉の少ないスギ・ヒノキ
花粉症が社会問題となり、スギ、ヒノキの花粉が関与していることが明らかにされたため、スギ、ヒノキ精英樹の雄花着生量が調査され、雄花着生量が極めて少ない少花粉スギ(平成8~17年度)、ヒノキ品種(平成18~19年度)が開発されています。少花粉スギ、ヒノキ品種の選定基準は、着花する雄花の量を目視で、[1]全くない、[2]非常に少ない、[3]普通、[4]多い、[5]非常に多いで、5年間評価して、5年間の平均が1.1以下のものが選ばれます。
本県では、平成21年度に林業研究所に少花粉スギ12品種系統のミニチュア採種園を造成し、育成してきました。1.2m間隔に288本を植栽し、隣接木と枝が触れ合わないように剪定するとともに、1.2~1.5mに断幹して樹高調整をしています。通常では雄花、雌花ともほとんど着花しないため、毎年1/4程度の採種木にジベレリンで強制的に着花促進させ、人工交配により少花粉スギ種子を生産しています。平成24年度から種子採取が可能となり、昨年度は600gの少花粉スギ種子を県林業種苗協同組合連合会(県苗連)へ一括配布しました。
花粉の少ないヒノキは55品種が開発されていますが、林業研究所には本県産精英樹から選ばれた2品種(名賀3、度会4)しか保有していません。今後、行政需要があれば収集することも考えられます。
図-3 少花粉スギの人工交配
マツノザイセンチュウ抵抗性クロマツ
林業研究所川口採種園には、昭和61年度に造成したマツノザイセンチュウ抵抗性クロマツの採種園(0.5ha)があります。近辺のアカマツ、クロマツの大部分が枯れてしまった現在も、部分枯れしたクロマツも含めて植栽時の78%の本数が生存しており、一般のクロマツよりは枯れにくいようです。抵抗性クロマツ種子の需要は少量ながらあり、着果年には種子採取して県苗連に配布しています。
二本木採種園に造成していたクロマツ採種園は松くい虫被害ですべてが枯れたため、平成27~29年度にマツノザイセンチュウ抵抗性クロマツ15品種各14本の配布を受け、採種園を造成する計画にしています。
おわりに
国では、花粉症対策を推進するため、平成29年度には概ね1000万本の花粉症対策品種の苗木生産を行うという目標のもとに都道府県を指導しています。また、今後の人工造林は特定母樹により行うこととしています。新品種等の母樹増殖や種子生産は突然の需要への対応は困難で、中長期的な種苗生産計画に立った事業実施が不可欠です。
現在の林業研究所のミニチュア採種園等の体制と種穂の生産能力では、県内の種穂需要量をとうていまかなうことはできないので、特定増殖事業者による種穂生産に期待しなければなりません。そのため、ミニチュア採種園等の維持管理を通じて、特定増殖事業者の技術力向上を支援するモデル採種園としても活用できるよう体制整備をして行く必要があります。
参考:
森林総合研究所林木育種センター:林業種苗における開発品種の最新情報(平成27年4月1日版)1-17