三重県情報公開審査会 答申第153号
答申
1 審査会の結論
実施機関は、本件異議申立ての対象となった公文書のうち、審査会が非開示妥当と判断した部分を除き、開示すべきである。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、異議申立人が平成15年1月29日付けで三重県情報公開条例(平成11年三重県条例第42号。以下「条例」という。)に基づき行った「県立病院が不作為(医療事故またはその疑いのある案件)の治療等で患者に支払った示談金、賠償金、和解金などに関する文書(平成9年度から平成14年度分)」の開示請求に対し、三重県病院事業庁長(以下「実施機関」という。)が平成15年2月12日付けで行った部分開示決定(以下「本決定」という。)の取消しを求めるというものである。
3 本件対象公文書について
本件異議申立ての対象となっている公文書は、「県立病院の医療事故またはその疑いのある案件にかかる示談書、和解調書、和解契約書、調停調書(平成9年度から平成14年度分」(以下「本件対象公文書」という。)である。
4 実施機関の非開示理由説明要旨
実施機関の主張を総合すると、次の理由により、本件対象公文書中の非開示部分は条例第7条第2号(個人情報)及び第7条第6号(事務事業情報)に該当し、非開示が妥当というものである。
(1) 条例第7条第2号(個人情報)に該当
示談書、和解書等には、患者、患者の家族及び代理人氏名、年齢、性別、住所、印影、預金口座、治療内容、治療によって受けた身体状況、患者の病状や障害に関する記述等が記載されており、これらは、個人に関する情報であり、特定の個人を識別することができるとともに、個人識別性がない場合であっても、これらの情報を公にすることは、個人の権利利益を侵害するおそれがある。
(2) 条例第7条第6号(事務事業情報)に該当
示談書、和解書等に添付されている損害額算定基礎数値のうち、個人に関する情報を除く記述は、損害額の算定方法や算定基礎数値等の算定経過が記されており、当該事案固有のものである。これらの算定経過を開示することにより、今後、医療事故が発生し、損害額の算定について相手方と交渉することとなった場合、当該事案との相違点等を相手方に十分に説明したとしてもその理解を得ることが困難となることが想定され、事務事業の運営に著しい支障を生じるおそれがある。
5 異議申立ての理由
異議申立人は、次に掲げる理由から実施機関の決定は、条例の解釈・運用を誤っているというものである。
県立病院で発生した医療事故に関して、患者に行った治療内容は行政行為に該当するため隠す必要はなく、賠償金、示談金及び県側の弁護士費用は、公費支出であって、その算出根拠、氏名、印影は納税者である県民に明らかにすべきである。
しかしながら、本決定の内容は、示談書、和解調書等の一部のみの開示であり、これでは全部非開示と同じである。原告名、原告側の弁護士名、賠償金の振込み先口座番号、口座名はともかく、公費支出である以上、少なくとも県側の弁護士名、銀行名、支店名、賠償金の算出根拠、治療内容だけでも開示すべきである。
6 審査会の判断
本決定において実施機関が非開示とした情報は、大別すると以下のとおり分類することができる。
ア.賠償金振込先の銀行名、支店名、貯金種別、口座番号、口座名
イ.示談等の相手方氏名
ウ.示談等の相手方の弁護士氏名、弁護士勤務地、印影
エ.実施機関側の弁護士氏名、印影
オ.実施機関の医師の住所(氏名は既に開示している。)
カ.患者の病状、障害及び治療内容に関する記述
キ.治療によって受けた身体状況
ク.損害額計算書のうち患者の病状、障害に関する記述
ケ.損害額算定基礎数値
なお、異議申立人は、当審査会の審議の過程において、上記のうち、ア、イ及びウについては、開示の是非を問わないとしている。
そこで、当審査会では異議申立人が開示を請求した内容のうち、エからケについて判断する。
(1) 基本的な考え方について
条例の目的は、県民の知る権利を尊重し、公文書の開示を請求する権利につき定めること等により、県の保有する情報の一層の公開を図り、もって県の諸活動を県民に説明する責務が全うされるようにするとともに、県民による参加の下、県民と県との協働により、公正で民主的な県政の推進に資することを目的としている。条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれるなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示事由を定めている。当審査会は、情報公開の理念を尊重し、条例を厳正に解釈して、以下のとおり判断する。
(2) 条例第7条第2号(個人情報)の意義について
本号は、個人に関するプライバシー等の人権保護を最大限に図ろうとする趣旨の規定であり、プライバシー保護のための非開示条項として、個人の識別が可能な情報か否かによると定めたものである。
しかし、形式的に個人の識別が可能であればすべて非開示となるとすると、プライバシー保護という本来の趣旨を越えて非開示の範囲が広くなりすぎるおそれがある。そこで、個人識別情報を原則非開示とした上で、個人の権利利益を侵害せず非開示にする必要のないもの、及び個人の権利利益を侵害しても開示することの公益が優越するため開示すべきものをただし書で例外的事項として列挙する個人識別情報型を採用している。
(3) 条例第7条第2号(個人情報)の該当性について
実施機関が本決定において本号(個人情報)に該当するとして非開示とした情報のうち、本件異議申立ての対象となっているのは、前述のとおり「エ.実施機関側の弁護士氏名、印影」、「オ.実施機関の医師の住所」、「カ.患者の病状、障害及び治療内容に関する記述」、「キ.治療によって受けた身体状況」及び「ク.損害額計算書のうち患者の病状、障害に関する記述」である。
このうち、本件対象公文書中のカ、キ、及びクについては、既に個人を特定できる氏名等は非開示にしているのだから特定の個人が識別されるとは言えない、と異議申立人は主張している。確かに、必ずしも特定の個人が即座に識別されるとまでは言えないものの、個人の病状等が記載されていることから、極めてプライバシー性が高い情報であると認められる。仮に氏名等明らかに個人が特定できる情報のみを非開示としたとしても、記述内容から特定の個人が推測される可能性がないとは言い切れず、また特定の個人が識別され得る情報を容易に抽出、分離することは困難であると判断される。したがって、これらの情報は、本号本文に該当するともに、ただし書きに該当して開示すべきとする公益上の理由もないため、非開示が妥当である。
また、和解調書にある「オ.実施機関の医師の住所」は、公務員個人の私生活に関する情報であり、職務に関する情報とは言えないことから、本号本文に該当することは明らかであり、ただし書きのいずれにも該当しないため非開示が妥当である。
一方、「エ.実施機関側の弁護士名、印影」は、業を営む個人に関する情報であることから、条例上本号の該当性の有無を判断することは適当ではなく、条例第7条第3号(法人情報)の該当性を判断すべきである。実施機関は非開示とした理由として法人情報該当性を主張していないが、公立病院で発生した医療事故の損害賠償請求に関する補償交渉においては、弁護士費用が公費で負担されていることが容易に推測できることに鑑みても、県側の弁護士を務めたことが、業を営む弁護士の地位を不当に害するとは考えられず、本号にも第3号(法人情報)にも該当しない。
よって、県側の弁護士名、印影は、開示すべきである。
(4) 条例第7条第6号(事務事業情報)の意義について
本号は、県の説明責任や県民の県政参加の観点からは、本来、行政遂行に関わる情報は情報公開の対象にされなければならないが、情報の性格や事務・事業の性質によっては、公開することにより、当該事務・事業の適正な遂行に著しい支障を及ぼすおそれがあるものがある。これらについては、非公開とせざるを得ないので、その旨を規定している。
(5) 条例第7条第6号(事務事業情報)の該当性について
実施機関が本号に該当するとして非開示とした情報は、損害額計算書の「ケ.損害額算定基礎数値」であり、当該公文書中には当該事案に対する損害額の算定経過が記述されている。
実施機関は、これらの算定方法や算定基礎数値等の算定経過は、当該事案固有のものであり、開示すれば、今後、仮に医療事故が発生し、損害額の算定について相手方と交渉することとなった場合、当該事案との相違点等を相手方に十分に説明したとしてもその理解を得ることが困難となることが想定され、事務事業の運営に著しい支障を生じると主張する。
そこで、実施機関が本決定で非開示とした情報が、本号に該当するか検討する。
本件対象公文書は、医療事故後の補償交渉によって関係者と交わした和解契約書に添付されている計算書であり、「入院・通院慰藉料」、「慰藉料」、「逸失利益」、「付添費用」、「将来の治療費等」、並びに「入院雑費」をそれぞれ積算した内容となっている。
当審査会がインカメラ審理により見分したところ、これらのうち「入院・通院慰藉料」及び「付添費用」、「将来の治療費等」、「入院雑費」には、通院、入院付添費用等に関する1日当たりの単価が具体的に記されている。確かにこれらを公開することにより、今後、仮に医療事故が発生して関係者との補償交渉となった場合、「当該事案との相違点について十分な理解を得ることが困難となることが想定され、単価等を含む補償額の折り合いがつかないおそれがある」との実施機関の主張は理解できなくもない。
しかしながら、和解、示談に向けての補償交渉は、本来、相手方の十分な理解を得るため、幾度の交渉を重ねて補償額が決定されるものであることから、医療事故の体系や種別により定まった補償に関する算出基準はないとの実施機関の説明からも、理解を得るに至る方法は多々あると判断できる。
最近の医療ミスによる事故等に関する県民の関心は高く、当事者である実施機関は、相手方との交渉業務にあたっては、十分な理解が得られるよう困難が予想される交渉にも誠意を持って努める必要があり、たとえ補償額の算出経過の一例が公開されたしても、今後の補償交渉に著しく支障となるとは考えにくく、事務事業情報にも該当するとは解釈できないため、開示すべきである。
なお、「慰藉料」及び「逸失利益」の部分は、患者の性別、年齢が推測されるとともに、患者の病状、障害に関する記述があるが、これらの情報は、上述のとおり条例第7条第2号(個人情報)に該当することから非開示とすることが妥当である。
(6) 結論
よって、主文のとおり答申する。
7 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙1審査会の処理経過のとおりである。
別紙1
審査会の処理経過
年月日 | 処理内容 |
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15. 4.11 | ・諮問書の受理 |
15. 4.11 | ・実施機関に対して非開示理由説明書の提出依頼 |
15. 5.8 | ・非開示理由説明書の受理 |
15. 5.12 | ・異議申立人に対して非開示理由説明書(写)の送付、 意見書の提出依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認 |
15. 5.30 | ・異議申立人からの意見書の受理 |
15. 8.19 | ・書面審理 ・実施機関の非開示理由説明の聴取 ・審議 (第181回審査会)
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15. 9.30 | ・審議
(第183回審査会)
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15.10.28 | ・審議 ・答申 (第185回審査会)
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三重県情報公開審査会委員
職名 | 氏名 | 役職等 |
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※会長 | 岡本 祐次 | 元三重短期大学長 |
※会長職務代理者 | 樹神 成 | 三重大学人文学部教授 |
※委員 | 渡辺 澄子 | 松阪大学短期大学部教授 |
※委員 | 豊島 明子 | 三重大学人文学部助教授 |
委員 | 早川 忠宏 | 弁護士 |
委員 | 丸山 康人 | 四日市大学総合政策学部教授 |
委員 | 冬木 春子 | 三重短期大学生活科学科助教授 |
なお、本件事案にについては、※印を付した会長及び委員によって構成される部会において主に調査審議を行った。