この遺跡は、昭和37年の道路工事の際に遺物が出土し、遺跡として認知されました。その後、平成22・24・25年度に、電線共同溝の工事に伴って発掘調査が行われました。
発掘調査が行われた箇所は、江戸時代の絵図や地形などから、かつて清川という川が流れていたと考えられます。そのため、検出された遺構はわずかですが、川の流れによって堆積した土層中から、多量の遺物が出土しました。
出土した遺物は、主に17~19世紀の江戸時代のものです。各種の陶磁器や土器、漆器などが出土しており、中には初期伊万里の優品も含まれます。
こうした出土遺物からは、外宮周辺における人びとの生活や物流などの様子がうかがえます。まだ不明な部分が多い山田の実態を知る上で、重要な手がかりといえます。
調査中の様子 出土遺物
おもな時代:江戸時代
遺跡の所在地:伊勢市宮後・吹上
発掘調査報告書のリンク:『高河原遺跡発掘調査報告』(2015年)