三重県情報公開審査会 答申第415号
答申
1 審査会の結論
実施機関が行った決定は、妥当である。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、開示請求者が三重県情報公開条例(平成11年三重県条例第42号。以下「条例」という。)に基づき行った特定工場の爆発事故に係る別表1の開示請求に対し、三重県知事(以下「実施機関」という。)が、異議申立人(開示請求者ではない者)の情報が含まれる「業務報告」等(以下「本件対象公文書」という。)を対象公文書として特定し、開示請求者に対して行った別表2の公文書部分開示決定(以下「本決定」という。)について、条例第17条第1項に規定する第三者である異議申立人が取消しを求めるというものである。
3 本件異議申立てについて
実施機関は、本請求に際し、本件対象公文書に異議申立人の情報が含まれていることから、条例第17条第1項の規定に基づき、異議申立人に対して意見照会を行ったうえで、本決定を行った。
実施機関は本決定を行うと同時に、反対意見書を提出した異議申立人に対し、条例第7条第3号(法人情報)ただし書に該当するとの理由で条例第17条第3項の規定に基づき本件対象公文書を開示する旨を通知したところ、異議申立人から本件異議申立てが提起された。
なお、本請求を行った開示請求者に対しては、本件異議申立てに係る決定に至るまで異議申立てに係る部分の開示を停止する旨の通知がなされているが、それ以外の部分については、開示がなされている。
4 異議申立ての理由
本件については、異議申立人から意見陳述を行わない旨の意思表示があったため、異議申立書に記載された異議申立ての趣旨及び意見書の記載に基づいて審議を行った。
異議申立人の主張する異議申立ての理由は、概ね次のとおりである。
本決定は、以下のとおり条例第7条第3号ただし書イ、ハに該当するものではない。
当該工場の事業活動に起因して、現に発生している危害は存在していない。当該工場において発生した爆発火災事故(以下「本件事故」という。)は、現に発生している危害でないことは言うまでもない。なお、本決定時において当該工場は製造活動を中止しており、かつ、「工場爆発火災事故調査委員会」(以下「調査委員会」という。)を設置して事故原因の究明と再発防止策の策定に努めていることからすれば、当該工場の事業活動に起因して将来発生するであろうことが確実である危害も存在しない。
また、本件対象公文書に記載されている情報が開示された場合に明らかになる情報は、本件事故の発生時に当該工場にて行われていた熱交換器の洗浄作業(以下「本件作業」という。)に関する作業手順と本件事故当時の作業者の従事していた状況であるが、これをもって人の生命、身体、健康、財産またはその他の公益を保護するために資すると「相当程度具体的に見込まれる」とは到底言えない。
さらに当該工場で製造している多結晶シリコンは、不純物濃度が超微量であることが最大の特徴であり、この多結晶シリコンの不純物濃度は、不純物を取り除くために使用する設備・機器の仕様や作業手順等によって変化し、多結晶シリコンの製造業者にとって、工場内の設備・機器の仕様、その組み合わせ方、運転条件及び作業手順等は、製品の性能を高めるための技術・ノウハウの詰まったものである。また、当該工場で製造する多結晶シリコンと同等の不純物濃度の多結晶シリコンを製造する技術を有している企業は、世界的に見ても10社程度しか存在しておらず、希少な技術・ノウハウである。このため、本件対象公文書が公にされた場合に、競業他社や新規参入者に、多結晶シリコンという製品の性能の中核をなす、不純物濃度を低減させるための希少な技術・ノウハウが流出することになり、当該法人の競争上の地位が著しく害されることになる。このため、比較衡量の結果として、当該法人に不利益を強いることもやむを得ないと評価することは到底できない。
本件対象公文書である、「製造作業標準」及び「非定常作業指導書」については、製造のための設備の洗浄等に関する手順等が記載されているものであり、製造そのものの手順ではないとしても、製造のための設備の洗浄等をどのような手順で行うかといった技術・ノウハウは、製造設備の稼働に直接関係する事項であり、まさに「製造に関する技術・ノウハウ」に該当することは明らかである。また、「解体作業状況」についても解体作業時の作業員の人数や機器との位置に関する状況それ自体は、製造のための設備の解体に関する技術・ノウハウに関係する事実であることも明らかであり、「製造作業標準」及び「非定常作業指導書」と差異があるものではない。
さらに言えば、仮に「製造に関する技術・ノウハウ」に該当しないと仮定したとしても、設備の洗浄等に関する手順等は、企業における事業活動やそのコストに直接影響する事項であり、「公にすることにより競争上の地位その他正当な利益を害すると認められる情報」の中でも、特に重要性が高い情報である。
本件開示決定対象部分のうち、「解体作業状況」については、そもそも本件事故発生直後に異議申立人が従業員等から聴取できた範囲の情報に基づいて作成されたものであり、現時点で確認できた範囲においても、一部受傷の立ち位置やクレーンの位置について実際と齟齬している点が含まれていることが確認されているのみならず、その他の部分についても客観的に正しいことが確認できているものではなく、不正確な部分が含まれている可能性が否定できないものである。このような誤りを含む情報が開示された場合には、結果として誤った判断がなされることになるため、かえって公益に資さない結果がもたらされることになる。さらに誤りを含む情報であることから本件事故の遺族や被害者の感情が不当に害される結果となりかねず、本件事故の遺族や被害者に迷惑をかける可能性があることは明らかである。この点からも、「解体作業状況」の部分は人の生命、身体、健康、財産又はその他の公益を保護するのに資すると「相当程度具体的に見込まれる」ものではない。
5 実施機関の説明要旨
実施機関の主張を総合すると、次の理由により、本決定が妥当というものである。
本件異議申立ての対象公文書は、本件事故の発生時に当該工場にて行われていた熱交換器の洗浄作業に関する作業手順と、本件事故当時の作業者の従事していた状況の文書である。
本件事故については、5名の死者を含む18名の死傷者が出た社会的にも影響の大きい事故であり、死者5名のうち2名は、当該工場の社員ではなく、この作業の下請業者の作業員である。
本決定時において、当該企業は原因究明と再発防止策に努めているところではあるが、まだ、その具体的な策は明らかになっておらず、全国でも熱交換器は使用されており、同様の事故が起こらないとは限らない。そして、同様の事故が生じた際の結果は計り知れない。また、当該工場の施設を自主的に運転を停止しているものの、運転を再開し、熱交換器の洗浄作業を行う際には、再び事故が起こらないとは限らない。そのため、その作業に関わる者はもちろん、その家族や付近住民の不安が多大なことは確実である。
これらの情報については、作業関係者の不安を軽減するとともに、同様の事故を防止する必要があるため、公にすることが必要である。
本件対象公文書である「製造作業標準」については、熱交換器の洗浄作業に関する作業手順及びその確認事項や確認を行う理由、安全上の留意点が記載されているものである。
また、「非定常作業指導書」については、熱交換器の解体・洗浄等の手順が記載されているが、いずれも具体的な製造作業手順ではなく、主にメンテナンス時の安全確認が記載されているものである。これらの対象文書の内容は安全確認のためのことが主であり、製造に関する技術・ノウハウの記載はなされていない。
「解体作業状況」については、本件事故発生直後に従業員等から聴取した範囲の情報に基づいて作成されたものであり、現時点で確認できた範囲と一部齟齬が含まれている可能性は否定できない。しかし、請求者が公開を求めている文書は当時のものであり、機器及び作業員の位置が記載されているもので製造に関する技術・ノウハウが記載されているものとは認められない。
従って、前述した生命への危害・損益と比べると、これらが開示されることによって生じる不利益は大きくなく、公にすることが必要である。
仮に法人等又は事業を営む個人の事業活動に起因して、現に発生しているか、又は将来発生するであろうことが確実である危害はないとして条例第7条第3号ただし書イに該当しないとしても、同号ただし書イに準ずる情報であれば公益上公にすることが必要であると同号ただし書ハにおいて認められている。
今回の事故は18名もの死傷者を出した社会的影響の大きい事故であり、運転を再開し、熱交換器を洗浄する過程では再び事故が起こらないとは限らない状況が本決定時においても続いていることは、将来発生するであろうことが確実である危害に準ずると考えられる。
これらのことから、条例第7条第3号ただし書ハによるイに掲げる情報に準ずる情報であって、公益上公にすることが必要であることは明らかである。
6 審査会の判断
(1)基本的な考え方
条例の目的は、県民の知る権利を尊重し、公文書の開示を請求する権利につき定めること等により、県の保有する情報の一層の公開を図り、もって県の諸活動を県民に説明する責務が全うされるようにするとともに、県民による参加の下、県民と県との協働により、公正で民主的な県政の推進に資することを目的としている。条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれたりするなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示事由を定めている。
当審査会は、情報公開の理念を尊重し、条例を厳正に解釈して、以下のとおり判断する。
(2)条例第7条第3号(法人情報)の意義について
本号は、自由主義経済社会においては、法人等又は事業を営む個人の健全で適正な事業活動の自由を保障する必要があることから、事業活動に係る情報で、開示することにより、当該法人等又は個人の競争上の地位その他正当な利益が害されると認められるものが記録されている公文書は、非開示とすることができると定めたものである。
しかしながら、法人等に関する情報であっても、事業活動によって生ずる危害から人の生命、身体、健康または財産を保護し、又は違法若しくは著しく不当な事業活動によって生ずる支障から県民の生活を保護するために公にすることが必要であると認められる情報、及びこれらに準ずる情報で公益上公にすることが必要であると認められるものは、ただし書により、常に公開が義務付けられることになる。
(3)条例第7条第3号(法人情報)本文の該当性について
本件対象公文書は、実施機関が行った本件事故の立入調査の際に取得した文書であり、本件事故の発生時に行われていた熱交換器の洗浄作業に関する作業手順及び本件事故当時の作業状況が記載されたものである。これらの情報を開示することとした実施機関の決定について、異議申立てが提起されているものである。
当該情報は、製造そのものの手順ではないが、当該法人の製造設備等を安全かつ効率的に稼働するための技術や手順に関する情報であり、法人の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあることを否定し得ない。
よって、本条本号本文に該当すると判断する。
(4)条例第7条第3号(法人情報)ただし書の該当性について
一方、本号ただし書は、法人等に関する情報であっても事業活動によって生ずるおそれのある危害から人の生命、身体、健康または財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報及びこれらに準ずる情報で公益上公にすることが必要であると認められるものについては公開の対象となる旨規定している。これは、法人等に関する情報であっても、条例第7条第3号の例外として公開の対象とする旨定めたものである。
本件事故については、多数の死傷者を出した社会的にも影響の大きい事故であること、また、本決定時においては、爆発に至った経緯、事故の原因等の具体的な内容等は明らかではないことから、同種の熱交換器について洗浄作業の際に同様の事故の発生が危惧される。
そのため、本件対象公文書である熱交換器の洗浄作業手順は同種の事故を未然に防止するために有益な情報であると考えられる。
また、本件事故の発生により、周辺住民が危険性を感じ、生活の安全に不安を抱いていることが予想される。このような周辺住民の不安感の払拭のため公開の必要性が生じているものと解される。
一方、本件対象公文書を開示することで法人情報である本件作業に関する手順等が明らかになるが、審査会において本件対象公文書を確認したところ、いずれも具体的な製造作業手順ではなく、本件作業の作業手順や安全上の留意点が記載されているものであり、異議申立人が主張する製品の製造に関する技術・ノウハウにあたるとは認められず、異議申立人の競争上の地位その他正当な利益を害する恐れが大きいとまではいえない。
以上のことから、事業活動上の不利益を考慮しても、なお本件情報は公開の必要性があると考えられ、本号ただし書に該当すると判断する。
なお、当該法人が設置した調査委員会において事故原因の究明と再発防止策の策定がなされ、当該工場の操業が再開されているが、当審査会は、実施機関が本決定時に行った判断の妥当性を調査審議するものであるため、当審査会の判断を左右するものではない。
(5)結論
よって、主文のとおり答申する。
7 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙1審査会の処理経過のとおりである。
_別表1
No. |
日付 |
請求内容 |
---|---|---|
1 |
平成26年1月14日 |
特定工場の爆発事故に係る書類 |
2 |
平成26年1月17日 |
特定工場の爆発事故現場に立入調査した現場記録、報告書 |
3 |
平成26年1月20日 |
特定工場の爆発事故で同社が県に提出した報告書等の資料 |
4 |
平成26年2月04日 |
特定工場の事故報告書、事故当時に立入調査した記録等 |
5 |
平成26年2月21日 |
特定工場の爆発事故に対する立入調査、監督処分等の文書 |
_別表2
No. |
日付 |
文書番号 |
---|---|---|
1-1 |
平成26年2月27日 |
防災第02-930号 |
1-2 |
平成26年2月27日 |
桑保第5064-6号 |
2 |
平成26年2月28日 |
防災第02-932号 |
3-1 |
平成26年3月03日 |
防災第02-938号 |
3-2 |
平成26年3月03日 |
防災第02-939号 |
4-1 |
平成26年2月27日 |
桑保第5064-7号 |
4-2 |
平成26年3月05日 |
防災第02-944号 |
4-3 |
平成26年3月17日 |
四地防第151号 |
5 |
平成26年4月04日 |
四地防第1号 |
_別紙1
審査会の処理経過
年月日 |
処理内容 |
---|---|
26. 3.31 26. 4. 1 26. 4.17 |
・諮問書の受理 |
26. 4. 1 |
・実施機関に対して理由説明書の提出依頼 |
26. 4.21 26. 5. 2 |
・理由説明書の受理 |
26. 4.25 26. 5. 7 |
・異議申立人に対して理由説明書(写)の送付、意見書の提出依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認 |
26. 5.26 |
・意見書の受理 |
26. 5.27 |
・実施機関に対して意見書(写)の送付 |
26. 6.25 |
・書面審理 (第419回審査会) |
26. 7.15 |
・審議 |
三重県情報公開審査会委員
職名 | 氏名 | 役職等 |
---|---|---|
※会長 |
早川 忠宏 |
三重弁護士会推薦弁護士 |
会長職務代理者 | 川村 隆子 | 名古屋学院大学経済学部准教授 |
※会長職務代理者 | 竹添 敦子 | 三重短期大学教授 |
※委員 | 岩﨑 恭彦 | 三重大学人文学部准教授 |
※委員 | 高橋 秀治 |
三重大学人文学部教授 |
委員 | 東川 薫 |
四日市看護医療大学准教授 |
委員 | 藤本 真理 |
三重大学人文学部准教授 |