三重県情報公開審査会 答申第269号
答申
1 審査会の結論
実施機関は、本件部分開示決定のうち、本件異議申立ての対象となった性別を表す人称代名詞、敬称及び性別を非開示とした決定を取り消し、開示すべきである。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、異議申立人が平成17年12月2日付で三重県情報公開条例(平成11年三重県条例第42号。以下「条例」という。)に基づき行った「2000年に行われた三重県庁の行政視察旅行に関する全ての文書」の開示請求に対して、三重県知事(以下「実施機関」という。)が平成18年2月16日付けで行った部分開示決定(以下「本決定」という。)のうち、性別を表す人称代名詞、敬称及び性別を非開示とした決定(以下「本非開示決定」という。)の取消しを求めるというものである。
3 本件対象公文書について
「訪問予定先とのメール通信」「支出命令書」等23件(以下「本件対象公文書」という。)
4 実施機関の非開示理由説明要旨
職員及び条例第7条第2号の「公務員等」に相当するものと判断した訪問先の担当者の性別並びに性別を表す人称代名詞及び敬称は、一般に公務員等の職務に関する情報とはいえず、個人に関する情報であって、特定の個人を識別し得るものであり、条例第7条第2号により非開示情報に該当すると判断し非開示とした。また、紹介者及び前出以外の訪問先の担当者の性別を表す人称代名詞及び敬称は、個人に関する情報であって、特定の個人を識別し得るものであり、条例第7条第2号により非開示情報に該当すると判断し非開示とした。
また、これらの本件非開示情報は法令若しくは他の条例の規定により又は慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報でないため、条例第7条第2号ただし書イに掲げる情報にも当たらない。本件非開示情報を開示することが、人の生命、身体、健康、財産、生活又は環境を保護するために必要であるとは認められないから、本件非開示情報は条例第7条第2号ただし書ロに掲げる情報にも当たらない。
一般に、個人の性別は、他の情報と組み合わせることにより特定の個人が識別され得る情報と考えられている。確かに、本決定において氏名を開示しているものについては、その性別は相当の蓋然性で推察されるものの、あくまで推察に過ぎず、必ずしも名前だけで性別が明らかになるものでもない。さらに、最近社会問題となっている性同一性障害者にあっては、既に戸籍法に基づき名前の変更を認められながら、他方で性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(平成15年法律第111号)による性別の変更が認められない場合もある。なお、国の情報公開・個人情報保護審査会の平成17年度(行情)答申第59号及び第299号も、氏名が公になっている場合にも性別の非開示を認めている。また、同審査会の平成17年度(独情)答申第26号は性別を表す敬称の非開示を認めていることから、性別を表す人称代名詞も同様の扱いをすべきである。
5 異議申立ての理由
生物学的、社会学的存在として、人間は男女両性のセックスから構成されている。そして、男女のいずれかは、生物学的には出生時に決定される。両性を社会的に見れば、いわゆるジェンダーとしてとらえられるが、社会的存在としての人間個人については、雌雄の生殖能力と必ずしも一致しないことが認められる。しかしながら、現在の社会は人間である個人は両性から構成されるという枠組みをとっている。例えば、憲法第24条、あるいは、民法第2条に規定されるように、個人という概念の側面として両性があるということである。したがって、人は個人として認識されるということは、同時に男女いずれかに属するものと決定されることを意味している。したがって、個人が認識され特定されるということは、同時に両性のいずれかに決定されることを意味する以上、個人の所属性別がプライバシーとして保護される理由はないといわねばならない。このことは、前述した憲法以下の法令の条文からも明らかなように、個人をあらわす社会的指標のひとつとして機能している姓名と同様、公的なものの一つである。
日本には、廃れつつあるかのようであるが、古来の風習として、性別を表す表現法はいくつか存在していた。また、ヨーロッパ文化圏では、個人を表す指標として現に使われ、主にラテン語系言語を使用する諸国においては、形容詞や名詞の語尾変化にも両性別の変化があり、一人称を使う文からは、書き手の性別判断は当然にできるのである。以上のように、本件において不当違法な非開示処分として取り消しを求めていることは、公にされているものであり、これを非開示とすることは実施機関の悪意に満ちた故意の処分というべきであり、本決定は、条例に違反している。
6 審査会の判断
(1)基本的な考え方について
条例の目的は、県民の知る権利を尊重し、公文書の開示を請求する権利につき定めること等により、県の保有する情報の一層の公開を図り、もって県の諸活動を県民に説明する責務が全うされるようにするとともに、県民による参加の下、県民と県との協働により、公正で民主的な県政の推進に資することを目的としている。条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれるなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示事由を定めている。
当審査会は、情報公開の理念を尊重し、条例を厳正に解釈して、以下のとおり判断する。
(2)条例第7条第2号(個人情報)の意義について
個人に関する情報であって特定の個人を識別し得るものについて、条例第7条第2号は、一定の場合を除き非開示情報としている。これは、個人に関するプライバシー等の人権保護を最大限に図ろうとする趣旨であり、プライバシー保護のために非開示とすることができる情報として、個人の識別が可能な情報(個人識別情報)を定めたものである。
しかし、形式的に個人の識別が可能であればすべて非開示となるとすると、プライバシー保護という本来の趣旨を越えて非開示の範囲が広くなりすぎるおそれがある。
そこで、条例は、個人識別情報を原則非開示とした上で、本号ただし書により、非開示にする必要のないもの及び個人の権利利益を侵害しても開示することの公益が優越するため開示すべきものについては、開示しなければならないこととしている。
(3)条例第7条第2号(個人情報)の該当性について
非開示とした情報は、訪問した職員及び訪問先の州政府や市役所等の担当者、紹介者及び訪問先の担当者の性別並びに性別を表す人称代名詞及び敬称である。
実施機関は、個人の性別は、他の情報と組み合わせることにより特定の個人が識別され得る情報と考えられることから、当該非開示情報は、法令や他の条例の規定により又は慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報には該当せず、人の生命、身体、健康、財産、生活または環境を保護するために、その開示が必要であるとは認められないことから、非開示とした。また、当該個人が公務員等である場合であっても、個人の私的な情報であることから個人に関する情報に該当し、公務員等に該当しないものにあっては個人を識別し得る情報であるとして非開示とした。
これに対して異議申立人は、人が個人として認識されるということは、同時に男女いずれかに属するものと決定されることを意味しており、個人が認識され特定されるということは、同時に両性のいずれかに決定されることを意味する以上、個人の所属性別がプライバシーとして保護される理由はないと主張している。
性別に関する情報のみで、個人が識別あるいは特定される可能性は高いとはいえないが、通常の社会生活の中で、個人を識別あるいは特定するための情報の一つとして、性別に関する情報が機能していることは否定できない。確かに、異議申立人が主張するように、その多くが男女のいずれかに属するが、実施機関が非開示の根拠の一つとした性同一性障害問題等においては、性別のプライバシー性を否定することはできず、性別を公にすることが男女差別につながるような事案では、性別の開示には問題があると考える。あるいは、性別と他の情報を組み合わせることにより個人が識別され得る場合には、性別を個人識別性の高い情報として扱うことも必要になる。したがって、性別に関する情報は本条本号に規定する個人情報に該当し、一般的には、ただし書に該当するとは認められない。
本決定において、非開示とされた職員及び条例第7条第2号の「公務員等」に相当するものと判断した訪問先の担当者の性別並びに性別を表す人称代名詞及び敬称は、実施機関と訪問先間で主に英文でなされたメール通信、書簡に記載されている。
一般的に、性別に関する情報は、公務員等の職務に関する情報にはあたらない私的な情報であり、当該個人の氏名は開示されているが、氏名から性別が特定されることは相当の蓋然性を持っているものの、推測の域を出ないことから、個人情報に該当する。
しかし、本件の場合、日本文とは違い、性別を表す人称代名詞及び敬称が必要不可欠な英文という媒体を使ったメール通信等であり、そのことを前提に事務を行ってきたことからすると、例外的に、当該個人の性別に関する情報は職務に関する情報であったと考えられ、公にすることにより当該個人の私生活上の権利利益を侵害するとは認められない。したがって、職員及び条例第7条第2号の「公務員等」に相当するものと判断した訪問先の担当者の性別並びに性別を表す人称代名詞及び敬称は開示しても支障はない。
次に、紹介者及び前出以外の訪問先の担当者の性別を表す人称代名詞及び敬称は、当該個人の氏名とともに開示されていない。実施機関は、個人に関する情報であって、特定の個人を識別し得るものであり、条例第7条第2号により非開示情報に該当すると判断し非開示を主張する。
前述のとおり、性別に関する情報は個人識別情報である。しかし、本件において、性別だけをもって特定の個人を識別し得ないことから、紹介者及び前出以外の訪問先の担当者の性別を表す人称代名詞及び敬称を開示しても支障はない。
(4)結論
よって、主文のとおり答申する。
7 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙1、審査会の処理経過のとおりである。
別紙1
審査会の処理経過
年月日 | 処理内容 |
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18. 4.20 | ・諮問書の受理 |
18. 4.26 | ・実施機関に対して非開示理由説明書の提出依頼 |
18. 5.19 | ・非開示理由説明書の受理 |
18. 6. 6 | ・異議申立人に対して非開示理由説明書(写)の送付、意見書の提出依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認 |
18.12.18 | ・書面審理 ・異議申立人の口頭意見陳述 ・審議 (第260回審査会)
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19. 1.22 | ・実施機関の補足説明 ・審議 (第262回審査会)
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19. 2.26 | ・審議
(第264回審査会)
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19. 3.23 | ・審議 ・答申 (第268回審査会)
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三重県情報公開審査会委員
職名 | 氏名 | 役職等 |
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会長 | 岡本 祐次 | 元三重短期大学長 |
※委員 | 樹神 成 | 三重大学人文学部教授 |
※委員 | 伊藤 睦 | 三重大学人文学部助教授 |
※委員 | 藤野 奈津子 | 三重短期大学助教授 |
※委員 | 渡辺 澄子 | 元三重中京大学短期大学部教授 |
会長職務代理者 | 早川 忠宏 | 弁護士 |
委員 | 丸山 康人 | 四日市大学総合政策学部教授 |
なお、本件事案については、※印を付した委員によって構成される部会において主に調査審議を行った。