保環研年報 第18号(2016)
三重県保健環境研究所年報 第18号(通巻第61号)(2016)を発行しましたのでその概要をご紹介します。
各研究報告(原著、ノートおよび資料)の全文(PDF形式)をご希望の方は、こちらからダウンロードできます。
研究報告
原 著
・2016rep1 三重県におけるHuman Bocavirusの流行疫学および遺伝子系統樹解析(2010年1月~2016年6月)
矢野拓弥,前田千恵,楠原 一,赤地重宏
キーワード:急性呼吸器感染症,Human Bocavirus,流行疫学,遺伝子系統樹解析
三重県感染症発生動向調査事業において,2010年1月~2016年6月までに三重県内の医療機関を受診した小児呼吸器感染症患者1,321名を対象にHuman Bocavirus(HBoV)の流行疫学を把握するために動向調査を実施した.HBoV陽性者は1,321名中46名(3.5%)であった.
採取年別のHBoV陽性者数は2010年4名,2011年5名,2012年9名,2013年7名,2014年3名,2015年9名,2016年(1~6月)9名であった.HBoV陽性者はインフルエンザ終息後の春から初夏(3~6月)に多数検出される傾向であった.
HBoVのVP1/VP2領域の遺伝子系統樹解析を実施した結果,2010~2016年に検出されたHBoVは,すべてHBoV1に分類された.今回,検出されたHBoV1は遺伝子系統樹上では Group1 からGroup3に細分化されることが明らかとなった.
HBoV感染症は流行疫学および臨床症状等において依然として不明な点が多く,さらなるHBoV感染症の理解のためにも,全国規模のモニタリングを積極的かつ継続的に実施し,流行疫学および患者臨床情報の蓄積が必要であると考えられる.
・2016rep2 三重県における結核菌分子疫学解析事業について~結核菌VNTRデータベース解析結果から
永井佑樹,小林章人,赤地重宏
キーワード:結核菌Mycobacterium tuberculosis,分子疫学,VNTR
三重県では平成26年度よりVNTR法を用いた結核菌分子疫学的解析事業を実施している.事業の対象となった結核菌133株をJATA15-VNTRで解析したところ8つのクラスター(クラスター形成率:16.5%)が確認され,追加領域を加えた24領域の解析では4つのクラスター(クラスター形成率:7.5%)が確認された.またMAP estimationにより系統群を推定した結果,北京型ではST3が29株(21.8%)と最も多く,次いでST25/19が24株(18.0%),STKが19株(14.3%)となった.一方,60歳以下の就労世代に限るとModern型が7株(25.9%)と最も多くを占めており,ST25/19やSTKは高齢者に偏在していることが確認された.VNTR解析の結果は感染対策における科学的エビデンスとなるものであり,今後も県内分離株のVNTRデータを蓄積し, 現場へフィードバックしていくことで,より実効性の高い結核対策を展開していけるものと考える.
・2016rep3 三重県における腸管出血性大腸菌感染症について~Stxバリアント解析とO157株のグレード解析
永井佑樹,小林隆司,小林章人,赤地重宏
キーワード:腸管出血性大腸菌,分子疫学解析,Stxバリアント,クレード解析
2014年度に三重県内で届出のあった腸管出血性大腸菌(Enterohemorrhagic E.coli 以下EHEC)感染者数は58名であり,分離された58株の血清型は,O157が37株と最も多く,O26が7株,O111が6株でこれら3血清型の占める割合は86.2%(50/58)であった.Stxのバリアント解析では,焼き肉等の喫食率の高かったバリアントはStx2a(80%)およびStx1a+Stx2a(56.5%)であり,さらに重症者の中でStx2aを保持していた人の割合は88.5%(23/26)であった.また今回解析したなかでStx2fを保有した株も3株確認された.クラスター解析の結果では,12のクラスターが確認され,クラスター形成率は53.4%(31/58)となったが,そのうち18株では疫学的な関連性は確認されなかった.MAMA-PCRによるクレード解析では,今回解析した株のなかではクレード8の株は確認されなかったが,クレード8系統株はHUS発症率が高いことが報告されており,今後も継続的な監視が必要であると思われた.
ノート
・2016rep4 三重県における呼吸器症状を呈した小児患者からのエンテロウイルスD68型の動向(2013年~2016年6月)
矢野拓弥,前田千恵,楠原 一,赤地重宏
キーワード:急性呼吸器感染症,エンテロウイルスD68型(EV-D68),喘息様気管支炎,急性弛緩性麻痺(AFP)
三重県感染症発生動向調査事業において,2013年1月~2016年6月までに三重県内の医療機関を受診した呼吸器症状を呈する小児患者795名を対象にエンテロウイルスD68型(EV-D68)の動向を把握するため調査を実施した.調査対象者795名中7名(0.9%)からEV-D68が検出され,採取年別のEV-D68陽性者数は2013年3名,2015年4名であった.EV-D68陽性者は秋季(9~10月)に検出される傾向が認められた.EV-D68陽性者の臨床診断名は気管支炎2名,喘息様気管支炎3名,細気管支炎1名,喉頭炎1名であった.EV-D68感染症との関連性が疑われている喘息発作は本調査の対象者からも検出されており関連性が注目される.また急性弛緩性麻痺(AFP)との関連性は,今後の全国規模の積極的かつ継続的な調査で明らかにされることが期待される.
・2016rep5 環境修復地内に存在する1,4-ジオキサン分解菌
天野晴貴,赤地重宏,新家淳治
キーワード:環境修復地,1,4-ジオキサン,集積培養,Micromonospora,DNA塩基配列
環境修復地に設置された水処理施設内で,1,4-ジオキサン分解能力を有する微生物の探索を行うため,同施設生物処理槽から試料を採取した.試料に1,4-ジオキサンを添加した検体の集積培養および1,4-ジオキサン濃度の経時モニタリングを行った.また,集積培養後の検体を新たな試料とし,1,4-ジオキサンの他に無機塩類や有機物を添加した検体の集積培養および経時モニタリングを行った.
その結果,生物処理槽水の1,4-ジオキサン濃度の減少が確認できたことから,1,4-ジオキサン分解菌が存在することが示唆された.また,集積培養を行うことによって分解活性が向上することが確認できた.さらに,試料に無機塩類を添加すると,1,4-ジオキサンの分解は促進されたが,1,4-ジオキサン以外の有機物を添加すると,見かけ上分解活性は一時的に低下した.
1,4-ジオキサンの濃度減少が確認できた検体から単離した菌のDNA塩基配列は,Micromonospora属の放線菌等のものと高い相同性を示した.
・2016rep6 伊勢湾底泥中における有機物の鉛直分布およびその特徴について
谷村 譲紀,天野 晴貴,新家 淳治,国分 秀樹,竹之内 健介,小林 利行,千葉 賢,大八木 麻希
キーワード:伊勢湾,貧酸素水塊,底質,有機物
伊勢湾は,漁業,観光等において地域の重要な環境資源であるが,夏期になると湾内の底層で貧酸素水塊が発生し,漁業生産や観光のみならず生物の生息等にも悪影響を与えており,その対策が課題となっている.貧酸素水塊の発生要因は,底質の有機物の分解による酸素消費が挙げられることから,底質の性状について情報を得るため全有機炭素量(TOC),化学的酸素要求量(COD),酸揮発性硫化物量(AVS)等の底質鉛直分布について調査を行った.その結果,TOCの鉛直濃度の減少傾向から,湾内には未分解の有機物を含む堆積層が表層から20cm以上,地点によっては80cm以上残存していることが示された.
・2016rep7 ホルムアルデヒドおよびアセトアルデヒドのサンプリング方法について
佐来栄治,寺本佳宏,岩﨑誠二
キーワード:有害大気汚染物質,ホルムアルデヒド,アセトアルデヒド
有害大気汚染物質の「優先取組物質」に選定されているホルムアルデヒドおよびアセトアルデヒドについて,①ヨウ化カリウムを用いるオゾンスクラバ法(従来法),②従来法のオゾンスクラバを加温するする方法,③trans-1,2- ビス(2- ピリジル)エチレン,④拡散サンプラー(パッシブサンプラー)を用いる方法の4種類についてサンプリング方法の検討を2015 年 3 月~ 2016 年 3 月の期間に24時間サンプリングにより行った.その結果,夏期の大気中の水分量が多い時期には4種類のサンプリング方法間で測定濃度差が大きくなった.また,②の方法を用いた場合,大気中の水分の影響が排除できた.
・2016rep8 イオンクロマトグラフによるジカルボン酸類測定方法の検討および三重県北部地域における大気中浮遊粉じんの実態調査
西山 亨,岩﨑誠二,寺本佳宏,佐来栄治,佐藤邦彦,阪本晶子,川合行洋
キーワード:有機マーカー,ジカルボン酸類,シュウ酸,後方流跡線解析,微小粒子状物質,二次生成
近年,PM2.5
資料
・2016rep9 三重県独自の調査様式による性感染症サーベイランス結果(2015年)
岩出義人,宮下哲雄,小林隆司,山内昭則
キーワード:性感染症,サーベイランス,無症状病原体保有者,パートナー検診,咽頭感染
性感染症の発生予防やまん延防止には,10代後半から20代前半の若年層への対策に加え,無症状病原体保有者への対策の重要性も指摘されているが,現行の感染症法に基づくサーベイランスでは把握できる情報に限界がある.このことから,三重県では2012年1月から独自の調査様式による性感染症(STI)定点サーベイランスを開始した.
2015年1月から12月分の報告によると,総数340人(男119人,女221人)中,性器クラミジア感染症が238人(有症状:男63人,女82人,無症状:男2人,女91人)と最も多く,次いで淋菌感染症(咽頭を除く)が49人(有症状:男40人,女6人,無症状:女3人),性器ヘルペス感染症が42人(男15人,女27人),尖圭コンジローマが20人(男12人,女8人),咽頭クラミジア感染症が2人(無症状:女)であった.混合感染ではクラミジア・淋菌の混合感染が多く18人(男13人,女5人)であった.
年齢階級別では,男性は10代後半から70歳以上まで,女性は10代前半から60歳代まで報告があり,10代後半から20代の報告が多かった.20歳未満の報告は10代前半1人(女),10代後半51人(男8人,女43人)であった.
また,受診契機として多いものは,「有症状」(男90人,女105人),「妊婦健診」(48人),「パートナーが有症状」(男10人,女30人),「不妊治療」(女28人),人口妊娠中絶(6人)等であった.その他の状況として多いものは「異性間性的接触」(男53人,女138人),「コンドーム不使用」(男62人,女2人),「性風俗産業従事者(Commercial sex worker:以下,CSW)との接触」(男41人)等であった.
・2016rep10 2015年度の先天性代謝異常等検査の概要
小林章人,前田千恵,楠原 一,永井佑樹, 小林隆司,赤地重宏
キーワード:先天性代謝異常等検査,先天性副腎過形成症,先天性甲状腺機能低下症,先天性アミノ酸代謝異常症,先天性有機酸代謝異常症,先天性脂肪酸代謝異常症
三重県における先天性代謝異常等検査事業は三重県先天性代謝異常等検査実施要綱に基づき,アミノ酸代謝異常症5疾患,有機酸代謝異常症7疾患,脂肪酸代謝異常症4疾患,ガラクトース血症,先天性副腎過形成症および先天性甲状腺機能低下症の19疾患を対象に実施している.2015年度は県内の新生児のうち保護者が希望した14,827人について検査を実施した.そのうち再採血を依頼した検体は計441件,精密検査を依頼した検体はフェニルケトン尿症3件,メチルマロン酸血症/プロピオン酸血症4件,イソ吉草酸血症11件,メチルクロトニルグリシン尿症/ヒドロキシメチルグルタル酸血症/複合カルボキシラーゼ欠損症2件,先天性副腎過形成症32件,先天性甲状腺機能低下症10件の計62件であった.また確定患者数は,先天性甲状腺機能低下症6人であった.
・2016rep11 2015年度感染症流行予測調査結果(日本脳炎,インフルエンザ,風疹,麻疹)の概要
矢野拓弥,前田千恵,楠原 一,小林章人,松野由香里,赤地重宏
キーワード:感染症流行予測調査,日本脳炎,インフルエンザ,風疹,麻疹
感染症流行予測調査事業では,人の年齢別抗体調査による免疫保有状況(感受性)および動物(豚)に潜伏している病原体(感染源)の把握を目的として調査を実施している.2015年度に実施した調査結果は次のとおりである.
(1)日本脳炎感染源調査は三重県志摩地域で飼育された豚の日本脳炎ウイルスに対する赤血球凝集抑制(Hemagglutination inhibition:HI)抗体の保有状況を調査した.調査期間中にHI抗体保有豚(10倍以上)は81.3%(80頭中65頭)であった.
(2)ヒトの日本脳炎感受性調査における中和抗体保有率は57.1%(343名中196名)であった.
(3)動物のインフルエンザウイルスの県内への侵入を監視するため,豚100頭を調査したがインフルエンザウイルスは検出されなかった.
(4)ヒトインフルエンザウイルスの流行期前の血中HI抗体保有率(HI価40倍以上)は乳児から学童期に対してのA/California/7/2009(H1N1pdm2009)は0-4歳16.4%,5-9歳50%,A/Switzerland/9715293/2013(H3N2)は0-4歳8.2%,5-9歳93.8%であった.B型インフルエンザウイルスのB/Texas/2/2013(ビクトリア系統)は0-4歳3.3%,5-9歳12.5%であった.B/Phuket/3073/2013(山形系統)では0-4歳4.9%,5-9歳12.5%であった.
(5)風疹感受性調査における全年齢層でのHI抗体保有率は81.3%(男性:74.7%,女性:87%)であった.
(6)麻疹感受性調査における全年齢層でのPA(Particle Agglutination)抗体保有率は93%であった.
・2016rep12 2015年感染症発生動向調査結果
楠原 一,小林章人,矢野拓弥,前田千恵,永井佑樹,赤地重宏
キーワード:感染症発生動向調査事業,病原体検査定点医療機関,感染性胃腸炎,手足口病,インフルエンザ
2015年1月1日~12月31日までに県内の病原体検査定点医療機関等から検査依頼のあった患者数は783人であった.疾患別の内訳は,感染性胃腸炎225人,手足口病68人,インフルエンザ61人,リケッチア感染症53人,ヘルパンギーナ30人,不明発疹症26人,咽頭結膜熱14人等であった.これらのうち,502人(64.1%)から病原体が検出された.
主な検出病原体はライノウイルス,ノロウイルスGⅡ型,インフルエンザウイルス(AおよびB型),パラインフルエンザウイルス,日本紅斑熱リケッチア,コクサッキーウイルスA6,RSウイルス等であり,各疾患から様々な病原体が検出された.
・2016rep13 三重県における2015年度環境放射能調査結果
吉村英基,森 康則,前田 明,一色 博,山本昌宏
キーワード:環境放射能,核種分析,全ベータ放射能,空間放射線量率
原子力規制庁からの委託を受け,降水中の全ベータ放射能測定,降下物,大気浮遊じん,河川水,土壌,蛇口水および各種食品試料のガンマ線核種分析(I-131,Cs-134,Cs-137,K-40)ならびに空間放射線量率測定を実施し,三重県における環境放射能の水準を把握した.
核種分析においてCs-137が降下物試料等から検出されたが,以前から検出されているレベルを超えるものではなかった.他の調査においても異常値は観測されなかったことから,2015年度の環境放射能の水準は通常の範囲内にあったといえる.
北朝鮮の核実験実施に対応したモニタリング強化においても異常な値は観測されなかった.
・2016rep14 三重県におけるPM2.5環境濃度測定の結果について(2014年度)
寺本佳宏,岩﨑誠二,佐来栄治,佐藤邦彦,阪本晶子,川合行洋
キーワード:PM2.5,成分分析,元素状炭素(EC),有機炭素(OC),イオン成分
三重県内の2地点(津立成局,尾鷲局)において2014年度PM2.5環境濃度測定および成分分析を実施した.
調査期間中におけるPM2.5質量濃度の最高値は,津立成局の29.3mg/m3であり,環境基準(短期基準:日平均値35mg/m3)を超過した日は1日もなく,調査期間中における平均濃度も環境基準(長期基準:年平均値15mg/m3)以下であった.
内容成分分析を実施した結果,元素状炭素(EC)は調査期間を通じて変動が少なかったが,有機炭素(OC)は質量濃度と同様の変動を示した.また硫酸イオン(SO42-)とアンモニウムイオン(NH4+)は調査期間中ほとんどの日に検出されたが,硝酸イオン(NO3-)は,秋季と冬季の質量濃度が高くなった日の津立成局のみで検出された.