保環研年報 第20号(2018)
三重県保健環境研究所年報 第20号(通巻第63号)(2018)を発行しましたのでその概要をご紹介します。
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研究報告
原 著
・2018rep1 Human metapneumovirusにおけるG遺伝子に重複塩基配列を有するウイルスの動向について-三重県(2016~2017年)
矢野拓弥,赤地重宏,松村義晴
キーワード:急性呼吸器感染症,Human metapneumovirus,流行疫学,遺伝子系統樹解析
近年のHuman metapneumovirus(HMPV) の流行疫学を把握するために,三重県感染症発生動向調査事業において,2016年1月~2017年12月に三重県内の医療機関を受診した呼吸器症状患者483名を対象に調査を実施した.HMPV陽性者は483名中36名(7.5%)であった.採取年別のHMPV陽性者数は2016年31名,2017年5名であった.
調査期間中に検出された一部のHMPVについてG遺伝子系統樹解析によるサブグループ分類を実施した.サブグループの分類内訳はA2b(7件),B1(4件),B2(2件)であった.HMPVのサブグループA2bに分類された7件のうち3件は,G遺伝子内に180塩基の重複配列が挿入される変化を有しており,県内での浸潤状況および臨床的意義を明らかにするためにも,今後の継続的な調査が必要であると考えられた.
ノート
・2018rep2 三重県における過去10年間の麻しんの血清疫学調査に関する考察(2008~2017年)
矢野拓弥,赤地重宏,松村義晴
キーワード:麻しん,麻しん抗体保有率,麻しん幾何平均抗体価,輸入麻しん,修飾麻しん,麻しんワクチン
近年,国外からの輸入麻しんによる国内発症例が多数報告されており,2016年に関西圏および首都圏内の空港利用者を発端とした麻しん感染事例が確認された.また,2018年3月以降,沖縄県では県内を旅行した外国人を発端に地域流行がみられた.さらに愛知県では沖縄県への旅行歴のある者が受診した県内医療機関を中心に感染が拡がった.そこで麻しんウイルスに対する免疫状態を把握し,得られた知見を麻しん感染予防対策に活用するため,本県における過去10年間の麻しん抗体保有状況を調査した.対象は感染症流行予測調査事業において過去10年間(2008~2017年)の県内医療機関受診者等から採血された3205名を調査対象とし,麻しん粒子凝集反応(Particle Agglutination:PA)法による抗体価測定を行った.麻しんの発症予防には目安とされる128倍以上のPA 抗体価が必要と考えられているが,本調査の協力者のうちPA 抗体価128倍未満の者は16.7%(534名)を占めており,PA 抗体価128倍に満たない低感受性者が多く存在していたことは,今後の修飾麻しん患者の発生が懸念された.
・2018rep3 三重県における季節性インフルエンザウイルスの遺伝子系統樹解析および流行状況(2017/18シーズン)
矢野拓弥,赤地重宏,松村義晴
キーワード:季節性インフルエンザウイルス,遺伝子系統樹解析,薬剤耐性株,B型インフルエンザウイルス,2017/18シーズン
三重県内において2017/18シーズン(2017年第36週~2018年第21週)に分離・検出された季節性インフルエンザウイルスについてHemagglutinin(HA)遺伝子の系統樹解析を実施した.その結果,AH1pdm09インフルエンザウイルス,AH3亜型インフルエンザウイルス,B型インフルエンザウイルス(B型山形系統およびB型ビクトリア系統)は,各々のワクチン株と同じクレードに属していた.
AH3亜型インフルエンザウイルスはワクチン株と同一クレードに属していたものの,遺伝子的に多様化が進み,共通のアミノ酸を持たない集団が多く形成されており,さらにはワクチン株とは異なる抗原性を有する変異株が存在していた.
本シーズンは,過去5シーズンで最も流行開始が早く,大規模な流行となったシーズンであった.その要因の一つとして3タイプのインフルエンザウイルスが同時期に流行していたことが挙げられる.なかでもB型インフルエンザウイルス(B型山形系統)の早期流行と,その後の流行拡大が患者数の増加を促し,過去例のない特徴的な流行像であった.
・2018rep4 家庭用エアゾル製品中のメタノール分析における妨害物質と確認試験についての考察
濱口真帆,内山恵美,竹内 浩,林 克弘,川邊揚一郎,吉村英基
キーワード:家庭用品,エアゾル製品,メタノール,ジメチルエーテル(DME)
家庭用エアゾル製品中のメタノール検査において,公定法のガスクロマトグラフ水素炎イオン化検出器を用いる測定の際に,メタノールとほぼ同じ保持時間のピークを検出する事例が見られた.この場合における確認試験として,パックドカラムと測定条件を変更する分析方法が定められているが,結果の判明までに時間がかかる.より簡便で検査にかかる時間も短縮できる方法として,キャピラリーカラムを使用した分析法を検討したところ,確認試験に適用できた.今回の事例のメタノールとほぼ同じ保持時間の物質は,メタノール検査において妨害物質として報告されているジメチルエーテルと一致した.
・2018rep5 7種防かび剤の一斉分析法についての考察
竹内 浩,清水美緒,佐藤 誠,林 克弘,山本昌宏,吉村英基
キーワード:防かび剤,HPLC,フォトダイオードアレイ検出器,蛍光検出器, 一斉分析
これまでの4種防かび剤(ジフェニル,オルトフェニルフェノール,チアベンダゾールおよびイマザリル)に新たに加わった3種防かび剤(フルジオキソニル、アゾキシストロビンおよびピリメタニル)計7物質について,HPLC-PDAおよびFL法による一斉分析法を検討した.その結果,かんきつ類においてアゾキシストロビンの回収率が70%を下回った以外は,良好な結果となる分析法を作成した.
・2018rep6 廃棄物溶出試験における重金属類測定手法の確立に関する研究
立野雄也,柘植 亮,佐来栄治
キーワード:廃棄物溶出試験,重金属,キレート樹脂充填固相,マイクロウェーブ分解装置
廃棄物溶出試験において,重金属測定に用いるICP-MSは,多元素を同時に高感度で測定できるが,共存物質による干渉を受けるため,測定結果に誤差を生じやすい.したがって,干渉除去のために検体の前処理が重要となるが,公定法に明確な前処理法が示されていない.本研究では,前処理に用いる酸の条件,検液の希釈,乾固による影響,手袋からの汚染,キレート樹脂充填固相を用いた前処理,マイクロウェーブ分解装置を用いた前処理についてそれぞれ検討を行った.
その結果,以下のことがわかった.前処理に用いる酸は硝酸とし,酸濃度を一致させる必要がある.検液の希釈により干渉を低減できた.検液を乾固させた場合,回収率の低下が認められた.保護具として用いる手袋の種類によっては汚染源になることがわかった.銅,亜鉛,カドミウム,鉛については適切に希釈することでキレート樹脂充填固相を用いた前処理が適用可能であることがわかった.マイクロウェーブ分解装置とプレートヒーター加熱は,同程度の加熱時間,温度においては同等の結果となった.
・2018rep7 伊勢湾における有機物の分解特性に関する研究
渡邉卓弥,谷村譲紀,奥山幸俊,国分秀樹,柘植 亮,千葉 賢
キーワード:伊勢湾,有機物,生分解,分解特性,TOC,COD
伊勢湾内の底層では毎年のように貧酸素水塊が発生しており,生物生息環境の悪化などの影響を与えている.貧酸素水塊の発生要因の1つとして,水中に存在する有機物の分解に伴い,酸素が消費される点が挙げられることから,湾内3地点(湾奥,湾央,湾口)の表底層水を用いた生分解試験を行い,水質の変化を調査した.その結果,湾奥の表層では他の地点に比べ多くの懸濁態有機炭素(POC)が含まれており,分解の特性時間(緩和時間)は3~7日程度であることが分かった.また,溶存酸素量(DO)の変化量に対する溶存態無機窒素(DIN)の変化量の関係から,DOの減少は有機物の酸化分解および硝化の進行によるものと考えられた.
・2018rep8 三重県北勢地域における大気中のオゾンとホルムアルデヒド,アセトアルデヒドの挙動
阪本晶子,佐来栄治,小河大樹,寺本佳宏,西山 亨,佐藤邦彦,川合行洋
キーワード:オゾン,ホルムアルデヒド,アセトアルデヒド,パッシブ法,三重県北勢地域
三重県北勢地域でオゾンとホルムアルデヒド,アセトアルデヒドの大気中濃度やその変動を調査した.沿道,市街地,山間部の3地点における3年間の調査では,オゾンは春先から夏にかけて高く,アルデヒド類は夏に高い傾向にあった.地域別では,山間部ではオゾンは高いがアルデヒド類が低く,逆に沿道ではアルデヒド類は高いがオゾンが低かった.日内変動では,3物質とも昼間が夜間より高かったが,域外からの移流と思われる夜間上昇があった.
三重県各地に光化学スモッグ予報が発令された日に実態調査を行った.東員町の地点でオゾン濃度が最も高くなり,最寄りの測定局と同程度となったが,これも移流によるものと考えられた.アルデヒド類は,四日市市内の市街地で高い傾向が見られた.
・2018rep9 外壁材の再生利用に係る安全性についての基礎的調査研究について
佐藤邦彦,柘植 亮,立野雄也,奥山幸俊,坂口貴啓,谷村譲紀
キーワード:リサイクル材,外壁材,安全性試験,溶出試験,有効利用
建築物の外壁材は,廃棄物となった場合,土木資材等のリサイクル材として利用されることが想定される.しかしながら,外壁材には,近年,難燃性や保温性等の品質を高めるために多様な材質が使用されているにもかかわらず,リサイクル材として使用された場合の周辺環境に対する影響や汚染のリスクに関する知見が見当たらない.本研究では,外壁材が一般環境中で再生利用された場合の安全性について,有害物質の溶出,汚濁水および硫化水素の発生の観点から安全性試験を実施した結果,有害物質の溶出や汚濁水および硫化水素の発生の可能性について配慮すべき知見が得られた.
また,有効なリサイクル方法の方向性について検討するために物性調査を行ったところ,SiO2,Al2O3,CaO,Fe2O3が主成分であったことからセメント原料への利用が有効であると考えられた.
資料
・2018rep10 2017年度感染症流行予測調査結果(日本脳炎,インフルエンザ,風疹,麻疹)の概要
矢野拓弥,楠原 一,中野陽子,小林章人,赤地重宏
キーワード:感染症流行予測調査,日本脳炎,インフルエンザ,風疹,麻疹
本事業は1962年から「伝染病流行予測調査事業」として開始している.その目的は集団免疫の現状把握および病原体の検索等を行い,各種疫学資料と併せて検討することによって,予防接種事業の効果的な運用を図り,さらに長期的視野に立ち総合的に疾病の流行を予測することである.その後,1999年4月「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」の施行に伴い,現在の「感染症流行予測調査事業」へと名称変更された.ワクチンによる予防可能疾患の免疫保有調査を行う「感受性調査」およびヒトへの感染源となる動物の病原体保有を調査する「感染源調査」を国立感染症研究所および県内関係機関との密接な連携のもとに実施している.これまでの本県の調査で,晩秋から初冬に日本脳炎ウイルス(JEV)に対する直近の感染を知る指標である2-メルカプトエタノール(2-ME)感受性抗体が出現1)したことなど興味深い現象が確認されてきた.また,以前は伝染病流行予測調査事業内で実施されていたインフルエンザウイルス調査において,1993/94シーズンに分離されたインフルエンザウイルスB型(B/三重/1/93株)が,ワクチン株に採用された等の実績がある.ヒトの感染症における免疫状態は,各個人,地域等,さまざまな要因で年毎に異なる.本年度採取できた血清は,同一人であっても毎年の免疫状態とは必ずしも同じではないことが推察される.これらのことはヒト血清だけでなく動物血清についても同様であり,毎年の感染症流行予測調査事業における血清収集は重要である.集団免疫の現状把握と予防接種事業の促進等,長期的な流行予測調査が感染症対策には不可欠であるので,本調査のような主要疾患についての免疫状態の継続調査は,感染症の蔓延を防ぐための予防対策として必要性は高い.以下に,2017年度の感染症流行予測調査(日本脳炎,インフルエンザ,風疹,麻疹)の結果について報告する.
・2018rep11 2017年度の先天性代謝異常等検査の概要
内山信樹,小林章人,中野陽子,赤地重宏,山寺基子
キーワード:先天性代謝異常等検査,先天性副腎過形成症,先天性甲状腺機能低下症,先天性アミノ酸代謝異常症,先天性有機酸代謝異常症,先天性脂肪酸代謝異常症
先天性代謝異常症とは遺伝子変異の結果,特定の蛋白質が合成されないために発症する疾患,ある種の酵素の異常や到達経路の異常により代謝されるべき物質の貯留によって発症する疾患と定義されている1).現在では,酵素化学的研究および分子遺伝学的研究の進展に伴い遺伝子異常の本態が明らかになりつつあるが,その病態に関しては不明な部分が多く,病因解明に比し治療法の遅れが指摘されている2).
アミノ酸代謝異常症,有機酸代謝異常症,脂肪酸代謝異常症はそれぞれアミノ酸,有機酸,脂肪酸などの中間代謝産物の蓄積に起因する疾患である.一方,内分泌疾患である先天性甲状腺機能低下症(Congenital hypothyroidism)と先天性副腎過形成症 (Congenital adrenal hyperplasia) は特定物質の合成障害に起因する疾患である.先天性代謝異常等症は治療困難なものが多いが,可及的早期に診断,治療を開始すれば,機能障がいなどに陥ることを予防できる疾患もある.
新生児を対象とした先天性代謝異常症マス・スクリーニング事業は,1977年10月から全国的に開始され,三重県においても1977年11月から県内で出生した新生児を対象に5疾患(フェニルケトン尿症,メープルシロップ尿症,ホモシスチン尿症,ヒスチジン血症およびガラクトース血症)について検査が開始された.次いで1979年から先天性甲状腺機能低下症が,1989年から先天性副腎過形成症が追加され,1994年にはヒスチジン血症が中止となっている.2013年3月にアミノ酸代謝異常症2疾患(シトルリン血症Ⅰ型,アルギニノコハク酸尿症),有機酸代謝異常症7疾患(メチルマロン酸血症,プロピオン酸血症,イソ吉草酸血症,メチルクロトニルグリシン尿症,ヒドロキシメチルグルタル酸血症,複合カルボキシラーゼ欠損症,グルタル酸血症Ⅰ型),脂肪酸代謝異常症4疾患(MCAD欠損症,VLCAD欠損症,三頭酵素欠損症,CPTⅠ欠損症)の計16疾患を対象疾患に追加し,現在は上記19疾患3)についてマス・スクリーニングを行い早期発見に努めている.
・2018rep12 2017年感染症発生動向調査結果
楠原 一,矢野拓弥,中野陽子,永井佑樹,内山信樹,小林章人,赤地重宏
キーワード:感染症発生動向調査事業,病原体検査定点医療機関,感染性胃腸炎,麻疹,日本紅斑熱,インフルエンザ
感染症発生動向調査事業の目的は,医療機関の協力を得て,感染症の患者発生状況を把握し,病原体検索により当該感染症を微生物学的に決定することで流行の早期発見や患者の早期治療に資することにある.また,感染症に関する様々な情報を収集・提供するとともに,積極的疫学調査を実施することにより,感染症のまん延を未然に防止することにもある.
三重県では,1979年から39年にわたって本事業を続けてきた.また,検査技術の進歩に伴い,病原体の検出に必要なウイルス分離や同定を主としたウイルス学的検査や血清学的検査に加え,PCR法やReal time PCR法等の遺伝子検査も導入し,検査精度の向上を図ってきた.その結果,麻疹や風疹等,季節消長の明らかであった疾患が,発生数の減少や流行規模の縮小により最近は季節性が薄れている一方で1,2),多くの疾患で新たなウイルスや多様性に富んだ血清型や遺伝子型を持つウイルスの存在が明らかになってきた3-5).
以下,2017年の感染症発生動向調査対象疾患の検査定点医療機関等で採取された検体について,病原体検査状況を報告する.
・2018rep13 三重県における2017年度環境放射能調査結果
西 智広,森 康則,一色 博,吉村英基
キーワード:環境放射能,核種分析,全ベータ放射能,空間放射線量率,
日本における環境放射能調査は,1954年のビキニ環礁での核実験を契機に開始され,1961年から再開された米ソ大気圏内核実験,1979年スリーマイル島原発事故,1986年チェルノブイリ原発事故を経て,原子力関係施設等からの影響の有無などの正確な評価を可能とするため,現在では全都道府県で環境放射能水準調査が実施されている.
三重県は1988年度から同事業を受託し,降水の全ベータ放射能測定,環境試料および食品試料のガンマ線核種分析ならびにモニタリングポスト等による空間放射線量率測定を行って県内の環境放射能のレベルの把握に努めている.
さらに福島第一原子力発電所事故後は,国のモニタリング調整会議が策定した「総合モニタリング計画」2) に基づき原子力規制庁が実施する調査の一部もあわせて行っている.
また,2017年度は2017年9月3日の北朝鮮の核実験実施発表への対応のため,原子力規制庁からの協力依頼を受けてモニタリング強化を実施した.
本報では,2017年度に実施した調査の結果について報告する.
データ集
・2018rep14 2017年度酸性雨調査結果
調査担当課名 環境研究課
当研究所は1991年度から全国環境研協議会酸性雨広域大気汚染調査研究部会の全国酸性雨調査に参加し,継続的に県内の酸性雨の調査を行っている.2016年度からの第6次全国酸性雨調査において,雨水中のpH, 電気伝導度および陽陰イオン性物質を,また全国環境研協議会東海・近畿・北陸支部共同調査研究(越境/広域大気汚染)において雨水中の金属元素を測定した.