三重県情報公開審査会 答申第112号
答申
1 審査会の結論
実施機関は、本件異議申立ての対象となった公文書のうち、審査会が非開示妥当と判断した部分を除き、開示すべきである。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、異議申立人が平成13年1月18日付けで三重県情報公開条例(平成11年三重県条例第42号。以下「条例」という。)に基づき行った「県税の徴収がなされているか否かについて監査した三重県監査委員の一切の資料と監査結果」との開示請求に対し、三重県監査委員(以下「実施機関」という。)が平成13年2月1日付けで行った部分開示決定(以下「本決定」という。)の取消しを求めるというものである。
3 本件対象公文書について
本件対象公文書は、実施機関が平成12年度に実施した県内8県税事務所にかかる予備監査の復命書、委員監査の復命書及び監査委員会会議議事録である。
4 実施機関の非開示理由説明要旨
実施機関の主張を総合すると、次の理由により、部分開示決定が妥当というものである。
(1) 条例第7条第1号(法令秘情報)に該当
本件対象公文書のうち、納税法人名、納税額、当該納税法人が推測される情報(業種、所在地等)、滞納法人(業を営む個人も含む)名、滞納税目、滞納額(収入未済額)、調定年度、高額滞納者の現況等滞納者に関する情報、不能欠損の対象となった法人名は、地方公務員法第34条第1項に定める「秘密」に該当し、公にすることができないため非開示とした。
昭和49年11月19日付け各都道府県知事あて自治府第159号、自治省税務局長通知によると、地方公務員法第34条第1項の「秘密」とは、一般に知られておらず他人に知られないことについて、客観的に相当の利益を有する事実で、職務上知り得たものをいうのであり、一般に、納税額や滞納税額、滞納者名等はいずれもこの「秘密」に該当するとしている。
異議申立人は、滞納者名等は、「県税の徴収という公益に関する情報」であり、公開すべきだと主張する。確かに法益均衡論により、守秘義務はこれを免除すべき正当な理由があれば免除されるとして、脱税犯罪の一般的予防を違法性阻却事由とした判例(東京高裁昭和59年6月28日判決)もある。
しかしながら、租税資料を公開することが許容される場合とは、悪質な脱税や相当高額な滞納があること等から、これを公開することが租税正義の実現を図るという公益的目的に合致すると認められる場合に限るべきものであり、何を持って悪質で相当高額なのかを判断する基準が明確でなく、実施機関においてそれらを個々に判断することは非常に困難である。
したがって、今回の滞納者名、滞納額等の開示請求に対し、単に高額な滞納がある法人や個人というだけの理由で滞納の実態を公開され、納税者の秘密が外部に漏れてその利益が害されることと、滞納の一般的予防等の公益目的があることを比較した結果、公益目的が守秘義務を免除する特別な事由とはならないと判断し、非開示と決定した。
(2) 条例第7条第2号(個人情報)に該当
本件対象公文書のうち、滞納個人名、個人の滞納税目、滞納額(収入未済額)、調定年度、高額滞納者の現況等に関する情報、個人(職員)の年齢、職員の休暇情報及び時間外勤務時間数、個人(職員)の収入が分かる部分(所得額、勤務日数)については、個人に関する情報であり、開示することにより個人が識別又は識別され得るため、非開示と決定した。
(3) 条例第7条第3号(法人情報)に該当
本件対象公文書のうち、法人の経営戦略、経営状況、納税法人名、納税額、当該納税法人が推測される情報(業種、所在地等)、滞納法人(業を営む個人も含む)名、滞納税目、滞納額(収入未済額)、高額滞納者の現況等に関する情報、不能欠損の対象となった法人名は、法人に関する情報であり、開示することにより、当該法人の競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるため、非開示と決定した。
5 実施機関の非開示理由の一部取り消しについて
実施機関は、上記4で述べた非開示理由のうち、(1)の条例第7条第1号(法令秘情報)については、平成13年6月4日付けで非開示理由の一部取り消しを行っている。
6 異議申立ての理由
異議申立人の主張を総合すると、次に掲げる理由から実施機関の決定は、条例の解釈運用を誤っているというものである。
- 本件情報は、県税の徴収という公益に関する情報であり、個人名はともかくとしても、それ以外の部分については公開すべきであり、法人情報については全てが公開されるべきである。
県税を支払っているまじめな県民とこれを支払わないでいる個人や法人が合理的な理由もなく巨額の税金を滞納しており、これに対して訴訟による回収もなされないまま、巨額の滞納金が放置されているのは不公平の極みである。
これに対して、住民監査請求を行おうとしても、法人名も公開されないでは、怠る事実の違法確認の監査請求や住民訴訟も提起することができず、実質的には住民監査請求を骨抜きにする情報隠しに他ならない。
よって、滞納者の個人名以外は全て公開すべきである。
7 審査会の判断
(1) 基本的な考え方
条例の目的は、県民の知る権利を尊重し、公文書の開示を請求する権利につき定めること等により、県の保有する情報の一層の公開を図り、もって県の諸活動を県民に説明する責務が全うされるようにするとともに、県民による参加の下、県民と県との協働により、公正で民主的な県政の推進に資することを目的としている。条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれるなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示事由を定めている。
当審査会は、情報公開の理念を尊重し、条例を厳正に解釈して、以下について判断する。
(2) 条例第7条第1号(法令秘情報)の意義について
本号は、法令若しくは他の条例の定めるところによる、又は実施機関が法律上従う義務を有する各大臣その他国の機関の指示による場合の非開示を定めたものである。法令若しくは他の条例の定めるところにより公にすることができない情報は、この条例によっても開示できないことを確認的に規定するとともに、各大臣その他国の機関からの法的拘束力を持った指示により公にすることができない情報については、非開示とすることを定めたものである。
(3) 条例第7条第1号(法令秘情報)の該当性について
実施機関は原決定で条例第7条第1号(法令秘情報)、つまり地方公務員法第34条第1項に該当するとして非開示としている。しかしながら、上記5で述べたとおり平成13年6月4日付けで、実施機関は本号の非開示理由の一部取り消しを行っているため、審査会としては、本件対象公文書における本号の該当性については判断しないこととする。
(4) 条例第7条第2号(個人情報)の意義について
本号は、個人に関するプライバシー等の人権保護を最大限に図ろうとする趣旨の規定であり、プライバシー保護のための非開示条項として、個人の識別が可能な情報か否かによると定めたものである。
しかし、形式的に個人の識別が可能であればすべて非開示となるとすると、プライバシー保護という本来の趣旨を越えて非開示の範囲が広くなりすぎるおそれがある。そこで、個人識別情報を原則非開示とした上で、個人の権利利益を侵害せず非開示にする必要のないもの、及び個人の権利利益を侵害しても開示することの公益が優越するため開示するべきものをただし書で例外的事項として列挙する個人識別情報型を採用している。
(5) 条例第7条第2号(個人情報)の該当性について
本件対象公文書には、滞納個人名、個人の滞納税目、滞納額(収入未済額)、調定年度、高額滞納者の現況等に関する情報、個人(公務員)の年齢、個人(公務員)の休暇情報及び時間外勤務時間数、個人(公務員)の収入が分かる部分(所得額、勤務日数)に関する情報が記載されており、この部分について、実施機関は原決定で本号(個人情報)に該当するとして非開示としている。そこで、非開示とした情報を以下のとおり判断する。
ア 「滞納個人名、個人の滞納税目、滞納額(収入未済額)、調定年度、高額滞納者の現況等に関する情報」について
当該情報のうち「滞納個人名」については、明らかに個人が特定される情報であり、本号に該当する。
なお、滞納者の滞納する行為は種々の要因により発生するものであり、滞納者を直ちに悪質であると断ずることはできない。また、これらの情報を開示することにより、当該個人の私生活上の権利利益を害するおそれがあることを鑑みると、これを上回るほどの公益性も考えられず、同号ただし書きロにも該当しない。
よって非開示が妥当である。
次に、「個人の滞納税目、滞納額(収入未済額)、調定年度、高額滞納者の現況等に関する情報」については、当該情報が個別の滞納者の事案に関する文書ではなく、主な高額滞納者の情報が一覧になっているものである。そこで、これらの情報について「滞納個人名」、つまり、個人が特定できないように開示できるか検討してみる。
審査会においてインカメラで審理したところ、「滞納税目、高額滞納者の現況等に関する情報」については、個々の滞納者の状況等を要約したものであり、他の情報を組み合わせることにより特定の個人が識別される可能性が高く、非開示が妥当である。
「滞納額(収入未済額)、調定年度」については、上記のように「滞納個人名、個人の滞納税目、高額滞納者の現況等に関する情報」を非開示として当該情報のみを開示しても特定の個人が識別される可能性は相対的に低いと言わざるを得ず、開示すべきである。
イ 「個人(公務員)の年齢、個人(公務員)の休暇情報及び時間外勤務時間数、個人(公務員)の収入が分かる部分(所得額、勤務日数)に関する情報」について
本号が「公務員の職務に関する情報」を個人情報の中から原則として除外したのは、仮に公務員個人が識別され、公務員個人のプライバシーが問題となりうる余地があったとしても、職務の公益性から開示されてもやむを得ないと解されるからである。
しかしながら、当該情報については、公務員個人の私的な情報であり、本号に該当する。また、当該個人の私生活上の権利利益を害するおそれがあることを鑑みると、これを上回るほどの公益性も考えられず、同号ただし書きロにも該当しない。
なお、職務上の経験年数を知るうえで職員の年齢も開示すべきであると異議申立人は審査会の場において主張しているが、年齢そのものは、職員の経験年数を直接反映しているわけではなく、公務員個人の私的な情報である。
よって、当該県税事務所全職員の平均年齢及び時間外勤務時間数(合計)を除く当該情報については、非開示が妥当である。
(6) 条例第7条第3号(法人情報)の意義について
本号は、自由主義経済社会においては、法人等又は事業を営む個人の健全で適正な事業活動の自由を保障する必要があることから、事業活動に係る情報で、開示することにより、当該法人等又は個人の競争上の地位その他正当な利益が害されると認められるものが記録されている公文書は、非開示とすることを定めたものである。法人等に関する情報であっても、事業活動によって生ずる危害から人の生命、身体、健康又は財産を保護し、又は違法若しくは不当な事業活動によって生ずる影響から県民等の生活又は環境を保護するため公にすることが必要であると認められる情報、及びこれらに準ずる情報で公益上公にすることが必要であると認められるものは、ただし書により、常に開示が義務づけられることになる。
(7) 条例第7条第3号(法人情報)の該当性について
本件対象公文書には、法人の経営戦略、経営状況、特定の税の徴収猶予に係る法人名、納税法人名、納税額、当該納税法人が推測される情報(業種、所在地、施設の状況等)、滞納法人(業を営む個人も含む)名、滞納税目、滞納額(収入未済額)、調定年度、高額滞納者の現況等に関する情報、不能欠損の対象となった法人名が記載されており、これらは法人に関する情報であり、開示することにより、当該法人等の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあると実施機関は主張している。
一方、異議申立人は、これらの情報は、県税の徴収という公益に関する情報であり、本件事案の法人に関する情報については全てが公開されるべきであると主張している。そこで、以下のとおり検討する。
ア 法人の経営戦略、経営状況について
当該情報は、一部の県税事務所にかかる委員監査復命書に記載されたものであり、特定の法人の経営戦略、経営状況に関する情報ではある。
しかし、当該情報は、現在において一般的に周知になっていると認められ、特に秘匿する利益はなく、開示することによって当該法人の競争上の地位その他正当な利益を害するとまではいえない。よって、本号(法人情報)に該当するとは認められないので開示すべきである。
イ 特定の税の徴収猶予に係る法人名について
当該情報は、一部の県税事務所にかかる委員監査復命書に記載されたものであり、特定の税の納税に対して徴収猶予を受けている法人名である。
当該情報が開示されると、県が税の徴収猶予の決定に際し、当該法人から担保をとっていない事実が明らかになる。しかし、それは県税条例(第182条)で「徴収猶予の申請があり、知事が認める場合、担保を徴する必要がない」と規定されており、その事実が明らかになることにより、当該法人の競争上の地位その他正当な利益を害するとまではいえない。よって、本号(法人情報)に該当するとは認められないので開示すべきである。
ウ 納税法人名、納税額、当該納税法人が推測される情報(業種、所在地、施設の状況等)について
本件対象公文書に記載されている納税法人は、各県税事務所内の高額納税者若しくは、主要法人である。主要法人とは、「①株式上場法人で(イ)2以上の都道府県に事務所又は事業所を有する法人、(ロ)最近3年間において事業税の確定申告税額が年額3,500万円以上の実績のある法人及びこれに相当する法人、②株式非上場法人で、資本金額が1億円以上で、かつ、上記①(イ)(ロ)に準ずるもの」とされている。これらの法人は、いわゆる大会社と呼ばれているものであり、決算情報(財務情報)等当該法人の計算書類(貸借対照表など)は、別途公告制度があり、公にされているものもある。
ただし、この公告制度も大会社の一部しか実行されておらず、現行としては不完全なものであり、個々の税額まで全て公表されているとはいえないかもしれないが、県内の主要な法人名については一般に周知の事実であり、どの法人がどの税を納税していることは、秘匿する実益はないと認められる。また、本件対象公文書に記載されている当該法人の個々の税額についても開示することによって、本号に規定する当該法人の競争上の地位その他正当な利益を害するとまではいえない。よって、当該情報は、本号(法人情報)に該当するとは認められないので開示すべきである。
エ 滞納法人(業を営む個人も含む)名、滞納税目、滞納額(収入未済額)、調定年度、高額滞納者の現況等に関する情報、不能欠損の対象となった法人名について
当該情報のうち「滞納法人(業を営む個人も含む)名、不能欠損の対象となった法人名」については、開示することにより、当該法人が滞納している事実が明らかになる。
確かに租税は、本来納期限内に納めるべきものであり、それを怠った者(滞納者)の競争上の地位等を保護することに疑問を抱くことは理解できなくはない。しかし、滞納者の滞納する行為は、種々の要因により発生するものであり、滞納法人を直ちに悪質な法人であると断ずることはできない。
一方、懸命に再建を図ろうとしている企業(法人)にとっては、滞納の事実が判明すると、取引条件の変更を求められたり、取引を停止されるなどの致命的ともいえるような重大な不利益をもたらす可能性が十分にある。
したがって、当該情報については、当該法人の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあると判断できるため、第3号(法人情報)に該当する。また、県税の公平な徴収事務がなされているかを審査する必要があることは理解できるものの、情報公開条例は、広く何人に対しても開示する制度である以上、審査目的のために限定された開示というわけにもいかず、当該法人の関係者等にも広く開示され、その場合には上記のような重大な不利益をもたらす可能性があることに鑑みると、これを上回るほどの公益性も考えられず、同号ただし書きハにも該当しない。
よって、非開示が妥当である。
次に、「滞納税目、滞納額(収入未済額)、調定年度、高額滞納者の現況等に関する情報」については、上記(5)アで述べたように「滞納税目、高額滞納者の現況等に関する情報」については、非開示が妥当である。
「滞納額(収入未済額)、調定年度」については、上記(5)アで述べたように開示すべきである。
(8) 結論
よって、主文のとおり答申する。
8 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙1審査会の処理経過のとおりである。
別紙1
審査会の処理経過
年月日 | 処理内容 |
---|---|
13. 2.15 | ・諮問書受理 |
13. 2.16 | ・実施機関に対して部分開示理由説明書の提出依頼 |
13. 3. 9 | ・部分開示理由説明書受理 |
13. 3.12 | ・異議申立人に対して部分開示理由説明書(写)の送付、意見書の提出依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認 |
13. 3.16 | ・口頭意見陳述申出書の受理 |
13. 9.18 | ・書面審理 ・異議申立人の口頭意見陳述 ・実施機関の部分開示理由説明の聴取 ・審議 (第139回審査会)
|
13.10.16 | ・審議
(第141回審査会)
|
13.11.20 | ・審議
(第142回審査会)
|
13.12.18 | ・審議
(第144回審査会)
|
14. 2.14 | ・審議・答申
(第147回審査会)
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三重県情報公開審査会委員
職名 | 氏名 | 役職等 |
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※会長 | 岡本 祐次 | 三重短期大学法経科教授 |
※会長職務代理者 | 樹神 成 | 三重大学人文学部教授 |
※委員 | 渡辺 澄子 | 松阪大学短期大学部教授 |
※委員 | 山口 志保 | 三重短期大学法経科助教授 |
委員 | 早川 忠宏 | 弁護士 |
委員 | 丸山 康人 | 四日市大学総合政策学部教授 |
委員 | 豊島 明子 | 三重大学人文学部助教授 |
なお、本件事案については、※印を付した会長及び委員によって構成される部会において主に調査審議を行った。