三重県個人情報保護審査会 答申第49号
答申
1 審査会の結論
実施機関は、本件異議申立ての対象となった保有個人情報のうち、審査会が非開示妥当と判断した部分を除き、開示すべきである。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、異議申立人が平成20年7月30日付けで三重県個人情報保護条例(平成14年三重県条例第1号。以下「条例」という。)に基づき行った「措置入院に関する一切の書類」の開示請求に対し、三重県知事(以下「実施機関」という。)が平成20年8月11日付けで行った部分開示決定の取消しを求めるというものである。
3 実施機関の非開示理由説明
実施機関が理由説明書及び口頭による理由説明において主張している内容は、以下のように要約される。
(1) 条例第16条第2号該当性(精神保健指定医の所属病院名、H○.○.○付け記録)
措置入院のための診察は、三重県知事が指定した精神保健指定医が、非常勤の特別職地方公務員の地位において行う職務である。当該精神保健指定医が平常医師として勤務している病院名(所属病院)は、開示請求者以外の個人に関する情報であって、この情報をもとに特定の個人を識別することができ得るため、条例第16条第2号に該当し、非開示とした。
また、H○.○.○付け記録は、県担当職員が開示請求者以外の個人から聞き取った内容の記録であるが、これも開示請求者以外の個人に関する情報であって、特定の個人を識別することができ得るため、非開示とした。
(2) 条例第16条第2号ハただし書及び第6号該当性(職員氏名、印影、精神保健指定医の氏名)
精神保健福祉法による措置入院は、医療の提供及び保護のために入院させなければ、精神障害のために自傷又は他害行為を起こす恐れがあると認められる場合に、本人の意思に反しても入院させることができる制度であることから、一般に、本人がこの措置に納得しないことが想定される。
職員氏名、印影、精神保健指定医の氏名について本人に開示した場合、措置入院に対する不満から、職員・精神保健指定医への不信感や誤解に基づき、診断書の記載内容の真偽や詳細等を確かめるため、職員や精神保健指定医の私生活や業務に支障を及ぼすような行為がなされることが予想され、ひいては措置入院制度の適正な遂行に支障を及ぼす恐れがあるものと認められる。よって、条例第16条第2号ハただし書及び第6号に該当するので非開示とした。
(3) 条例第16条第7号該当性(措置診断要約、措置診断書の診断に関する箇所)
措置入院に係る診断は、医師が本人の求めに応じて行う診療とは異なることから、極めて厳格、適正な手続きが必要とされる。この手続きの適正性を担保するために、診断書等に記載する情報は、本人の意向にとらわれない客観的かつ具体的な内容であることが要求されている。その結果これらの記載内容は、事柄の性質上本人の認識や意向に沿わない事項が多いことが想定されることから、精神保健指定医は本人に開示されないことを前提に記載している。仮に後日、本人に開示されることを容認すれば、本人の反応等に配慮して記載を簡略化したり正確に記述することを躊躇するなど、診断内容の形骸化をもたらすこととなり、ひいては制度の適正な運営に重大な支障を及ぼすものと認められる。
措置診断に立ち会い、その模様を職員が記述する措置診断要約記録についても同様である。
上記のことから、条例第16条第7号に該当し非開示とした。
(4) 条例第64条第3項該当性(精神障害者等通報書及び添付書類)
検察官から知事宛に提出された精神障害者等通報書及び添付書類は、「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」第45条第1項に規定する検察官が行う処分に係る情報であり、条・瘻・4条第3項により適用除外である。
「精神保健福祉法第25条による通報について」(平成○年○月○日付け決裁文書)に添付の「プロフィール」という文書は訴訟に関する書類から書き写したものである。訴訟に関する書類そのものではないが、書かれている内容は同じという意味で、その一部を条例第64条第3項による適用除外の扱いとして非開示とした。
4 異議申立ての理由
異議申立人が異議申立書、意見書及び口頭意見陳述において主張している異議申立ての主たる理由は、以下のように要約される。
部分開示理由について納得ができない。いずれの情報も私に関係する自己情報なので、措置入院事務の適正な遂行を困難にするとは認められないので、全面開示を要求する。私個人の情報として、本人が知り得ないことが隠されたのでは名誉毀損されたままである。検察官の作成した文書についても対象外にするのはおかしい。県の文書でもある。
私は精神保健福祉法の措置入院にされるような者ではないため、実施機関の非開示理由は認められない。措置入院のための診察、精神保健指定医の診察とあるが、鑑定人と称される2名の者によって、病気でもないのに病気と鑑定された。どこから鑑定人が来て、何を鑑定して措置入院に持っていかれたのかというところを知りたい。私の病名が撤回されないかぎり、信用されてしまうおそれがあり、撤回されないと困る。真実に反する病名が非開示であるとするが、私の個人情報ではない。でっち上げで作られた個人情報である。それが保存されて、私のこれからの人生が葬り去られたも同然である。それは承服できないので、人生を取り戻すためにも権利として全面開示を要求する。本当の私は病気ではないし、病歴もない。自分の個人情報として行政や司法の場に保管されているということは、それを訂正、コントロールさせてもらう権利はある。
5 審査会の判断
当審査会は、異議申立てに係る資料並びに異議申立人及び実施機関の主張を具体的に検討した結果、以下のように判断する。
(1) 本件対象保有個人情報について
実施機関が特定した保有個人情報は、平成○年○月○日付け決裁文書「精神保健福祉法第25条による通報について」(以下「文書1」という。)及び平成○年○月○日付け決裁文書「精神保健福祉法第27条第1項の規定に基づく診察結果について(伺い)」(以下「文書2」という。)である。
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年法律第123号。以下「法」という。)第25条では、検察官は精神障害者又はその疑いのある被疑者又は被告人について、不起訴処分をしたとき、又は裁判が確定したときは、速やかに、その旨を都道府県知事に通報しなければならないと規定している。文書1は、検察官からの通報を受けて、精神保健指定医による診察を実施すること並びに通報者あて通知及び精神保健指定医あて依頼することについて起案、決裁したものである。この文書中には、「プロフィール」と称する異議申立人の経歴等が書かれた文書、県職員が異議申立人以外の第三者から聞き取った記録、検察官から三重県知事に対する「精神障害者等通報書」及びその添付書類がある。
法第27条第1項では、都道府県知事は、第23条から前条までの規定による申請、通報又は届出のあった者について調査の上必要があると認めるときは、その指定する指定医をして診察をさせなければならないと規定している。文書2は、診察結果を受け、入院措置すること並びに検察官、病院管理者等への通知及び異議申立人に対する指令書を送付することについて起案、決裁したものである。この文書中には、精神保健指定医による措置入院に関する診断の模様を県職員が記録した「措置診断要約」及び措置入院に関する診断書(1次及び2次)がある。
本件異議申立ての対象となった保有個人情報は、これらの文書のうち実施機関が非開示とした「精神保健指定医の所属病院名」、「H○.○.○付け記録」、「職員氏名」、「印影」、「精神保健指定医の氏名」、「措置診断要約」、「措置診断書の診断に係る箇所」、「精神障害者等通報書及び添付書類」並びに「プロフィール」と称する文書の一部である。
(2) 条例第16条第2号(開示請求者以外の個人情報)の該当性について
条例第16条第2号は、本文で「開示請求者以外の個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関するものを除く。)であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により開示請求者以外の特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより、開示請求者以外の特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は開示請求者以外の特定の個人を識別することはできないが、開示することにより、なお、開示請求者以外の個人の権利利益を害するおそれがあるもの」を非開示とすることを定めている
また、同号ただし書において、次に掲げる情報を除くとし、「イ 法令等の規定により又は慣行として本人(当該開示請求に係る死者を除く。)又はその遺族等が知ることができ、又は知ることが予定されている情報」、「ロ 人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、開示することが必要であると認められる情報」、「ハ 公務員等の職務に関する情報。ただし、開示することにより、当該公務員等の私生活上の権利利益を害するおそれがあるもの又はそのおそれがあると知事が認めて規則で定める職にある公務員等の氏名を除く。」と定め、同号本文の非開示情報の例外を規定している。
実施機関は文書1、文書2のうち、「精神保健指定医の所属病院名」、「H○.○.○付け記録」、「職員氏名」、「印影」及び「精神保健指定医の氏名」を同号に該当するとして非開示としており、以下、その内容について検討する。
ア 「精神保健指定医の所属病院名」は、特別職地方公務員である精神保健指定医が特別職地方公務員の立場としてではなく、平常医師として勤務する病院の名称である。所属病院名を開示すると精神保健指定医が特定され得るため、同号本文に該当すると認められる。また、同号ただし書に該当するとは認められない。
イ 「H○.○.○付け記録」については、県職員が異議申立人以外の第三者から聞き取った記録であり、これを開示すると、異議申立人以外の第三者が識別され得るため、同号本文に該当すると認められる。また、同号ただし書に該当するとは認められない。
ウ 「職員氏名」、「印影」及び「精神保健指定医の氏名」については、同号ただし書ハの公務員等の職務に関する情報であると認められる。しかしながら、これらの情報は、措置入院の契機となる通報又は措置入院の要否の判断に重要な役割を果たした者等に関する情報であって、これらの情報を本人に開示した場合、実施機関が主張するように、措置入院に対する不満や、措置決定に関わった職員及び精神保健指定医に対する不信感、誤解に基づき、精神保健指定医の診断書の記載内容の真偽や詳細等を確かめるため、職員や精神保健指定医の日常生活に支障を及ぼすような行為がなされるおそれを否定できない。したがって、これらの情報は同号ただし書ハのただし書に規定する「開示することにより、当該公務員等の私生活上の権利利益を害するおそれがあるもの」に該当すると認められる。
以上のことから、「精神保健指定医の所属病院名」、「H○.○.○付け記録」、「職員氏名」、「印影」及び「精神保健指定医の氏名」は条例第16条第2号により非開示が妥当である。
(3) 条例第16条第6号(事務事業情報)の該当性について
条例第16条第6号は、県、国又は県以外の地方公共団体が行う事務又は事業に関する情報であって、開示することにより、当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に著しい支障を及ぼすおそれがあるものは、非開示とすることを定めている。
実施機関は、前記(2)の「職員氏名」、「印影」及び「精神保健指定医の氏名」については、同号にも該当すると主張する。
これらの情報は、前記(2)ウのとおり、職員や精神保健指定医の日常生活に支障を及ぼすおそれがあると同時に、職員や精神保健指定医の業務に支障を及ぼすおそれがあり、ひいては措置入院制度の適正な遂行に著しい支障を及ぼすおそれがあると認められるため、条例第16条第6号にも該当し、非開示が妥当である。
(4) 条例第16条第7号(評価等情報)の該当性について
条例第16条第7号は、「個人の指導、診断、判定、評価等に関する情報であって、開示することにより、当該事務の適正な遂行を著しく困難にすると認められるもの」は、非開示とすることを定めている。
実施機関は、文書2のうち、県職員が措置入院に関する診断に立ち会い、その模様を記録した「措置診断要約」及び「措置診断書の診断に係る箇所」を同号に該当するとして非開示にしている。なお、「措置診断書の診断に係る箇所」として、具体的に非開示とした部分としては、起案文中の「病名」並びに「措置入院に関する診断書」のうち、「病名(1.主たる精神障害)」、「生活歴及び現病歴」、「問題行動」、「現在の病状又は状態像」及び「診察時の特記事項」の各欄の記載である。
これらの記載内容は、措置入院の要否を判断するために必要な情報であり、事柄の性質上、本人の認識や意向に沿わない事柄を含むものである。措置入院制度は、本人の意思に反して強制的に入院させることができる制度であることから、極めて厳格、適正な手続きが要請されており、患者本人や家族の意向にとらわれない客観的かつ具体的な内容であることが要求されている。これらの情報が開示されるとなると、本人の反応等に配慮して記載を簡略化したり、正確に記述することを躊躇するなど、診断内容の形骸化をもたらし、措置入院制度の適正な遂行を著しく困難にすると認められる。
したがって、これらの記載内容は条例第16条第7号により、非開示が妥当である。
(5) 条例第64条第3項(適用除外)の該当性について
条例第64条第3項は、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第58号)第4章の規定(開示請求権等)の適用を受けないこととされる保有個人情報については、条例の開示請求権等の規定の適用を除外することを定めたものである。
行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律第45条第1項は、刑事事件若しくは少年の保護事件に係る裁判、検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が行う処分、刑若しくは保護処分の執行、更生緊急保護又は恩赦に係る保有個人情報については、同法第4章の規定は適用しない旨を規定している。したがって、これらの保有個人情報については、条例の開示請求権等の規定の適用が除外されることとなる。
実施機関は、文書1のうち、精神障害者等通報書及び添付書類と、「プロフィール」と称する文書の一部を条例第64条第3項に該当するとして非開示としており、以下、その内容について検討する。
ア 検察官から知事宛に提出された「精神障害者等通報書及び添付書類」は、法第25条に基づいて、検察官が、「精神障害者又はその疑いのある被疑者又は被告人について、不起訴処分をしたとき」に作成した書類及びその関係書類であると認められる。したがって、これらの書類は行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律第45条第1項に規定する検察官が行う処分に係る保有個人情報に該当すると認められ、条例第64条第3項に基づき、条例の適用除外となり、非開示が妥当である。
イ 「プロフィール」と称する文書の一部について、実施機関は、検察庁から提供された訴訟に関する書類の内容を書き写したもので、当該書類と内容が同じであるとして、条例第64条第3項による適用除外の扱いとして非開示としたと主張する。しかしながら、「プロフィール」という文書自体は県職員が作成したものであって、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律第4章の適用除外となるものについて定めた刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)第53条の2第2項に規定する「訴訟に関する書類に記録されている個人情報」そのものとは言えず、条例第64条第3項に規定する適用除外となる保有個人情報であると認められない。
また、記載内容も異議申立人から聞き取った異議申立人自身の経歴の情報であり、条例第16条各号で定める非開示情報のいずれにも該当しないため開示すべきである。
(6) 結論
よって、主文のとおり答申する。
6 審査会の意見
審査会の判断は上記のとおりであるが、次のとおり意見を申し述べる。
実施機関は、決定通知書の「開示しない部分」欄に「職名」の記載がないにもかかわらず、開示の実施の際に検察庁職員の職名を非開示としている。決定内容と異なる開示の実施は不適切であり、今後、このようなことのないように適切な制度の運用に努められたい。
7 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙1審査会の処理経過のとおりである。
別紙1
審査会の処理経過
年 月 日
|
処理内容 |
平成20年8月27日 |
・ 諮問書の受理
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平成20年8月28日 |
・ 実施機関に対して理由説明書の提出依頼
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平成20年 9月9日 |
・ 理由説明書の受理
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平成20年 9月17日 |
・ 異議申立人に対して理由説明書(写)の送付、意見書の提出依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認
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平成20年10月3日 |
・ 意見書の受理
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平成20年 10月31日 |
・ 書面審理 ・ 実施機関の補足説明 ・ 異議申立人の口頭意見陳述 ・ 審議 (第63回個人情報保護審査会) |
平成20年 11月25日 |
・ 審議 (第64回個人情報保護審査会) |
平成20年 12月15日 |
・ 審議 (第65回個人情報保護審査会) |
平成21年 1月19日 |
・ 審議 ・ 答申 (第66回個人情報保護審査会) |
三重県個人情報保護審査会委員
職名 |
氏名 |
役職等 |
会 長 |
浅 尾 光 弘 |
弁護士 |
会長職務代理者 |
樹 神 成 |
三重大学人文学部教授 |
委 員 |
寺 川 史 朗 |
三重大学人文学部准教授 |
委 員 |
藤 野 奈津子 |
三重短期大学法経科准教授 |
委 員 |
安 田 千 代 |
司法書士、行政書士 |