三重県環境総合監視システムの概要
はじめに
戦後の急速な経済復興のなか、昭和38年には四日市市沿岸部に全国有数の石油化学コンビナートが形成されました。煙突からのばい煙により大気汚染が進行するなか、喘息患者が急増し始めました。これが後に四日市公害と呼ばれ大きな社会問題に発展していきました。
このような時代背景のなか、三重県は、アナログ方式による大気テレメータシステム(遠隔地で計測・伝送された測定量を記録し管理するシステム)を全国に先駆けて昭和41年度に四日市地域に導入し、二酸化硫黄、浮遊粉じん等について大気汚染の常時監視を開始しました。昭和47年度には、コンピュータを導入した環境テレメータ及び発生源テレメータ、さらに緊急時の発令や燃料削減等を要請する同報一斉指令システムを取り入れ、平成22年度には微小粒子状物質(PM2.5)の観測を始めるなど、大気汚染の未然防止のために常時監視を行っています。
現在の大気テレメータシステムは、環境監視機能に加え、より県民に安全安心を提供できるようホームページや電子メールでの注意報や注意喚起に関する情報発信も行っています。
住民、企業、行政による努力により、昭和52年3月には二酸化硫黄の環境基準を達成するまでに至り、四日市公害は大幅な改善をみました。しかしながら、その間に払われた犠牲は大きく、二度とこのような公害問題を起こさないよう、また今日の地球環境問題を考えるうえでもこの教訓を将来の世代に伝えていくことが重要です。
環境総合監視システムの沿革
昭和34年(1959年) |
四日市第一コンビナートが操業を開始 |
昭和37年(1962年) |
四日市市磯津町で県下初の自動測定機によるSO2の測定を開始 |
昭和41年(1966年) |
アナログテレメータ方式による常時監視を四日市市内4カ所において開始 |
昭和47年(1972年) |
三重県公害防止条例による硫黄酸化物総量規制の施行 |
昭和48年(1973年) |
大気環境監視テレメータシステムの更新、大気発生源監視システムの整備及び同報一斉指令システムの整備(3月) |
昭和49年(1974年) |
三重県公害防止条例改正による窒素酸化物総量規制の実施 |
昭和51年(1976年) |
硫黄酸化物総量規制が大気汚染防止法に移行 |
昭和52年(1977年) |
四日市地域において二酸化硫黄の環境基準達成 |
昭和60年(1985年) |
大気汚染広域監視システム整備計画策定 |
平成4年(1992年) |
北勢地域における光化学大気汚染予測システムの運用開始 |
平成11年(1999年) |
環境総合監視システムの運用開始 |
平成21年(2009年) |
大気汚染防止法でPM2.5 の環境基準を設定 |
平成22年(2010年) |
環境総合監視システムの更新、電子メールによる情報提供開始 |
平成23年(2011年) |
鵜方局にて常時監視を開始 |
平成25年(2013年) |
林業研究所局、明星小学校局にて常時監視を開始 |
平成26年(2014年) |
伊賀柘植局にて常時監視を開始 |
平成28年(2016年) |
国道23号松阪曽原局にて常時監視を終了 |
平成29年(2017年) |
国道23号松阪三雲局にて常時監視を開始 |
平成31年(2019年) |
津西が丘小学校局を津河辺配水場局に移転 |
令和3年(2021年) |
四日市市内3カ所(南局、西朝明中学校局、東名阪局)にて常時監視を終了 |
令和5年(2023年) | 環境総合監視システムの更新 |
三重県環境総合監視システム(冊子)
本冊(PDF:3.1MB)