三重県教育委員会は、2017(平成29)年3月に人権学習指導資料(小学校低中学年)「みんなのひろば」を発行しました。
2017年12月26日(火)に開催した本指導資料活用のための講座において、木曽岬町立木曽岬小学校の奥村洋子さんから学習展開例「わたしの大切な人」を用いた実践の報告をしていただきました。また、参加者の方々には、学習展開例の体験や奥村さんの報告に対する感想等の交流をしていただきました。
三重県教育委員会は、2017(平成29)年3月に人権学習指導資料(小学校低中学年)「みんなのひろば」を発行しました。
2017年12月26日(火)に開催した本指導資料活用のための講座において、木曽岬町立木曽岬小学校の奥村洋子さんから学習展開例「わたしの大切な人」を用いた実践の報告をしていただきました。また、参加者の方々には、学習展開例の体験や奥村さんの報告に対する感想等の交流をしていただきました。
《Aさんが置かれている状況》
Aさんは、ブラジル人の母とペルー人の父、兄の4人で暮らしています。生まれも育ちも日本です。
1学期、Aさんは友だちから注意されると、素直に聞けずに言い返してけんかになり、最後に暴言をはいてしまうことがときどきありました。また、2学期はじめに行ったアンケートでは、「自分のことはどちらかと言えばきらい。日本人は外国人がきらいだから、日本人になりたかった」と答えていました。その後、友だちとの話の中で肌の色のことが出されたとき、Aさんは何も言えなかったという出来事がありました。話を聞いていくと、「お父さんもお兄ちゃんもいじめられたことがある。日本人になったら、いじめられなくなる」という思いを持っていることが分かりました。
《奥村さんの思い》
Aさんが「自分のことがきらい」「日本人になりたい」という思いを抱えさせられていることを課題としてとらえました。そして、Aさんに「自分のことを好きになってほしい」「外国につながりがある自分を肯定的にとらえてほしい」と思いました。
そのためには、Aさんが母親との関わりを振り返る中で、「母親から大切にされてきた自分」「母親を大切にしてきた自分」を感じることが大切だと思いました。同時に、周りの子どもたちのAさんや外国に対する意識や言動を変えていく必要があると思いました。
この学習展開例は、【学習補助資料1(P.35)】のすごろくを活用して、自分に係わりの深い人の言動に意識を向けさせ、自分にとって大切な人の存在に気づかせることを目的としたものです。
講座では、参加者がこのすごろくを使って、グループ内で自己紹介をした後、奥村さんからこの学習で大切にしたことや子どもたちの様子を話していただきました。
すごろくのグループを編成する際には、Aさんが家族のことを話しやすくなるよう、じっくり聞ける子や人の話を共感的に聞ける子を同じグループにしました。
また、子どもたちがすごろくをする前に、「あなたがもらった大切な物について話しましょう」という設問を取り上げ、私から例を挙げて話をしました。この学習で「大切」「好き」「うれしい」ということを考えるときの視点を伝えたかったからです。「印刷業をしていた父親に、国語の教材をきれいに印刷してもらったこと」「その数週間後に不慮の事故に遭い、それが父親からもらった最後の物になったこと」について実物を見せながら話をすると、子どもたちは真剣に話を聞いてくれました。
Aさんは、この学習で「お母さんとお父さんが『字、うまいね』と言ってくれてうれしかった」「体調が悪かったとき、お父さんが料理をつくってくれた」など、家族との関わりについて話していました。授業後の感想には、「はじめは緊張したけど、話してすっきりしました」と書いてありました。周りの子どもたちの中にも、自分の家族のことが話せてすっきりしたという感想を書く子がたくさんいました。
【2】「日じょう生活の一場面から」
この学習展開例は、【学習補助資料2(P.36)】の作文「お母さんは疲れている」を読み、登場人物の「お母さん」が「わたし」を大切に思っているところ、「わたし」が「お母さん」を大切に思っているところに線を引き、その理由について意見交流するというものです。日常生活の見過ごしがちな出来事の中に、人を大切にしている事実があることに気づかせていくことを目的としています。 「お母さんがつかれている」には、お互いを大切に思っていることが分かる文がたくさんあり、子どもたちは「ここからも分かる!」と言いながら、意欲的に学習に取り組んでいました。
Aさんは、教材文にある「元気のない顔で『ただいま』と言いました」「朝早くから、運送会社で働いています」という文章に線を引いていました。夜遅くまで働いていた自分の母親と重ねて考えていたのではないかと思います。
【3】「わたしの大切な人」
この学習展開例は、自分の大切な人について作文を書くことにより、その人を見つめ直し、自分が大切にされていることに気づかせることを目的としたものです。
「みんなのひろば」では、子どもが作文を書く前に、授業者が自分の大切な人についての作文を読み聞かせることを提案しています。講座では、授業で読んだ奥村さん自身の「わたしの大切な人」を紹介していただきました。この作文は、Aさんに母親のことを見つめさせたいという思いで、奥村さんが子どもの頃の自分とAさんの姿とを重ねながら書いたものです。作文の概要は以下のとおりです。
子どもの頃、自分の家が古いのが嫌で、友だちの家に行って遊ぶようにしていました。家族で旅行をしたこともなく、「お金がないのかな。はずかしいな」と思っていました。友だちと自分を比べてしまって、自分のことを好きになれませんでした。でも、このようなことをお母さんには言えませんでした。
お父さんは自営業をしており、時期によってはお金に困るときがありました。そのことが原因で夫婦ゲンカが起こると、2階の部屋に行って耳をふさいでいました。だから、お母さんに「旅行につれてって」とは言えませんでした。これ以上、お母さんを苦しめてはいけないと思っていたからです。
お母さんが仕事から帰ってくるとすぐに玄関まで行き、お母さんにとびついたり、おどかしたりするのが楽しみでした。仕事で疲れていても、お母さんはすぐに夕食の準備をしてくれました。その横で、学校の話をするのが好きでした。野菜や魚の切り方も教えてもらいました。
私が小学2年のときのことです。お母さんが夜遅くまでカーディガンを編んでいたことがありました。できあがったカーディガンは社会見学の日の朝、私に渡してくれました。うれしくて仕方ありませんでした。周りの子がどれだけかわいい服を着ていても、何もうらやましくありませんでした。この年の社会見学は今でも忘れられません。
大人になってから、「子どもたちの希望する学校へ行かせたい」「教育や夢をお金がないからとあきらめさせることだけはしたくない」と両親で話し合っていたことを、お母さんから聞きました。
お母さんが大切に守ってきた古い家も、今では、大好きな家になりました。旅行に行ったことがなかったことも、はずかしいとは思わなくなりました。お母さんがどんな思いで育ててくれていたかが分かるようになった今、わたしは、わたしのことが前よりも好きになりました。大好きなお母さんが大切にしてくれた「わたし」だからです。
奥村さんに作文を読んでいただいた後、感想や自分にとっての「大切な人」などについて、グループ内や全体で交流をしました。参加者からは、「両親の離婚に係わって悩んだことや乗り越えてきたこと。今、母親の再婚相手と自分との関係が良くなってきていること」「父親に大切にされた記憶がなく、ずっと嫌っていたこと。亡くなった後、父親に抱っこをしてもらっている写真を見つけ、自分の知らない父親について考え始めたこと」「両親の代わりに祖父母が自分を大切に育ててくれたこと。祖母にひどいことを言って泣かせてしまったことがあり、今も後悔していること」など、自分と家族との関わりを振り返った話がたくさん出されました。教職員が自分自身を振り返り、子どもたちにそのことを語っていく大切さを改めて確かめ合うことができました。
その後、Aさんが「わたしの大切な人」の作文を書いたときの様子について、奥村さんから話していただきました。
Aさんは、まず最初に「お母さんが大好きです」と書きました。その後、仕事で夜遅くまで帰ってこない母親を心配しているときの様子を書き出しました。しかし、なかなか言葉が出てこなかったので、Aさんに「お母さんのことで、他に心配していることはない?」「お母さんのためにしていることはない?」「お母さんと一緒に楽しんでいることは何?」など質問し、Aさんからいろんな事実を聞きました。そして、聞いたことを私が書いていきました。
Aさんから聞いたことを母親に伝えると、Aさんの思い込みもあったので、Aさんと母親と自分の3人で事実を確認しながら書き進めていきました。
お母さんは以前、仕事の帰りが遅いことがありました。私はお母さんの顔が見たくて、10時までがんばって起きていたことがあります。帰りが遅くて心配していたけど、いつの間にか寝てしまいました。お母さんと一緒にいたくて、「なんで夜にお仕事するの?」と思っていましたが、お母さんには聞きませんでした。
お母さんは日本に来て18年経つけど、日本語はあまり分かりません。お母さんと一緒に病院に行って、私がお母さんの痛いところをお医者さんに説明したことがあります。できるだけお母さんと病院に行きたいと思うけど、学校にいる間は行けません。お母さんが一人で病院に行っていると、「言葉を間違っていないかな」と心配になるときがあります。
お母さんにときどきポルトガル語を教えてもらっています。ポルトガル語を覚えて、電話でブラジルのおばあちゃんと話せるようになりたいと思っています。私がお母さんに日本語を教えてあげることもあります。お母さんが一人で出かけたときにすらすら話せるようになってほしいと思っています。お母さんと私が言葉を教え合う、この時間がとても楽しいです。
Aさんは作文を発表する前、自分の作文に読み仮名を振ったり、家で兄に作文を聞いてもらったりするなど、意欲的な姿を見せていました。
授業では、Aさんの作文発表の後、質問や感想を出し合ったり、Aさんが母親を大切にしていると思うところについて考え合ったりする時間をつくりました。子どもたちから、「Aさんがお母さんを心配するのは、『事故にあっていないかな』『倒れていないかな』と思うからなのかな」「Aさんがポルトガル語を話しているのは何回か聞いたことがあったけど、病院でお母さんの通訳をしているとは知らなかった」など、たくさんの発表がありました。その後、Aさんによるミニポルトガル語講座を行い、みんなで楽しくポルトガル語を知ることができました。
最後に、子どもたちから授業の感想を出し合う活動を行いました。
《Aさんの感想》
《周りの子どもたちの感想》
Aさんが作文を発表した授業の後、子どもたちに「Aさんに、ありがとうって言おうか」と言うと、以前、肌の色のことをからかった子どもが、「先生、ありがとうじゃなくて、オブリガード(ポルトガル語で「ありがとう」の意味)やろ?」と言いました。以前とは違う子どもの姿でした。
Aさんが「わたしの大切な人」の作文を書いている時期に、Bさんとけんかになったことがありました。AさんはBさんに「外国人やからルール知らんの?」と言われ、「外国人やから何なん?」と言い返すことができました。肌の色の話が出たときに何も言えなかったAさんとは違う姿でした。
Bさんの発言についてAさんとBさんと自分の3人で話し合いを持ち、Bさんは自分の言動を振り返ることができました。その後、Bさんに「外国のことが気になるのなら、Aさんにいろいろ教えてもらったらどう?」と言うと、BさんはAさんからポルトガル語の挨拶を教えてもらっていました。Bさんはその後、帰りの挨拶を『チャオ』か『さようなら』か日直が選べるようにしたらどうかと学級で提案し、その結果、いろいろな国の挨拶をするようになりました。
作文を書き上げた頃、Aさんに「今でも、日本人になりたいと思ってる?」と聞いてみると、Aさんは首を横に振り、「今は思ってない。日本人になるってことは、ママの子どもじゃなくなることだから」と答えました。
このようなAさんの姿から、ブラジル人である母親の子どもである自分に自信を持ってきているのではないかと思います。同時に、周りの子どもたちは、外国に興味を持ったり、外国につながるAさんのことを肯定的にとらえたりできるようになってきているように思います。