三重県情報公開審査会 答申第330号
答申
1 審査会の結論
実施機関が行った決定は、妥当である。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、異議申立人と異なる開示請求者が平成20年6月13日付けで三重県情報公開条例(平成11年三重県条例第42号。以下「条例」という。)に基づき行った「特定法人から塩化カルボニル(ホスゲン)設備に関する届け出不備などの不法行為の報告の日時と報告があってから県が調査したとする調査報告書に係る一切の書類」の開示請求(以下「本請求」という。)に対し、三重県知事(以下「実施機関」という。)が、異議申立人(開示請求者ではない者)の情報が含まれる「大気汚染防止法第26条第1項に基づく報告書の受理について」及び「立入検査結果について(業務報告)」を対象公文書(以下「本件対象公文書」という。)として特定し、開示請求者に対して行った部分開示決定(以下「本決定」という。)について、異議申立人がこれを取り消し、別表に掲げる部分を非開示とすることを求めるというものである。
3 本件異議申立てについて
実施機関は、本件対象公文書中に異議申立人の情報が含まれていることから、条例第17条第1項の規定に基づき、異議申立人に対して意見照会を行った。異議申立人は開示に支障がある旨の意見書を提出したが、実施機関は本決定を行い、条例第17条第3項の規定に基づいて異議申立人に対して本決定をした旨の通知をしたところ、異議申立人から本件異議申立てが提起されたものである。
実施機関は、本請求を行った開示請求者に対して、平成20年7月11日付けで、本件異議申立てに係る決定がなされるまで開示を停止する旨の通知を行っている。
4 実施機関の開示理由説明要旨
ホスゲン製造施設の詳細な設計図、施設を構成する各機器の仕様・設計条件・使用条件及びホスゲンの製造条件を除き開示する情報は、ホスゲン製造に係る簡略化されたフロー図、ホスゲン製造施設の外形図、模式化した流路図、主寸法が記載された除害設備の図面等である。
非開示とした製造に必要な各種詳細条件、正確な部品図等と比較して、これらの情報を開示することで、当該設備と同じ機能をもった設備を模倣してホスゲンを製造し、犯罪行為に利用されるとは想定しがたいものである。
一方で、これらの情報は、一酸化炭素及び塩素がどの工程で使用され、ホスゲンがどの段階で発生するかという情報、除害設備の使用方法の説明に必要な図面、除害設備の塩素吸収能力の根拠となる高さ寸法などの公益性の高い情報であり、公にすることが必要と認められる。
よって、条例第7条第3号ただし書ハに該当し、条例第7条第4号に該当しないと判断し、開示とした。
5 異議申立ての理由
異議申立人の主張を総合すると、以下の理由により本決定は取り消すべきであるというものである。
ホスゲン製造設備に関する技術情報は、製造設備の購入先に対し契約上厳格な守秘義務があり、公開されれば購入先から守秘義務違反を理由として損害賠償の請求を受ける。また、極めて重要な企業機密の流出になり、競争企業を不当に利することになる。よって条例第7条第3号本文に該当し、開示されるべきではない。
異議申立人が所有するホスゲン製造設備は稼働中であっても危険なものではなく、既に稼働していないのであるから人の生命等又は県民の生活環境といった保護法益を侵害する可能性はない。また、実施機関は周辺住民の不安感、不信感の払拭を保護法益と主張するが、このような漠然とした住民感情は条例の保護法益たり得ない。よって、条例第7条第3号ただし書ハの要件を満たさず、非開示とすべきである。
ホスゲン製造設備に関する技術情報は、製造設備の購入先に対し契約上厳格な守秘義務があり、公開されれば購入先から守秘義務違反を理由として損害賠償の請求を受ける。また、極めて重要な企業機密の流出になり、競争企業を不当に利することになる。よって条例第7条第3号本文に該当し、開示されるべきではない。
異議申立人が所有するホスゲン製造設備は稼働中であっても危険なものではなく、既に稼働していないのであるから人の生命等又は県民の生活環境といった保護法益を侵害する可能性はない。また、実施機関は周辺住民の不安感、不信感の払拭を保護法益と主張するが、このような漠然とした住民感情は条例の保護法益たり得ない。よって、条例第7条第3号ただし書ハの要件を満たさず、非開示とすべきである。
一般的に入手できないホスゲン製造に関する情報であり、これが開示されれば、化学物質製造の知識がある者であればホスゲンを容易に製造でき、犯罪行為に利用される危険性があることから条例第7条第4号に該当し、開示されるべきではない。
異議申立人は本件文書を任意に提出したのであり、公開されることを予定して提出したのではない。
6 審査会の判断
本件事案について、異議申立人は、条例第7条第3号(法人情報)及び第4号(公共安全情報)の該当性について異議を申し立てていることから、当審査会はこれらについて、次のとおり判断する。
(1) 基本的な考え方
条例の目的は、県民の知る権利を尊重し、公文書の開示を請求する権利につき定めること等により、県の保有する情報の一層の公開を図り、もって県の諸活動を県民に説明する責務が全うされるようにするとともに、県民による参加の下、県民と県との協働により、公正で民主的な県政の推進に資することを目的としている。条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれるなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示事由を定めている。
一方、開示請求に係る公文書に第三者に関する情報が記載されているときに、当該第三者の権利利益を保護し開示の是非の判断の適正を期するために、開示決定等の前に第三者に対して意見書提出の機会を付与すること、及び開示決定を行う場合に当該第三者が開示の実施前に開示決定を争う機会を保障するための措置についても定めている。
(2) 条例第7条第3号(法人情報)の意義について
本号は、自由主義経済社会においては、法人等又は事業を営む個人の健全で適正な事業活動の自由を保障する必要があることから、事業活動に係る情報で、開示することにより、当該法人等又は個人の競争上の地位その他正当な利益が害されると認められるものが記録されている公文書は、非開示とすることができると定めたものである。
しかしながら、法人等に関する情報であっても、事業活動によって生ずる危害から人の生命、身体、健康又は財産を保護し、又は違法若しくは不当な事業活動によって生ずる支障から県民等の生活・環境を保護するため公にすることが必要であると認められる情報及びこれらに準ずる情報で公益上公にすることが必要であると認められるものは、ただし書により、常に開示が義務づけられることになる。
(3) 条例第7条第3号(法人情報)の該当性について
本件対象公文書は、異議申立人が大気汚染防止法(以下「法」という。)第6条第1項の規定に基づく届出を行わずホスゲン製造施設を設置したことから、実施機関が法第26条第1項の規定に基づき異議申立人に報告を求めた文書及び異議申立人の特定工場の立入検査時に異議申立人に提出を求めた文書である。
異議申立人の主張及び実施機関の説明のいずれによっても、本件対象公文書に記載された情報はホスゲンを製造する上で不可欠の重要な技術的情報であり、条例第7条第3号本文に該当することに争いはない。
次に、本号ただし書に該当するか否かについて検討する。
本号ただし書は、法人等に関する情報であっても、事業活動によって生ずる危害から人の生命、身体、健康又は財産を保護し、又は違法若しくは不当な事業活動によって生ずる支障から県民等の生活・環境を保護するために公にすることが必要であると認められる情報及びこれらに準ずる情報で公益上公にすることが必要であると認められるものに開示を義務づけたものである。
法は、大気の汚染に関し、国民の健康を保護するとともに生活環境を保全することなどを目的としており、本件のホスゲン製造施設は、人の健康又は生活環境に係る被害を生じるおそれがある物質として定められた塩素を反応させる施設として、法第6条の規定により設置届を提出しなければならないとされている。また、事故が起こりホスゲンが多量に排出されたとき、設置者は法第17条の規定により直ちに応急の措置を講じ、事故の状況を知事に通報しなければならず、知事は周辺区域の人の健康が損なわれ又はそのおそれがあると認めるときは、設置者に対して必要な措置をとるよう命ずることができるとされている。
このことから、本件のホスゲン製造施設が無届けで設置されていたことに周辺住民が危険性を感じ、生活の安全に不安を抱いていることは容易に予想されるところである。このような周辺住民の不安感は、本件技術情報を開示することで、住民自らがホスゲン製造施設の詳細を知り、内容を理解することによって安全性を確認することで解消しうるものであり、本号ただし書にいう人の生命等を保護するため、公開の必要性が生じていると判断される。逆に公開されなかった場合には、周辺住民の不安が増大することも考えられる。
以上から、事業活動上の不利益を考慮しても、なお本件技術情報は公開の必要性があると考えられ、本号ただし書に該当すると判断する。
なお、異議申立人は、ホスゲン製造設備に関する技術情報は購入先との契約において機密保持義務が課せられており、公になった場合、守秘義務違反として損害賠償請求を受けるなど、異議申立人の競争上の地位その他正当な利益が害されるおそれがある旨主張する。しかし、契約は、当事者間限りで効力を有するものであり、実施機関は、異議申立人と購入先との間の契約に拘束されないから、異議申立人の主張は採用できない。
さらに、異議申立人は、本件文書は任意に提出したものであり、公にすることを前提としていない旨を主張するが、実施機関が法第26条第1項の規定に基づき提出を求めた文書であるから、これを採用することはできない。
(4) 条例第7条第4号(公共安全情報)の意義について
公共の安全と秩序を維持することは、国民全体の基本的な利益を擁護するために行政に課せられた重要な責務であり、情報公開制度においてもこれらの利益は十分に保護する必要がある。そこで、犯罪の予防・鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行、その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある情報を非開示とし、その判断の司法審査に当たっては、実施機関の裁量を尊重することとしたものである。
(5) 条例第7条第4号(公共安全情報)の該当性について
異議申立人は、ホスゲン製造に関する技術情報は一般には入手できない情報であり、これが開示されれば、化学物質製造の一般的知識がある者であれば容易にホスゲンを製造することができ、重大な犯罪を助長する可能性があると主張する。
しかし、実施機関が説明するように、ホスゲン製造設備は異議申立人のみが設置する特殊な設備ではなく、他の事業者が同種の設備を販売している事実から一定の知識及び設備がある者であればホスゲンの製造は可能であることが認められる。また、本決定において実施機関は、ホスゲン製造施設の詳細な設計図、ホスゲン製造過程における温度や圧力の基準等の製造技術の主要な情報を非開示としていることから、犯罪を誘発する等の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあるとは認めがたい。
したがって、当該情報は条例第7条第4号には該当せず、開示が妥当である。
(6) 結論
よって、主文のとおり答申する。
7 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙1審査会の処理経過のとおりである。
別表
本件対象公文書 | 異議申立人が非開示と主張している部分 |
---|---|
大気汚染防止法第26条第1項に基づく報告書の受理について (平成20年5月14日決裁) |
・「ホスゲン製造施設の除害塔ラインの使用方法について」中の機器番号及び名称並びに使用の状況に関する記述の一部 ・「ホスゲン製造施設フロー」中の機器番号、名称及び形状 ・「塩化カルボニル(ホスゲン)製造施設外形図」中の機器番号及び形状 ・「T-3216塩素ガス吸収に関する検討」中の除害塔の塔長及び塔径並びにこれらの計算結果 ・「T-3216図面」中の除害塔の名称及びサイズ |
立入検査結果について(業務報告)(平成20年3月31日決裁) | ・「ホスゲン製造施設フロー」中の機器番号、名称及び形状並びに凡例 ・「ホスゲンプラント立面図」中の機器番号及び形状 ・「ホスゲンプラント平面図」中の機器番号及び形状 ・「設備リスト」の表中、「項目№」欄の全部及び「名 称」欄の一部 ・「プロセス作業要領」中のプロセスフロー図 ・「機器リスト」の表中、「材質」、「温度計」、「圧力 計」、「液面計」、「安全装置」、「防爆構造」及び「設 置線有無」欄 ・「各装置配置図」中の寸法 |
別紙1
審査会の処理経過
年 月 日 |
処理内容 |
---|---|
20. 8.11 | ・諮問書の受理 |
20. 8.19 | ・実施機関に対して開示理由説明書の提出依頼 |
20. 9. 2 | ・開示理由説明書の受理 |
20. 9.12 |
・異議申立人に対して開示理由説明書(写)の送付、意見書の提出依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認 |
20.10. 3 | ・書面審理 ・異議申立人の口頭意見陳述 ・審議 (第305回審査会)
|
20.10.16 | ・異議申立人に対して資料の提出依頼 |
20.10.24 | ・資料の受理 |
20.10.29 | ・実施機関に対して資料の送付及び意見書の提出依頼 |
20.11. 5 | ・実施機関からの意見書受理 |
20.11. 7 | ・実施機関の補足説明 ・審議 (第307回審査会)
|
20.12. 5 | ・審議 (第309回審査会)
|
21. 1.16 | ・審議 ・答申 (第311回審査会)
|
三重県情報公開審査会委員
職名 | 氏名 | 役職等 |
---|---|---|
※会長 | 岡本 祐次 | 元三重短期大学長 |
※委員 | 川村 隆子 | 三重中京大学現代法経学部講師 |
委員 | 樹神 成 | 三重大学人文学部教授 |
委員 | 田中 亜紀子 | 三重大学人文学部准教授 |
会長職務代理者 | 早川 忠宏 | 三重弁護士会推薦弁護士 |
※委員 | 藤野 奈津子 | 三重短期大学法経科准教授 |
※委員 |
丸山 康人 |
四日市看護医療大学副学長 |
なお、本件事案については、※印を付した会長及び委員によって構成される部会にお いて主に調査審議を行った。