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平成21年02月26日

三重のふるさと

第26号 平成12年12月 勢和村 立梅用水

先人の偉業と遺産をいまに活かす。
農業用水と土地改良区の新しいイメージ

農業用水が見直されている。単に農業用としてだけではなく、生活、水質浄化、地下水の安定、景観・生態系保全、防火・消雪など、地域の暮らしと密接にかかわりあってきたその機能が再評価されているのだ。

(近代化のなかで忘れ去られていく郷土の財産)

トンネル水路

今回取材したのは三重県のほぼ中央、多気郡勢和村の『立梅用水』。同用水は1823(文政6)年、西村彦左衛門らの尽力によって完成された。用水路の全長は約28km。山肌を縫うように水路が走り、一部はトンネル水路となっている。地域には岩を一升掘ると米一升の価値に匹敵するという「岩一升、米一升」ということわざが残されており、トンネル水路の建設がいかに価値あるものであったか想像に難くない。

以来、立梅用水は約180年にわたって農業用水として村の経済を支えながら、水とのふれあいの場、生態系のゆりかごとして地域と一体化した存在だった。

ガイド役を務めていただいた立梅用水土地改良区事務局長・高橋幸照さんも子どもの頃を懐かしそうに振り返る。
「当時の用水路は石積みでつくられており、ウナギやドジョウ、サワガニをいっぱいとったものです。水路内の石には藻が生え、独特な臭いがしたことをいまでも覚えています」。

こうした立梅用水も農業近代化により様相を一変する。昭和60年代のほ場整備事業、かんがい排水事業により水路の大半がコンクリート化されたのだ。用水を維持・管理する労力と時間の軽減、水難事故の防止、水漏れ防止などの理由から、農業用水の近代化は避けて通れない課題だった。それでも歴史的な水路だけに、途中の素掘りのトンネルや切り通し(岩山を切って水路を通した部分)は、底だけをコンクリート化し、まわりは元のままに保存することにした。現在もトンネル内や岩山側面には先人が刻んだ、一所懸命なノミの跡を見ることができる。

(水と土保全活動を改良区の定款に明記)

水路の近代化が終わろうとする頃、兼業農家の若者からこんな声があがった。
「こうなっては農業用水も水道と同じ。蛇口をひねれば出てくる。水路掃除などの出会い(共同作業)もなくなり、立梅用水がどこを通っているのかもわからない」。

用水にかける手間と暇は大きく軽減されたが、代わって農家と用水の絆は薄れていく。近代化が、農家の用水離れを引き起こすとは・・・。事はそれだけではない。用水離れは、出会い制度のような共同扶助を中心とする農村コミュニティを過去のものとしていく。便利さと引き換えに失っていくものも少なくなかった。

「このままでいいのか!」。立梅用水が忘れ去られていくことへの懸念は次第に大きくなっていった。それを防ぐには、何よりも人々の関心を用水に引きつけることが必要となった。

平成5年、ボランティア(あじさい倶楽部)によって水路沿いに「あじさいいっぱい運動」がはじまった。周辺の自然環境を豊かにすることで水路への関心を高め、同時に水路と水田とアジサイが一体となった農村風景を生み出そうとの思いからだ。苗づくりの失敗、天候不順など紆余曲折はあったが、平成7年にはアジサイを根付かせることに成功。翌年からは「ふるさと水と土基金」の助成も加わった。

また同年、立梅用水土地改良区は「ふるさと水と土保全対策活動」と取り組むことを定款に盛り込むことにした。多くの改良区が水と土保全活動と取り組んでいるが、定款にまで明記するところはきわめて珍しい。ふるさとの水と土を守っていく、受益農家だけではなく一般住民を含む地域とともに歩む改良区でありたい、という願いとその努力を明らかにしたものだ。

平成11年には、運動をより広げるためアジサイの里親(苗を育てる)を募集したところ、村中に約230名の里親が誕生した。当面の目標とする1万本のアジサイ植裁はもう間近い。

(活動のひろがり「立梅用水」を楽しんじゃおう)

水と土と緑の保全広場(通称・メダカ池)

平成7年秋、美しい用水景観に隣接する田んぼが荒れ放題ではさびしいとの理由から、地主の許可を得て、水路沿いの休耕田約2,000平方メートルを復田。ホテイアオイを植え、メダカを放流した。「水と土と緑の保全広場(通称・メダカ池)」と名付けられた田んぼには、メダカをはじめ数々の懐かしい水生昆虫が姿をあらわし、夏にはホテイアオイが美しい紫色の花をつけた。この様子は地元新聞に取り上げられ、夏休みとあいまって村内外の多くの家族連れが広場を訪れるようになった。9月中旬には250人の親子が集まり「ホテイアオイとメダカの観察会」を開催した。タモをもってメダカを追う親と子。その姿は、田んぼと用水が暮らしとともにあった往時をいまに甦らせた。

高橋事務局長は「それまで見向きもされなかったところへ、こうして親子が足を運んでくれます。用水や田んぼを楽しむことが、結果として立梅用水のこれからにつながっていくのではないでしょうか」と話す。

彦左衛門のうまい米

水と土を保全する活動はこれだけではない。村民の手づくり劇団「ほてい葵」が誕生し、平成8年11月の初公演では、用水創設者・西村彦左衛門をテーマとした「わしらのむらに水がきた!」を演じた。地元中学校の体育館は昼夜2回にわたって大いに沸き、オヒネリが飛ぶほど。また初公演にあわせて「彦左衛門のうまい米」の販売を開始した。

また同年、村と改良区、あじさい倶楽部、ほてい倶楽部(ホテイアオイを育てるボランティア)、劇団・ほてい葵、ほかの有志グループからなる「勢和村ふるさと水と土保全対策協議会」を発足。さらに「大師の里・彦左衛門のあじさいまつり」を開催し、マス釣り、ウナギつかみどり、用水路ボート下り(トンネル部分を含む300m)、田んぼコンサートなど、静かな山里はおおいに賑わった。祭りは毎年6月に開催され、恒例のイベントとして定着している。ほかにも地域の学習会、用水ウォーキング、インターネットのホームページ開設など、アジサイからはじまった活動は着実に、かつ多方面に用水と地域の新しい関係を築きつつある。

田んぼのコンサート ます釣り 用水路ボート下り

「この祭りの舞台となっているのは、田んぼや用水路、村の偉人や村でとれた米。そしてふだん立ち入れない農業用水路。特別なものは何もありません。しかし、村の当たり前の資源を見直し、手入れをすることで心をなごませ、人を集めることができるんです」(高橋事務局長)

こうした努力が認められ、平成9年度には「豊かなむらづくり」農林水産大臣賞、12年度には三重県環境功労賞をそれぞれ受賞。また10年からは地域用水機能増進事業と取り組み、12年には農水省と文部省が連携する事業「あぜ道とせせらぎ」づくりに登録している。

 

かつて農村は貧しかったが豊かな多様な関係性を誇っていた。いま農村は豊かになったが関係性はどうだろうか。動植物との関係、水との関係、田んぼとの関係、隣人との関係・・・。それを近代化のせいにするのは簡単だ。しかし近代化を望んだのも私たちであることを忘れてはならないだろう。責められるべきは近代化ではなく、そのうえに新しい農村像をイメージしてこなかった私たちではないか。静かに流れる立梅用水は、優しくも厳しく“未来の農村像”を問いかけている。

本ページに関する問い合わせ先

三重県 農林水産部 農山漁村づくり課 〒514-8570 
津市広明町13番地(本庁6階)
電話番号:059-224-2551 
ファクス番号:059-224-3153 
メールアドレス:nozukuri@pref.mie.lg.jp

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