三重県情報公開審査会 答申第362号
答申
1 審査会の結論
実施機関が行った決定は、妥当である。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、開示請求者が平成22年6月16日付けで三重県情報公開条例(平成11年三重県条例第42号。以下「条例」という。)に基づき行った「三重県が特定の廃棄物処理業者に対して発した改善命令が履行されたのか否かがわかる文書」についての開示請求(以下「本請求」という。)に対し、三重県知事(以下「実施機関」という。)が、異議申立人(開示請求者ではない者)の情報が含まれる「H18.2.1受付の廃棄物撤去完了報告書添付の産業廃棄物管理票(マニフェスト)」を対象公文書(以下「本件対象公文書」という。)として特定し、平成22年7月30日付けで開示請求者に対して行った公文書開示決定(以下「本決定」という。)について、条例第17条第2項に規定する第三者である異議申立人が取消しを求めるというものである。
3 本件異議申立てについて
実施機関は、本請求に際し、本件対象公文書に異議申立人を含む第三者である個人(以下「異議申立人等」という。)の情報が含まれていることから、条例第17条第2項の規定に基づき、異議申立人等に対し意見照会を行ったうえで、本決定を行った。
実施機関は本決定を行うと同時に、異議申立人等に対し、条例第17条第3項の規定に基づき本件対象公文書を開示する旨を通知したところ、「本件対象公文書に記載されている異議申立人個人の氏名及び印影」を非開示とすることを求めて異議申立てが提起されたものである。
なお、本請求を行った開示請求者には、平成22年8月16日付けで、本件異議申立てに係る決定に至るまで開示を停止する旨の通知がなされている。
4 異議申立ての理由
実施機関の主張を総合すると、次の理由により本決定が妥当というものである。
本件対象公文書は、特定の廃棄物処理業者が提出した廃棄物撤去完了報告書に添付されていた廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃掃法」という。)第12条の3の規定に基づく産業廃棄物管理票(以下「マニフェスト」という。)の写しである。
当該マニフェストには、記載が義務づけられている運搬担当者、処分担当者(以下「運搬担当者等」という。)の氏名及び印影が含まれており、これらの情報は異議申立人個人が識別され得る部分であることから、条例第7条第2号に規定する個人情報に該当すると認められる。
しかし、本請求の背景となった事案は、環境にとって重大な悪影響を及ぼす産業廃棄物の不適正処理に対して発出された改善命令の履行に関わる事案であり、本事案のマニフェストを開示することにより、住民は廃棄物の排出から最終処分までの一連のプロセスを検証することができ、住民の環境にとどまらず、人の生命、身体、健康、生活を保護し、廃掃法の目的の実現にも資することになると考えられる。
このことは、収集運搬業者、中間処理業者、最終処分業者の情報を開示するのみでは十分に担保することができず、運搬担当者等の氏名及び印影も開示することによってはじめて実現されるものである。
一方で、運搬担当者等の氏名及び印影を非開示とすることにより、マニフェストに氏名の記載を義務づけられている運搬担当者等のプライバシーを保護することができるが、マニフェストに氏名を記入し押印する行為は、経営者等の指示のもとで受動的になされた従業員としての行為であり、保護の要請が極めて高度であるとはいえず、当該情報を開示することによって運搬担当者等に深刻な悪影響が及ぶと認めるまでには至らないと考えられる。
以上により、運搬担当者等の氏名及び印影を開示することで実現可能となる、廃棄物の排出から最終処分までの一連のプロセスの検証を通じて、住民の環境、人の生命、身体、健康、生活が保護される利益と、運搬担当者等のプライバシーを保護する利益とを比較した結果、運搬担当者等の氏名及び印影を開示することの利益が、非開示によって保護される個人利益より優越し、条例第7条2号ただし書きに示す「公にすることが必要であると認められる情報」に該当することから、開示は妥当である。
なお、本件と同種の情報を非開示とした処分について、三重県を被告とした訴訟が提起され、平成20年1月31日津地方裁判所及びその控訴審である平成21年1月22日名古屋高等裁判所においてその処分を取り消す判決(すでに判決が確定している)がなされており、今回の判断は、その判決の内容も含め総合的に考慮して下したものである。
5 異議申立ての理由
異議申立人の主張する異議申立ての理由は、異議申立書の記載によると、おおむね次のとおりである。
個人のプライバシーは、その事案ごとに慎重に取り扱われるべきであり、廃棄物の不適正処理などの行為を想定した特異な状態を適正処理行為者に一律的に当てはめて取り扱うべきではない。
本件マニフェストは排出事業者が収集運搬業者及び処分業者に運搬及び処分業務を委託したものであり、受託業務は適正に行われている。廃棄物を運搬した運転手及び処分責任者は、マニフェスト発行者である委託者に対してのみ、委託された運搬業務及び処分業務を完了した旨を示すため法令で規定されているとおりマニフェストに記名押印しているのであって、不特定の第三者に対して氏名及び印影が開示されることを想定しているわけではない。
そして、マニフェストに記名押印をしていることから異議申立人個人のプライバシーを考慮すべき要請は低いという実施機関の開示理由は個人のプライバシーの重要性を軽視している。廃棄物を適正に運搬している運転手や適正に処分している処分責任者個人のプライバシーは何と比較しても尊重されて当然のことである。
また、開示理由からは、個人の氏名及び印影を開示しなかったことによって「開示することに対する公益」がどれほど損なわれるかの検討がなされていない。個人の氏名及び印影を開示しなかった場合でも、運搬業者名、処分業者名が記載されているため、想定される適正・不適正処理の検証を十分行えるはずである。
たとえ、過去に類似の事例や判例があったとしても、個々にその背景や状況などあらゆる面から検証し、開示するか否かの判断は個別に行われるべきものであり、本事案においてはどうしても個人の氏名及び印影を開示せざるを得ない理由がない。
したがって、異議申立人にかかる本件処分は不当である。
6 審査会の判断
実施機関は条例第7条第2号(個人情報)ただし書ロに該当するので開示が妥当であると主張していることから、以下、同号ただし書ロの該当性について検討する。
(1) 基本的な考え方
条例の目的は、県民の知る権利を尊重し、公文書の開示を請求する権利につき定めること等により、県の保有する情報の一層の公開を図り、もって県の諸活動を県民に説明する責務が全うされるようにするとともに、県民による参加の下、県民と県との協働により、公正で民主的な県政の推進に資することを目的としている。条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれるなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示事由を定めている。
一方、開示請求に係る公文書に第三者に関する情報が記載されているときに、当該第三者の権利利益を保護し開示の是非の判断の適正を期するために、開示決定等の前に第三者に対して意見書提出の機会を付与すること、及び開示決定を行う場合に当該第三者が開示の実施前に開示決定を争う機会を保障するための措置についても定めている。
当審査会は、情報公開の理念を尊重し、条例を厳正に解釈して、以下のとおり判断する。
(2) 条例第7条第2号(個人情報)の意義について
個人に関する情報であって特定の個人を識別し得るものについて、条例第7条第2号は、一定の場合を除き非開示情報としている。これは、個人に関するプライバシー等の人権保護を最大限に図ろうとする趣旨であり、プライバシー保護のために非開示とすることができる情報として、個人の識別が可能な情報(個人識別情報)を定めたものである。
しかし、形式的に個人の識別が可能であればすべて非開示となるとすると、プライバシー保護という本来の趣旨を越えて非開示の範囲が広くなりすぎるおそれがある。
そこで、条例は、個人識別情報を原則非開示とした上で、本号ただし書により、非開示にする必要のないもの及び個人の権利利益を侵害しても開示することの公益が優越するため開示すべきものについては、開示しなければならないこととしている。
(3)条例第7条第2号(個人情報)本文の該当性ついて
本件対象公文書は、特定の廃棄物処理業者から実施機関へ提出されたマニフェストの写しであり、当該マニフェストに記載された運搬担当者等の「氏名」及び「印影」を開示することとした実施機関の決定について、異議申立てが提起されているものである。
これらの情報は、特定の個人が識別され、又は識別され得ることになる個人に関する情報であることは明らかであり、本号本文に該当する。
(4)条例第7条第2号(個人情報)ただし書ロの該当性について
廃掃法は、廃棄物の排出の抑制、適正な再生、処分等を行い、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的とした法律であるが(同法第1条)、廃棄物のうちでも、産業廃棄物は、排出量が多量で危険物等が含まれる場合があり、その不法投棄事件も発生していたこと等から、同法は、(ア)排出事業者に産業廃棄物の最終処理の責任を負わせ(同法第11条1項)、(イ)排出事業者が産業廃棄物の運搬又は処分を他人に委託する場合には、知事の許可を受けた事業者に委託する義務を課すとともに(同法第12条3項ないし5項)、(ウ)上記委託処理の適正を期すため、マニフェスト制度を設け、関係者にその交付・使用を義務づける(同法第12条の3)など、一般廃棄物(同法第2条2項)とは異なる規制を行っている。
そして、本請求にあるマニフェストは、廃掃法第12条の3に規定される産業廃棄物管理票であり、マニフェスト制度は、排出事業者が産業廃棄物の処理を委託するに際し、処理業者に対してマニフェストを交付し、処理終了後に処理業者からその旨を記載したマニフェストの写しの送付を受けることにより、委託した内容どおり産業廃棄物が処理されたことを確認する制度である。マニフェストには、排出事業者、運搬業者及び処理業者の氏名又は名称のみならず、管理票交付担当者氏名、運搬担当者氏名及び処分担当者氏名が必要的記載事項とされており(同法第12条の3、同法施行規則第8条の21、第8条の22、第8条の24)、実際の様式では各担当者について、氏名を記載した上で押印する欄が設けられている。
これらは、産業廃棄物の処理は社会にとって必要不可欠な事業であるが、何らの規制を加えることなく自由競争に委ねるならば、同事業が適正に行われない場合もあり得るものであり、県民等の健康・生活等へ重大な影響を及ぼすなど、取り返しのつかない事態になるのを避けるため、廃掃法で、排出事業者等の責任等を定め、マニフェスト及びマニフェスト制度により産業廃棄物の適正処理の実効性を確保し、人の健康、生活又は環境を保護することを目的として定められたものと解することができる。
一方、条例第7条2号ただし書ロは、個人識別情報であっても「公益上公にすることが必要であると認められるもの」については公開の対象となる旨規定している。これは、個人識別情報であっても、人の生命、身体、健康、財産、生活又は環境を保護するため、公にすることが必要であると認められるものがあるが、その場合には、公益と一方これを公開されることによる個人のプライバシー侵害による不利益とを比較衡量した結果、なお公益の方が大とされたものを、条例第7条2号の例外として公開の対象とする旨定めたものである。
この個人のプライバシーに関しては、同概念が未成熟で類型化することが困難であるため、識別可能なものを広く個人情報として、条例第7条2号本文で保護の対象にしたものと解される。そして、同規定に該当し保護される個人情報であっても、そこに内包されるプライバシーの中身によっては当該情報の要保護性の程度に差異が生じることとなるため、例外的に公開の対象とするという特別な判断をせざるを得ない状況が生じる場合があり得る。
この点、条例第3条において「個人のプライバシーに関する情報がみだりに公にされることがないよう最大限の配慮をしなければならない」と規定されていることに加え、特定の個人が識別され得るものを個人情報として原則非開示としている条例第7条2号本文の規定からすると、実施機関が開示とした情報は、極めて識別性が高いことから、個人のプライバシーは最大限に尊重すべきという異議申立人の主張も十分に理解できる。
しかし、本件マニフェストに記載された運搬担当者等の氏名及び印影は特定の個人を識別させることとなる情報そのものであるが、開示により判明するのは、当該産業廃棄物の運搬を担当したという法人の従業員としての活動状況であり、個人情報として保護される情報の中でも保護の要請が極めて高度であるとまでは認められない。
その一方で、産業廃棄物は、排出量が多量で危険物等が含まれることがあり得るため、それらが不適切に処理された場合には、環境自体の汚染のほか、県民等の健康・生活等への影響や財産的価値の毀損等、地域的・時間的に非常に広範で、かつ深刻な悪影響を及ぼす可能性が認められ、このような不適正処理の状態が継続すれば、事後的に原状回復することは困難で、多額の社会的費用等が必要な事態になると認められる。こうした状況から、不適正処理された産業廃棄物の一連の処理状況をマニフェストにより検証することは、廃掃法の目的に資するものであり、人の生命、身体等の法益の保護に密接する行為であると考えられる。
そして、廃掃法及び同法施行規則の規定から、マニフェストにおいて収集運搬業者名及び処分業者名だけでなく、担当者名やその押印まで求められているのは、実際にその業務を担当する個人の記名押印により、当該個人本人がその業務を行ったことを書類上真正なものとして示すことで、産業廃棄物の収集運搬及び処分における不適正処理を防止し、産業廃棄物の適正処理の実効性を確保しようとしているからと解される。したがって、マニフェストにおいて産業廃棄物が適正に処理されたかを検証しようとすれば、運搬業者及び処分業者名だけでは足りず、運搬担当者等の氏名及び印影についても、その検証において必要不可欠な情報であるといえる。
以上のように、本件対象公文書であるマニフェストについては、県民等の健康・生活等や自然環境等に重大な影響を及ぼす危険性があることは否定できない産業廃棄物の不適正処理に関する事実であることから、その処理状況を示すマニフェストの記載内容を運搬担当者等の氏名及び印影も含めて開示することによる公益と、非開示により保護されるべき個人のプライバシー侵害による不利益とを比較衡量すると、なお公益を保護することの必要性がプライバシー侵害による不利益を上回り、公開を認めるのが相当であると判断せざるを得ない。
なお、異議申立人も主張するように、本事案における運搬担当者等の氏名等は、不適正処理に関与しない個人の情報であり、これは実施機関がその主張において引用する平成21年1月22日名古屋高裁判決における事案と異なる点である。
確かに、適正に業務を行っている個人の情報は、不適正処理に関わった個人の情報に比べて、その要保護性は相対的に高いと考えられるのも事実であるが、産業廃棄物の不適正処理事案における処理状況の検証という高度な公益性が認められる本事案においては上記比較衡量の判断を左右するに至るまでの要素として勘案することはできない。
(5)結論
よって、主文のとおり答申する。
7 審査会処理通過
当審査会の処理経過は、別紙1審査会の処理経過のとおりである。
別紙1
審査会の処理経過
年 月 日 | 処理内容 |
---|---|
22. 9. 2 | ・諮問書の受理 |
22. 9. 7 | ・実施機関に対して理由説明書の提出依頼 |
22. 9.21 | ・理由説明書の受理 |
22. 9.27 |
・異議申立人に対して理由説明書(写)の送付、意見書の提出依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認 |
22. 9.12 | ・異議申立人からの意見書の受理 |
22.10.15 |
・書面審理 (第349回審査会) |
22.11.19 |
・審議 (第352回審査会) |
三重県情報公開審査会委員
職名 | 氏名 | 役職等 |
---|---|---|
※会長 |
岡本 祐次 |
元三重短期大学長 |
※委員 |
川村 隆子 | 三重中京大学現代法経学部准教授 |
委員 | 樹神 成 | 三重大学人文学部教授 |
※委員 | 竹添 敦子 |
三重短期大学教授 |
会長職務代理者 | 早川 忠宏 | 三重弁護士会推薦弁護士 |
委員 | 藤本 真理 |
三重大学人文学部准教授 |
※委員 |
丸山 康人 | 四日市看護医療大学副学長 |
なお、本件事案については、※印を付した会長及び委員によって構成される部会において主に調査審議を行った。