三重県個人情報保護審査会 答申第60号
答申
1 審査会の結論
実施機関が行った非訂正決定は妥当である。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、異議申立人が平成17年12月9日、平成17年12月10日及び平成17年12月13日付けで三重県個人情報保護条例(平成14年三重県条例第1号。以下「条例」という。)に基づき行った「特定の裁判に関して裁判所に提出した準備書面等」の訂正請求に対し、三重県教育委員会(以下「実施機関」という。)が平成18年1月4日付けで行った非訂正決定の取消しを求めるというものである。
3 異議申立人の主張
(1) 異議申立人が訂正請求書において主張している訂正を求める箇所及び訂正請求の内容は次のとおり要約される。
ア 平成17年12月9日付け訂正請求
①訂正を求める箇所
平成○年○月○日付けで平成○年○○事件に被告三重県らが提出した準備書面7ページ1行目から3行目「取り上げ状況を録音したテープから起こした乙第1号証の中にも、例えば「痛い。」とか関節技を掛けられた際の悲鳴は一切なく、校長、教頭の証言と照応している。」との記述
②訂正請求の内容
乙第1号証は「録音したテープから起こした」と記述されているが、乙第1号証には「録音したテープ」そのものが提出されておらず、異議申立人が「録音したテープ」を警察から借り受け確認してみると、実に多くの改ざんが施されていた。改ざんが施されていたにもかかわらず、それでもなお「録音したテープ」は事件現状の惨劇を捉えており、「悲鳴」も録音されていた。乙第1号証は、被告の校長と教頭が原告の異議申立人から「録音したテープ」を奪い、自らの犯罪を隠すためにテープを改ざんし、自分達が不利にならないようなテープ起こしを行ったもので、①に記された内容は事実ではなく、直ちに訂正されなければならない。
イ 平成17年12月10日付け訂正請求
①訂正を求める箇所
平成○年○月○日付けで平成○年○○事件に被告三重県らが提出した準備書面7ページ
ⅰ) 14行目から17行目「これほどの圧倒的な体格差・体力差があれば、原告が自らの体を動かすだけ で、軽量の校長や教頭の攻撃を跳ね返すことは十分可能である。まして、教頭が原告を突き飛ばしたり、身動きができなくしたりなど到底不可能であり、原告の訴える本件トラブルの状況はあまりに不自然なのである。」との記述。
ⅱ)18行目から20行目「(5)教頭に関節技をかける技術はないこと 上記の圧倒的な体格・体力差のも とで関節技を極めるには、関節技に関する高度な技術が必要となる。」との記述
ⅲ)27行目から28行目「中学校の柔道で必要なレベルは受身、投技、寝技であり、関節技は一切必要 とされていない」との記述
ⅳ)29行目から30行目「体育教師として柔道と接点があったとしても関節技を習得する機会や必要性 は全くないのである」との記述
ⅴ)30行目から34行目「教頭が体格・体力において圧倒的優位にある原告を関節技で押さえつけて、 さらに途中で片手で関節技を掛けなおすという高度な技を繰り出す状況や原告の巨体を片手で吊るし上げる状況は、原告の卓越した空想力のなせる技なのである。」との記述
②訂正請求の内容
ⅰ) 、ⅱ)、ⅴ)について
被告三重県らは、原告の異議申立人が被告の校長や教頭らと圧倒的な体力差があったと主張する のであるが、異議申立人と校長、教頭らの身長・体重の記録のみであり、身長・体重の記録のみから体力を推し量ることなど到底不可能である。したがって、異議申立人が校長、教頭らと圧倒的な体力差があったとの記述は事実でない。また、関節技は体格差や体力の差をいとも簡単に克服することから、「教頭が原告を突き飛ばしたり、身動きができなくしたりなど到底不可能であり、」や、「圧倒的な体格・体力差のもとで関節技を極めるには、関節技に関する高度な技術が必要となる。」、「教頭が体格・体力において圧倒的優位にある原告を関節技で押さえつけて、さらに途中で片手で関節技を掛けなおすという高度な技を繰り出す状況や原告の巨体を片手で吊るし上げる状況は、原告の卓越した空想力のなせる技なのである。」は事実ではない。したがって、ⅰ)、ⅱ)、ⅴ)は直ちに訂正されなければならない。
ⅲ)、ⅳ)について
中学生以下には柔道において危険な関節技の使用が禁じられている。被告の教頭は体育の教師であるのだから、当然禁止された技について熟知している必要がある。したがって、教師として「中学校の柔道で必要なレベルは受身、投技、寝技であり、関節技は一切必要とされていない。」や、「体育教師として柔道と接点があったとしても関節技を習得する機会や必要性は全くないのである」は事実でない。したがって、ⅲ)、ⅳ)は訂正されなければならない。
ウ 平成17年12月13日付け訂正請求
①訂正を求める箇所
平成○年○月○日付けで平成○年○○事件に被告三重県らが提出した準備書面1ページ24行目から25行目「今回のテープ取り上げの事情は乙第1号証のとおりである。」との記述
②訂正請求の内容
事実を証する書類として請求書と併せて提出した、異議申立人が作成した反訳書のとおり、被告の校長、教頭の作成した乙第1号証は取り上げたテープから起こしたものと記されているにもかかわらず、テープの録音と異なっている。したがって、乙第1号証は事実が記されておらず、①の主張は事実でないので、直ちに訂正されなければならない。
(2) 異議申立人が異議申立書及び意見書において主張している内容は、以下のように要約される。
訴訟に提出した文書は公務員が作成し、組織的に用いられた文書であるから、公文書である。その公文書に矛盾する記述があり不条理であることから、公文書の記述が事実と異なることを証する書類を添え訂正請求をしたのであり、見解の違いがあるから訂正請求を行ったのではない。公文書には明らかに事実と異なる記述、あるいは被告らが言い逃れのため場当たり的に主張したと考えられる支離滅裂な矛盾する記述がある。したがって、実施機関が行った非訂正決定は取り消されなければならない。なお、個人情報訂正請求は行政不服審査法にもとづくものであるが、行政不服審査法では一般概括主義をとっており、訴訟上の主張は除外項目でない。したがって、誤った個人情報は直ちに訂正されるべきである。
4 実施機関の主張
実施機関が非訂正決定通知書、理由説明書及び口頭による理由説明において主張している内容は、以下のように要約される。
異議申立人から訂正請求があった準備書面については、訴訟上の主張であるから、訴訟の相手方当事者が見解に相違がある場合は、当該訴訟において反論・立証を行うべきであり、当該訴訟とは全く別の制度である個人情報保護制度によって、その主張の訂正を求めることは、同制度の・{来の趣旨を逸した請求であり、認められるものではない。
5 審査会の判断
(1) 個人情報の訂正請求権について
条例第30条は、「何人も、条例第26条第1項又は第27条第3項の規定により開示を受けた保有個人情報に事実の誤りがあると認めるときは、当該保有個人情報を保有する実施機関に対し、その訂正(追加及び削除を含む。)を請求することができる。」旨を規定し、実施機関から開示を受けた自己に関する保有個人情報に事実の誤りがあると認めるときは、その訂正を請求することを権利として認めている。
「事実の誤り」とは、氏名、住所、年齢、職歴、資格等の客観的な正誤の判定になじむ事項に誤りがあることをいう。したがって、個人に対する評価、判断等のように客観的な正誤の判定になじまない事項については、訂正請求の対象とすることはできないため、評価等に関する個人情報の訂正請求については、訂正を拒否することになる。
(2) 訂正請求の手続きについて
条例第31条第1項は、「訂正請求をしようとする者は、次に掲げる事項を記載した請求書を実施機関に提出しなければならない。」と規定し、同項第5号に「訂正請求の内容」をあげ、当該事項を訂正請求書に記載すべき事項と定めている。「訂正請求の内容」とは、訂正が必要な箇所及び訂正すべき内容をいう。また、同条第2項は、「訂正請求をしようとする者は、実施機関に対し、当該訂正請求の内容が事実と合致することを証明する書類等を提示しなければならない。」と規定している。
(3) 個人情報の訂正義務について
条例第32条は、「実施機関は、訂正請求があった場合において、必要な調査を行い、当該訂正請求の内容が事実と合致することが判明したときは、当該訂正請求に係る保有個人情報が次の各号のいずれかに該当するときを除き、当該保有個人情報を訂正しなければならない。」と規定し、同条第1号で「法令等の定めるところにより訂正をすることができないとされているとき」、同条第2号で「実施機関に訂正の権限がないとき」、同条第3号で「その他訂正しないことについて正当な理由があるとき」と定めている。
(4) 本件対象保有個人情報について
本件対象保有個人情報は、平成○年○月○日付けで平成○年○○事件に被告三重県らが裁判所に提出した準備書面の記述である。
(5) 保有個人情報の非訂正の妥当性について
実施機関は、準備書面については、訴訟上の主張であるから、訴訟の相手方当事者が見解に相違がある場合は、当該訴訟において反論・立証を行うべきであり、当該訴訟とは全く別の制度である個人情報保護制度によって、その主張の訂正を求めることは、同制度の本来の趣旨を逸した請求であり、認められるものではないとして非訂正決定を行っている。
しかしながら、条例における保有個人情報の訂正請求権は、県の公文書に記録された個人情報に対して行うことができる権利であり、当該個人情報の訂正に関して他の法令等の規定により特別の手続きが定められている場合を除き、訂正請求を行うことができるものであると認められる。実施機関が主張するように「訴訟上の主張であるから、訴訟の相手方当事者が見解に相違がある場合は、当該訴訟において反論・立証を行うべき」であったとしても、条例に基づく訂正請求権を妨げるものではない。
条例における訂正請求制度は、請求者に訂正請求の内容が事実と合致することを証明する書類等の提示を求めており、請求者から提示又は提出された書類等によって訂正請求の内容が事実と合致することが証明されるかどうかの確認調査を行うものであることに鑑みると、審査会自らが訂正請求の内容が事実と合致することの証拠を収集して事実の究明を行うことまで求めているものではないと解される。したがって、当審査会は、異議申立人及び実施機関の双方の主張、提出書類及び意見陳述等から得られた客観的な情報の範囲内で、訂正請求の内容が事実と合致すると認められるか否かについて審査を行うこととなる。
以上のことを踏まえ、当審査会は異議申立人から出された各訂正請求について、以下のとおり判断する。
ア 平成17年12月9日付け訂正請求の保有個人情報の非訂正の妥当性について
(1)で述べたとおり、保有個人情報の訂正請求権は客観的な正誤の判定になじむ事項の誤りについて認められるものであって、個人に対する評価、判断等のように客観的な正誤の判定になじまない事項については訂正請求の対象とすることはできないものである。ただし、一見評価に関する事項であると思われる場合であっても、事実に関する情報が含まれる場合があるので、十分精査した上で判断する必要がある。
異議申立人は、準備書面の「取り上げ状況を録音したテープから起こした乙第1号証の中にも、例えば「痛い。」とか関節技を掛けられた際の悲鳴は一切なく、校長、教頭の証言と照応している。」との記述に関して、異議申立人が作成した「録音したテープ」から起こしたという反訳書を提示し、被告三重県らが提出した乙第1号証は校長、教頭らが自らの犯罪を隠すためにテープを改ざんし、自分達が不利にならないようなテープ起こしを行ったものであり、「録音したテープ」の中には「悲鳴」も録音されていると主張している。しかしながら、「悲鳴は一切なく」とは被告三重県らの判断であり、客観的な正誤の判定になじむものではなく、訂正請求の対象とならないものと認められる。
イ 平成17年12月10日付け訂正請求の保有個人情報の非訂正の妥当性について
(1)で述べたとおり、保有個人情報の訂正請求権は客観的な正誤の判定になじむ事項の誤りについて認められるものであって、個人に対する評価、判断等のように客観的な正誤の判定になじまない事項については訂正請求の対象とすることはできないものである。ただし、一見評価に関する事項であると思われる場合であっても、事実に関する情報が含まれる場合があるので、十分精査した上で判断する必要がある。
ⅰ)について
異議申立人は、被告三重県らが「圧倒的な体格差・体力差」の根拠とするものは原告の異議申立人と被告の校長、教頭との身長・体重の記録のみであり、身長・体重の記録のみから体力を推し量ることなど到底不可能であるから圧倒的な体力差があったということは事実ではなく、また関節技は体格差や体力の差をいとも簡単に克服すると主張している。しかしながら、「これほどの圧倒的な体格差・体力差があれば、原告が自らの体を動かすだけで、軽量の校長や教頭の攻撃を跳ね返すことは十分可能である。」とは、被告三重県らの異議申立人と校長、教頭の体格差・体力差についての評価であり、客観的な正誤の判定になじむものではなく、訂正請求の対象とならないものと認められる。
また、「まして、教頭が原告を突き飛ばしたり、身動きができなくしたりなど到底不可能であり、原告の訴える本件トラブルの状況はあまりに不自然なのである。」もまた、被告三重県らの本件トラブルの状況についての評価であり、客観的な正誤の判定になじむものではなく、訂正請求の対象とならないものと認められる。
ⅱ)について
異議申立人は、被告らが「圧倒的な体格差・体力差」の根拠とするものは原告の異議申立人と被告の校長、教頭との身長・体重の記録のみであり、身長・体重の記録のみから体力を推し量ることなど到底不可能であるから圧倒的な体力差があったということは事実ではなく、また関節技は体格差や体力の差をいとも簡単に克服すると主張している。しかしながら、「教頭に関節技をかける技術がないこと」や、「上記の圧倒的な体格・体力差のもとで関節技を極めるには、関節技に関する高度な技術が必要となる。」とは、被告三重県らの教頭の関節技に関する技術についての評価や必要性についての判断であり、客観的な正誤の判定になじむものではなく、訂正請求の対象とならないものと認められる。
ⅲ)について
異議申立人は、中学生以下には柔道において危険な関節技の使用が禁じられており、被告の教頭は体育の教師であるのだから当然禁止された技について熟知している必要があることから事実ではないと主張している。しかしながら、「中学校の柔道で必要なレベルは受身、投技、寝技であり、関節技は一切必要とされていない」とは、被告三重県らの中学校の柔道における関節技の必要性についての評価であり、客観的な正誤の判定になじむものではなく、訂正請求の対象とならないものと認められる。
ⅳ)について
異議申立人は、中学生以下には柔道において危険な関節技の使用が禁じられており、被告の教頭は体育の教師であるのだから当然禁止された技について熟知している必要があることから事実ではないと主張している。しかしながら、「体育教師として柔道と接点があったとしても関節技を習得する機会や必要性は全くないのである」とは、被告三重県らの体育教師の「関節技を習得する機会や必要性」についての判断であり、客観的な正誤の判定になじむものではなく、訂正請求の対象とならないものと認められる。
ⅴ)について
異議申立人は、被告三重県らが「圧倒的な体格差・体力差」の根拠とするものは原告の異議申立人と被告の校長、教頭との身長・体重の記録のみであり、身長・体重の記録のみから体力を推し量ることなど到底不可能であるから圧倒的な体力差があったということは事実ではなく、また関節技は体格差や体力の差をいとも簡単に克服すると主張している。しかしながら、「教頭が体格・体力において圧倒的優位にある原告を関節技で押さえつけて、さらに途中で片手で関節技を掛けなおすという高度な技を繰り出す状況や原告の巨体を片手で吊るし上げる状況は、原告の卓越した空想力のなせる技なのである。」とは、被告三重県らの異議申立人の裁判上の主張ついての評価であり、客観的な正誤の判定になじむものではなく、訂正請求の対象とならないものと認められる。
ウ 平成17年12月13日付け訂正請求の保有個人情報の非訂正の妥当性について
(2)で述べたとおり、条例第31条第1項により、訂正請求しようとする者は、「訂正請求の内容」(訂正が必要な箇所及び訂正すべき内容)を記載した訂正請求書を提出しなければならないとされている。
しかしながら、異議申立人は異議申立人が作成した反訳書を提示し、「被告の校長、教頭の作成した乙第1号証は取り上げたテープから起こしたものと記されているにもかかわらず、内容が異なっている」と主張するのみで、どのような内容に訂正すべきかについて記載していない。したがって、本件訂正請求については手続上の要件に不備があるものと認められる。
(6) 結論
よって、主文のとおり答申する。
6 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙1審査会の処理経過のとおりである。
別紙1
審査会の処理経過
年 月 日
|
処理内容 |
平成18年 9月 21日 |
・ 諮問書の受理
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平成18年 9月22日 |
・ 実施機関に対して理由説明書の提出依頼
|
平成18年 9月27日 |
・ 理由説明書の受理
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平成18年10月2日 |
・ 異議申立人に対して理由説明書(写)の送付、意見書の提出依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認
|
平成18年10月6日 |
・ 意見書の受理
|
平成18年10月10日 |
・ 実施機関に対して意見書(写)の送付
|
平成21年12月21日 |
・ 書面審理 ・ 実施機関の補足説明 ・ 審議
(第77回個人情報保護審査会) |
平成22年 1月25日 |
・ 審議 (第78回個人情報保護審査会) |
平成22年 2月24日 |
・ 審議 ・ 答申 (第79回個人情報保護審査会) |
三重県個人情報保護審査会委員
職名 |
氏名 |
役職等 |
会長 |
浅尾 光弘 |
弁護士 |
委員 |
合田 篤子 |
三重大学人文学部准教授 |
会長職務代理者 |
樹神 成 |
三重大学人文学部教授 |
委員 |
寺川 史朗 |
三重大学人文学部准教授 |
委員 |
安田 千代 |
司法書士、行政書士 |