三重県情報公開審査会 答申第8号
答申
1 審査会の結論
「(平成3年度)平成四年度三重県公立学校教員採用選考試験第一次選考試験専門科目筆答試験問題、第二次選考試験教職・一般教養筆答試験問題」について、実施機関が非開示にしたことは妥当である。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、異議申立人が平成4年4月1日付けで三重県情報公開条例(昭和62年三重県条例第34号。以下「条例」という。)に基づき行った「(平成3年度)平成四年度三重県公立学校教員採用選考試験第一次選考試験専門科目筆答試験問題、第二次選考試験教職・一般教養筆答試験問題」(以下「本件対象公文書」という。)の開示請求に対し、三重県教育委員会(以下「実施機関」という。)が平成4年4月15日付けで行った非開示決定処分の取消しを求めるというものである。
3 実施機関の非開示理由説明要旨
実施機関の主張を総合すると、次の理由により、本件対象公文書を非開示にしたというものである。
1 教員採用選考試験(以下「選考試験」という。)について
公立学校教員は、全体の奉仕者たる教育公務員として、県民の教育に関する信託に応えられる多様な資質・能力を必要としている。したがって、採用に当たっては、これらの資質・能力をできるだけ正確に把握する必要があることから、筆答試験はもとより、技能・実技試験、適性検査、小論文、体力測定、個人面接、レントゲン検診などの多岐にわたる試験・検査等を実施し、それら個々の成績と受験者に提出させた各種資料を総合的に判定し、教師としての十分な指導力を持ち、使命感にあふれ、人格的にも優れた人材を採用しているところである。
2 本件対象公文書について
本件対象公文書は、選考試験の様々な選考資料のうち、専門教科と教職・一般教養に係る知識や思考力に関する資料を得るためのものであるが、専門科目については募集する教科、科目毎に作成されており、その種類は、年度により異なるが毎年度40種類を超えている。また、教職・一般教養についても出題範囲は多岐にわたっている。
3 条例第8条第5号(行政運営情報)の該当性について
本件対象公文書の開示は、以下で説明するように、当該又は将来の同種の事務事業の公正又は適正な執行に著しい支障を生ずるおそれがあることから、条例第8条第5号に該当し、非開示が妥当である。
ア 試験と言えば、一般的に点数と結び付けて考える傾向が極めて強いことから、本件対象公文書を開示すると、筆答試験のみの自己採点により自分は何点だったから合格のはずだというような誤解と混乱を招くことが十分予測され、試験事務の公正又は適正な執行に著しい支障を生ずることとなる。
イ 筆答試験で求めているのは問題集等の意図的な学習により得られた表面的な力ではなく、特に高校・大学を通じて地道に学習した力である。
ところが、試験問題の作成に当たっては、受験者の持っている力量が判定しやすいということで、教科によって差はあるが、毎年出題が望ましい基本的事項や問題形式上類似のものなどを出題する必要があるが、本件対象公文書を開示すると、過去数年間の問題を分析し、ある傾向を掴み、その範囲のいわゆる対症療法的な受験勉強を必死に行った者が地道に勉強している者以上に良い点を取り、最終的に合格するといったことが起こり得る可能性があり、それは本県の教員採用の目的を著しく侵害することになることから、試験事務を実施する意味を喪失することになる。
ウ 情報公開制度は請求をした者にだけ情報が手に入るシステムだが、その場合、情報公開請求をし開示を受けた者だけに試験問題がわかることになると、開示を受けた者と開示を受けない者や開示を受ける資格のない者との間に不公平を生ずることとなる。
エ 本件対象公文書の作成に当たっては、限られた人員の中で、それぞれの分野において専門的な識見を有し、かつ人物的にも信頼のおける者を問題作成委員若しくは検討委員(以下「作成委員等」という。)に任命し、限られた期間内に、数十種類に及ぶ問題作成を依頼しているが、選任については毎年非常に苦労しているのが実態である。
出題に当たっては、前記イで述べたように基本的事項に係る類似の問題等を使用する必要があるが、本件対象公文書を開示するとそれができなくなり、作成委員等を毎年変えたり、膨大な時間をかけて全てについて新しい問題を作成する必要が生じることから、試験事務に要する時間と経費が著しく増大し、結果として、試験の実施時期が大幅に遅れ、人材確保に支障をきたすなど行政運営に著しい支障が生じる。
オ 作成委員等の依頼に当たっては、秘密保持の面から、外部の者ではなく、公立学校に勤務する教員等の中で前記エで述べたような人物に、試験問題及び作成者名は公表しないことを説明し、無理を承知で理解と協力を得ているところである。
これら作成委員等は、日々の勤務にもかかわらず選考試験の重要性を理解し、実施機関に協力し問題作成の重責を果たしているが、本件対象公文書を開示すると、実施機関と作成委員等との約束を守れなくなり、さらには、問題に対して様々な角度からの批判・非難が起こること、また、特定の科目については作成者が簡単に特定され、その者にクレーム等が直接なされることなども考えられ、今まで培われたあるいは将来にわたっても必要な実施機関と作成委員等との信頼関係が損なわれ、今後反復的継続的に実施する試験事務の実施に必要な理解、協力を得ることができなくなることとなる。
4 異議申立ての理由
異議申立人が、異議申立書、実施機関の非開示理由説明書に対する意見書及び口頭による意見陳述で主張している異議申立ての主たる理由は、次のように要約される。
1 条例制定の目的及び解釈運用について
ア 条例制定の目的は、「県民の県政に対する理解と信頼を深め、開かれた県政を一層推進すること」である。これは、憲法の理念である国民主権を実質的なものにしていくためには、国民の公的情報に対する「知る権利」が保障されなければならないという考えに基づくものである。
イ 実施機関の非開示理由は一般的かつ抽象的な行政運営上の支障を指摘するのみであるが、情報公開行政処分に係る昭和59年の浦和地裁判決は、非開示部分が行政運営情報に該当するためには、その支障が単に実施機関の主観において判断されるだけでは足りず、そのような支障が具体的に存在することが客観的に明白であることを要するのであり、単に公開によって生ずると想定される一般的かつ抽象的な行政運営上の支障を指摘するだけでは足りないとしている。 この判決は、情報公開は原則公開の趣旨に基づいて行うべきであり、適用除外事項について、厳密かつ具体的な実証に基づき、運用については慎重であるべきことを示唆している。
したがって、実施機関は非開示理由を一つ一つの選考試験の内容に照らし、開示した場合どのような支障が具体的に予想されるのか明らかにすべきである。
2 条例第8条第5号(行政運営情報)に該当しないことについて
ア 実施機関は、本件対象公文書を開示すれば、「筆答試験の結果のみで合否を云々する等の誤解を生じる」と主張するが、受験者に誤解が起こり得るとすれば、試験要領等での説明が不十分なためであり、公開によるものとは考え難い。その証に、非公開の現在でもこのような誤解は珍しくない。
イ 実施機関は、本件対象公文書を開示すれば、「過去の問題にとらわれた、偏った受験のための学習を助長し、問題内容の工夫・改善に努めても、本来的に力を有する者と対症療法的な学習を行った者との判別が困難となる」と主張するが、「過去の問題にとらわれた、偏った受験のための学習をした者」と「本来的に力を有する者」との間に差がつかない現在の試験にそもそも問題があると考える。試験問題の公開は、第三者の意見や批判を自由にし、より適切な問題作成につながると考える。
ウ 実施機関は本件対象公文書の開示により、「問題作成者の負担が極めて過大となり、このような中で新たに作成者を選任することは極めて困難」と主張するが、このような問題作成上の支障は、単なる事務事業の都合であり、努力の如何で克服できないとは断言していない。また、努力していくのが、原則公開の条例の趣旨に沿うものであると考える。
実際、大学入学試験など公開されている試験も無数にあり、選考試験だけその努力ができないとするには無理がある。
エ 選考試験については、試験後にかなり精度の高い復元問題が作られている現状を考えると、試験後であれば、公開してもなんら支障はないし、現に私たちは、5~6年前から「教員採用試験復元問題」を作成しているが、教職・一般教養試験問題については、90~100%近く復元されている。
オ 本件対象公文書を開示すれば、再度受験する場合、翌年に向けて自らのいたらなかった点を学習し研鑽を積むこともできるし、一部にある採点の公正に対する疑問や不信も払拭できる。
5 審査会の判断
1 本件対象公文書の内容について
本件対象公文書は、平成3年度に実施された三重県公立学校教員採用選考試験の様々な選考資料のうち、実施機関が公立学校教員として求める専門的な知識や思考力に関する資料を得るために、第一次及び第二次選考試験の際に課している筆答試験の試験問題であり、その内容は専門科目及び教職・一般教養に関するものであること、さらに、これらは限られた人員の作成委員等により、限られた期間に作成されたことが認められる。
2 基本的な考え方について
条例の制定目的は、県民の公文書の開示を求める権利を保障するとともに県民の県政に対する理解と信頼を深め、開かれた県政を一層推進するというものである。条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれるなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示規定を定めている。
当審査会は、情報公開の理念を尊重し、条例を厳正に解釈して、以下について判断する。
3 条例第8条第5号(行政運営情報)の該当性の有無について
条例は、第8条第5号において、「検査、監査、取締り、入札、試験、交渉、渉外、争訟等の事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該又は将来の同種の事務事業の公正又は適正な執行に著しい支障を生ずるおそれがある」情報について、非開示とすることを定めている。
本号は、事務事業の内容及び性質からみて、開示をすることにより当該事務事業の目的を失い、又は公正若しくは適正な執行ができなくなるおそれのある情報は非開示とすることを定めたものである。
また、反復的又は継続的な事務事業については、当該事務事業執行後であっても、当該情報を開示することにより、将来の同種の事務事業の目的が達成できなくなるもの又は将来の同種の事務事業の公正若しくは適正な執行に著しい支障を及ぼすものがあるので、これらに係る情報が記録されている公文書も非開示とすることとするものである。
そこで、本件対象公文書を開示した場合、当該又は将来の同種の事務事業の公正又は適正な執行に著しい支障を生ずるおそれがあるかどうかについて判断する。 実施機関の非開示理由は大別すると、本件対象公文書を開示することにより、第一に対症療法的な学習をした者と地道に学習をした者との間に区別がつかなくなったり、開示を受けた者と受けない者との間に不公平が生ずることになるということ(選考試験を行うにあたっての支障)、第二に試験事務に要する時間と経費が増大したり、作成委員等との信頼関係を損ねることにより今後の問題作成への理解と協力が得られなくなるということ(問題作成上の技術的な支障)の二点であることが認められる。
したがって、それらが当該又は将来の同種の事務事業の公正又は適正な執行に著しい支障を生ずるおそれがあるかどうかについて以下に判断する。
まず、実施機関の主張する対症療法的な学習をした者と地道に学習をした者との間に区別がつかなくなるとする理由は、いかなる試験においても生じることであり、選考試験だけに限られた問題ではないと考える。
さらに、ある傾向をつかみ対症療法的な学習をしたとしても、筆答試験で良い成績をおさめるためには、なお全般的な学習を要すると考える。
また、選考試験が実施機関自らの定義するように各種の試験・検査等の結果に基づき総合的な判定の下に行われるものであれば、筆答試験のみ良い点を取ったとしても合格するものではないと考える。
以上の点から、実施機関のこの理由は、幅広い人間性豊かな教員を採用したいという試験目的からは理解できるが、にわかに採用しがたいところがある。
なお、本件対象公文書は、あくまでも総合的な判定のための一つの資料として求めているものであることから、それを開示することにより、受験者に無用の誤解と混乱を招くという実施機関の主張については、昨今の社会的風潮から、その可能性を否定できない面があるが、試験の位置付け等の十分な説明により、受験者の無用の誤解と混乱を避けられないわけでもないため、この点を理由とすることは非開示の理由としては十分ではない。
次に、開示を受けた者と受けない者との間に不公平が生ずることになるとする理由であるが、確かに、本件対象公文書が一般的に公表されていないという前提の下で検討した場合、本件対象公文書を開示すると、実施機関が主張するように情報公開請求をした者にだけ情報が手に入ることになり、受験者相互の間に不公平を生じ、ひいては、当該又は将来の試験事務の公正又は適正な執行に著しい支障を生ずるおそれがあると考える。
もっとも、広報等で一般に公表することで不公平を解決する方法も考えられるが、実施機関から当審査会に提出された本件対象公文書を精査した結果、専門科目の試験問題は募集する教科・科目毎に作成されており、教職・一般教養の試験問題を含めて、その問題数は膨大なものであることが認められ、これらを毎年全て公表することは事務手続き上も困難であり、あえてこれを一般に公表するだけの公益性はないと考える。
さらに、開示をすることにより、試験事務に要する時間と経費が増大し、加えて、作成委員等との信頼関係を損ねるとの実施機関の主張について検討する。
問題作成上の支障は実施機関の事務事業の都合であり、克服するよう努力すべきこと、また、より適切な問題作成をするためには、開示することにより、第三者からの意見や批判を自由にすることが必要であるとする異議申立人の主張は試験問題を作成する上での理想論としては理解できなくはない。 しかし、現実の問題として、問題作成に当たっては前述したように、限られた人員で限られた期間内に膨大な問題が作成される必要があり、そのような中で、実施機関は秘密保持の面から外部の者ではなく、公立学校に勤務する教員等に試験問題及び作成者名は非公開であることを説明した上で、平常業務を行いながら試験問題を別途に作成するよう依頼していることが認められるところである。
したがって、本件対象公文書を開示すると、実施機関が主張するように、実施機関と作成委員等との間の約束が破棄されることになり、以後の作成委員の確保が困難になることが予想される。さらに、試験問題に対し批判等が起こること、あるいは、特定の科目については作成者が容易に特定されることから、直接の批判等も予想され、その結果、作成委員等と実施機関との信頼関係を損ない、今後、作成委員等を引き受けてもらえなくなるなど、試験事務の実施に必要な理解、協力を得ることができなくなるおそれがある。
以上のことから、本件対象公文書の開示は当該又は将来の試験事務の公正又は適正な執行に著しい支障を生ずるおそれがあると考える。
4 結論
総合して判断すると、本件対象公文書について、実施機関が行った非開示決定処分は妥当である。
6 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙のとおりである。
別紙
審査会の処理経過
年月日 | 処理内容 |
---|---|
4.5.27 | ・諮問書受理 |
4.5.29 | ・実施機関に対して非開示理由説明書の提出要求 |
4.6.18 | ・非開示理由説明書受理 |
4.6.26 | ・異議申立人に対して非開示理由説明書(写)の送付及び意見書の提出要求 |
4.7.14 | ・意見書及び口頭意見陳述申出書受理 |
4.7.16 | ・実施機関に対して非開示理由説明書に対する意見書(写)の送付 |
4.8.6 (第20回審査会) |
・書面審理 |
4.9.30 (第21回審査会) |
・実施機関からの非開示理由説明等の聴取 ・審議 |
4.10.13 (第22回審査会) |
・異議申立人からの口頭意見陳述の聴取 ・審議 |
4.11.2 (第23回審査会) |
・実施機関からの非開示理由説明等の再聴取 ・審議 |
4.11.25 (第24回審査会) |
・審議 |
4.12.17 (第25回審査会) |
・審議 |
4.12.17 | ・答申 |