インターネット社会の人権~ITがもたらした世界~
(財)反差別・人権研究所みえ 事務・研究員 松村 元樹
昨今のインターネットの普及は,私たちの生活に多くの利便性をもたらしている一方,人権に係わる様々な問題を引き起こしています。そして,その当事者として子どもが巻き込まれることも少なくありません。
(財)反差別・人権研究所みえの松村元樹さんのお話をもとに,この問題に対する私たちの意識や社会のあり方について考えてみたいと思います。
インターネットの広がりと新たな差別問題
インターネットは,ここ十数年で驚くほどの勢いで,私たちの生活の中に浸透してきました。これまでは,個人が世界中の人々に情報を発信することはほとんど不可能だったのですが,それが容易になりました。現在では,日本に在住する人々の約7割が,ホームページによる情報発信,電子メールや掲示板,チャットなどでの意見交流,またネットショッピングなどの電子商取引といった形でインターネットを利用しています。
しかし,その反面,インターネット上でのトラブルが社会問題として大きく取り上げられています。その中でもとくに有害情報の氾濫による被害も増加しています。法務省の人権擁護機関が情報の削除等,実際に救済手続きを行ったものは,2005年度で272件と報告されています。
携帯電話とインターネット
2006年6月末日現在の全国の携帯電話契約数は約9,286万台,人口に対する携帯電話の普及率は72.7%,つまり日本に在住する人々の約7割が携帯電話を所持しています。そして,そのうちの約1800万人が携帯電話によるインターネットを利用しています。
多くの大人は携帯電話を,どこにいても連絡がとり合えるとても便利な「電話機」であるという認識を持っています。しかし,子どもたちの多くは,携帯電話を,ホームページを見たり,電子メールを送ったりするための「持ち運びのできるコンピューター」として使用しているのです。子どもたちがインターネットを利用する手段として一番身近なものが携帯電話なのです。
ある時,私は知り合いの高校生から,携帯電話の掲示板を見せられました。私はその掲示板に書き込まれている内容を見るなり驚きました。そこには個人名があげられ,さらに何人かの人間が個人を誹謗・中傷しているのです。書かれている内容は悪質極まりないものでした。
最近では,学校を限定した形で掲示板がつくられ,そこに多くの中・高校生が書き込みをしています。ここでもやはり,個人を中傷する書き込みが行われ,プライベートな内容が平気で書き込まれています。
ネット上の問題は現実社会の反映
中高生が利用する掲示板を見ていくと,中傷されている子どもが現実の社会でどんな状況におかれているのか,容易に想像できます。個人名を書かれた子は,クラスや学年で孤立させられていることが多く,教師や保護者のわからないところでいじめにあっている子もいます。現実の社会で孤立させられている被害者に,さらに追い打ちをかけるようにインターネット上において中傷がなされているのです。
深夜,私の携帯電話に知らない番号から電話がかかってきたことがありました。「あるインターネットサイトに私の名前が書かれているので,消してもらえないでしょうか」というものでした。知り合いの高校生が,その子に私の仕事のことを教え,相談してみたらと,私の携帯番号を教えたのです。
また,インターネットの話をしている中で,ある高校生は次のように語りました。「生徒会に立候補したとき,『目立ちたいからや』とか,『えらっそうや』とか思われて,携帯掲示板に書かれてしまうのではないかという不安があった。他の生徒も書かれたらどうしようと不安を抱えている」と。
学校で人間関係のトラブルがあると,掲示板に自分のことが書かれてしまうかもしれないという不安をもっている子どもがいます。何よりも,家庭や学校で相談できる環境やつながりがないのです。インターネット上の問題は現実社会での「人と人との関係性」の問題なのです。
私たちにできる取り組みは?
「財団法人反差別・人権研究所みえ」では,インターネット上の有害な情報を,電子掲示板を中心に毎日モニターしています。その中には,様々な差別的な情報が見られます。このことは,私たちの社会にある差別意識の表れであるといえます。
情報というのは人間形成に大きな要因を占めるものなので,子どもたちがインターネット上の誤った情報を批判的にとらえ,真偽を見抜いていく力を育てていく必要があります。「情報をそのまま読み取るのではなく,一度,批判的に捉えることによって真実を読み解く力」を「メディア・リテラシー」といいます。
「メディア・リテラシー教育」に取り組む,カナダのバンクーバ市の教育担当者は次のように述べます。
- 情報は編集されたものであり,ありのままの事実であるとは限らないという認識が必要である。
- 情報は何が真実で,どこが誇張されているのかについて読みこなす力が必要である。
- 情報を活用する時は真実の部分だけを利用し,またそれを使いこなす表現力が求められている。
これまで述べた様々な問題を見れば,メディア・リテラシー教育の必要性は一目瞭然ですし,さらに「人を大切にする」という視点を基盤に取り組まれてきた人権・同和教育の実践を今後もより充実させていかねばなりません。 |
また,これからはより若い世代がインターネットを利用することが考えられるため,インターネット上の問題を早期に子どもに理解させ,様々な立場の大人が子どもに関わり,有害情報から子どもを守ることが必要です。具体的には,保護者会などで話し合い,課題解決のための方策等をまとめたマニュアルを作成・配布し,学習会を開催するなどの必要が出てくるのではないでしょうか。
一方,「規制」が求められる反面,インターネット上に自分の「居場所」を確立している子どもたちが存在することも事実です。普段,友人関係がうまくいかない子どもが「インターネット上の友だち」との会話に自分の「居場所」を見いだし,安心感を得ているというケースです。こうした子どもたちが現実社会において,他者との豊かな関係を築いていけるような環境づくりが課題となります。
いくつかの課題を提起しましたが,何よりも大切なことは,大人と子どもの関係づくりではないでしょうか。子どもへの関わりはもとより,近隣世帯の相互交流等を通して大人も相談できる環境づくりが必要です。さらに,匿名性が高いインターネット上において,私たち一人ひとりの意識が問われています。まさに,人権問題解決への糸口は自分自身にあるのだといえます。
(財)反差別・人権研究所みえ
〒514-0113 三重県津市一身田大古曽693番地1
TEL 059-233-5525 FAX 059-233-5526
HP http://www.kenkyu-mie.or.jp/ E-mail secretariat@kenkyu-mie.or.jp