三重県情報公開審査会 答申第278号
答申
1 審査会の結論
実施機関の行った決定は、妥当である。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、異議申立人が平成18年8月29日付けで三重県情報公開条例(平成11年三重県条例第42号。以下「条例」という。)に基づき行った「平成17年度に健康福祉部で支払った報酬、報償費、旅費につき、これら支出の経緯の分かる文書」の開示請求に対し、三重県知事(以下「実施機関」という。)が平成18年9月12日付けで行った公文書部分開示決定(以下「本決定」という。)の取消しを求めるというものである。
3 本件対象公文書
通訳謝金等の支払いについて(伺い) 他7件
4 実施機関の説明要旨
実施機関の主張を総合すると、次の理由により、本決定が妥当というものである。
本件対象公文書は、女性相談所が外国人のドメスティック・バイオレンス(以下「DV」という。)被害者のために依頼した通訳者に対する謝金等の支払いに関する文書である。スペイン語、中国語、タイ語、タガログ語に堪能な通訳業者(事業を営む個人)は県内にはいないため、上記の語学に堪能な通訳を業としていない人に依頼したものである。
当該通訳者の氏名、生年月日、住所、口座情報については、条例第7条第3号に規定する法人情報ではなく、同条第2号に規定する個人情報に該当し、当該氏名等は個人に関する情報であって、特定の個人を識別できる情報であり、同号ただし書きのいずれにも該当しないことから、非開示とした。
5 異議申立て理由
異議申立人は、本決定では、公費の支出が適正に行われたか知ることができない。また、通訳者はDV被害者の相談に応じるために依頼されたものであり、相談の内容は被害者の生命、安全などに直結する重大なものであるが、通訳者の氏名が非開示とされたのでは、通訳者の選定の妥当性も判断できない。同じような非開示を行うことで、かつて、裏金作りを公然として行っていた事実があるとして、通訳者名を非開示とした決定の取り消しを求めている。
6 審査会の判断
(1)基本的な考え方
条例の目的は、県民の知る権利を尊重し、公文書の開示を請求する権利につき定めること等により、県の保有する情報の一層の公開を図り、もって県の諸活動を県民に説明する責務が全うされるようにするとともに、県民による参加の下、県民と県との協働により、公正で民主的な県政の推進に資することを目的としている。条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれるなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示事由を定めている。
本件異議申立は、非開示とされた通訳者の氏名の開示を求めて提起されたものであり、非開示とされた他の情報に関しては争いがないと解されるため、当審査会は、通訳者の氏名の開示・非開示について、情報公開の理念を尊重し、条例を厳正に解釈して、以下のとおり判断する。
(2)条例第7条第2号(個人情報)の意義について
個人に関する情報であって特定の個人を識別し得るものについて、条例第7条第2号は、一定の場合を除き非開示情報としている。これは、個人に関するプライバシー等の人権保護を最大限に図ろうとする趣旨であり、プライバシー保護のために非開示とすることができる情報として、個人の識別が可能な情報(個人識別情報)を定めたものである。
しかし、形式的に個人の識別が可能であればすべて非開示となるとすると、プライバシー保護という本来の趣旨を越えて非開示の範囲が広くなりすぎるおそれがある。
そこで、条例は、個人識別情報を原則非開示とした上で、本号ただし書により、非開示にする必要のないもの及び個人の権利利益を侵害しても開示することの公益が優越するため開示すべきものについては、開示しなければならないことととしている。
(3)条例第7条第2号(個人情報)の該当性について
異議申立人が非開示の取り消しを求めている情報は、女性相談所が日本語での意思疎通が困難なDV被害者の相談に対応するために委託した通訳者の氏名である。
実施機関は、当該通訳者の氏名は、条例第7条第3号に規定する法人情報ではなく、同条第2号に規定する個人情報に該当し、当該氏名等は個人に関する情報であって、特定の個人を識別できる情報であり、同号ただし書きのいずれにも該当しないことから、非開示としたとしている。
しかし、通訳者がたとえ個人であったとしても、県が謝金を支払って、当該相談所の職員がするべき業務に従事させていることから、その氏名を非開示とする理由は乏しい。したがって、本号本文に規定する個人に関する情報に該当するとは認められず、実施機関の判断は妥当ではない。
なお、実施機関は非開示とした理由として条例第7条第6号(事務事業情報)の該当性を主張してはいないが、実施機関はその補足説明において、当該通訳者の特殊性から、当該相談所の事務事業への影響が著しいことを主張したことから、当審査会としては、条例第7条第6号(事務事業情報)の該当性について判断する。
(4)条例第7条第6号(事務事業情報)の意義について
本号は、県の説明責任や県民の県政参加の観点からは、本来、行政遂行に関わる情報は情報公開の対象にされなければならないが、情報の性格や事務・事業の性質によっては、公開することにより、当該事務・事業の適正な遂行に著しい支障を及ぼすおそれがあるものがある。これらについては、非公開とせざるを得ないので、その旨を規定している。
(5)条例第7条第6号(事務事業情報)の該当性について
実施機関は、通訳者が関わる相談業務は、DVの認定の前段階の相談であること、その際の通訳者が、特定の外国語を母語として日本語を話せる人であって、相談者と同じコミュニティーで生活している人が多いことから、通訳者の氏名を明らかにすることによって、通訳者が加害者からの攻撃に晒されることになったり、そのことを理由に通訳者が得にくくなったりすることが予想されると主張する。
これに対して異議申立人は、通訳者は、当該相談所が扱う非常にシリアスな問題に関わり、重要な役割を担っているとして、次のとおり主張する。通訳者の氏名を非開示とすると、通訳者を知りえない県民にとっては、当該相談所の担当者が選定した通訳者の選定が適切であったか否かの判断が全くできない。通訳者の選定の適切さは、被相談者にとっても、公費の使われ方の適正さをチェックするためにも、重要である。
実施機関には、通訳者の調達状況について、言語の種類によっては通訳を業としている法人や通訳を業としている個人がいないため、保護を求める外国人の情報とか、当該相談所が把握している情報をもとに、個人に依頼している現状がある。特定の外国語については、その外国語を母語とする人たちのコミュニティーが狭いため、依頼した通訳者が、DVの加害者とつながっている可能性や、互いが知己である可能性が高い。また、緊急避難をしてきた被相談者に即座に対応することが求められている事案では、あらかじめ予約をしておくという対応では間に合わない。このような状況の中で、加害者からの追及が、通訳者に及ぶ可能性もあり、通訳者の氏名が開示されることになれば、通訳を断られる可能性や、加害者からの執拗な追及に、通訳者から被相談者に関する情報が流出する可能性は否定できない。
異議申立人が主張するように、重要な役割を担う通訳者の選定に透明性が確保されるべきだとの主張は一定理解できる。しかしながら、実施機関は、DV被害の相談に関わる通訳の選定では、被害者とも加害者とも面識のある人の中から選ばざるを得ない場合もあり、本事案では日時まで特定されている状況があり、この状況で開示すると、通訳者が加害者からの働きかけを受けて、秘密を保持しきれない場合があり得るとする実施機関の説明は理解できる。また、特定の日時に誰が通訳したかまで分かると、現状の通訳者の調達方法では、今後、通訳者を確保しにくくなるとする実施機関の説明も理解できる。以上のことから、通訳者の氏名を開示することにより、今後通訳者が得にくくなったり、相談者が安心して相談できなくなったりするなど、女性相談所の業務に著しい支障が生じる可能性が大きいとする実施機関の主張は妥当である。したがって、異議申立人の主張は採用できず、通訳者の氏名は本条本号に規定する事務事業情報に該当し、非開示とすることが必要であると考える。
(6)結論
当審査会は、実施機関の主張する個人情報該当性は認めないが、今後の事務事業に著しい支障が生じると認められることから、非開示の決定を妥当と判断した。一般的に、非開示理由に誤りがあれば決定そのものを妥当でないと判断するが、上記理由により、本事案に関しては、通訳者の氏名を非開示とすることは妥当であると認めることから、本決定を取り消すまでもないと判断し、主文のとおり答申する。
結論は以上のとおりであるが、現状の通訳者の選定では通訳者の氏名を開示することができず、結果として、その通訳者の適格性やその選定方法に透明性がないとする異議申立人の疑義に応えることはできない。女性相談所の業務の重要性や公費支出の透明性の確保の観点からも、被相談者の情報と結びつくことなく通訳者の氏名を開示できるようなシステムを検討する必要性があることを付言する。
7 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙1審査会の処理経過のとおりである。
別紙1
審査会の処理経過
年月日 | 処理内容 |
---|---|
18.10.11 | ・諮問書の受理 |
18.10.26 | ・実施機関に対して非開示理由説明書の提出依頼 |
18.11.13 | ・非開示理由説明書の受理 |
18.11.14 | ・異議申立人に対して非開示理由説明書(写)の送付、意見書の提出依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認 |
19. 5.21 | ・書面審理 ・実施機関の補足説明 ・審議 (第271回審査会)
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19. 6.18 | ・書面審理 ・異議申立人の口頭意見陳述 ・審議 (第272回審査会)
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19. 7.20 | ・審議
(第274回審査会)
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19. 8.22 | ・審議 ・答申 (第277回審査会)
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三重県情報公開審査会委員
職名 | 氏名 | 役職等 |
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※会長 | 岡本 祐次 | 元三重短期大学長 |
※会長職務代理者 | 樹神 成 | 三重大学人文学部教授 |
※委員 | 伊藤 睦 | 三重大学人文学部准教授 |
※委員 | 渡辺 澄子 | 元三重中京大学短期大学部教授 |
委員 | 藤野 奈津子 | 三重短期大学准教授 |
委員 | 丸山 康人 | 四日市看護医療大学副学長 |
委員 | 室木 徹亮 | 弁護士 |
なお、本件事案については、※印を付した会長及び委員によって構成される部会において主に調査審議を行った。