三重県情報公開審査会 答申第340号
答申
1 審査会の結論
実施機関が行った決定は、妥当である。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、異議申立人が平成20年10月1日付けで三重県情報公開条例(平成11年三重県条例第42号。以下「条例」という。)に基づき行った「特定事件番号の債権差押命令申立事件に関するすべての文書(法務・文書室保有文書のうち)」の開示請求に対し、三重県知事(以下「実施機関」という。)が平成20年10月14日付けで行った公文書部分開示決定のうち、特定民事訴訟の事件名及び事件番号を非開示とした部分(以下「本決定」という。)の取消しを求めるというものである。
3 本件対象公文書について
本件異議申立ての対象となっている公文書(以下「本件対象公文書」という。)は、平成20年3月17日付け起案文書「債権差押命令の申立てについて(伺い)」である。
4 実施機関の非開示理由説明要旨
実施機関の主張を総合すると、次の理由により、本件対象公文書中の非開示部分は、これを開示することによって、条例第7条第3号(法人情報)及び第6号(事務事業情報)の規定により非開示とすべき部分を開示することと同等の効果を持つことから、条例第7条第3号及び第6号に該当し、本決定が妥当というものである。
(1)本件異議申立てに係る非開示部分について
本件異議申立てに係る非開示部分は、特定の債権差押命令申立事件(民事執行事件)(以下「本件差押命令申立事件」という。)において債務名義となった「執行力のある判決の正本」の本案事件(民事訴訟事件)の事件名及び事件番号であり、本件差押命令を申し立てるにあたっての起案文書の本文中に、本案事件を特定するために記載された部分である。
(2)他の情報と組み合わせることにより他の非開示情報を開示したことと同様の効果を発生させることについて
ア 民事訴訟法は、第91条第1項において「何人も、裁判所書記官に対し、訴訟記録の閲覧を請求することができる。」と規定し、当事者でない者についても記録の閲覧の請求を認めている。実務上は、閲覧謄写申請書に事件番号、当事者名の記載を要するので、これらの情報を把握していなければ閲覧は困難であるが、事件番号等の情報を入手すれば、閲覧することが可能となる。
イ 実施機関は、本件異議申立てに係る非開示部分の外、債務者の名称等についても非開示とし、あわせて部分開示決定としたが、異議申立人は、債務者の名称等については異議を申し立てていない。ところが、本件異議申立てに係る非開示部分を開示すると、いわゆる「モザイク・アプローチ」による情報の照合により、異議申立ての対象となっていない非開示部分についての特定が可能となる。
ウ 通常、民事訴訟事件の確定判決を債務名義とする民事執行事件の債務者は、当該民事訴訟事件の被告となる。そのため、本件異議申立てに係る非開示部分を開示すれば、本件差押命令申立事件の債務者(=民事訴訟事件の被告)等が特定できることとなる。
(3)条例第7条第3号(法人情報)該当性について
異議申立人が開示を求める部分は、他の情報と照合することにより、特定の法人を 識別することができることとなる情報である。
一般に法人は、社会においてその法人が有する人的及び経済的信用を基盤にして事業活動を行っているものということができる。事業活動を継続するために形成する取引関係等において、相手方を選定する要件として当該法人の信用力が重視されるという一事をみても、事業活動における人的及び経済的深慮の重要性は明らかである。してみれば、当該法人の信用に関する情報は、当該法人の事業活動の根幹に係わる情報であり、条例第7条第3号(法人情報)に規定する「事業に関する情報」に該当することとなる。
差押えを受けたという情報は、その差押えの原因となる債務の不履行の存在を想起させるものであって、債務の不履行が存するという情報は当該法人の経済的信用を大きく毀損するものであることはいうまでもない。例えば、このような情報が流布されることによって、当該法人の他の債権者ないし取引関係にある者等は当該法人の信用に対して疑念を抱き、早期の債権回収ないしは取引関係の縮小等の措置を講ずることが容易に想定できる。そうなると、当該法人の競争上の地位その他正当な利益を害することは明白であって、このような情報は条例第7条第3号(法人情報)に該当するものということができる。
また、当該債務者と県との争訟は、民事上の債権債務関係から生じたものであって、条例第7条第3号ただし書各号に該当する事情は存しない。
(4)条例第7条第6号(事務事業情報)該当性について
地方自治法第240条第2項及び第3項において、普通地方公共団体の長の債権管理に関する基本的事項が定められている。
知事は同法の規定に基づき、今後も債権の管理を行う必要があり、取立交渉を行う事務を継続し、弁済のための資力を調査するとともに必要に応じて差押命令申立てを再度行うなどの事務が必要となる。これらの事務を最も効果的かつ効率的に行うためには、債務者の協力を得ることが一番の早道である。即ち、現段階では無資力であると考えられる債務者が、何らかの理由により資力を回復した場合に、任意での弁済を受けることが可能であれば、最も効率的・効果的な債権回収方法となる。
しかるに、本件異議申立てに係る非開示部分を開示することにより、債務者の経済的信用を毀損するような情報が流布されると、債務者の資力回復に影響をもたらし、県の債権回収を遅延させるおそれがあるばかりでなく、当該情報の流布が県の情報公開を原因とするものであることが債務者に知れた場合は、県と債務者相互の信頼関係の構築が難しくなり、効率的・効果的な債権回収が困難となるおそれがある。
情報公開請求に基づく開示決定は何人にも等しく行われること、開示後の情報の取扱いについては請求者の自由であることに鑑みると、上記の「おそれ」は一定の蓋然性を持つものということができる。
5 異議申立ての理由
異議申立人の主張する異議申立ての理由は、おおむね以下のとおりである。
憲法が定める裁判公開の原則にのっとって、裁判所では事件名はもちろん、原告、被告名は受付窓口、開催法廷出入口などに明記され、裁判の傍聴は自由である。これまで裁判記録の開示請求は全面開示とされてきており、民事訴訟法の規定で誰でも裁判記録は閲覧できる(たとえ事件名を間違えていても裁判所は適切に判断する)のであるから、非開示にする理由はない。
保護するに値する個人情報は保護されるべきなのは当然であるが、本件のように県民の財産を返還する責がある法人の名称まで保護するには及ばないというべきである。返済すべき債務があるのにもかかわらず利益をあげるのは、正当な利益とはいえず、条例第7条第3号ただし書の例外規定である人の財産に関するものでもあるから、開示すべきである。そもそも当該法人は活動を行っているとは認められず、結局、県は出費をかさませて取立て不能となる可能性の方がはるかに高い。よって債権放棄をすることになるおそれが高いのであるから、保護に値しない。
実施機関は条例第7条第6号ロに該当し、今後の取立て事務を不当に害するおそれがあると主張するが、単におそれがあるというだけでは不十分であり、客観的な証明が必要なところである。
6 審査会の判断
本件対象文書は、実施機関が提訴し勝訴判決を得た民事訴訟事件の判決正本を債務名義として、債務者である法人が第三債務者たる銀行等に開設している預金口座等に対して差押えを行うことを裁判所に申し立てるにあたっての起案文書である。
実施機関は、本件対象公文書中の特定民事訴訟に係る事件名及び事件番号を開示することによって、条例第7条第3号及び第6号の規定により非開示とすべき部分を開示することと同様の結果が生じるとしていることから、以下、これらの部分の条例第7条第3号及び第6号の該当性について検討する。
(1) 基本的な考え方について
条例の目的は、県民の知る権利を尊重し、公文書の開示を請求する権利につき定めること等により、県の保有する情報の一層の公開を図り、もって県の諸活動を県民に説明する責務が全うされるようにするとともに、県民による参加の下、県民と県との協働により、公正で民主的な県政の推進に資することを目的としている。
条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれるなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示事由を定めている。
当審査会は、情報公開の理念を尊重し、条例を厳正に解釈して、以下のとおり判断する。
(2) 条例第7条第3号(法人情報)の意義について
本号は、自由主義経済社会においては、法人等又は事業を営む個人の健全で適正な事業活動の自由を保障する必要があることから、事業活動に係る情報で、開示することにより、当該法人等又は個人の競争上の地位その他正当な利益が害されると認められるものが記録されている公文書は、非開示とすることができると定めたものである。
しかしながら、法人等に関する情報であっても、事業活動によって生ずる危害から人の生命、身体、健康又は財産を保護し、又は違法若しくは不当な事業活動によって生ずる支障から県民等の生活・環境を保護するため公にすることが必要であると認められる情報及びこれらに準ずる情報で公益上公にすることが必要であると認められるものは、ただし書により、常に開示が義務づけられることになる。
(3) 条例第7条第3号本文の該当性について
実施機関は、特定民事訴訟に係る事件名及び事件番号が公にされた場合、民事訴訟法の規定による訴訟記録の閲覧により被告である特定法人が識別され、その場合、特定法人に債務の不履行が存在することが明らかになり、特定法人の信用を毀損するなど正当な利益が害されるおそれがあるため、条例第7条第3号の非開示情報に該当すると判断して、当該訴訟の事件名及び事件番号が記載された部分を非開示としたとしている。
当審査会がインカメラ審理により見分したところ、本件対象公文書には、特定の債権差押命令申立事件(民事執行事件)において債務名義となった特定民事訴訟の事件名及び事件番号が記載されていることが認められる。
裁判所の事件番号は、各裁判所において、訴訟事件ごとに付される識別番号であり、当該事件を受理した年号及び年数、当該事件の種類ごとに付される記号並びに事件を受理するたびに順番に付される受理番号によって表示され、訴訟記録には、通常、当該事件の特定・識別のため、事件番号が表記される。
この訴訟記録は、民事訴訟法第91条第1項によって何人も、裁判所において、閲覧を請求することができ、閲覧請求は、閲覧謄写申請書に当事者名、事件番号等を記入することによって行う。
したがって、特定民事訴訟の事件番号を公にした場合、当該民事訴訟事件の記録を閲覧する手掛かりを与えることになり、その結果、本件差押命令申立事件の債務者である特定法人を識別することができると認められる。
そして、法人にとっては、差押えを受けたという情報は、当該法人の信用の低下によって取引先との関係が悪化したり、金融機関から融資等について厳しい審査を受けることとなったり、あるいは新たな契約交渉において支障が生じることが予想されるなど、当該法人の事業活動に支障を及ぼし、当該法人の競争上の地位その他正当な利益を害することは明らかであり、条例第7条第3号に規定する非開示情報に該当すると認められる。
(4) 条例第7条第3号ただし書の該当性について
異議申立人は、当該法人は事業活動を行っているとは認められず実施機関は債権放棄をすることになるおそれが高いこと、当該法人には県民の財産を返済する責務があることから、当該法人の名称は保護に値せず、開示することが公益にかなうと主張する。
本号ただし書は、法人等に関する情報であっても、事業活動によって生じる危害から人の生命、身体、健康又は財産を保護し、又は違法若しくは不当な事業活動によって生じる支障から県民等の生活・環境を保護するため公にすることが必要であると認められる情報及びこれらに準ずる情報で公益上公にすることが必要であると認められるものに開示を義務づけたものである。
実施機関に確認したところ、当該法人は何らかの理由で事業を実施していない可能性がある。しかしながら、法人として消滅したとは言い切れず、将来において事業を営む可能性を完全に排除することはできないことから、公益上公にすることが必要とまではいえないため、異議申立人の主張は採用できない。
また、民事争訟において当該法人の債務の不履行が認定されたからといってそのことをもって直ちに当該法人の事業活動が違法又は不当であるとは認められないことから、本号のいずれのただし書にも該当しないと認められる。
(5)条例第7条第6号ロの妥当性について
実施機関は、本決定について、条例第7条第6号ロにも該当するとしているが、上記のとおり、同条第3号に該当すると認められるので、同条第6号ロ該当性について判断するまでもない。
(6) 異議申立人の主張について
異議申立人は、当該事件名及び事件番号の開示の可否について、民事訴訟法の問題であり、訴訟記録が裁判所において閲覧に供されていること等を理由に非開示とすることはできないと主張する。
しかし、訴訟記録の閲覧制度は、裁判の公正と司法権に対する信頼を確保することなどの基本的な理念に基づき、特定の受訴裁判所の具体的な判断の下に実施されているもので、その手続及び目的の限度において訴訟関係者の情報が開披されることがあるとしても、このことをもって、訴訟記録に記載されている事件名・事件番号が、情報公開手続きにおいて、直ちに一般的に公表することが許されているものと解することはできないから、当該事件名及び事件番号について、裁判公開の原則や訴訟記録の閲覧制度を理由に開示すべきということはできない。
(7) 結論
よって、主文のとおり答申する。
7 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙1審査会の処理経過のとおりである。
別紙1
審査会の処理経過
年 月 日 | 処理内容 |
---|---|
20.11. 7 | ・諮問書の受理 |
20.11.11 | ・実施機関に対して非開示理由説明書の提出依頼 |
20.11.28 | ・非開示理由説明書の受理 |
20.12. 3 |
・異議申立人に対して非開示理由説明書(写)の送付、意見書の提出依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認 |
21. 5.15 |
・書面審理 ・実施機関の補足説明 ・審議 (第317回審査会) |
21. 6.19 |
・異議申立人の口頭意見陳述 ・審議 (第320回審査会) |
21. 7.17 |
・審議 (第322回審査会) |
21. 8.27 |
・審議 ・答申 (第324回審査会) |
三重県情報公開審査会委員
職名 | 氏名 | 役職等 |
---|---|---|
※会長 | 岡本 祐次 | 元三重短期大学長 |
※委員 | 川村 隆子 | 三重中京大学現代法経学部講師 |
委員 | 樹神 成 | 三重大学人文学部教授 |
委員 | 田中 亜紀子 | 三重大学人文学部准教授 |
会長職務代理者 | 早川 忠宏 | 三重弁護士会推薦弁護士 |
※委員 | 藤本 真理 | 三重大学人文学部講師 |
※委員 | 丸山 康人 | 四日市看護医療大学副学長 |
なお、本件事案については、※印を付した会長及び委員によって構成される部会において主に調査審議を行った。