三重県情報公開審査会 答申第353号
答申
1 審査会の結論
実施機関が行った決定は、妥当である。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、開示請求者が平成21年11月18日付けで三重県情報公開条例(平成11年三重県条例第42号。以下「条例」という。)に基づき行った「特定の事業者の産業廃棄物処理実績報告書(保存期間5年分あるだけの全ての文書)」の開示請求(以下「本請求」という。)に対し、三重県知事(以下「実施機関」という。)が、異議申立人(開示請求者ではない者)の情報が含まれる、特定の事業者に係る「産業廃棄物処理実績報告書」を対象公文書として特定し、平成22年1月4日付けで開示請求者に対して行った公文書開示決定(以下「本決定」という。)について、条例第17条第2項に規定する第三者である異議申立人が取消しを求めるというものである。
3 本件異議申立てについて
実施機関は、本請求に際し、請求に係る公文書に異議申立人等の情報が含まれていることから、条例第17条第2項の規定に基づき、異議申立人等に対し意見照会を行ったうえで、本決定を行った。
実施機関は本決定を行うと同時に、異議申立人等に対し、条例第17条第3項の規定に基づき開示決定をした旨の通知をしたところ、本件の「産業廃棄物処理実績報告書」(以下「本件対象公文書」という。)の提出者から、異議申立てが提起されたものである。
なお、本請求を行った開示請求者には、平成22年1月21日付けで、本件異議申立てに係る決定に至るまで開示を停止する旨の通知がなされている。
4 実施機関の説明趣旨
実施機関の主張を総合すると、次の理由により本決定が妥当というものである。
本件対象公文書は、実施機関の行政指導に基づき、異議申立人が提出した平成15年度~20年度分の産業廃棄物処理実績報告書であり、条例第7条第3号ただし書ハに該当するとの判断から開示した情報は、産業廃棄物の処分を異議申立人に委託した者の氏名、種類、量で、異議申立人の顧客に関する情報である。
当該顧客情報は、産業廃棄物収集運搬業及び中間処理業を営む異議申立人の事業に関する情報であることから、条例第7条第3号に規定する法人情報に該当し、公にすることにより、異議申立人の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあると認められる。
しかし、本件と同種の情報を非開示とした処分について、三重県を被告とした訴訟が提起され、平成9年6月津地方裁判所においてその処分を取り消す判決があった。その後も同種の情報を開示した決定に係る三重県情報公開審査会答申第168号、第318号等において、産業廃棄物処理に関する情報は、人の生命、身体、健康に深く関係した非常に公益性の高い情報であり、地域住民の不安等を払しょくするためには、産業廃棄物の排出事業者名、種類、量等の具体的な搬入の実態等を明らかにすることが求められており、当該情報を開示することによって、当該法人を取り巻く市場環境に影響を及ぼす可能性は否定できないものの、産業廃棄物処理という事業には、事業者の運営によっては地域住民の生活環境等に重大な影響をあたえる危険性があることも事実であり、当該事業の特質から非開示により保護すべき利益よりも地域住民の健康等の公益が優先されると判断せざるを得ないことから、開示すべきであるとした実施機関の決定は妥当であるとされている。
このことから、産業廃棄物処理業の一般的性質上、当該事業の及ぼす社会的影響やその責任において、事業者は取り扱う廃棄物の種類、量、処分方法、搬入者名、受託事業者名等を公にすることで、住民等への不安感を取り除き、ともすれば抱かれがちである産業廃棄物処理を行う事業者に対する社会的偏見を払しょくし、正しい理解を得ることは事業者にとっても利益となることから、開示は妥当である。
5 異議申立ての理由
異議申立人が、異議申立書、意見書及び意見陳述で主張する異議申立ての理由は、おおむね次のとおりである。
(1) 条例第7条第3号本文に該当する。
本件対象公文書に記載された情報は、産業廃棄物の排出事業者の名称、産業廃棄物の発生場所・種類、収集運搬量、処分業者の名称、処分場所、処分方法などである。
これらは産業廃棄物処理業を営む異議申立人にとって、事業の内容そのものを表しているといえ、「どの排出事業者とどのような取引を行っているか」という情報はまさに顧客情報として営業上の秘密の核心をなすものであり、開示されると、同業他社がそれを知ることにより排出事業者に営業をすることが可能となり、異議申立人の競争上の地位が脅かされる。
また、異議申立人は、取引先である排出事業者と産業廃棄物の収集運搬及び処理に関して、機密保持条項が存在する契約を締結しており、本件対象公文書が開示された場合、この機密保持条項に違反するとして、契約を解除され、損害賠償等の請求、または訴訟等の問題になることも予想され、経営上のリスクが非常に高い。
(2) 条例第7条第3号ただし書に該当しない。
異議申立人は適法かつ妥当に事業活動を行っており、現状において異議申立人の事業活動に起因して発生しているような危害は何もなく、県民等の生活環境に影響は生じておらず、また将来的にも危害の発生や影響を与えることが見込まれるような状況にはまったくない。よって、条例第7条第3号ただし書イ及びロに該当しないことは明らかである。
実施機関は、「住民等の不安感、不信感を払しょくする」ために開示すると主張するが、これは、最終的には人の生命・身体・健康などといった法益を守ることにつながりうるものではあるが、極めて漠然とし、抽象的なものであって法律によって保護されるべき具体的な利益とまでは到底いえない。
とりわけ、異議申立人は、これまで法律、条例その他公に定められた基準を厳に遵守して、適法妥当に正当な事業活動を行ってきているのであって、住民の健康などの公益に対する客観的、具体的な侵害の危険性は全く存しない。よって、条例第7条第3号ただし書ハに該当せず、公益上公にすることが必要であるとは認められない。
(3) 結論
非開示により保護される利益は営業上の秘密という異議申立人にとっては重要な法益であり、開示された場合の不利益の程度も大きい。他方、開示により保護される利益は住民の生活にとって必要不可欠とまではいえない性質のものであり、内容も抽象的である。
よって、非開示により保護される利益が開示により保護される利益よりも大きいことは明らかであり、条例第7条第3号ただし書イ又はロに規定する場合と同程度の開示の必要性があるとも到底いえず、本件処分は違法・不当である。
なお、住民の不安感や不信感を払しょくするためであるならば、排出事業者の具体的な名称を開示しなくても「ビール会社」、「ハムメーカー」等と記述することによって、近隣住民は十分安心するだけの情報を得ることができ、公開の目的は十分に達することができる。
6 審査会の判断
実施機関は条例第7条第3号(法人情報)ただし書ハに該当するので開示が妥当であると主張していることから、以下、同号ただし書ハの該当性について検討する。
(1) 基本的な考え方
条例の目的は、県民の知る権利を尊重し、公文書の開示を請求する権利につき定めること等により、県の保有する情報の一層の公開を図り、もって県の諸活動を県民に説明する責務が全うされるようにするとともに、県民による参加の下、県民と県との協働により、公正で民主的な県政の推進に資することを目的としている。
条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれるなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示事由を定めている。
一方、開示請求に係る公文書に第三者に関する情報が記載されているときに、当該第三者の権利利益を保護し開示の是非の判断の適正を期するために、開示決定等の前に第三者に対して意見書提出の機会を付与すること、及び開示決定を行う場合に当該第三者が開示の実施前に開示決定を争う機会を保障するための措置についても定めている。
当審査会は、情報公開の理念を尊重し、条例を厳正に解釈して判断する。
(2) 条例第7条第3号(法人情報)の意義について
本号は、自由主義経済社会においては、法人等又は事業を営む個人の健全で適正な事業活動の自由を保障する必要があることから、事業活動に係る情報で、開示することにより、当該法人等又は個人の競争上の地位その他正当な利益が害されると認められるものが記録されている公文書は、非開示とすることができると定めたものである。
しかしながら、法人等に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であっても、事業活動によって生ずる危害から人の生命、身体、健康又は財産を保護し、又は違法若しくは不当な事業活動によって生ずる影響から県民等の生活又は環境を保護するために公にすることが必要であると認められる情報及びこれらに準ずる情報で公益上公にすることが必要であると認められるものは、ただし書により、開示が義務づけられることになる。
(3)条例第7条3号(法人情報)本文の該当性について
実施機関の説明によれば、三重県では産業廃棄物の処理状況を把握するため、すべての産業廃棄物処理業者に対し、毎年、過去一年間に取り扱った産業廃棄物の種類、処分量、排出事業者等、産業廃棄物の処理実績について、報告を求めているとのことである。
本件対象公文書は、異議申立人である特定の事業者から実施機関へ提出された平成15年度ないし平成20年度の「産業廃棄物処理実績報告書」であり、当該文書に記載された「排出事業者の名称、発生の場所及び所在地コード」を開示することとした実施機関の決定について、異議申立てが提起されているものである。
排出事業者は、本件異議申立人からすれば、自らの営業活動によって開拓した商取引相手であって、商業上極めて重要な顧客情報であると解される。したがって、排出事業者に関する情報を開示した場合、他の同業者が容易に異議申立人の顧客情報を入手することが可能となり、排出事業者に営業活動を持ち掛けるなどの行為をした場合に、異議申立人が不利益を被る可能性は極めて高いと認められることから、条例第7条第3号本文に該当する。
(4)条例第7条第3号(法人情報)ただし書ハの該当性ついて
条例第7条第3号ただし書は、法人等又は事業を営む個人に関する情報であっても、事業活動によって生ずる危害から人の生命、身体、健康又は財産を保護し、又は違法若しくは不当な事業活動によって生ずる影響から県民等の生活又は環境を保護するために公にすることが必要であると認められる情報及びこれらに準ずる情報で公益上公にすることが必要であると認められるものに開示を義務づけたものである。
また、「公にすることが必要であると認められる」とは、当該情報を開示することにより保護される人の生命、健康等の利益と、非開示とすることにより保護される法人等又は事業を営む個人の権利利益とを比較衡量し、前者の利益を保護することの必要性が後者を上回る場合をいうものである。
産業廃棄物処理業は、現代社会において不可欠な事業であるものの、その運営態様いかんによっては、周辺住民の健康、周辺の生活環境、自然環境に悪影響を与えるおそれがあることは否定できないところであり、その事業活動に関する情報は、周辺住民にとって非常に関心の高いものとなっている。
特に、産業廃棄物処理業における産業廃棄物の種類、処分量、取引相手等の情報は、産業廃棄物処理業の運営の態様に密接に関わる情報として、産業廃棄物処理業者が取り扱う産業廃棄物の内容を把握、確認することができる情報であることから、周辺住民の健康上の不安を取り除くためにも公開することが強く要請されている情報であると認められる。
また、産業廃棄物処理業者は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)第14条第12項の規定により、産業廃棄物処理基準に従って、産業廃棄物の収集運搬又は処分を行わなければならないものであり、当該基準に適合しない処分が行われた場合には、同法第19条の3の規定による改善命令の対象となり得るなど、産業廃棄物の処理を適正に行う責務が産業廃棄物処理業者には課されている。そして、これらに違反した場合には、罰則等も規定されている。
加えて、三重県では、上記(3)のとおり、すべての産業廃棄物処理業者に対し、産業廃棄物の処理実績について、毎年報告を求めているところであり、このことは、産業廃棄物の処理過程を報告させることにより、産業廃棄物の適正な処理を促そうとするものといえる。なお、平成21年4月1日から施行された「三重県産業廃棄物の適正な処理の推進に関する条例」においては、産業廃棄物処理業者に対し、平成21年度以降の処理実績について報告義務を課すとともに、当該報告の内容を一般の閲覧に供することとされている(同条例第18条第1項及び第2項)。
一方、産業廃棄物の排出事業者は、廃棄物処理法第12条第4項の規定により、その産業廃棄物の処分を委託する場合には、同法施行令第6条の2に規定する委託基準に従わなければならないものである。また、廃棄物処理法第12条の3に定めるところにより、当該産業廃棄物の処分を委託した者に産業廃棄物管理票を交付し、当該受託者から当該管理票の写しの送付を受けたときは、産業廃棄物の処分が適正に行われたことを確認しなければならず、さらに、当該管理票の写しの送付を受けないとき等は、当該委託に係る産業廃棄物の処分の状況を把握し、適切な措置を講じなければならないものである。そして、当該排出事業者が当該措置を講じなかった場合には廃棄物処理法第19条の5第1項の規定による措置命令の対象となり得るなど、排出事業者も相応の責任を負っているものである。
確かに、排出事業者に関する情報は異議申立人の顧客情報であり、開示されることにより、異議申立人の事業活動に不利益を与えるおそれがあることは十分に理解できる。
しかしながら、上記のとおり、産業廃棄物処理業者や排出事業者に対して相応の社会的責任を課した廃棄物処理法の趣旨や、産業廃棄物処理に関する情報が、生命、身体、健康に関係する公益性の高い情報であることを総合的に判断すると、産業廃棄物の発生から処分が終了するまでの一連の処理の工程に関する情報は、事業活動によって生ずる危害から人の生命、身体、健康を保護するために公にすることが必要であると認められ、非開示により保護すべき法人等の利益よりも、人の健康等の公益が優先されると判断せざるを得ない。
したがって、条例第7条第3号(法人情報)ただし書ハに該当し、開示するとした実施機関の決定に誤りはないと判断される。
なお、異議申立人は、周辺住民の健康被害に対する不安感は、産業廃棄物処理業者の従前の活動等から同不安が具体化しているような場合でない限り、抽象的なものに過ぎず、保護すべき利益は小さい旨主張する。
しかし、本情報公開の制度は、情報を開示することに、事業者に対する制裁という意味はなく、また事業者の従前の活動等を問題として、開示あるいは非開示を決定するのは、その判断基準も示されているわけではなく、かえって競争上不公平な扱いをするおそれがあり、相当でない。
よって、事業者によって結論が左右されるとする異議申立人の主張は採用できない。
(5)異議申立人のその他の主張について
異議申立人は、排出事業者との契約において、異議申立人に機密保持義務が課せられており、排出事業者の名称等は機密に当たり、非開示とすべき旨主張する。
しかし、実施機関は、条例第7条の規定により、開示請求の対象となった公文書に記載されている情報のうち、同条各号に規定されている非開示情報を除いて、当該公文書を開示することが義務づけられているのであり、本件対象公文書を実施機関に提出した異議申立人が、排出事業者との契約において機密保持義務を負っているとしても、第三者である実施機関は、当事者間で効力を有する当該契約に拘束されることはないから、異議申立人の主張は、採用できない。
また、異議申立人は、排出事業者の具体的な名称を開示しなくとも「ビール会社」、「ハムメーカー」等と記述することによって、近隣住民は十分安心するだけの情報を得ることができ、公開の目的は達することができる、と主張する。
しかしながら、条例第5条の規定に基づく開示請求権は、あるがままの形で公文書を開示することを求める権利であって、実施機関は、条例第9条に規定する部分開示を行う場合及び条例第18条に規定する特別の開示の実施の方法による場合を除き、新たに公文書を作成又は加工する義務はないことから、異議申立人の主張は認められない。
(6) 結論
よって、主文のとおり答申する。
7 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙1審査会の処理経過のとおりである。
別紙
審査会の処理経過
年 月 日 | 処理内容 |
---|---|
22. 1.26 | ・諮問書の受理 |
22. 1.29 | ・実施機関に対して理由説明書の提出依頼 |
22. 2.15 | ・理由説明書の受理 |
22. 3. 4 | ・理由説明書に対する異議申立人からの意見書の受理 |
22. 3.25 | ・意見書に対する補足の理由説明書の受理 |
22. 4. 7 | ・補足の理由説明書に対する意見書の受理 |
22. 5.24 |
・書面審理 (第341回審査会) |
22. 6.18 |
・審議 (第342回審査会) |
22. 7.30 |
・異議申立人の口頭意見陳述 (第344回審査会) |
22. 8.17 |
・審議 (第345回審査会) |
三重県情報公開審査会委員
職名 | 氏名 | 役職等 |
---|---|---|
※会長 | 岡本 祐次 | 元三重短期大学長 |
委員 | 川村 隆子 | 三重中京大学現代法経学部准教授 |
※委員 | 樹神 成 | 三重大学人文学部教授 |
委員 | 竹添 敦子 | 三重短期大学教授 |
※委員 | 田中 亜紀子 | 三重大学人文学部准教授 |
※会長職務代理者 | 早川 忠宏 | 三重弁護士会推薦弁護士 |
委員 |
丸山 康人 | 四日市看護医療大学副学長 |
なお、本件事案については、※印を付した会長及び委員によって構成される部会において主に調査審議を行った。