2013(平成25)年度 人権学習指導資料「気づく つながる つくりだす」活用のための連続講座報告(7月26日実施分)
障がい者の人権に係わる問題を解決するための教育
「社会モデル」の考え方って? 「権利の主体」って、どういうこと?
~体験的に学べる学習展開を考えよう ~
テーマの設定理由
2006(平成18)年に国連で「障害者の権利に関する条約(以下「権利条約」)」が採択されて以降、日本ではその批准に向けた国内法の整備と制度改革が進められてきました。2011(平成23)年8月には、国内の障がい者施策の基本となる「改正障害者基本法」が、2012(平成24)年10月には「障害者虐待防止法※1」、2013(平成25)年4月には「障害者総合福祉法」が施行されました。また、6月には「障害者差別解消法※2」が公布され、3年後には全面施行の予定となっています。
新たに定められたこれらの法律には、「権利条約」に示された理念が反映されています。それは、例えば「社会モデル」という考え方であり、障がいのある人自身が「権利の主体」であるという観点です。これらの基本的理念を理解することは、これからの共生社会の在り方をイメージし、実現に向けて行動するために欠かせない学習となります。
指導資料P.25~P.30「『障がい』ってどんなこと?」では「社会モデル」の考え方を、またP.49~P.54「自立と支援」では「権利の主体」として捉える観点をベースに据えた学習展開例を示しています。今回の講座では、それらをただ単に知識として理解するだけでなく、より体験的に、より身近な生活感覚に即して生徒が理解するためには、どのような工夫ができるのか、またどのような点に留意すべきかを考え合うことを研修のねらいとしました。
※1 (正式名)障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律
※2 (正式名)障害を理由とした差別の解消の推進に関する法律
研修概要
はじめに、事務局より全体解説を行いました。主な内容は、①障がい者の人権について学ぶうえで知っておきたい二つのキーワード(「社会モデル」「権利の主体」)について、②指導資料の各ワークシートにおける学習のポイントについてです。
その後、二つの活動をとおして、これらについての認識を深め、最終的に各自で指導略案を作成することをめざしました。
1.アイマスク体験
一つめの活動は「アイマスク体験」です。「生徒対象に行ったことはあっても、自分自身が体験するのははじめて」という人はもちろん、これまでに経験のある人にとっても、慣れない場所で、初対面の相手と行うのは、不安とともに様々な気づきのある活動になりました。
図書室で、点字絵本を触ってみました。 |
階段を昇るのは、手すりがあっても結構恐い! |
アイマスク体験の感想
- 想像していたよりずっと怖かった。体験してみてはじめて気づくことが多かった。
- 普段、暗いところを歩くのには慣れているつもりだったが、全く見えない状態で、知らないところを歩くのとは違うことがわかった。指示や会話の大切さについて体験的に理解することができた。
- 点字ブロックや音声ガイド、階段の手すりの必要性や意味に気づいた。主体者の意思を尊重することの大切さもよくわかった。
- マスク着用役と介助役を交代して行うことで、介助のときに自分の感覚だけで行動・発言してしまっていることが多いと気づいた。
- 見えない状態でいることの不安や困難と同時に、誘導してくれる人の声や手から伝わる安心を実際に感じることができた。自分が感じたことを生徒にも伝えたいと思った。
- はじめは不安だったが、少し慣れてくると、自分でできることは自分でやりたい気持ちになった。体験的活動の有効性を感じた。
2.トークセッション
二つめの活動「トークセッション」では、視覚障がいのある方にインタビューする形式でお話を伺いました。お招きしたのは、津市障がい者相談支援センターで相談支援員として勤めている、森本おりえさん。
「“権利の主体”として ~あなたなら、どうしたい?~」というタイトルのもと、視覚障がい者としてのご自身の体験や、これまでに出会った障がい当事者の方々の事例、そして、それらをとおして考える「権利の主体って、どういうこと?」「共生社会の在り方とは?」といった話題についてお話しいただきました。
森本さんのお話の概要
シャンプー・リンスのボトルには、触って判別できる印が付いている。でも、詰め替え用のパックには付いていない。自分の好みのシャンプーを、自分で好きなときに、自由な判断で買おうとしても買えないことは、「障がい者だから仕方ない」ことなのだろうか。また、ある駅で「専門の介助者が来るまで、乗車の案内はできません」と駅員に言われ、延々と待たされたことがあった。障がい者は専門の介助者がいないと自由に外出できないのだろうか。
障がい者にとっての「自立」や「権利の主体」ということを考える際、印象に残っている言葉がある。重度身体障がいのあるAさん(女性)は、24時間体制の介助を利用しながら一人暮らしを実現しているのだが、彼女は毎日自分の着たい服をヘルパーさんにリクエストして着ている。身体に重い障がいがある人の場合、介助する側の都合で一日中ジャージで過ごすことにもなりがちであるが、彼女は「オシャレも自立の第一歩」と考えて服選びを楽しんでいるとのこと。自分で選んだり、自分で決めたりできることは、正に“自立の第一歩”。その具体的な実践は、何気ない日常のなかにある。
しかし、現在の福祉制度にはまだまだ使いにくい面がある。例えば、視覚障がい者が外出等をする際の介助として「同行援護」という制度があるのだが、これは原則として仕事時には利用できない。この制度がもっと幅広く使えるものになったら、初めての場所を訪れなければならないような業務に自分も携わることができるようになり、果たせる役割も増えるはず。他の障がい者の場合も、制度の複雑さや制限の厳しさによって利用をためらったり、結局は家族に頼るしかなかったりする状況がある。本当の意味での社会参加を実現するには、制度面にも改善の余地がある。
障がいのある人・ない人を分けてしまう社会の仕組みは、人の可能性や力を奪ってしまうことになるかもしれない。恋愛も含めて出会いの場を狭く限られたものにしてしまい、人と関わる力を身に付けるチャンスをなくしてしまうことにもなる。同じ場でともに過ごすことで、お互いに気づいたり学んだりすることがある。そんな「共生社会」の実現をめざしていきたい。
トークセッションの感想
- アイマスク体験の後だったので、森本さんの語る体験談がより具体的にイメージできた。
- 「オシャレも自立の第一歩」の話がハッとするほど印象的だった。子育てにも共通することだと思った。子どもの心に諦めを生まれさせてしまうのは、幼少時からの周囲の対応の在り方なのかもしれない。
- 「自らの意志で選択し、社会参加すること」を不自由なく行うための環境整備は必要だが、それを待ってばかりはいられない。意識面の教育にはすぐにも取り組めると思う。
- 小・中学校卒業後は、障がいのある子ども・ない子どもがともに過ごす機会が少ないので、共生社会をめざす取組の一つとして、特別支援学校との交流をより進めたいと思った。
- 本校に車椅子を利用する生徒がおり、近くで接する子たちは車椅子の動かし方等を自然に学んでいる。「隔離されていたらわからないこともある」という話に納得した。
3.指導略案づくり
ここまでの研修をふまえて各自で指導略案を作成し、グループ内で意見交流を行いました。作成された略案の多くに共通していた工夫として、次のようなものがありました。
- 導入では、生徒や授業者自身の経験や日常的な感覚を出し合うことから始める。
例:「障がいのある人とどんな出会いや関わりがあったか?」「“障がい者”や“自立”について自分はどんなイメージを抱いている?」
- 展開では、グループワークやロールプレイ等の体験的活動を取り入れ、具体的に考えるための材料を多面的に得られるようにする。
例:「教室をセルフ式のカフェに見立てて、アイマスク体験を行う」「P.50のケース①やP.80の設問1の場面を班ごとにロールプレイで行い、互いに見合って感想や気づいたことを出し合う」
- まとめでは、生徒間の感想交流を活かす工夫をする。
例:「班ごとの発表をもとに授業のポイントになることを確認する」「授業者のコメントを添えて感想集をつくる」
4.意見・感想交流
グループ内の意見交流では次のような感想や意見が出されました。
- まずは自分たち教職員が「障害者基本法」等について基礎的なことを学ぶ必要を感じた。
- 指導資料を用いて解説する授業は何度か行ったが、口頭で説明するだけではなかなか生徒たちに入っていかなかった。体験して感じ取ることで理解が促されることもあると思った。
- 校内はかなりバリアフリー化されたと思っていたが、実際に車椅子で移動してみると、例えば生徒会室にはたどり着けないこと等がわかった。使う人の立場に立って現実的に検証してみることは大切である。
- 車椅子を利用している卒業生が、地元の友人と食事会をする際に利用する店がバリアフリーとは限らない。でも、多少の段差なら友人たちが協力して車椅子を持ち上げ、入店しているとのこと。そんなことを可能にする人間関係を在学中につくっていくことも大切だと思った。
- 社会の側が障がいをつくり出しているという側面を再認識した。生徒は社会をつくり出していく。ということは、社会がつくり出す障がいを彼らの行動によって減らしていくこともできる。障がいの少ない社会をイメージできるためには、想像力を養うことが不可欠である。そのようなことを日々の取組で進めることが人権教育を推進することになると思う。
研修を終えて
今回の研修では、知識的な学習をより効果的に行うために、体験活動を取り入れる展開を提案しました。障がい者や高齢者の状況について体験的に学習する活動は、言葉だけの説明よりも学習者にとって理解をスムーズにし、また主体的な学びにもつながりやすいというメリットがあります。
しかし同時に、体験することだけに力点を置いてしまうと、本来の学習のねらいやその後の展開を見失う恐れもあります。体験を終えた生徒が、どのようなことに気づき、次にどのようなことを学びたいと思うようになってほしいのか、といったことについても考え、学習の道筋を明らかにしながら学習展開を考えていくことが大切です。