中でも注目されるのは、土師器焼成坑という遺構が非常に多くみつかっていることです。土師器焼成坑は、土師器を焼成するために使われた土坑(穴)で、平面形が三角形や台形などを呈し、床面や壁面が熱を受けて赤化していることが特徴です。
北野遺跡では、こうした土師器焼成坑が220基以上も発見され、多量の土師器が生産されていたことがうかがえます。生産された土師器の多くは、斎宮に運ばれたと考えられます。
なお、北野遺跡付近は古代の有爾郷にあたり、古くから伊勢神宮に奉納する土器を生産していたことが知られています。現在でも、伊勢神宮に納めるかわらけが生産されています。北野遺跡の存在も、こうした歴史との関係で考えることができるでしょう。
第4次調査 調査区

土師器焼成坑
おもな時代:弥生時代後期から奈良時代
遺跡の所在地:明和町蓑村・上野ほか
発掘調査報告書のリンク:
『北野遺跡(第5次)発掘調査概報』(1996年)
『北野遺跡(第2・3・4次)発掘調査報告』(1995年)
『安養寺遺跡(第8次)・古堀遺跡(第9次)・北野遺跡(第9次)・露越遺跡(第10次)発掘調査報告』(2018年)
『北野遺跡Ⅰ』(2024年)
『北野遺跡(第12次)・曽祢崎遺跡(第3・4次)・鱗尾城跡・平生遺跡発掘調査報告』
(2020年)
『北野遺跡Ⅱ』(2025年)