三重県情報公開審査会 答申第427号
答申
1 審査会の結論
実施機関は本件異議申立ての対象となった公文書のうち、当審査会が非開示妥当と判断した部分を除き、開示すべきである。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、開示請求者が平成27年2月19日付けで三重県情報公開条例(平成11年三重県条例第42号。以下「条例」という。)に基づき行った「平成27年1月21日に懲戒戒告処分とした教育委員会保健体育課臨時職員の仮免許運転違反の事実と公用車運転の記録、同乗者が無く単独で業務先の学校を訪れたとする業務内容と復命に関する全ての文書及び戒告処分後の免許取得報告と通常業務の継続について分かる全ての文書」についての開示請求に対し、三重県教育委員会(以下「実施機関」という。)が平成27年3月5日付けで行った公文書部分開示決定(以下「本決定」という。)について、取消しを求めるというものである。
3 本件対象公文書について
本件異議申立ての対象となっている公文書は、教育委員会保健体育課臨時職員(以下「当該被処分職員」という。)に対して行われた懲戒処分及び職務の内容に関する一連の公文書であって、別表1の「対象公文書」欄及び「細文書名」欄に記載したとおりである。
4 異議申立ての理由
異議申立書及び意見陳述における異議申立人の主張を要約すると、概ね次のとおりである。
地方公務員法は公務員の人事については原則公開と規定している。任命権者による公正、公平、平等な取扱いに反する濫用を防止すること、違法、非違行為による懲戒についても、不利益処分に対する制度が整備されており、地位保全の権利が確立されているため、開示をしてもなんら問題はない。
また、おそらく退職した教員を再雇用し、「体力向上アドバイザー」として県内の小学校を訪問させていたようであるが、本当にそれが効果的なのか、再雇用制度のあり方を検証する必要がある。確かに個人が特定されるという問題はあるかもしれないが、それは公務員として勤務している以上、受忍限度の範囲内である。再雇用した教員がどんな教育活動に参加して、どういう効果を及ぼしたのかを検証するためにも、開示する必要がある。
さらに、公務の内容すらも、個人が特定されるからといって非開示とするのはおかしい。
5 実施機関の説明要旨
実施機関の主張を総合すると、次の理由により、本決定が妥当というものである。
行政処分は、組織の秩序を守るためのものであり、個人の社会的制裁を目的としたものではなく、公務員といえども個人が特定されることは社会生活上の損益につながる恐れがあるため。
6 審査会の判断
(1)基本的な考え方
条例の目的は、県民の知る権利を尊重し、公文書の開示を請求する権利につき定めること等により、県の保有する情報の一層の公開を図り、もって県の諸活動を県民に説明する責務が全うされるようにするとともに、県民による参加の下、県民と県との協働により、公正で民主的な県政の推進に資することを目的としている。条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれたりするなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示事由を定めている。
当審査会は、情報公開の理念を尊重し、条例を厳正に解釈して、以下のとおり判断する。
(2) 本件対象公文書及び非開示部分について
本件異議申立ての対象となっている公文書は、当該被処分職員に対して行われた懲戒処分及び職務の内容に関する一連の公文書であって、その詳細は、別表1の「対象公文書」欄及び「細文書名」欄に示すとおりである。
実施機関は、これらの対象公文書について、同表の「実施機関が非開示とした部分」欄に示す部分を非開示とする部分開示決定を行っている。なお、今回、異議申立人は条例第7条第2号を根拠に非開示としている箇所に異議を申し立てているため、その他の理由による非開示部分は取り上げない。
これら実施機関が本決定において非開示とした情報は多岐にわたるが、その内容により以下のとおり分類することができる。
(a) 当該被処分職員に関する情報
(a)-1 氏名
(a)-2 印影、職歴、担当する職務内容及び勤務の状況
(a)-3現住所及び現住所が推測される記述、生年月日、学歴、家庭の状況、過去における処分歴、免許証の番号および種類、自家用車の車名、車種、車両ナンバー、私事での行動記録
(a)-4 起訴状、略式命令の内容、道路交通法違反の内容、取り調べの内容、反省文
(a)-5 出張の記録(訪問した学校の名称及びそれが特定され得る情報、公用車を運転した距離、使用した公用車の車種、車両ナンバー、給油の有無及びその数量)
(b) 保健体育課課長に関する情報
(b)-1 担当する職務内容及び勤務の状況
(b)-2 現住所及び生年月日、住所、学歴、家庭の状況、過去における処分歴
(b)-3 反省文
そこで、以下において、これらの非開示部分について、当審査会において本件対象公文書を見分した結果を踏まえ、非開示情報該当性を検討する。
(3) 条例第7条第2号(個人情報)の意義について
個人に関する情報であって特定の個人を識別し得るものについて、条例第7条第2号は、一定の場合を除き非開示情報としている。これは、個人に関するプライバシー等の人権保護を最大限に図ろうとする趣旨であり、プライバシー保護のために非開示とすることができる情報として、個人の識別が可能な情報(個人識別情報)を定めたものである。
しかし、形式的に個人の識別が可能であれば全て非開示となるとすると、プライバシー保護という本来の趣旨を越えて非開示の範囲が広くなりすぎるおそれがある。
そこで、条例は、個人識別情報を原則非開示とした上で、本号ただし書により、個人の権利利益を侵害しても開示することの公益が優越するため開示すべきもの等については、開示しなければならないこととしている。
(4) 条例第7条第2号(個人情報)の該当性について
ア (a)当該被処分職員に関する情報
まず、(a)-1の情報から検討する。当該情報は、当該被処分職員の氏名であり、特定の個人が識別され得る情報であることは明らかである。
しかし、条例は本号本文において特定の個人が識別され得るものであっても、公務員の職務に関する情報は除外していることからすれば、懲戒処分は公務出張で使用する公用車の運転に係る規律違反に対するものであり、係る情報は公務員等の職務に関する情報として基本的には開示すべきものといえる。
他方で、当該情報は職員が懲戒処分を受けたことを示す情報でもあり、この公務員が懲戒処分を受けたという情報は、公務遂行等に関して非違行為があったことを示すにとどまらず、公務員の立場を離れた個人としての評価をも低下させる性質を有する情報というべきであるから、その氏名を開示することにより、当該公務員の私生活上の権利利益を害するおそれがあるといわざるを得ない。
したがって、当該被処分職員の氏名は、本号本文の非開示情報に該当し、また、本号ただし書のいずれの情報にも該当しないと判断せざるを得ず、当該情報を非開示とした実施機関の判断は妥当である。
次に、(a)-2の情報についてであるが、当該情報も本来なら公務員の職務の遂行に係る情報にほかならないことから、開示すべきものである。しかし、これらの情報は、他の情報と照合することにより、当該被処分職員が誰であるかを識別し得るものであり、その結果(a)-1の情報を明らかにするおそれがあるため、(a)-1の情報と同様の判断とせざるを得ない。ただし、「担当する職務内容及び勤務の状況」の一部については、他の情報と照合したとしても、個人を識別し得るものではなく、また開示することにより個人の私生活上の権利利益が害されるとは認められないため、別表2に掲げる情報については、本号に該当するとした実施機関の判断は妥当ではない。
次に、(a)-3の情報について検討する。当該情報は当該被処分職員に関する情報ではあるが、いずれも私事に関する情報であって、公務員の職務の遂行に係る情報とはいえない。したがって、本号本文に該当し、本号ただし書のいずれにも該当せず、当該情報を非開示とした実施機関の判断は妥当である。
次に、(a)-4の情報について検討する。(a)-4の情報は、規律違反報告書及び始末書に記載された起訴状と略式命令の内容及び具体的な道路交通法違反の内容、始末書に記載された取り調べ内容、始末書に記載された反省文である。
規律違反報告書及び始末書自体は(a)-1の情報である職員の氏名とともに構成された公文書であり、これらの文書全体が一つの個人識別情報であると認められる。
そのため、 (a)-4の情報が条例第9条第2項により部分開示が可能かどうかを見るに、当該情報は「当該職員の思いや反省、謝罪等を示す記述部分」及び「単なる事実関係又は既に実施機関により公表された事実及びそこから推測できる事項」に区別することができる。そして、これらの情報は、いずれも直接又は通常入手し得る他の情報と照合することにより特定の個人を識別し得る情報とまではいえないものである。
ところで、条例第9条第2項は、公文書に特定の個人を識別することができる情報が記録されている場合において、当該情報のうち、氏名等特定の個人を識別することができることとなる記述等の部分を除くことにより、公にしても、個人の権利利益が害されるおそれがないと認められるときは、当該部分を除いた部分を開示しなければならないと規定している。このことから、当該規定の反対解釈として、特定の個人が識別されない情報であっても、当該情報を公にすることにより、個人の権利利益を害するおそれがあると認められる情報については、個人識別情報の一部として非開示となり得るものと解される。
そして、一般に、特定の個人の思いや信条、評価等を記載した情報については、個人の人格と密接に関係する情報であり、当該個人がその流通をコントロールすることが可能であるべきであり、本人の同意なしに第三者に流通させることは適切でなく、また、それらの情報の内容次第では、それが開示されることによってさらに本人の心身等に重大な悪影響を及ぼす可能性もあることから、これらの情報については、開示されることによって当該個人の権利利益を害するおそれのある情報であると考えるのが相当である。
この点につき、(a)-4の情報において、当該職員の思いや信条等の記載と認められる部分については、まさに公にすることにより個人の権利利益が害されるおそれがあると認められる情報であるため、個人識別情報の一部として非開示とすべきである。一方、「単なる事実関係又は既に実施機関により公表された事実及びそこから推測できる事項」が記載されている部分については公にしても、個人の権利利益を害するおそれは認め難く、条例第9条第2項により、開示すべきものであると認められる。
したがって、当該情報のうち、別表2に掲げる情報以外の部分について非開示とした実施機関の判断については妥当であるが、別表2に掲げる情報に ついては、本号には該当するとはいえず、当該情報を非開示とした実施機関の判断は妥当ではない。
次に、(a)-5の情報について検討する。当該被処分職員の出張の記録であり、訪問した学校の名称及びそれが特定され得る情報、公用車を運転した距離、使用した公用車の車種、車両ナンバー、給油の有無及びその数量等が記載されている。一般的に、本号の個人識別性の判断は、一般人が通常入手し得る他の情報と照合することにより特定の個人を識別できるか否かによって判断すべきものであるが、その判断基準に対して実施機関は2つの主張をしている。1つは、一般県民を基準として識別性を判断するのではなく、特別な情報を有する関係者(訪問先の市町の教育委員会及び小学校の職員)に対して開示した場合に、当該職員が識別され、当該個人の権利利益を害するおそれがあるか否かを基準にして判断すべきであるというものである。もう1つは他の実施機関へ開示請求がなされたときに開示される公文書を「一般人が通常入手し得る他の情報」に含めて判断すべきであるというものである。まず前者の主張についてであるが、懲戒処分を受けたという事実は公務員の立場を離れた個人としての評価をも低下させる性質を有する情報であることを鑑み、当該職員が識別された場合に、私生活上の権利利益が害されるおそれを勘案すれば、特別な情報を有している関係者を基準として、個人識別性の判断を行うこともやむを得ないと認められる。一方、後者の主張について、「一般人が通常入手し得る他の情報」の範囲について合理的な限定を加えなければ、あらゆる場合に「特定個人が識別され、又は識別され得る」こととなり、請求者の権利を無制限に制約するものとなって、条例の原則公開の精神に反することとなる。情報公開制度は誰でも利用し得る制度ではあるが、公文書開示請求により公開される文書は、当該請求者のみに公開されるものであるから、そのような情報は、特定の請求者のみが知り得た情報であり、「一般人が通常入手し得る他の情報」には含まれないと解するのが妥当であるから、この点について、実施機関の主張を採用することはできない。
以下、このような考え方の下で、条例第7条第2号該当性について検討する。
訪問した学校の名称及びそれが特定され得る情報、公用車を運転した距離については条例第7条第2号の公務員等の職務に関する情報であるが、公にすることにより個人が識別され、その結果、当該個人の私生活上の権利利益を害するおそれがある情報であると認められ、また、同号ただし書イ又はロのいずれにも該当するとは認められないから、これらの情報を非開示とした実施機関の判断は、妥当である。一方、使用した公用車の車種、車両ナンバー、給油の有無及びその数量について明らかにしても、一般人が通常入手し得る他の情報と照合したとしても個人が識別され得るものではなく、本号に該当しないため、非開示とした実施機関の判断は妥当ではない。なお、(a)-5に含まれている自家用車に関する情報については、前記(a)-3で判断したとおりである。
イ (b) 保健体育課課長に関する情報
まず、(b)-1の情報から検討する。当該情報は公務員の職務に関する情報であり、また開示することにより個人の私生活上の権利利益が害されるとは認められないため、本号に該当するとした実施機関の判断は妥当ではない。
次に、(b)-2の情報について検討する。当該情報は当該職員に関する情報ではあるが、いずれも私事に関する情報であって、公務員の職務の遂行に係る情報とはいえない。したがって、本号本文に該当し、本号ただし書のいずれにも該当せず、当該情報を非開示とした実施機関の判断は妥当である。
次に、(b)-3の情報について検討する。当該情報は始末書に記載された反省文であり、当審査会において本件対象公文書を見分した結果、そのすべてが「当該職員の思いや反省、謝罪等を示す記述」であった。前記(a)-5の情報のうち非開示を相当とする部分と同視できるものであり、本号本文に該当し、本号ただし書のいずれにも該当せず、当該情報を非開示とした実施機関の判断は妥当である。
(5) 結論
よって、主文のとおり答申する。
7 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙1審査会の処理経過のとおりである。
_別表1
対象公文書 | 細文書名 | 実施機関が非開示とした部分 |
---|---|---|
服務上報告書類の提出について (平成27年1月9日決裁) ②建築基準法に関する通報・現場メモ |
規律違反報告書 | 被処分職員の氏名、所属長及び被処分職員の生年月日、規律違反の事実の一部、処分についての意見、添付書類の一部 |
身上調査書 | ・所属長及び被処分職員の生年月日、「現住所」、「略歴」(学歴)、「家庭の状況」 ・被処分職員の氏名・略歴、「過去における懲戒処分の状況」、担当する職務内容及び勤務の状況の一部、「その他特記事項」 ・所属長の「過去における懲戒処分の状況」、担当する職務内容及び勤務の状況の一部、「その他特記事項」 ・「部内又は社会の反響」 |
|
始末書 | 警察官の氏名、被処分職員の氏名、生年月日、内容の一部 | |
自家用車使用による出張 | 被処分職員の氏名、訪問先、方面、距離、車種、ナンバー、給油 | |
仮運転免許取消し処分通知書 | 「住所」、「生年月日」、免許証の番号、「氏名」 | |
起訴状 | 内容 | |
略式命令 | 内容 | |
納付告知書 | 「住所」、「氏名」 | |
納付書・領収証書 | 「住所」、「氏名」 | |
学校訪問報告書130件 | - | 報告者名、訪問校名、校長名、学級数、出席者及び内容の一部 |
公務出張に使用する自家用車届出書 | - | 氏名、車名、車種、在籍地及び登録番号 |
勤務実績表 (2015年1月、2月) |
- | 氏名 |
_別表2 (a)-2、(a)-4の情報のうち、審査会が開示すべきと判断する部分
対象公文書 | 頁番号 | 行番号 | 実施機関が非開示とした部分 |
---|---|---|---|
規律違反報告書 | 2頁 | 17行目 | 5~18文字目のみ |
18~19行目 | すべて | ||
20行目 | 6~19文字目のみ | ||
21~22行目 | すべて | ||
23行目 | 1~8文字目及び21~37文字目のみ | ||
24~25行目 | すべて | ||
身上調査書 | 6頁 | 6行目 | 12~34文字目のみ |
7~9行目 | すべて | ||
始末書(当該被処分職員) |
10頁 | 23行目 | 6~22文字目のみ |
28行目 | 13文字目~30文字目のみ | ||
11頁 |
8~9行目 | 8行目38文字目~9行目6文字目のみ | |
27行目 | 6~7文字目及び9~10文字目のみ | ||
28行目~29行目 | 28行目22文字目~29行目29文字目のみ | ||
30~31行目 | すべて | ||
32行目 | 14~32文字目のみ | ||
始末書(保健体育課課長) | 14頁 | 5行目 | 5~18文字目のみ |
6行目 | すべて | ||
7行目 | 6~19文字目のみ | ||
8行目 | すべて |
_別紙1
審査会の処理経過
年 月 日 | 処理内容 |
---|---|
27. 3.20 |
・諮問書の受理 |
27. 3.31 | ・理由説明書の受理 ・異議申立人に対して理由説明書(写)の送付、意見書の提出依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認 |
27. 6. 2 |
・書面審理 (平成27年度第2回A部会) |
27. 7.21 |
・審議 (平成27年度第3回A部会) |
三重県情報公開審査会委員
職名 | 氏名 | 役職等 |
---|---|---|
※会長 |
早川 忠宏 |
三重弁護士会推薦弁護士 |
※会長職務代理者 | 岩﨑 恭彦 | 三重大学人文学部准教授 |
会長職務代理者 | 川村 隆子 | 名古屋学院大学現代社会学部准教授 |
※委員 |
髙橋 秀治 |
三重大学人文学部教授 |
委員 | 東川 薫 |
四日市看護医療大学准教授 |
委員 | 藤本 真理 |
三重大学人文学部准教授 |
※委員 |
村井 美代子 |
三重短期大学教授 |
なお、本件事案については、※印を付した会長及び委員によって構成される部会において主に調査審議を行った。