三重県情報公開審査会 答申第190号
答申
1 審査会の結論
実施機関は、本件異議申立ての対象となった公文書の存否を明らかにしない決定を取り消し、改めて開示・非開示等の決定を行うべきである。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、異議申立人が平成16年4月22日付けで三重県情報公開条例(平成11年三重県条例第42号。以下「条例」という。)に基づき行った「警察職員の人事案件に対する問題提起等のすべての情報」の開示請求(以下「本請求」という。)に対して、平成16年5月28日付けで行った公文書の存否を明らかにしない決定(以下「本決定」という。)の取消しを求めるものである。
3 実施機関の非開示理由説明要旨
実施機関の主張を総合すると、次の理由により本決定が妥当というものである。
(1) 条例第7条第2号(個人情報)該当性について
警察法第78の2を根拠に行う「苦情申出制度」については、苦情以外の「相談、要望、意見」(以下「苦情等」という。)であっても、本制度の趣旨にかんがみ、苦情と同様の取扱いをしている。苦情等取扱いの基本的心構えには、苦情申出者のプライバシーを保護し、信頼関係を保持するため、知り得た情報の秘密の保持を徹底している。この秘密には、苦情等の内容はもとより、「ある人が苦情を申し出た事実」も当然に含まれるものである。すなわち、苦情等には、配偶者暴力、セクハラ、いじめ、体罰、近隣間のもめ事など、プライベートな問題が少なくなく、苦情等が公になることによって、問題が一層複雑化し、あるいは申立者が関係者から何らかの報復や不利益を受けるおそれがあるため、申出者は苦情等の事実の秘匿を希望するのが一般的である。
したがって、申し出の内容はもとより「特定の者が苦情等を申し立てた事実それ自体」が、当該個人の名誉や私生活に関わる事柄であり、特定の個人を識別できる情報であることから、条例第7条第2号に該当し、同号ただし書きイ及びロのいずれにも該当しない。
(2) 条例第7条第6号(事務事業情報)該当性について
苦情申出制度は、警察職員の職務執行についての苦情等を取り扱うものであることから、苦情等の内容はもとより、誰が苦情等を行ったかということも含め、秘密の厳守を前提に成り立っているものである。
このようなことから、特定個人が苦情等を行ったという事実は、それが公になった場合、秘密の厳守を前提に成り立っている苦情申出制度に対する信頼関係が崩れ、県民が苦情等の申し出をちゅうちょされるなど、制度自体が形骸化し、結果として苦情等の申し出段階で未然に防止できるかもしれない個人の生命、身体、財産への侵害が看過され、県民の安全で安心な生活の障害という事態も起こり得ると判断でき、苦情申出制度の適正な遂行に著しく支障を及ぼすおそれがある。
(3) 条例第11条(公文書の存否に関する情報)該当性について
以上のことから、本件対象公文書の存否を答えることは、条例第7条第2号及び同条第6号の非開示情報を開示することと同様の結果が生じることとなるため、条例第11条の規定により、当該公文書の存否を示さないで非開示処分を行ったものである。
4 異議申立ての理由
異議申立人の主張を総合すると、次に掲げる理由から実施機関の決定は、条例の解釈運用を誤っているというものである。
実施機関の決定は、公文書の「存否応答拒否」であるが、公委発第28号(平成16年4月19日付)で公安委員会より、異議申立人に対して回答書が送付されており、「存否応答拒否」は、自己矛盾している。条例第11条を安易に適用してはならない。
5 審査会の判断
(1) 基本的な考え方について
条例の目的は、県民の知る権利を尊重し、公文書の開示を請求する権利につき定めること等により、県の保有する情報の一層の公開を図り、もって県の諸活動を県民に説明する責務が全うされるようにするとともに、県民による参加の下、県民と県との協働により、公正で民主的な県政の推進に資することを目的としている。
条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれるなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示事由を定めている。
当審査会は、情報公開の理念を尊重し、条例を厳正に解釈して、以下のとおり判断する。
(2) 条例第11条の意義について
開示請求に対する決定は、本来、請求文書を特定した上で、①不存在を理由とする非開示、②非開示情報該当性の判断に基づく開示・部分開示・非開示、③非開示情報について公益上の理由による裁量的開示、であることが原則である。
しかし、例外的に開示請求に係る公文書の存否自体を明らかにすることによって、非開示情報の規定により保護しようとしている利益が損なわれる場合がある。本条は、この決定の枠組みの例外を定めたものである。
(3) 条例第11条(公文書の存否に関する情報)の該当性について
実施機関は、本件開示請求については、対象となる文書が存在しているか否かを答えるだけで、当該苦情申出者が実施機関に苦情等を行ったという事実の有無が明らかとなり(第7条第2号)、その結果、苦情申出制度に対する信頼関係が崩れ、県民が苦情等の申し出をちゅうちょする事態が起こり得ると考えられ、当該制度の円滑な推進に著しい支障を及ぼすおそれがある(第7条第6号)との理由で、当該文書の存否を明らかにできない、と主張している。
確かに、特定の個人が実施機関に苦情等を申し出た事実があるかどうかについての情報は個人に関する情報であり、また、県民が安心して苦情等を行うことができるためには、苦情等申出者や苦情等の申出内容に関する情報の匿名性の確保を前提に行う業務であるという実施機関の説明も理解できなくはない。
しかし、公文書の存否を明らかにしない決定については、公文書の存否自体を明確にしないで拒否処分をなし得る例外的なものであり、その存否を明らかにすること自体が即座に条例上非開示とすべき情報を開示することとなるような極めて限られた場合にのみ許容し得るものであると解すべきである。
ところが、本件に限っていえば、その存否を回答することにより、事案又は被苦情申出人を特定した苦情が寄せられているかどうかが分かることとなっても、苦情申出人が識別され特定されるわけではない。すなわち、公文書の存否を明らかにすることによって、当該苦情申出者のプライバシーの侵害や私的権利の侵害になるとは考えられず、かつ、匿名性の確保を前提に成り立っている苦情申出制度に支障を及ぼすとは言い難い。苦情申出者が特定され、その結果、苦情申出制度に対する信頼が崩れるおそれがあるとの危惧は、開示方法を苦情申出者が識別されないように配慮すれば足る問題であり、公文書存否の回答を拒否する理由にはならない。
したがって実施機関は本決定を取り消し、改めて開示・非開示(不存在を含む。)の決定を行うべきである。
(4) 結論
よって主文のとおり答申する。
6 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙「審査会の処理経過」のとおりである
別紙
審査会の処理経過
年月日 | 処理内容 |
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16. 6. 4 | ・諮問書の受理 |
16. 6. 9 | ・実施機関に対して非開示理由説明書の提出依頼 |
16. 6.28 | ・非開示理由説明書受理 |
16. 6.28 | ・審査請求人に対して非開示理由説明書(写)の送付、意見書の提出 依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認 |
16.11. 9 | ・書面審理 ・実施機関の補足説明 ・審議 (第210回審査会)
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16.12.14 | ・実施機関の追加説明 ・審議 (第212回審査会)
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17. 1.18 | ・審議 ・答申 (第213回審査会)
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三重県情報公開審査会委員
職名 | 氏名 | 役職等 |
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※会長 | 岡本 祐次 | 元三重短期大学長 |
※会長職務代理者 | 早川 忠宏 | 弁護士 |
※委員 | 渡辺 澄子 | 松阪大学短期大学部教授 |
※委員 | 寺川 史朗 | 三重大学人文学部助教授 |
委員 | 豊島 明子 | 三重大学人文学部助教授 |
委員 | 丸山 康人 | 四日市大学総合政策学部教授 |
委員 | 竹添 敦子 | 三重短期大学教授 |
なお、本件事案については、※印を付した会長及び委員によって構成される部会において主に調査審議を行った。