三重県情報公開審査会 答申第3号
答申
1 審査会の結論
「平成元年度 水道水源水に係る農薬等の分析結果について(報告)」及び「平成2年度 水道水源に係る農薬等水質調査の分析結果について(送付)」については、非開示とした水道水源名は、現時点では開示すべきである。
2 異議申立ての内容
1 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、平成2年9月17日、三重県情報公開条例(昭和62年三重県条例第34号。以下「条例」という。)に基づき行った「平成元年度水道水源水に係る農薬等の分析結果について(報告)」及び「平成2年度水道水源に係る農薬等水質調査の分析結果について(送付)」(以下「本件対象公文書」という。)の開示請求に対し、三重県知事が平成2年10月1日付けで行った部分開示決定の取消しを求めるというものである。
2 異議申立ての理由
異議申立人が、異議申立書、実施機関の部分開示理由説明書に対する意見書及び口頭による意見陳述で主張している異議申立ての主たる理由は、次のように要約される。
- 奈良県山添村での水道原水の調査によると、1988年(昭和63年)5月から1989年(平成元年)3月までの5回の採取で、数種類の有機燐系農薬や有機塩素系農薬が検出された。このことは、マスコミでも取り上げられ、全国的に注目を集めた。
- 「水道の水は本当に安全か」という疑問は、汚染されていると考えられる水道原水に依存している水道水を毎日飲んでいる人々にとっては重大な関心事である。
- 県が実施した水道原水に対する農薬の影響についての調査結果は、定量限界が高い調査結果であるから、農薬汚染がないと公表しても問題は残る。
- 日々水道水を飲んでいる県民は、今回の調査で、県下のどの水源の、どのような水道原水を抽出して調査したかを、知る権利がある。
条例第8条第4号(意思形成過程情報)に該当しないことについて
本号にいう「審議、検討、調査研究等」とは、行政の意思形成過程における企画、審議等をいい、これらに関する情報とは、審議等に直接使用するために作成、取得した情報及び審議に関連して作成した情報をいう。
政策、立案のための一般的な基礎資料としての性格を有するものであったとしても、行政内部の意思形成過程における特定の企画、審議等に用いることを主たる目的としたものではなく、一般的な現状認識のための確定的な統計資料に過ぎないものは、本号にいう「審議、検討、調査研究等に関する情報」には該当しない。
仮に、広い意味で該当したとしても、「著しい支障を生ずるおそれ」は存在しないから、本号でいう「情報」に当たらない。
本件開示請求の目的は、法律家として、水道水源の実態を把握し、水道水源の保護のためにどのような法的措置が可能かを研究し提言するためであって、異議申立人に情報を開示することをもって、それが直ちに「県民に、特にその水源から給水を受けている県民に当該水源が農薬に汚染されているかのような、また、それによりすぐに人体に影響を及ぼすものであるかのような誤解を与えることが十分予想される」との県の主張は、極論であり、誤解も甚だしい。
また、本件調査は、水道事業体の協力により実施しているというが、水道原水は公共の水域であり、ゴルフ場外の調査であるから、協力は不要であるし、そもそも、水道事業体は、衛生的に安全無害な飲用水を供給する義務がある。
県は、「水道事業体等を適正に指導するための指針(以下「指針」という。)を策定することを目的として調査し」と主張するが、平成2年、国レベルで厚生省の暫定水質目標が発表されており、県独自の水質目標を定める実益は乏しい。
県は、「ゴルフ場における芝等の病害虫雑草防除指針」の策定のために調査するのであれば、農薬の影響が懸念される水道水源のすべてに対して、調査がなされるべきである。
三重県下では、9市町村で水道水源保護条例が制定され、住民の水道水源に対する関心が高まっている。このような情勢下において、水道水源名を非開示とした合理的な理由は何もない。
3 実施機関の説明要旨
実施機関の主張を総合すると、次の理由により、水道水源名を非開示としたというものである。
条例第8条第4号(意思形成過程情報)の該当性について
- 本件対象公文書は、近年のゴルフ場に係る農薬汚染が問題となったことから、ゴルフ場で使用される農薬の水道への影響を県自ら把握し、指針を策定するため、ゴルフ場で比較的使用量が多く魚毒性の強い農薬を選び、水道法で規定する有機燐と併せて調査したものであり、行政内部で検討するための資料として利用するものである。
- ゴルフ場で使用される農薬の水道水源への影響については、ゴルフ場との位置関係、地形、地質、水道水源の種別、付近の農地で使用される農薬の使用状況、使用時期等の総合的な判断を要するため、継続的な調査が必要であり、平成元年度及び2年度の2年間を調査期間とした。
- 本件対象公文書は、平成元年度秋期分と平成2年度春期分の調査の分析結果であるが、平成2年度の秋期についても、その一環として調査を実施し、現在、分析を行っているところであり、開示請求時点では、平成2年度秋期の調査を控え、過渡的な時期であった。更に水道事業体等で実施している自主検査の結果等と併せて総合的に検討するものであり、現時点においても、指針を策定する意思形成過程途中である。
- 調査にあたっては、県が、県下の水道水源からゴルフ場の農薬による影響が懸念されるところを選定、抽出し、水道事業体の理解と協力を得て、モデル的に調査を行ったものである。
本来、水道事業体等が自主検査をすべきものであるが、平成元年10月時点では、厚生省も県も指針を作成していない段階であり、県としても調査をする必要があるとして、県下で約400箇所ある水道水源地の中から農薬汚染の影響が特に心配される4水道事業体を調査対象として選定した。 - したがって、このような調査の途中段階(政策形成過程中のもの)でなされた開示請求であることから、水道水源名を開示すると、県民、特にその水道水源から給水を受けている県民に、当該水道水源が農薬に汚染されているかのような、また、それにより、すぐに人体に影響を及ぼすものであるかのような誤解を与えることが十分予想される。更に、その結果、抽出され、本件調査に協力した水道事業体にとっては、県に抽出されたこと自体が問題となり、住民の当該水道事業体に対する評価にも影響し、今後の調査に著しく支障をきたすおそれがある。
- 水道水源は、川ばかりでなく、地下水、伏流水もあり、調査の実施においては、水道事業体の協力がなければ、採水さえできない。また、水道事業体も行政の一部であるが、ゴルフ場との関係も考慮する必要がある。
調査対象に選定されたこと自体が、当該水道事業体の評価は言うまでもなく、ゴルフ場の評価にも波及し、指針策定に著しい支障を生ずるおそれがある。
4 審査会の判断
1 本件対象公文書の性格及び本件審査の中心争点について
本件対象公文書は、近年のゴルフ場に係る農薬汚染が問題となったことから、その実態を県自ら把握し、指針を策定するため、県が特定の水道水源を抽出し、水道事業体の協力のもとに平成元年秋期(10月に4水道水源)と平成2年春期(5、6月に7水道水源)の2箇年にわたり調査を行い、そのデ-タを三重県環境科学センタ-で分析した調査結果である。本件対象公文書の内容は、上記11水道水源におけるキャプタン、ダイアジノン、シマジン、有機リンの含有率の分析結果であり、実施機関は水道水源名は非開示とし、分析データは開示した。
これに対し、異議申立人は全部開示すべきだとしている。
当審査会は、水道水源名を非開示とした実施機関の決定の妥当性について以下検討する。
2 基本的な考え方について
条例の制定目的は、県民の公文書の開示を求める権利を保障するとともに、県民の県政に対する理解と信頼を深め、開かれた県政を一層推進するというものである。
条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外のものの権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれるなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として、限定列挙した非開示規定を定めている。
本件では、条例第8条第4号(意思形成過程情報)に定める非開示規定の適用が争点となっている。当審査会は、情報公開の理念を尊重して条例を解釈し、以下について判断する。
3 条例第8条第4号(意思形成過程情報)の該当性の有無について
本号は、行政における内部的な審議、検討、調査研究等が円滑に行われることを確保する観点から定めたものである。
行政における審議等に関する情報の中には、決裁等の手続きは終了していても行政としての最終的な意思決定に至らない未確定な情報が多く含まれており、これらの情報がそのまま開示されると県民に誤解と混乱を与えたり、行政内部の自由な意見交換が阻害されるなどのおそれがあるので、このような情報については非開示とすることを定めたものである。
ところで、実施機関が原処分時において、水道水源名を非開示とした主な理由を要約すると、次のとおりである。1本件調査は2箇年調査であり現在分析中であって、開示請求時点では、まだ最終の調査結果の出ていない過渡的なものであった。2本件調査は指針を策定するための内部検討資料として実施したものであり、開示すれば、県が抽出し、理解と協力を得た水道事業体、ひいては関係ゴルフ場事業者に迷惑がかかり、今後の調査の実施に支障が出ることが予想された。3周辺住民にとって、県に抽出されたことにより、当該水道水源に農薬汚染等の影響が出たのではないか、あるいは人体への影響を及ぼすのではないかといった誤解や混乱を招くことが予想された。
以上の理由から、実施機関が水道水源名を非開示としたことは、当時の状況の下では無理からぬところもあるが、原処分時からの時間経過による状況変化等も勘案し、順次検討を進める。
いうまでもなく、飲料水は、人間の生命にとって基礎的条件をなす共有財産であり、健康で文化的な生活を維持するために不可欠なものである。したがって、水質の安全性に関するこの種の情報は、本来、継続的調査により常に収集し、異常が認められれば直ちにその結果を住民に公表すべきものである。本件でも、この点を重視して判断する必要がある。
まず、1の主張については、実施機関の説明によれば、現時点では全部の調査結果が出ており、平成3年4月頃には調査結果を公表したいとしている。
したがって、まだ最終的な意思決定である指針策定には至っていないものの、現時点では、調査は完了し、後述するように、意思形成に著しい支障を生じるとは認められない。
次に2の主張については、水道水源名を開示することは、水道事業体の評価にもつながり、行政機関相互の協力関係保持のうえで、困難な面もあると認められる。
しかしながら、水道事業は住民に、清浄にして、豊富低廉な水の供給を目的とした公益事業である旨を水道法第1条で定められており、この目的を達成するために県と各水道事業体との行政相互間の協力のもとに、調査、資料の提出依頼等が行われているものである。それゆえ、水道水源名を開示したとしても、水道事業の性格や重要性からみて、今後、県と当該水道事業体との間で、協力や資料等が得られないなどの「著しい支障を生ずるおそれ」があるとは認められない。
3の主張については、水道水源名を開示すると、周辺住民にとっては、検査対象となった当該水道水源が、ゴルフ場から農薬汚染を受けているかのような誤解や混乱を招くおそれがあるとしているが、本件対象公文書の内容は客観的事実であるから、そのようなおそれがあるとは認められない。
4 結論
以上により、実施機関の原処分時からの状況変化等もあって、現時点においては、指針策定に係る意思形成に著しい支障を生ずるおそれはなく、第4号の意思形成過程情報には該当せず、水道水源名は開示すべきである。
5 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙のとおりである。
別紙
審査会の処理経過
年月日 | 処理内容 |
---|---|
2.11.6 | ・諮問書受理 |
2.11.7 | ・実施機関に対して部分開示理由説明書の提出要求 |
2.11.20 | ・部分開示理由説明書受理 |
2.11.21 | ・異議申立人に部分開示理由説明書(写)の送付及び意見書の提出要求 |
2.11.27 | ・口頭での意見陳述申出書受理 |
2.12.1 | ・意見書受理 |
2.12.25 | ・審議 (第3回審査会) |
2.2.6 | ・異議申立人からの口頭意見陳述の聴取 ・実施機関からの部分開示理由説明の聴取 (第4回審査会) |
3.3.1 | ・審議 (第5回審査会) |
3.3.29 | ・答申 |