三重県情報公開審査会 答申第191号
答申
1 審査会の結論
実施機関は、本件異議申立ての対象となった公文書のうち、当審査会が非開示妥当と判断した部分を除き、開示すべきである。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、異議申立人が平成16年4月15日付けで三重県情報公開条例(平成11年三重県条例第42号。以下「条例」という。)に基づき行った「特定土地改良区の土地改良法に基づく法定の文書の全部」の開示請求に対し、三重県知事(以下「実施機関」という。)が平成16年4月28日付けで行った公文書部分開示決定(以下「本決定」という。)の取消しを求めるというものである。
3 本件対象公文書について
本件異議申立ての対象となっている公文書は、別表の「対象公文書」欄に記載したとおりである。
4 実施機関の非開示理由説明要旨
実施機関の主張を総合すると、次の理由により、本決定が妥当というものである。
(1)条例第7条第2号(個人情報)に該当
役員を含む個人の氏名、住所、年齢、印影については、個人に関する情報であり、特定の個人を識別できる情報であることから、個人情報に該当する。
(2)条例第7条第3号(法人情報)に該当
総会議事録は本件土地改良区の組織運営に関する事項が議題として提案されており、同土地改良区の内部情報に属するものであり、また、預金残高証明書には、同土地改良区がどの金融機関とどのような内容の取引があるかという情報が記載され、内部情報に属するものであること、また、代表者の印影も、第三者による印鑑の偽造、悪用のおそれがあり、いずれも開示することにより本件土地改良区の正当な利益を害するおそれがあることから、法人情報に該当する。
5 異議申立て理由
異議申立人の主張を総合すると、次に掲げる理由から実施機関の決定は、条例の解釈運用を誤っているというものである。
土地改良区は土地改良法に基づいた法人であり、公費支出の対象となる土地改良事業を執行するうえで、公的機関と同等の性格を賦与されていることから、本件土地改良区にかかる法定の文書に記載された内容は原則開示されるべきである。同意書の氏名についても非開示とすることは、本件土地改良区の存立を左右するもので、個人の固有の意志を公開することにより影響を与えるなどという理由は不当である。法人及び個人の印影についても秘匿することの合理性はない。通常総会議事録を対象公文書から全部除外したことは、文書隠しに当たり全く容認できない。本件事案については、同土地改良区が異議申立人の土地を不法に侵害した事実確認を調査すべく公文書開示請求を行なったものであり、このような「部分非開示処分」を行ったことは到底容認できない。
6 審査会の判断
(1) 基本的な考え方
条例の目的は、県民の知る権利を尊重し、公文書の開示を請求する権利につき定めること等により、県の保有する情報の一層の公開を図り、もって県の諸活動を県民に説明する責務が全うされるようにするとともに、県民による参加の下、県民と県との協働により、公正で民主的な県政の推進に資することを目的としている。条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれるなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示事由を定めている。
当審査会は、情報公開の理念を尊重し、条例を厳正に解釈して、以下について判断する。
(2) 条例第7条第2号(個人情報)の意義について
実施機関は、別表の「1.個人情報として非開示とした部分」の「対象公文書」欄に記載された公文書を非開示とする理由として、これらの公文書が条例第7条第2号に掲げる非開示情報に該当することを挙げているので、これらの公文書が同号に該当するか否かを検討する。
個人に関する情報であって特定の個人を識別し得るものについて、条例第7条第2号は、一定の場合を除き非開示情報としている。これは、個人に関するプライバシー等の人権保護を最大限に図ろうとする趣旨であり、プライバシー保護のために非開示とすることができる情報として、個人の識別が可能な情報(個人識別情報)を定めたものである。
しかし、形式的に個人の識別が可能であればすべて非開示となるとすると、プライバシー保護という本来の趣旨を越えて非開示の範囲が広くなりすぎるおそれがある。 そこで、条例は、個人識別情報を原則非開示とした上で、本号ただし書により、非開示にする必要のないもの及び個人の権利利益を侵害しても開示することの公益が優越するため開示すべきものについては、開示しなければならないこととしている。
(3) 条例第7条第2号(個人情報)の該当性について
実施機関が非開示とした情報は、別表の「1.個人情報として非開示とした部分」の「非開示とした部分」欄に記載のとおりであり、以下のとおり分類することができる。
ア 本件土地改良区の役員及び職員の年齢並びに本件土地改良区の役員及び被選任者の生年月日
イ 役員を含む個人の印影
ウ 「役員推薦会議録」のうち出席者、推薦会議長、議事録記名人及び推薦人の氏名並びに「役員選任録」のうち選任長及び選任立会人の氏名、「役員選任承諾書」のうち推薦代表の氏名、「第1回通常総会提出議案」の第1号議案のうち個人の氏名
エ 「土地改良事業に参加する資格を有する者の署名」のうち個人の住所及び氏名並びに「未同意者名簿」のうち住所及び氏名
オ 「役員選任承諾書」のうち被選任人の住所及び氏名、「役員選任録」のうち被選任者の住所及び氏名、「役員推薦会議録」のうち被選任人の住所及び氏名並びに「第8回通常総会提出議案」のうち被選任人の住所
カ 「市長の意見書」、「市長の公告証明書」及び「誓約書」のうち申請人代表者の住所及び氏名
キ 「土地改良区設立認可申請書」のうち申請人の住所及び氏名
ア及びイについて、これらの情報は、個人に関する情報であって、特定の個人を識別できる情報であり、本号本文に該当することは明らかである。土地改良区が役員の就任又は退任に伴い、役員の住所及び氏名を届け出たときは、都道府県知事は土地改良法第18条第17項の規定により、これを公告しなければならないこととされている。しかし、それ以外の本件土地改良区の役員及び職員の年齢、本件土地改良区の役員及び被選任者の生年月日、個人の印影については、土地改良法などの他法令や慣行により公にされている情報とは認められないとともに、当該個人の権利利益を侵害してまで公にすべきであるとの公益上の理由も認められず、非開示が妥当である。
ウについては、本件土地改良区の一般組合員の氏名及び関係者氏名で特定の個人を識別できる情報であり、公告等で公になっている情報とは認められず、また、公益上開示すべき必要があるとは認められないため、非開示が妥当である。
エについて、「土地改良事業に参加する資格を有する者の署名」は、本件土地改良区の設立及び同土地改良区が行うほ場整備事業に対して個人の同意の意思を表示した文書であると認められ、また、「未同意者名簿」は、本件土地改良区の設立及び同土地改良区が行うほ場整備事業に対して個人の同意の意思を表示していない者の住所及び氏名を記載した文書であると認められる。当該事業を行うにあたり土地改良法上必要とされるのは、同法第3条の資格を有する者の3分の2以上の同意であり、必ずしも全員の同意が必要とされていない以上、これらの文書を開示すると当該事業に同意している特定の個人が識別されることとなるため個人情報に該当し、また、公にすべきであるとの公益上の理由も認められず、非開示が妥当である。
オについて、実施機関は「被選任人及び被選任者が必ずしも役員になるとは限らないため非開示とした」と主張しているが、定款及び役員選任規定によると、推薦会議において被選任人として推薦されたものが総会の可決により被選任者となり、公告ののちに役員として就任するという仕組みになっていることを考慮すると、被選任人及び被選任者が役員に就任する可能性は高い。土地改良法上、役員の就退任の際はその住所及び氏名を公告することとなっており、実際には三重県公報に住所及び氏名が公告されている。今回非開示とした被選任人及び被選任者の住所と氏名が公報に記載された役員の住所、氏名と一致する情報については、これらの情報は法令により公にされている情報であると認められることから、条例第7条第2号ただし書イに該当すると認められ、非開示とする理由はない。
カ及びキについても、文書が提出された時点では他法令等で公にされているとは言えないものの、本件の開示請求時点で、今回非開示とした申請人代表者及び申請人の住所と氏名が公報に記載された役員の住所、氏名と一致する情報については、これらの情報は法令により公にされている情報であると認められることから、条例第7条第2号ただし書イに該当すると認められ、非開示とする理由はない。
(4) 条例第7条第3号(法人情報)の意義について
実施機関は、別表の「2.法人情報として非開示とした部分」の「対象公文書」欄に記載された公文書を非開示とする理由として、これらの公文書が条例第7条第3号に掲げる非開示情報に該当することを挙げているので、これらの公文書が同号に該当するか否かを検討する。
同号は、自由主義経済社会においては、法人等又は事業を営む個人の健全で適正な事業活動の自由を保障する必要があることから、事業活動に係る情報で、開示することにより、当該法人等又は個人の競争上の地位その他正当な利益が害されると認められるものが記録されている公文書は、非開示とすることができると定めたものである。 しかしながら、法人等に関する情報であっても、事業活動によって生ずる危害から人の生命、身体、健康又は財産を保護し、又は違法若しくは著しく不当な事業活動によって生ずる支障から県民の生活を保護するため公にすることが必要であると認められる情報及びこれらに準ずる情報で公益上公にすることが必要であると認められるものは、ただし書により、常に公開が義務づけられることになる。
(5) 条例第7条第3号(法人情報)の該当性について
実施機関が非開示とした部分は、別表の「2.法人情報として非開示とした部分」の「非開示とした部分」欄に記載のとおりであると認められる。
まず、「土地改良区の公印」であるが、実施機関は、第三者による印鑑の偽造・悪用のおそれがあると説明するが、これについては、既に当審査会の答申第156号(平成15年11月25日付け)において開示することにより法人の正当な利益を害する情報であるとは認められないとの判断が示されており、今回も同種の情報であり、開示による具体的な支障も認められないことから、開示すべきである。
次に、「設立総会結了届」についてであるが、記載されている内容は本件土地改良区が設立を結了したことを県に届け出たもので、設立総会に際し通常作成される文書名が記載されているにすぎないことから、法人情報に該当せず開示すべきである。
次に、「土地改良区検査事前提出資料」中の「残高証明書」についてであるが、「証明書の発行年月日」及び「証明する残高の現在年月日」については、秘匿すべき情報であるとは言えず開示すべきである。しかしながら、本件土地改良区がどの金融機関と取引があり、いくら預金残高が存在するかといった情報は法人の内部に関する情報であり、開示することにより法人の正当な利益を害する情報であると認められることから法人情報に該当する。また、公益上開示すべき特段の事情も認められないことから、「証明書の発行年月日」、「証明する残高の現在年月日」を除き非開示が妥当である。
次に、「土地改良区検査事前提出資料」中の「現在残高調書」については、「残高証明書」と同様の理由で、法人の内部に関する情報であり、開示することにより法人の正当な利益を害する情報であると認められることから法人情報に該当する。また、公益上開示すべき特段の事情も認められないことから、非開示が妥当である。
最後に、「通常総会議事録」及び「設立総会議事録」についてであるが、実施機関は本件土地改良区の組織運営に関する事項が議題として提案されていることから、法人の内部情報に属するものであり、利益を害する恐れがあるとして非開示としたと主張している。
そこで、当審査会においてインカメラ審理を行ったところ、平成15年度提出分の「通常総会議事録」のうち、組合員からの本件土地改良事業にかかる質疑に対する事務局の応答の中で、同土地改良事業にかかる具体的な金額(以下、「法人情報該当部分」という。)が記載されており、これらの情報は本件土地改良区の内部情報であって、開示することにより本件土地改良区の法人としての正当な利益を害するおそれがあると認められ、法人情報に該当する。また、本号ただし書にも該当しないと認められることから、非開示が妥当である。しかしながら、これら非開示とすべき情報以外に、「通常総会議事録」及び「設立総会議事録」の内容に保護すべき法人の内部情報が記載されているとまでは言えず、開示することにより本件土地改良区の法人としての正当な利益を害するおそれは認められないことから、法人情報には該当しない。
ただし、「通常総会議事録」及び「設立総会議事録」のうち、個人に関する情報であって特定の個人を識別し得る情報があると認められる。これらの個人情報のうち、公務員の氏名、議員の氏名、関係団体の代表者名及び本件土地改良区の役員の氏名を除いた部分(以下、「個人情報該当部分」という。)は、条例第7条第2号本文に掲げる情報(個人情報)に該当すると認められ、同号ただし書に掲げる情報にも該当せず、非開示情報であると認められる。
実施機関は「通常総会議事録」及び「設立総会議事録」の全体を法人情報に該当するとして非開示としたため、本決定に係る公文書部分開示決定通知書では、「個人情報該当部分」が個人情報に該当することに触れられておらず、結果として、本件事案の争点にならなかったことに問題はあるものの、当審査会としては、本来非開示とするべき個人に関する情報であると認められることから、結果として、実施機関が「個人情報該当部分」を非開示とした点は妥当であったと判断せざるを得ない。
以上により、当審査会は、実施機関が「通常総会議事録」及び「設立総会議事録」の全体を法人情報として非開示とした決定は妥当でなく、「通常総会議事録」及び「設立総会議事録」に記載されている情報のうち、法人情報に該当すると認められる「法人情報該当部分」及び個人情報に該当すると認められる「個人情報該当部分」を除く部分は開示するべきであると判断する。
(6) 結論
よって、主文のとおり答申する。
7 審査会からの意見
当審査会の結論は以上のとおりであるが、本件事案については実施機関の事務処理に不適切な点が見受けられることから、当審査会として次のとおり意見を申し述べる。
今回の決定は、2つの担当室が共同して行ったものであるが、一方の担当室において対象公文書で非開示とされている情報が、他方の担当室においては別の対象公文書で開示されているなど、全体として非開示部分に一貫性がないと見受けられ、決定の内容に整合性を欠く対応であったと言わざるを得ない。実施機関は、情報公開制度への信頼を確保するためにも、条例の適正な運用に努めるべきである。
8 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙1審査会の処理経過のとおりである。
別表
1.個人情報として非開示とした部分
対象公文書 | 非開示とした部分 |
---|---|
(平成2年度) 特定土地改良区の設立認可申請について |
・「土地改良区設立認可申請書」のうち申請人の住所、氏名及び印影 ・「市長の意見書」、「市長の公告証明書」及び「誓約書」のうち申請人代表者の住所、氏名及び印影 ・「未同意者名簿」のうち住所及び氏名 ・「土地改良事業に参加する資格を有する者の署名」のうち個人の住所、氏名及び印影 |
(平成4年度) 特定土地改良区の定款変更 |
・「第1回通常総会提出議案」の第1号議案のうち個人の氏名 |
(平成3,7,11,15年度) 特定土地改良区の役員退任、就任届け |
・「役員退任届」及び「役員就任届」のうち役員の年齢 ・「役員選任録」のうち被選任者の住所、氏名及び生年月日、選任長と選任立会人氏名及び印影 ・「役員推薦会議録」のうち出席者の氏名、推薦会議長及び議事録記名人の氏名及び印影、推薦人の氏名、被選任人の住所及び氏名 ・「役員選任承諾書」のうち被選任人の住所、氏名及び印影、推薦代表の氏名 |
(平成6年度) 特定土地改良区の検査結果について(伺い) |
・「平成6年度土地改良区検査事前提出資料」のうち役員の年齢及び職員の年齢 |
(平成12年度) 特定土地改良区の検査結果について(伺い)、特定土地改良区検査回答 |
・「土地改良区検査事前提出資料」のうち役員の年齢及び職員の年齢 ・「第8回通常総会提出議案」のうち被選任人の住所 ・「検査結果について」のうち役員の印影 ・「理事会議事録」のうち役員の印影 |
(平成14年度) 特定改良区の検査復命並びに検査書交付について(伺い)、特定土地改良区の検査結果の回答について(伺い) |
・「意見書」のうち役員の印影 ・「主要指摘事項」のうち役員の印影 ・「理事会会議録」のうち役員の印影 ・「理事会議事録」のうち役員の印影 |
2.法人情報として非開示とした部分
対象公文書 | 非開示とした部分 |
---|---|
(平成3年度) 設立総会結了届 |
・すべて |
(平成4年) 特定土地改良区の定款変更認可申請書 |
・「定款変更認可申請書」のうち土地改良区の公印 ・「通常総会議事録」のすべて |
(平成3,7,11,15年度) 特定土地改良区の役員退任、就任届 |
・「役員退任届」及び「役員就任届」のうち土地改良区の公印 ・「役員選任録」のうち土地改良区の公印 ・「通常総会議事録」及び「設立総会議事録」のすべて ・「推薦会議録」のうち土地改良区の公印 |
(平成12年度) 特定土地改良区の検査結果について(伺い)、特定土地改良区検査回答 |
・「土地改良区検査事前提出資料」のうち残高証明書中の取引金融機関名、取引金融機関の印影、科目、金額、証明書の発行年月日及び証明する残高の現在年月日 ・「現在残高調書」のうち会計区分、金融機関名、科目・口座番号、金額及び備考に記載された部分 |
別紙1
審査会の処理経過
年月日 | 処理内容 |
---|---|
16. 5.27 | ・諮問書の受理 |
16. 6. 1 | ・実施機関に対して非開示理由説明書の提出依頼 |
16. 6.25 | ・非開示理由説明書の受理 |
16. 7. 2 | ・異議申立人に対して非開示理由説明書(写)の送付、 意見書の提出依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認 |
16.11. 5 | ・書面審理 ・実施機関の補足説明 ・審議 (第209回審査会) |
16.12. 3 | ・審議 (第211回審査会) |
17. 1.21 | ・審議 ・答申 (第214回審査会) |
三重県情報公開審査会委員
職名 | 氏名 | 役職等 |
---|---|---|
※会長 | 岡本 祐次 | 元三重短期大学長 |
※委員 | 豊島 明子 | 三重大学人文学部助教授 |
※委員 | 丸山 康人 | 四日市大学総合政策学部教授 |
※委員 | 竹添 敦子 | 三重短期大学教授 |
会長職務代理者 | 早川 忠宏 | 弁護士 |
委員 | 渡辺 澄子 | 松阪大学短期大学部教授 |
委員 | 寺川 史朗 | 三重大学人文学部助教授 |
なお、本件事案については、※印を付した会長及び委員によって構成される部会において主に調査審議を行った。