三重県情報公開審査会 答申第441号
答申
1 審査会の結論
実施機関は本件異議申立ての対象となった公文書のうち、「課題」の部分については開示すべきである。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、開示請求者が平成27年2月27日付けで三重県情報公開条例(平成11年三重県条例第42号。以下「条例」という。)に基づき行った「平成19年1月の「杭基礎設計便覧等、阪神淡路大震災後の耐震設計基準等の改定に伴う、県下公共土木施設、公共建築物における鋼管杭、SC杭の基礎杭を使用した対象物件について、その工事の設計計算書(設計業務委託計算書含む)、工事施工記録(写真、施工計画等含む)契約検査図書等、杭等処理に関して分かるすべての文書」についての開示請求に対し、三重県知事(以下「実施機関」という。)が平成27年3月19日付けで行った公文書部分開示決定(以下「本決定」という。)について、取消しを求めるというものである。
3 本件対象公文書及び本件非開示部分について
本件異議申立ての対象となっている公文書(以下「本件対象公文書」という。)は、特定建設工事にかかる請負業者JVの施工計画書に記載された現場体制の名簿と、特定建設工事にかかる契約における技術提案書である。
そして、本件対象公文書において実施機関が非開示とした情報は、施工計画書に記載された現場体制の名簿のうち「事務係の名前」と、技術提案書における総合評価提案内容のうち「課題」および「対策」(以下「本件非開示部分」という。)である。
4 異議申立ての理由
異議申立書及び意見陳述における異議申立人の主張を要約すると、概ね次のとおりである。
請負業者JVの施工計画書に記載された現場体制の名簿のうち、事務担当とされた社員について非開示とされたが、当該工事が、杭基礎データ改ざんに伴う工事中止期間及び特定事業者の申し立てによる地下水汚染による工事中止期間等の公費による損失補てん対象とされている事からも、当然開示されるべきである。休止期間中の補償対象者はJV幹事社の一人と事務補助員一人であった事からも非開示は不当。
技術提案部分について非開示とした事は、公契約の入札過程を透明化するとする入札契約適正化法に違反し、契約の公正、国民への説明責任にもとるものである。また、総合評価方式による単独応札等落札額の効率化の傾向も顕著であり、入札制度の不透明化につながる。閣議決定が法的拘束力を有するのかは解釈改憲問題も有り、「技術提案」が全て知財として評価されるかは、一律非開示のままでははたして判断のしようもない。履行確認の検証の必要があることからも公開されなければならない。
5 実施機関の説明要旨
実施機関の主張を総合すると、次の理由により、本決定が妥当というものである。
まず、建設業法では、施工体系図や緊急時連絡表等を工事現場に掲示しなければならないことになっており、そこに記載されている現場代理人、監理技術者、主任技術者の氏名は、既に公になっているということがいえるが、異議申立人が開示を求める「事務係の氏名」については掲載する必要がないことから、条例第7条第2号ただし書きイ、ロのいずれにも該当しない。
次に、技術提案書は、県が示したテーマに対して「課題」と「対策」について記述を求めるものである。「対策」については、落札者の施工経験、施工実績等に基づく独自のノウハウに基づいて作成されたものであり、開示することにより、他の同種工事の入札において、競合他社等が当該部分の記載内容を模倣した技術提案書を作成、提出することが可能となり、落札者の競争上の地位その他正当な利益を害するものと認められるため、条例第7条第3号に該当するため、非開示としている。
「課題」については、無数にある課題の中からどのレベルの課題を設定するかは業者の独自のノウハウであり、「課題」が明らかになれば土木専門家がそれを見たときに、ほとんど「対策」が判明してしまう。
「公共工事の品質確保の促進に関する施策を総合的に推進するための基本的な方針の一部変更について」(平成26年9月30日閣議決定)第2の4(1)ロ「発注者は、民間の技術提案自体が提案者の知的財産であることにかんがみ、提案内容に関する事項が他者に知られることのないようにすること、提案者の了承を得ることなく提案の一部のみを採用することのないようにすること等取扱いに留意するものとする。」と記載しており、「課題」や「対策」などの情報について、企業の利益を守り、ひいては公共工事の質を高めるために全面的に施工についての情報を守ることを求めていることから、「課題」についても条例第7条第3号(法人情報)に該当し、当該法人の競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるので、非開示としている。
6 審査会の判断
(1)基本的な考え方
条例の目的は、県民の知る権利を尊重し、公文書の開示を請求する権利につき定めること等により、県の保有する情報の一層の公開を図り、もって県の諸活動を県民に説明する責務が全うされるようにするとともに、県民による参加の下、県民と県との協働により、公正で民主的な県政の推進に資することを目的としている。条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれたりするなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示事由を定めている。
当審査会は、情報公開の理念を尊重し、条例を厳正に解釈して、以下のとおり判断する。
(2)条例第7条第2号(個人情報)の意義について
個人に関する情報であって特定の個人を識別し得るものについて、条例第7条第2号は、一定の場合を除き非開示情報としている。これは、個人に関するプライバシー等の人権保護を最大限に図ろうとする趣旨であり、プライバシー保護のために非開示とすることができる情報として、個人の識別が可能な情報(個人識別情報)を定めたものである。
しかし、形式的に個人の識別が可能であれば全て非開示となるとすると、プライバシー保護という本来の趣旨を越えて非開示の範囲が広くなりすぎるおそれがある。
そこで、条例は、個人識別情報を原則非開示とした上で、本号ただし書により、個人の権利利益を侵害しても開示することの公益が優越するため開示すべきもの等については、開示しなければならないこととしている。
(3) 条例第7条第2号(個人情報)の該当性について
「事務係の氏名」については、法人の代表でもなく、一社員である個人に関する情報であって、特定の個人を識別し得る情報であることは明らかである。また、建設業法上、掲載が義務づけられている現場代理人等の氏名と異なり、「事務係の氏名」については掲載する必要がないことから、一般に公にされる情報ではなく、条例第7条第2号ただし書きイ、ロのいずれにも該当しない。
したがって、「事務係の氏名」について非開示とした実施機関の判断は妥当である。
(4)条例第7条第3号(法人情報)の意義について
本号は、自由主義経済社会においては、法人等の健全で適正な事業活動の自由を保障する必要があることから、事業活動に係る情報で、開示することにより、当該法人等の競争上の地位その他正当な利益が害されると認められるものが記録されている公文書は、非開示とすることができると定めたものである。
しかしながら、法人等に関する情報であっても、事業活動によって生ずる危害から人の生命、身体、健康又は財産を保護し、又は違法若しくは不当な事業活動によって生ずる影響から県民等の生活又は環境を保護するため公にすることが必要であると認められる情報及びこれらに準ずる情報で公益上公にすることが必要であると認められるものは、ただし書により、開示が義務づけられることになる。
(5)条例第7条第3号(法人情報)の該当性について
当審査会において本件対象公文書を見分したところ、技術提案書のうち総合評価提案内容には、県が示したそれぞれの提案項目に対して、どのような点に留意して取り組むかを記載した「課題」、「課題」に対してどのような対策を講じるかを記載した「対策」の2点が含まれている。
まず「対策」の部分については、当該法人が設定した「課題」に対して、いかなる方法で充足し、結果を証明するための資料として何を提出するのか、工事現場においてどのような配慮をすべきか等の当該法人の応札技術、具体的な技術提案が記載されており、当該部分の対策内容は、当該法人の施工経験、施工実績等に基づく独自のノウハウに当たるものということができる。したがって、当該部分を開示すると、他の同種工事の入札において、競合他社等が当該部分の記載内容を模倣した技術提案書を作成することが可能となり、競合他社等による対抗的な事業活動が行われる等、落札者の競争上の地位その他正当な利益を害するものと認められる。
次に、「課題」の部分について検討する。この点、実施機関は、無数にある課題の中からどのレベルの課題を設定するかは業者の独自のノウハウであり、「課題」が明らかになれば土木専門家がそれを見たときに、当該法人独自のノウハウである「対策」が判明してしまうため、技術提案それ自体が企業の知的財産であることも合わせると、「課題」を開示すれば当該法人の競争上の地位その他正当な利益を害すると主張する。
しかし、非開示部分である「課題」について見分したところ、県が示したテーマの内容から導かれるごく一般的な内容又は抽象的な内容を記載したものにとどまり、「課題」の作成にあたり、施工経験等が反映されているとしても、本件非開示部分である「課題」そのものは、保護されるべき法人の知的財産あるいは独自のノウハウとまではいえない。また、「課題」から直ちに「対策」が推認され、「対策」の具体的内容が判明することも一般的に考えられない。
したがって、本件異議申立ての対象となった箇所を開示することにより当該法人の競争上の地位その他正当な利益を害するとは認められず、非開示が妥当であるとした実施機関の判断は妥当でない。
以上のことから、「対策」については、本号本文に該当し、同号ただし書イ、ロ又はハの情報には該当するとは認められないことから、非開示とすることが妥当であるが、「課題」については、開示すべきである。
(6)結論
よって、主文のとおり答申する。
7 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙1審査会の処理経過のとおりである。
_別紙1
審査会の処理経過
年 月 日 | 処理内容 |
---|---|
27. 5.26 |
・諮問書(2件)の受理 |
27. 6.23 | ・異議申立ての併合 ・実施機関に対して理由説明書の提出依頼 |
27. 7. 8 | ・理由説明書の受理 |
27. 7.14 |
・異議申立人に対して理由説明書(写)の送付、意見書の提出依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認 |
27. 8.25 |
・書面審理 (平成27年度第3回B部会) |
27.11.13 |
・審議 |
27.12.11 |
・審議 (平成27年度第7回B部会) |
三重県情報公開審査会委員
職名 | 氏名 | 役職等 |
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※会長 |
早川 忠宏 |
三重弁護士会推薦弁護士 |
会長職務代理者 | 岩﨑 恭彦 | 三重大学人文学部准教授 |
※会長職務代理者 | 川村 隆 子 | 名古屋学院大学現代社会学部准教授 |
委員 |
髙橋 秀治 |
三重大学人文学部教授 |
※委員 | 東川 薫 |
四日市看護医療大学准教授 |
※委員 | 藤本 真理 |
三重大学人文学部准教授 |
委員 |
村井 美代子 |
三重短期大学教授 |
なお、本件事案については、※印を付した会長及び委員によって構成される部会において主に調査審議を行った。