この遺跡では、昭和56年度の県道工事に伴う発掘調査を皮切りに、県や桑名市(多度町)によって複数回の発掘調査が行われています。その結果、奈良時代から平安時代にかけての遺構や遺物が多数みつかり、この地域の中核的な集落であったことが分かってきています。
特に、奈良時代については90棟程度の竪穴建物のほか、掘立柱建物も複数確認され、かなり大規模な集落であったようです。
竪穴建物に設けられたカマドには基底部が良好に残るものもあり、屋外に煙を排出するための煙道として土器を土管状に埋設した例もみつかっています。
この集落の成立には、揖斐川の水運や付近を通る東海道など、交通の要衝としてのこの地の重要性が関係していると思われます。また、出土遺物には瓦もあり、付近の古代寺院との関係も推定されます。

調査区の様子(第2次調査)

奈良時代の竪穴建物跡 煙道(奥に延びる部分)に土器を用いたカマド
おもな時代:奈良時代から平安時代
遺跡の所在地:桑名市多度町小山
発掘調査報告書のリンク:『天王平発掘調査報告Ⅰ』(1982年)
『天王平発掘調査報告Ⅱ』(1983年)