人権学習指導資料シンポジウムを開催しました
三重県教育委員会事務局 人権教育課 調査研修グループ
はじめに
三重県教育委員会は、2012年3月に『人権学習指導資料「気づく つながる つくりだす」~わたしからはじまる人権学習~』を発行しました。作成にあたっては、県立学校教職員で構成した5つの作成検討部会(「部落問題」「障がい者」「外国人」「子ども」「女性」)を中心に検討を重ねてきました。この指導資料活用の促進と定着を図るため、6月8日、シンポジウムを開催しました。高等学校及び特別支援学校から、人権教育推進委員会等代表者をはじめとした教職員156人の参加がありました。
人権教育課より、指導資料の概略を説明した後、監修者の森実さん(大阪教育大学教授)をコーディネータに、作成検討部会のメンバーである、5人の県立学校教職員をパネリストに迎え、パネルディスカッションを行いました。
以下、発信していただいたことの概要を紹介します。
パネリストより
作成に係わって考えたこと
~自分に係わることとして考えられるように~
-
目の前にいる子どもたちに授業をするのに自分なら「どんな教材や資料がほしいか」を考えてきた。例えば、生徒たちが卒業後、若くして親になるケースが結構あった。卒業した生徒たちに、子どもを虐待する親になってほしくないと思い、以前から授業で取り上げてきた。虐待について多少の知識はあっても「そういう人もいるが、自分はしない」と考える生徒が多くいた。自分に引き寄せて考えられるよう工夫し、誰もが陥る可能性があることに気づいたうえで何ができるか、行動につながる学習にしたいと考えた。
-
一つの個別的な人権問題を解決する学習が「その問題について考える」ことだけで終わらずに、それをきっかけにして、自分がいま直面している問題をどう解決したらいいかを考える学習ができたらいいと思う。
-
以前、人権大学講座で学んだ際、「知らない権利は守られない。人権が奪われていても気づかない」という言葉を聞き、自分の授業でも今回の作成においても大事にしたいと思ってきた。自分の権利を知る機会がすべての子どもたちに保障されるようにしたい。
-
外国につながる子たちにあまり出会わないような地域や学校では、外国人の人権についての学習を身近に感じることができるのかどうか疑問だった。そこで、県内で高校時代に活躍した身近な先輩の作文として、2人の外国につながる子たちの文章を補助資料にぜひ載せたいと思った。
-
障がい者の人権に係わる学習は、「障がいのある人はこんな思いをするのか」ということを知るだけに終わってほしくない。学習を通じて、一人ひとりの生徒が自分の生き方を振り返るような授業展開にできるとよいと思う。知識だけに留まらないように作りたかった。
~考えあい、学びあえる指導資料に~
-
「部落問題」の作成検討部会でこだわったのは、45ページの「関係ないよ」という言葉。教職員は、自分が考える結論に導こうとしがちであり、生徒たちもそれを鋭く感じ取って「正解」を答えようとする。無意識のうちに予定調和的な人権学習にしてしまっていないか。以前、「自分のことを話したとき、『関係ないよ』と返され傷ついた。『関係してほしい』のに」という生徒の言葉を聞いて納得し、それをもとに授業をしていた時期があった。しかしそこには「『関係ない』と返すのは間違い」という「正解」ができてしまい、「正解」だけを探す現象が生徒たちのなかにあった。人権学習は、頭・心を固くする学習ではないはず。「関係ないよ」の背景に何があるのかをお互いに考え、歩み寄る、そんなワークシートにしたいと思った。
-
特別支援学校の子どもたちの、家でのくらしや、そこで抱えている思いについて作成検討委員のなかで共有し、その子たちが指導資料に出会ったときのことを考えながら作成した。特別支援学校でも高校でも、目の前の子どもが今抱えている問題を何とかしたいと思うときに、その子と周りの友だちが一緒に学べる指導資料になってほしい。子どもたちや親、その人たちにつながるみんなが幸せに生きていける、そんな社会をつくる生徒を育てたい。
今後の活用に向けて
~各学校にあわせたアレンジを~
-
目の前の生徒にあわせ、教職員の思いにあわせて、ワークシートを作り変えて使ってほしい。
-
自分の学校では、CDデータを学校の共有フォルダに入れて、誰もがアクセスできるようにしてある。ワークシートを加工して、自分仕様の指導資料を作ることができる。さらに各自が作ったものをみんなで共有できるとよいと思っている。
-
21ページを授業で使った時、「Aさんは話すほうがいいと思う?」という問いを変更し「あなたが彼女なら、話してほしい?」と生徒に問いかけた。「Aさんに任せる」「やはり話してほしい」という声が多いなか、「言わなくていいと思う」「結婚は両性の合意だから」という声も上がった。多様な答えを出させ、思考を止めないことが大切だと思った。
-
68ページの設問3のような対話形式の文章については、三重の言葉でできないかという提案も作成過程では出ていた。実際の授業では、それぞれの土地の言葉にアレンジして読むと、より身近なこととして感じながら学習できると思う。
~教職員も共に学べる人権学習を~
-
「女性の人権」は身近なテーマになってきている。性に関すること等はメディアを通じて生徒たちが知る機会も多いので、それに対応できるよう教職員も学ぶ必要がある。また、「女性の人権」については、これまで女性が中心となって取り組んできた状況だった。これからはもっと男性の側からも積極的に取り組んでいきたい。
-
自分にとって、部落問題学習は大きな柱だ。しかし「部落問題学習をしたいか」と投げかけられたとき、何のためらいもなく「したい」と言える人は私も含め少ないのではないか。その背景には、「生徒の反応が不安」「何をすればいいのかわからない」等さまざまな思いがあるだろう。かつて人権教育推進の担当者として係わったある学年団では、副担任も一緒になって、人権学習で使う寸劇や資料の準備を進めた。そのなかで、教職員自身が気づき、学びあっていた。学習の後、担任から「いつもより前を向いている生徒が多かった」という声をもらった。どんな学習にするのか、隣にいる教職員と相談してつながる体験をしたり、事後の手応えを得ることができたりしたら、「しなければ」と悩む姿は変わってくると思う。
-
人権教育推進の担当だったとき、担任に代わって人権学習の授業をさせてもらい、他の学年団にも見てもらった。自分の授業を題材にして「私ならこうする」「もっといいものができる」と考えてもらえればいいと思った。担任には若い教職員も多く、近い世代として共に学びあいたいと思った。「人権学習は失敗できない」と感じる人もいるようだが、そんな経験から学ぶことはたくさんある。それを経てどう改善していくか考える点では他の授業研究と同じ。まずは担当者がモデルになって周りの教職員と共に改善し、よりよい資料ができていくとよい。
-
子どもたちだけでなく教職員自身にとっても、気づいておきたい、知っておきたい権利として、指導資料に載っていることを学びたい。知っておくと得する、こんなに自分が豊かになるということを、教職員も資料をきっかけに考えられたら、と思う。と同時にそれを一人で考えるのではなく、一緒に取り組んでいる姿として子どもたちに見せたい。教職員たちがどんなふうに協力しているのか、学校のなかで子どもたちは見ているのではないか。自分の問題をどう解決したらよいか悩んでいる子が、そこから気づきを得てくれるとよい。みんなで協力しあうことで何かを解決したり実現したりしていけるのだということを、子どもたちに知ってもらいたいと思っている。
コーディネータ(森実教授)のお話から
この指導資料でねらったこと
この人権学習指導資料に係わらせてもらうにあたっては、次の二つのことを頭に置いていた。
一つは、大学生が人権学習に対して持っている疑問や不満。最近、次のようなことを言う大学生が増えてきた。
「(部落問題について)そんな問題、いまどきあるの?」
「なんで私が勉強せなあかんの? (部落問題に限らず)私は差別しないから学ぶ必要はない」
「疑問を先生にぶつけても答えてもらえなかった」
※「(ジェンダー、セクシュアリティに関することだと)先生が恥ずかしがって答えてくれなかった」。 部落問題で言うと「『なんでわざわざ教えるの? 教えなければなくなるんじゃないの?』といった素朴な疑問に答えてくれなかった」等。
「差別したらあかんのはわかってるけど、自分が何をしたらいいのかわからない」
もう一つは、文部科学省の「人権教育の指導方法等に関する調査研究会議」が行った全国調査が明らかにした課題に対応したいということ。
この調査で、これまでの日本の人権学習は、自己肯定感・多様性肯定感・感受性等が重視される傾向にあり、情緒的な内容に偏っていることがわかった。1990年代に文部省は、「知的理解にとどまり、人権感覚が十分に身についていない」と言っていたが、調査の結果わかったのは、知的理解も弱いということ。情緒的に「差別はあかん」「みんな違っていていい」で終わってしまっている。それでも現実には、出身等の立場がわかった瞬間に差別されることがある。「差別はあかん」「みんな違ってみんないい」という情緒的な学習だけでは弱い。そこが始まりで、そこからどうしていくかを考える力が必要となる。
指導資料をつくるのであれば、この二つをふまえたものにしたいと考えた。
この指導資料はこれらに応える枠組みができている。「気づく」は自分が変わるため、「つながる」は周りとの関係を変えるため、「つくりだす」は社会を変えるための教材になっている。また、日本の人権教育の特徴として個別の人権問題を軸に据えている。この指導資料も人権問題を軸としているが、その人権問題について知るだけでなく、それを知ることを通して「じゃあ自分はどうなのか、どうしたらいいのか」と考えたり、行動したりできる組み立てになっている。
指導資料に込められた思い
本日のシンポジウムを通じて、この指導資料には、三重県の県立学校にある人権教育を推進するうえでのさまざまな状況を何とかしたいという思いが込められていることがわかった。
まず、「正解」に縛られない学習にしたいということ。共に考え、いろんな方向に行きながらも確かなものに到達できるという、そんなものを作りだしたいという願いがあったのだと強く感じた。
また「失敗してはいけない」という教職員の思いを乗り越えたいということも根底にあった。
さらには、「時間的なゆとりがない」と感じている教職員が多いことをふまえ、「時間的制約があるなかで、何ができるか」ということにもこだわった。
教育実践が広がるための3つの柱
どんな教育実践でも、それが広がるためには3つの柱があると思っている。
① 教材の開発と改善
② リーダーの育成
③ 教育実践を多くの人に届ける手立て
現在は①の「教材の開発」のための指導資料ができた段階。これが教職員の手に渡り、子どもたちと出会うことによってさらに成長するかどうかが問われている。CDデータが付いているという新しいスタイルを有効活用し、「ここはこうした方がいい」「この方が生徒は考えやすい」というところは、現場の教職員が変えていただきたい。そんな工夫をフィードバックしてもらったら、改善につながる。
これからの課題は②と③。ここが強力になるかどうかで、三重県の人権教育の展開が大きく変わる。
さらなる発展を期待
この指導資料を、次世代の人材を育てることにどのようにつなげていくかが重要なポイントだと思う。三重県でも世代交代が大きく起こりつつある。世代交代の波のなかで若い教職員たちが、人権教育を「自分たちのやりたいことだ」と思うかどうかが大きな分かれ目になる。三重県の人権教育の実践については、すべての学校で取り組んでいるという点で、全国的に見ても誇れるものである。各校ですでにそれぞれに工夫して人権教育が行われているということを財産として、次のリーダーが出てくるようなシステムも作ってほしい。その新しいリーダーには、自分の学校の教職員がこの指導資料を「おもしろそう、使ってみようかな」と思うようなやり方を追究してほしい。
そうやって活用が進めば、来年にはその実践を集めて『気づいた つながった つくりだした』という実践報告書ができるかもしれない。その翌年にはそれを元にして『もっと「気づく つながる つくりだす」』、さらに『もっともっと「気づく つながる つくりだす」』といった改訂版がつくれたらと期待する。